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川柳的逍遥 人の世の一家言
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近頃は顎の線まで崩れだす  山本昌乃


薫と僧都と小君

法の師と たづぬる道を しるべにて 思はぬ山に 踏み惑ふかな  

横川の僧都を、仏道や心の師と仰いで訪ねてきた道ですが、
思いがけない恋の山道に迷い込んでしまったようです。

「巻の54 【夢浮橋】」

明石中宮が言っていた浮舟生存の話を確かめるため、

浮舟の弟である少年の小君を連れて、横川の僧都を訪ねた。

そこで薫は、僧都から浮舟の様子を聞き、浮舟に違いないと思った薫は、

「私が心を寄せていた人で、突然、消息を絶ち訳も判らず葬儀を

   してしまった人がいます。それが尼君のお世話になっている人です。

   きちんと確認できたら、母親はじめ家族に合わせてあげたいのです」

と言う。


恋してるうちに雨は本降りに  森田律子

それを聞いた僧都は、深く考えず浮舟を出家させてしまったことを悔む。

が、引き合わせて欲しいという薫の要望は、頑として受け入れなかった。

一度出家した者を破壊者(戒律を破る者)にする訳にはいかないからである。

そこで薫は、僧都に事情を記した手紙を書いてもらい、

「お前の姉様は、死んだと諦めていたのだが、生きておられたんだよ。

    姉様は他の人には、知られたくないと思われているようだから、

   お前が行って、この手紙を渡してきておくれ」

と言って手紙を
小君に託す。

翌日、小君は僧都と薫の二つの手紙を持って小野の庵を訪ねた。

夜桜の優しさごっこ受け入れる  前中知栄


浮舟への手紙を書く僧都

簾越しに弟の姿を見た浮舟は、動揺をしていた。

門前にいる小君は、自殺の決心をした夜にも、恋しいと思った弟である。

一緒に住んでいた頃は、まだ腕白で、両親の愛に驕って憎らしかったが、

宇治へもよく遊びにきて、姉弟の愛を感じ合うようになっていた。

逢いたい、会って、何よりも母がどうしているのかと聞きたい。

他の人々のことについては、誰からともなく噂を耳にはするが、

母の消息は知ることができなかった。

それを思うと、目の前にいる弟を見ていると、何とも悲しくなり、

浮舟は涙をおさえられなかった。

左手の手袋ばかり見失う  三村一子

尼君は小君と話すように促すが、浮舟は首を横に振らない。

本心は弟に母の様子を聞きたくてたまらないが、

出家した身だからと
強く自制して「人違いだ」と言い張って、

顔を見せることすら拒み続けた。


仕方なく尼君が対応に出て、僧都の手紙を受け取る。

薫からの手紙は受け取るものの、浮舟は見ようとしないので、

尼君が開いて浮舟に手渡した。

紙の匂いは昔のままで芳ばしく、薫の懐かしい筆跡に涙が零れる。

のぞき見をして風流好きな尼君は、美しいものと思った。

僧都の方の手紙には「薫の執着心を取り除いてあげなさい」とある。

過去のことを知らない尼君は、その手紙を見て、薄々事情を知る。

耳掃除ばかりしている春の欝  笠嶋恵美子    


夢見心地に姉を待つ小君

泣いてひれ伏したままの浮舟の様子に尼君は困って、

「折角来てくれた弟さんに どう返事をすればいいのです」

と浮舟を責めると


「今は気持ちも落ち着かず、心がかき乱されています。


  それに昔のことを思い巡らせても、思い当たることがありません。

  落ち着きましたら手紙の意味が分かることもあるでしょう。

  ひょっとして手紙の受け取り人が、違っていたりしては迷惑なことです。

  このまま手紙を持って帰らせてください」

と浮舟は言い、手紙は拡げたままで尼君のほうへ押し返した。

ひらり来てひらりと去った冬螢  合田瑠美子

尼君はふたたび小君の話し相手に出て、

「物怪の仕業でしょうかね。お姉様はずっと御病気続きでね。

   わざわざご主人様も近くに来ていらっしゃるというのに、

   碌な返事もできずお詫びのしかたもないのですよ」と言う。

小君は姉に再会できる喜びを心に抱いて来たが、落胆して帰ることにした。

薫は小君の帰りを今か今かと待っていたが、

しょげて帰ってきた小君の様子
から、ことを察した薫は、

文を出さねばよかったと気落ちし、
自分がかつてそうしたように、

誰かが浮舟をかくまっているのではないか
と思い悩むのだった。

少しおしゃまなフライングして青蜜柑 美馬りゅうこ

【辞典】 最後に

「夢浮橋」は、源氏物語最終話で宇治十帖の締めくくりの巻になります。
この宇治と言う地名は、
<わがいほは 都のたつみ しかぞすむ 世をうぢ山と
ひとはいふなり>
という
歌を喜撰法師が詠んで以来、「憂し」を連想させる
地として知られるようになります。
その憂愁のイメージはこの宇治十帖全体
特に政治の内紛に巻き込まれ
没落した八宮や、いつまでも思い悩む薫の心の
様にリンクして物語に重量感
を与えています。また、この物語は、この後に
どのようなことが起こるのかを明確
には示さず、読者の想像にゆだねる形の
終わり方をしています。
それを「開けたままの終結」と呼ぶますが夢浮橋は
作者の紫式部が意図
して「開けたままの終結」にしたと伝えられています。

