- 2012/05/10
- Category : ポエム&川柳
開戦秒読み
保元合戦図屏風
画面左に「白河北殿」、右側に攻め寄せる「源義朝軍」を描く。
右面・後方でひときわ立派な黒馬に乗り、戦況を見守るのが義朝。
門脇では、弟の為朝が強弓を引いて応戦する。
門内で騎馬の一団を率いるのは、二人の父親・為義である。
殿内には、不安そうに戦況を見守る公卿が描かれている。
左上・高欄から身を乗り出しているのは、藤原頼長だろうか。
(画面上でクリックすると画像が大きくなります)
おいでおいでと四面体のキツネ 山口ろっぱ
「開戦秒読み」
藤原家親子の葛藤が、火に油を注いだ形で、
人々は、「新院方」と「鳥羽方」に競って参集しはじめ、
そうした異様な雰囲気が、盛り上がるなかで、
鳥羽の死が、伝えられたのだった。
何色に咲くのか知らぬ種をまく 杉本克子
その夜から、早くも、「新院謀叛!」
という噂が市中を駆けめぐった。
新院方(崇徳方)では、
不穏な情勢下での警護の強化という名目で、
武家に召集をかけ、
柳ノ水の御所には、源氏、平家の武将たちが、
続々と集まり始めていた。
市中を駆ける兵馬は、
いっそう、人々の不安と興奮を煽った。
右向け右の列の怖さを忘れない 森 廣子
一方、鳥羽の亡骸を守る側は、後白河がいることから、
「内裏方」(鳥羽・美福門院方)と呼ばれ、
得子と入道・信西、忠通らが、新院方の動きに呼応して、
こちらも武家に召集をかけ始めた。
信西は鳥羽の第一の寵臣と、誰もが認めてきた人物で、
下級の公家では、
「うだつが上がらない」 と出家して、
院政体制に食い込んできた辣腕の政治家だった。
眼の奥に消えないものが咲いている ふじのひろし
当時の武家は、公家階級に比べると、
格段にその地位が低かった。
内裏や御所の警備にあたり、
地方の反乱鎮圧に向かう、
武力行使の専門集団という程度の、存在でしかなく、
摂関政治のころは、
指令を発する藤原氏を主筋と仰いできた。
粘るとはこうして今日も生きること 河村啓子
だが、院政時代になって、
少しづつ意識も変わりはじめ、
しだいに"自我"が芽生えてきた時期にあたる。
こうした情勢下で、摂関家が親子二つに割れ、
鳥羽の死とともに、
それぞれが、武家に召集をかけ始めたのである。
そこのけそこのけと直線を通す 高島啓子
新院方には、源氏の頭領・為義が頼賢(よりかた)、
頼仲、為朝など、息子たちを引き連れて参集した。
平家からも、清盛の叔父の忠正や
一族の長盛、康弘などの武将が、
手勢を率いて駆けつけた。
てのひらの感情線を握りしめ 谷口 義
一方の内裏方には、為義の嫡男・義朝が駆けつけた。
愛人の常盤が、亡き近衛帝の中宮に仕えていたためで、
源氏一党の落胆は大きかった。
が、為義は源氏嫡流に代々伝わる鎧を届けて、
別れを告げた。
さよならさよなら流れて行くのだね 安土理恵
60余年前に白河が院政を始めるまでは、
長いこと、摂関政治が行なわれてきた。
つまり、摂政・関白を出す藤原家が、
天皇を補佐するという名目で、政権を握ってきたわけで、
それを天皇家に取り戻そうというのが、
白河が院政を始めた理由だった。
忠実と頼長には、新院方について、
重仁とともに、再び
「摂関政治を復活させたい」 という思惑もあった。
どぶ板の含み笑いを聞き流す 井上一筒
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