トクトクトクはーといつしか琥珀色  雨森茂樹

源氏物語はこれにて終結しました。次は話の種などを書いていきたいと
思っています。これからも続き、お付き合いよろしくお願いいたします。

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金不足で戻されてきたわたし  桑原伸吉


 庵の浮舟と稲を刈る人

身を投げし 涙の川の 早き瀬を しがらみかけて 誰かとどめし

涙からできたような流れのはやい川に身を投げた私。
誰がその流れを止めて、私を助けたのでしょうか。

「巻の53 【手習】」
     よかわ  そうず
比叡の横川の僧都の母尼妹尼、弟子の阿闍梨ら一行が、大和の初瀬詣の

帰る途中の奈良坂という山を越したころ母尼が病気になった。

一行はこのまま京まで行くのは無理だと判断し、

近くの宇治の院に宿泊することにした。


そこで異様な気配を感じた阿闍梨が、人の入れそうもない庭の方を見回り

に行くと、気味の悪い大木の下の辺りで、揺れる白いものが目に入った。


「幽鬼か神か狐か木精か、高僧のおいでになる前で、

   正体を隠すことはできないはずだ、名を言ってごらん、名を」 

と言い、阿闍梨が着物を引くと、その者は襟に顔を隠して泣きはじめた。

出生はどこの星かと問いかける  油谷克己


阿闍梨らと白い着物の女

付き添いは誰もおらず、打ちひしがれているその者は、

若くて美しく、白い綾の一重を着て、紅の袴をはき、薫香の匂いも芳しく、

気品も高そうな美しい女であった。

尼君は女房に言いつけ自身の室へ、その女を抱き入れさせた。

女は、依然失心状態が続いていて、衰弱もひどかった。

「この人を死なせてはいけません。加持をしてください」

と尼君は言い、僧都の妹の尼は、死んだ自分の娘が帰って来たように思った。

あの夜の冬桜なり女なり  徳山泰子

尼君は親の病よりも、この人をどんなにしても生かせたいと、

親身に付き添い夢中で介抱をした。

知らない人ではあったが、容貌の非常に美しい人だから、

このまま死なせてしまうのも惜しいと、女房たちも皆、必死に世話をした。

それでも時々目をあけて空を見つめる眼を見ると、いつも涙を流している。

その黙りこくって悲しげな女の様子に尼君が、

「黙って泣いてばかりいる貴方を見ているのは、こちらも悲しい。

 宿縁があればこそこうして出逢うことになったのだから、

    少しでも何かものを言ってくれないかね」

懇願するように言うと、病人はやっと、

「生きることができましても私はもうこの世にいらない人間でございます。

   人に見せないで、この川へ落としてしまってください」 

と低い声で言う。


心にも無い返事うっすらと雪  山本早苗

女は「川へ落としてほしい」と言った一言以外、その後は何も言わない。

尼君にはそれが物足りなかったが、いつまでも起き上がれそうにもなく、

このまま衰弱して死んでしまうのではないかと、無関心にはおれなかった。

宇治で初めから祈らせていた阿闍梨に、
以来ずっと尼君は祈祷をさせた。

早く健康を戻して家族として、暮らしたいと尼君は願っているのである。

やがて大尼君の病気も癒え、方角の障りもなくなったことから、

怪異めいた場所に
長居するのもよくないので、僧都の一行は、

比叡の坂本の小野へ帰ることにした。


こんなにも無口が似合う春霞  清水すみれ

小野までは長い道中だったが、夜ふけになって草庵に帰り着いた。

身もとの知れない若い女の病人を伴って来たというようなことは、

僧として
噂になってはいけないので、尼君は同行した人達に口留めをした。

もし捜しに来る人があったならばと思うことさえ、尼君を不安にしていた。

どうしてあのような田舎に、この人が零されたように落ちていたのであろう。

初瀬へでも参詣した人が、途中で病気になったのを継母のような人が、

悪意で見捨てたのであろうかと、そんな想像もするのだった。

価値観のちがう女とたそがれる  桜 風子

小野の草庵に帰ってからも皆、女を懸命に介抱した。

救われた女には物の怪に取りついており、阿闍梨が交替で加持をした。

物の怪が女の身体を去る時に、僧都の弟子に取りついて告白を始めた。

物の怪の告白によれば、美女たちが住む家に住みついて、一人殺した後に、

死にたいという女がまた一人いたので、取りついたということであった。

聞くところを察すると、どうも大君と浮舟のことのようである。

一人殺したというのは、おそらく大君で、もう1人は浮舟のことである。

幽霊にいつでもなれる洗い髪  佐藤美はる

その甲斐あって取り憑いていた物の怪も退散し、

意識を取り戻した浮舟は、死ぬことも叶わぬ自分の身の不運を嘆き、

読経などの勤行や、書をつれづれにしたためる「手習い」などをして

日々を過しながら、ひたすら出家したいと願った。

しかし、妹尼は浮舟の若さゆえに首を縦に振らない。

そんなこと聞くから愛が風邪を引く  河村啓子 


 出家をした浮舟

九月になって尼君たちは、ふたたび初瀬へ詣ることにした。

今まで苦しくも、心細くも死んだ娘のことばかりを考えていた自分に、

あのような可憐な姫子と知り合えた縁は、、観音のご利益であると信じ、

お礼詣りをしようと思い立ったのである。

そんな尼君らの留守の間に、浮舟は妹尼の亡くなった娘婿である中将から、

またまた疎ましく恋の告白を受ける。

中将と浮舟が結ばれることを、尼君もそうなればと願っている縁だったが、

思い出すのも辛い
恋の行き違いから、このように漂泊する身になった自分

なのだから、それを恥じて
浮舟は中将の告白を無視し続けた。

そんなある日、浮舟は妹尼らの不在の折に立ち寄った横川の僧都に懇願して、

出家をしてしまう。

帰ってきた尼君は嘆き悲しんだが、すべてはあとの祭りだった。

鋭角に座り直して来た敵意  都司 豊

年が明け、浮舟の手習いは、仏勤めの合い間にも続けていた。

そんな所へ法要のための衣装を縫って欲しいという仕事が庵に寄せられた。

薫が主催する浮舟の一周忌に使う衣装である。

浮舟も手伝うように言われるが、自分のための仕事はできるわけがない。

その一周忌の仏事を終え、薫は挨拶かたがた中宮の御殿を訪ね、

儚い結末になった浮舟のことを薫は偲び、中宮と話しこんだ。

そんな中、薫が可哀想に思った中宮は、僧都から聞いた話を思い出し、

小宰相にそっと、


「薫の話を聞いていると今も、あの人のことを恋しがっている。

   それが可哀想で、ついあの話をしてしまうところだったけれど、

   私の口からは気づつなくて、言ってあげることができませんでした。

   あなたも僧都の話を聞いていたのだから、ほかの話のついでに

   僧都の言っていたことを話してあげなさい」

と言う。これは匂宮に関わりがあるために、

中宮自らは言わなかったのだと小宰相は思った。


茄子焼いて聞いてる主語のない話  山本昌乃

小宰相は世間話などをする合間に薫に、僧都が残していった話を始めた。

「横川で僧都が山の庵に立ち寄った折、女性を一人尼になすったそうです。

   患っている間も、皆若さを惜しんで尼にはさせなかったのだそうですが、

   その女性が強く願うので、出家させたとその僧都は言っておりました」

場所や時期をその時の様子を考えると皆、符合することばかり。

薫は、これは浮舟が生きていることではないかと推理した。

死んでしまったと思っていた人が、漂ってこの世にまだいるかも知れない。

そんなことがあるはずはないと思う反面、自殺などできる強い性質では

なかったことを考えると、話のように人に助けられ生きているのが

性格に似合っていると思う、薫だった。

生きていてくれと言われて生きている  永井 尚

薫は突然の話に驚くとともに、比叡詣の折に横川を訪ねてみることにした。

母とか弟とかには知らせず、供には浮舟の異父弟を連れて行くことにした。

都合ですぐに尼の家を訪ねることになるかもしれない。

夢の再会を遂げるその時に、気兼ねのない者がいる方が良いと思ったのだ。

その人と分かった後で、そこの尼たちから予期せぬ事実を聞かされることが

あっては悲しいだろうなどと、薫はいろいろと配慮をめぐらせるのだった。

手櫛にてさきおとといのもつれ髪  下谷憲子

薫の配慮は、匂宮のことでもそうである。

浮舟が生きてみつかり、宮がまだあの関係を続けようとしているのであれば、

どんなにあの人を自分が愛していても、もうあの時のまま死んだ人と思うこと

にしてしまおう、生死の線が隔てた二人と思い、いつかは黄色の泉の辺りで

風の吹き寄せるままに逢い得ることがあるかも知れぬのを待とう、

愛人として
取り返すために、心を使うことはしないほうがよかろうなどと

思う薫なのである。


落書きが美しいすぎてまだ消せぬ  桜 風子

ところが、今の課せられた境遇の中で浮舟の考え方は違った。

あの方(匂宮)のために自分はこうした漂泊の身になった。

変わらぬ恋を告げられたのを、なぜ嬉しく思ったのかと疑われてならない。

匂宮への愛も恋もさめ果てた気がする。

はじめから淡いながらも、変わらぬ愛を持ってくれた薫のことは、

あの時、その時と、その人についてのいろいろの場合が思い出されて、

匂宮に対する思いとは、比較にならぬ深い愛を覚える浮舟なのである。

もう少し濁ると僕も棲めるのに  薮内直人

【辞典』  本物の高僧

これまでの巻の源氏物語に登場する僧侶の殆どは、軽口であったり、人情味
がなかったりと否定的なイメージで語られてきた。しかしこのラスト二巻目
にきて、やっと僧侶らしい人徳を備えた人物が登場する。それが横川の僧都
である。何より心の深さが違う。源氏物語の登場人物の多くは世間の評判を
気にして、悪い噂が立たないよう行動しているが、この横川の僧都は違った。
浮舟の加持祈祷のため山を下りるとき、弟子が朝廷からの要請にも山から出
なかったことを引き合いに出し「何を言われるかわかりません」と進言する
が、横川の僧都は「言わせておけ」とお構いなしに素性も判らぬ浮舟を助け
に行くのである。
実はこの横川の僧都には実在のモデルがいたと言われている。
後の法然や親鸞にも大きな影響を与えたとされる源信である。
かれは平安時代中期の天台宗の僧侶で、紫式部と同時期に生きた人物である。

山吹の花で野良犬を染める  井上一筒

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口すすぐ昨日サヨナラ言った口  清水すみれ 

ありと見て 手にはとられず 見ればまた ゆくへも知らず 消えしかげろふ

そこに見えているのに、手にとることはできず、また見てみると
どこかえ消えてしまう。愛しいあなたは、まるで蜻蛉のようだ。

「巻の52 【蜻蛉】」

宇治の山荘は浮舟の失踪で騒然となる。

浮舟の秘密に関与していた右近だけは、浮舟の悲しみ苦しみ、煩悶が並み

並みでないことを知っていたから、宇治川に身投げしたに違いないと考えた。

小さい時から少しの隔てもなく親しみ合った主従ではないか、

隠し事は塵ほどもなかった間柄ではないか、

自殺の素振りも自分の前に見せられなかったのが口惜しい。

優しい柔らかい心の持ち主だった姫が自殺などと、まだ事実を事実として

信じることができずに、ただ悲しいばかりの右近であった。

誰あれもいない回転木馬秋になる  畑 照代

浮舟自殺の知らせを受けて、母である中将の君がかけつける。

あらかたのことを知る右近は、すべての成り行きを中将に話した。

女房たちは妙な噂が世間に広まるのを防ぐため、

その日のうちに亡骸のないまま、浮舟の葬儀を終えてしまう。

功罪を残し虚ろな通夜の雨  上田 仁

匂宮は、浮舟の最後の手紙に不振を抱き事情を聞くため従者・時方を送る。

時方は右近へ面会を求めたが、「急に亡くなったので、それどころではない」

と取次ぎの対応もおざなりである。

 「そうではありましょうが、何の事情も知り得ずに帰れませんので、何とか」

と時方は必死に言うも、右近は心労で寝込んでいることもあり、取次ぎは、

「ただただ今は、皆、呆然としておりますとだけお伝えください。

  少し気持ちも納れば、どんなに煩悶をしておられたか、宮様が来られた晩に

  どのような心境に姫があったのかなど話しができるかと思います。
  しょくえ
  触穢の期間の過ぎました時分に、もう一度お越しください」

結局、時方は使いの役目を果たせず、戻っていく。

ありふれた話でいいの もう少し  阪本こみち

薫は、そのとき母の病気の祈祷で、数日、寺に籠もっていた。

そのため知らせを受けたのは、葬儀も済んだあとだった。

薫も突然の出来事が信じられなかった。

まもなく薫は山荘を訪れ、相談もなく早々に葬儀を済ませたことに不満を

抱きつつ、侍従から聞く事情を察すれば、一人人生の深い悲しみを味わって

いた浮舟の生きていた時には、それを認めようとはせずに、たびたび逢いに

行くこともせず、寂しい思いばかりをさせて来たのであろうと思う後悔が

あとからあとから湧いてくるのだった。

手触りで時の過ぎゆくのがわかる  嶋沢喜八郎

思いもよらない悲惨な結末に、涙に暮れ、匂宮は病床に臥せってしまう。

多くの見舞いが訪れるが腹心以外、病気の本当の理由を知るものはいない。

匂宮は見舞いに来た薫と顔を見ると何となく引け目のようなものを感じた。

薫は色々な世間話のあと、匂宮の知らないこととして浮舟のことを話す。

宮も御承知のあの山里に若死にをした恋人と同じ血筋の人がいると聞き、

昔の人の形見に、ときどき顔を見て慰めにしようと思ったのですが、

世間から訳もなく悪く批評をされてもと思い、山里へ連れて行ったのです。

彼女を心の人として付き合いを考えていたところ、突然亡くなってしまいました。

人生の悲哀がまたしみじみと味わされ、寂しい思いをしております」

薫としては悲しい姿は見せるまいと我慢していたが、涙が自然とこぼれた。

薫の言葉に別な意味があることを悟り匂宮だが、素知らぬ風を貫いた。

 「お目にかけたら興味をお覚えるだけの価値のある女性でしたから、

あなたの愛人にどうかと思っていたのですよ」

と精一杯の嫌みを残して薫はその場を辞した。

結婚は紙の上での事だった  井上一筒

匂宮は浮舟の思い出話などをさせるため、宇治にいた侍従を呼び寄せ、

このまま明石中宮の女房になるようにした。

侍従には、匂宮を以前、蔭で見ていた時よりやつれ哀れに見えた。

そして貴族の姫君たちだけのお仕えしている場所だと聞いていて、

そうした上の女房たちの顔を、このごろ皆見知るようになってから考えても、

浮舟の姫君ほどの美貌の人は、いないと思うのだった。

陽炎に揺れて美人に見えてくる  牧浦完次

時が流れ、明石中宮が亡き源氏や紫の上を弔う法華八講を催した。

その場で女一宮を垣間見た薫は、その美しさに魅せられ恋心を抱く。

そして、その妹である妻・女二宮に、彼女と同じ装束をさせてみたりする。

薫はそうした折々にも大君を想い、

「あの人さえ自分と結婚しておれば、こんな目には・・・」

と悔やんでも仕方のないことを、いつまでも考えていた。

昔と遊ぶ酒はやたらと塩辛い  安土理恵

一方、匂宮は女一宮に出仕している宮の君(故・式部卿の娘)に心を寄せていた。

匂宮が今まであれば、八講会に集まった女性の中の人と問題を起こしていた

だろうが、すっかりと冷静になり、性質も変わったように思われた。

ところが近頃になってまた、恋しい故人に似た顔をしている宮の君に惹かれ、

式部卿の宮と八の宮は兄弟なのだからなどと、例の多情な心は、昔の人の

恋しいためという理由に、新たな好奇心もやまず、いつとなく宮の君を恋の

対象として考えるのであった。

また宇治にいた侍従は、若い2人の貴人を覗き見て、姫がどちらにせよ

この人たちに愛され生きておられればと思い、この幸運を自分から捨てて

しまったことを残念に思うと同時に浮舟の姫をしみじみ偲ぶのだった。

人の輪のやさしい方に乗り換える  菱木 誠

【辞典】  死の穢れ

浮舟失踪の知らせを受けた母・中将の君。このとき中将の君は、
浮舟の異母妹の出産が間近に迫り、なかなか家を離れられなかった。
それが飛んでもない結末に、動揺した中将の君だったが、女房の右近の
勧めもあり、世間体を考え亡き骸があるように見せかけた火葬を行った。
当時死は穢れであると考えられており、中将の君の夫・常陸守は穢れが
そのまま自分の邸に持ち込まれ、出産した娘と生まれたばかりの孫に何
かあっては大変と危惧していた。そのため中将の君は葬儀が終わっても
暫くは自邸に戻れなかった。浮舟の隠れ家だった小さな家で過していた。
亡き骸に触れることが出来たわけでなく、生死さえ定かではない、事情を
表沙汰にもできず、悲しみに堪えていた。
そこに突然常陸守がやってきて「まったくこの忙しい時に」と文句を言う。
中将の君は、ここで初めて常陸守にこれまでの事情の説明をすると、夫の
常陸守は驚いた。驚いたことは、そんな高貴な人と付き合いがあったこと。
浮舟の婚約破棄に加担したこの父親が、手の平を返すように娘の死を嘆く。
あんなに死の穢れを嫌っていたのに。

三角に握ってすます了見ね  山本早苗

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コロコロ携え草ぼうぼうの駅に立つ  山口ろっぱ


 浮舟と匂宮

橘の 小島の色は 変わらじと この浮舟ぞ  ゆくえ知られぬ

橘の小島の色は変わらず、ずっと同じでいられるのでしょうが、
この浮舟のような私の身の上は、どこへ行くのか分らないのです。

「巻の51 【浮舟】」

浮舟のことが忘れられない匂宮は、中君に届いた手紙から、

浮舟がに匿われていることを直感する。

夜も遅く宇治を訪れた匂宮は、山荘の戸を叩いた。

右近は、格子を叩く音を聞きつけて「だれですか」尋ねると

咳払いが聞こえ貴人らしい気配に、薫が来たものと思いこんだ。

「はやく戸をあけておくれ」 声は薫に似せ、

低い声だから違う人とも疑わず、右近は格子をあけ放した。


「道でひどい災難にあってね、恥ずかしい姿だから、灯を暗くして」

と言われるものだから、右近はあわてて灯を遠くへやってしまった。

盆栽は松の自意識踏みにじり  杉浦多津子

匂宮はそのまま薫になりすまし、浮舟の寝室に入り契りを交わしてしまう。

浮舟は漂う匂いに男が薫でないことを悟った。

浮舟はその行為のあさましさに驚いたが、相手は声も立てさせない。

あの二条の院の秋の夕べに人が集まって来た時にも、

この人と恋を成り立たせねばならぬと、狂おしく思った人だから、

激しい愛撫の力でこの人の、意のままに任せたことは言うまでもない。

初めからこれは潜入者であると知っていたなら、

今少し抵抗の仕方もあったが、こうなれば夢であれと思う浮舟であった。

整列も右向け右も苦手です  森田律子


匂宮と浮舟宇治川を渡る

何日か経って薫が宇治にやってきた。

申し訳のなさと後ろめたさがあって浮舟は、ろくに話もしない。

長く逢えなかったことが寂しいのだろうと考えた薫は、

「貴女のために建てている邸がもう出来上がるから、すぐ京に迎えるよ」

と優しい言葉で浮舟を慰める。

2月が過ぎて、匂宮は宮中で何気なく歌をくちずさむ薫を見かける。

浮舟が心から離れない匂宮は、薫のその姿に、たまらない悔しさを感じ、

無理を押してふたたび宇治を訪れる。


雪の中を宇治にやってきた匂宮は、山荘から浮舟を連れ出し、

用意させていた小舟に乗せて宇治川を渡り、対岸の別荘に籠もる。

浮舟は抵抗するすべもなく、過激で手慣れた匂宮の情愛を受け止め、

そのまま燃えるような2日間を過した。

野暮なこといいっこなしの膝と膝  田口和代

匂宮の深い情にほだされた浮舟は、薫への罪悪感があるものの

匂宮に惹かれはじめていく。

とはいえ、何日も逗留しているわけにもいかない、

匂宮は翌日、
浮舟に「必ず迎えにくる」と約束して京に帰っていく。

そうとは知らない薫は、浮舟を京に迎える準備に忙しい。

浮舟の母である中将の君も大いに喜んだ。

それらを目の当たりにして浮舟の心は、薫と匂宮の間で揺れ動く。

飛んでいる一線越えたあたりから  通 一遍

京に帰った匂宮は、薫の建てる浮舟の家が4月頃の完成すると知る。

そこで負けじと、匂宮は3月末に入居できる邸を手配する。

薫も匂宮もそうした進捗状況を、愛の言葉を添えて浮舟に知らせる。

浮舟は2人の狭間で、思い悩むばかり。

けなげに世話をしてくれる薫。

こころの赴くままの情熱的な匂宮。

浮舟は、今はもう自分が生きているのが悪いと、思うようになっている。

針の穴心の穴と計りかね  河村啓子

浮舟の心中も匂宮のことなども露知らず、薫は浮舟を迎えることに必死。

今では、中将の君からも信頼され、宇治でも引越しの準備がすすむ。

そんな薫が、ふとしたことから浮舟と匂宮の関係を知ることになる。

薫の手紙を送る使者が、別の恋文の使者と行き合い、

後をつけてみると匂宮の使者だったというのだ。

そういえば思い当たる節がいくつもある。

しばらくぶりに逢ったときの浮舟の様子がおかしかったのも、

そのためだと思われてくるのだった。

親友が僕の彼女を横取りに  樋口百合子

薫は、匂宮の非道さを恨んだ。

しかし、東宮候補である人物と表立って争うことはできない。

薫は、嫌みを込めた手紙を浮舟に送り、山荘の警備の杜撰さを叱った。

当然、警備は強化される。

山荘を囲む大勢の警備、薫から不実を攻め立てられる手紙、

浮舟は、この上は自分が死ぬしかないと入水を決意する。

冬の絵にストンと落ちて終わる恋  上田 仁

浮舟は匂宮から来た、3月末には京に迎えられるという手紙にも、

返事を書いていない。

たまらなくなった匂宮は、また宇治へやってくる。

しかし今度は山荘の周りに大勢の警備がいて、易々とは近寄れない。

匂宮は離れた場所で待機し、供人に様子を見てくるよう促す。

供人が連れ戻ってきた浮舟の侍従は、

「今日は無理です。どうかお帰りください」と泣きながら事情を説明する。

仕方なく匂宮は引き揚げた。

侍従は匂宮が泣く泣く帰っていったことを浮舟や右近に話す。

夕焼けも入る鞄を携える  合田留美子


仲睦まじい浮舟と匂宮

匂宮を断わり帰してからも浮舟の煩悶はつづいた。

匂宮の描いた絵を出して眺めているうちに、その時の手つき、

美しい顔が
まだ近い所にあるように見えてくる。

そんなにも心から離れない方だから、

最後にひと言の話しもできなかった
昨夜のことは、悲しくてならない。

初めから同じように「永久に愛して変わらない」と言ってくれた薫も、

自分が死んだ後、どんなに歎くことだろう、

その人への恋を忘れた心変わり
で死んだのだと言う人もあろうと、

想像するのも恥ずかしいことだったが、


軽薄な心で匂宮に奔った、と薫に思われるよりは、まだそのほうがいい。

節くれ立つ手は命の匂いする  池田貴佐夫 

母も恋しかった。

平生は思い出すことも、逢うこともない異父の弟や妹も恋しかった。

二条の院の女王を思い出してみても、恋しい。

またその他にも、もう一度逢いたいと思われる人たちがいっぱいいる。

夜に人に見られずに家を出て行くのは、どこをどうして行けばいいか

などという考えばかりが奔って、なかなか眠りつけない。

朝になれば川の方を眺めながら「羊の歩み」よりも早く

死期の近づいてくることが悲
しかった。

死ぬ覚悟をしている自分とも知らず、心を遣ってくれる母の愛が悲しい。

浮舟は仏へ敬意を表する型として、帯の端を肩から後ろ向きに掛け、

経を読み続けた。


親よりも先に死ぬ罪が許されたいためである。

いつも負を捜して濁る水たまり  宮井いずみ

【辞典】 匂宮から絵のプレゼント

匂宮が突然現れ、浮舟と強引に契りを交わした次の日、
匂宮は自分の置かれた
立場も顧みず、ここに残ると言い出した。
本当に手前勝手で情熱的な匂宮である。
その日は一日中、匂宮は飽きること
なく浮舟と睦みあい浮舟も女の扱いに慣れた
浮舟に惹かれていく。
さて、その時に匂宮は浮舟にちょっとした贈り物をしている。

男女が2人仲良くしてえいる姿を筆で描き、浮舟に
「寂しいときには、この絵を見て
心を慰めてくださいね」と渡し、
「いつもこうしていたいのですよ」と涙にながらに言う。

そんなことをされたら、色恋の経験が浅い浮舟の心はメロメロに。
しかもその絵はとても上手。こんなプレイボーイの資質は、祖父の光源氏
ら受け継いだもの。さらに絵の才能も光源氏から引き継いだものなのだ。

ひと通り遊びましたと鹿威し  美馬りゅうこ

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あなた好みにG線上に溶けてゆく  田口和代


傷心の浮舟を思う中将の君

さしとむる 葎(むぐら)やしげき あづまやの あまりほどふる 雨そそぎかな

雑草が生い茂って、簡単には入り込めない東屋。
こんな場所であまりにも待たされ、雨に濡れてしまったことよ。

「巻の50 【東屋】」

浮舟の母である中将の君は、の尼からの希望を伝え聞いたが、

あまりにも違う身分ゆえに、本当のこととも思えず、

浮舟の婿に左近少将を選んだ。

ところがこの左近少将は、常陸介の財産が目当てだったので、

浮舟が継子だと知るや否やいきなり 破談にして、

浮舟の妹である常陸介の実子に乗り換えてしまう。

浮舟を不憫に思った中将の君は、暫く中君のもとに預けることにした。

妥協することを知らないボタン穴  合田留美子


浮舟に言い寄る匂宮

中君は戸惑うが、異母とはいえ不憫な妹でもある浮舟を放っておけず。

邸の人目の触れないところに住まわせることにした。

ある日、浮舟が中庭の花を寛いで眺めているところに、匂宮

「私の邸にこんな美しい娘がいるとは」と言いながらやってくる。

好奇心が強く多情な匂宮は、
この機会をはずすまいとするように、

屏風を押しあけ、ズカズカと室へはいって来た。


そして「あなたはだれ。名が聞きたい」と言い、迫ってくる。

匂いから噂に聞く大将なのかもと思ったが、浮舟は恐ろしさを感じた。

「まあァ どういたしたことでしょう。けしからぬことをあそばします」

宮とも知らない浮舟の乳母が無礼な男を物凄い形相で睨みつける。

が宮は、
「だれだと言ってくれない間はあちらへ行かない」

と言い、なれなれしく浮舟に擦り寄ってくる。

浮舟は恐ろしさと緊張とで汗びっしょりだった。

群れてみますか脈拍が足りません  前中知栄

そんな所へ宮中からの使者が、明石中宮の病気の知らせを持っててくる。

匂宮は諦めざるを得ず、その場を去り、浮舟は危機を脱出する。

話を聞いた中将の君は驚いて、浮舟を三条の隠れ家に移すことにした。

この出来事もあり中将の君は、二人の貴人を比較して見る。

芳しい美貌の匂宮ではあるが、憧れの意識を持つことはできない。

娘を侮って無法に私室へ入ってくる方であると思うと、腹立たしい。

一方、薫は娘に興味を持っていながら、素知らぬ顔で本音を隠している。

それは残念なことだが筋を外さない立派な人だと、薫の方に好感を持った。

しかし若い浮舟は、匂宮の方に心を傾けるだろうと思うのだった。

哀しみに音あり淡い彩のあり  嶋澤喜八郎


隠れ家の浮舟と薫

一方、宇治では御堂が完成し、山荘の改築も済む。

そこを訪れた薫が弁と話していると、浮舟が自分の邸に近い三条に

移り住んでいると聞かされる。

薫は、弁にその隠れ家にいくよう要請する。

薫の手配した車で隠れ家に弁が行くと、心細い思いをしていた浮舟も、

顔見知りの弁の顔を見て気持ちがやわらげる。

その日の夜、宇治からの用事で来たと言って、秘かに門がたたかれた。

弁は薫だろうと思い、門をあけさせると、車はずっと中へ入って来た。

薫は弁を呼び浮舟へ取り次がせる。

弁は無下には出来ず薫を浮舟の部屋の方へ招くと、決意をしていた薫は、

そのまま浮舟の部屋に入り込み、新枕を交わしてしまう。


その後、薫は三日間の結婚の契りをむすんでしまうのだった。

そして朝ぷいと他人で出るホテル  上田 仁


 浮舟 宇治に着く

翌朝、薫は浮舟や弁を引き連れて宇治に向う。

薫は、その人(大君)でない新婦を宇治の山荘に伴って来たことを、

この家に泊まっているかもしれない故人(八の宮)の霊に恥じたが、

こんな風に体面も思わぬような恋をすることになったのは、

誰のためでもない、
昔、いわゆる大君が忘れられないからではないか、

などと考え
家へ入ってからは、新婦を労わる気持ちでしばらく離れていた。

その浮舟は自然の川をも山をも巧みに取り扱った新しい山荘の庭を眺め、

昨日までの仮住居の退屈さが、慰められるのだった。

が、薫は
自分をどうしようとするのだろうと、その点に不安を感じていた。

泣いているくせに何でもないなんて  嶌清五郎

薫は、さてこの人をどう取り扱うべきか、

今すぐに妻の一人としてどこかの
家へ迎えて住ませることは、

世間から非難を受けることにもろうし、


そうかといって他の侍妾らといっしょに 女房並みに待遇しては

自分の本意にそむくなどと思われ、心を苦しめていた。

が、当分は山荘へこのまま隠しておこうと思う結論に至る。

心象風景の中で蝶と戯れる  笠嶋恵美子

【辞典】 金持ちの受領

浮舟との婚約を破棄した左近少将は、その実家の財産が目当てだった。
実子でない浮舟との結婚では、自分に財産が回ってこないと考えたのだ。
ではなぜ、常陸介はそんなにお金をもっていたのだろうか。
常陸介は常陸の国を統括する責任者である。
諸国の行政を司るこれらの人は、
受領と呼ばれ各地で主に税の徴収をする
職にあるから、自分の才覚で、
民衆から税をかき集め、私服を肥やすことが
できたのである。

しかし、この常陸介は財力はあっても、学問や文化は身に付けていない人物
であったため、
風流なところを見せようと、財力にまかせて、見栄えのいい
女房を呼び寄せ
楽器や調度などを、やたらと沢山集めている。

子沢山の娘たちの部屋には、そんな調度が山のようにある。
左近少将に浮舟との婚約破棄を許し、代わりに実子の娘を嫁がせたのも、
左近少将
が帝に可愛がられているという言葉を愚直に信じ、金があっても、

足りない肩書きが、欲しかったためなのである。

痩せたイグアナはガラパゴスへ帰る  井上一筒

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