- 2022/10/05
- Category : ポエム&川柳
「鎌倉殿の13人」ドラマを面白くみるために‐39
阿闍梨公暁 VS 二代将軍・源実朝
「実朝暗殺、黒幕は誰か」
それを聞いた人がいることから、犯人は公暁である…とされている…。
ている。もし石段で事件が起ったのなら、護衛兵の目前で暗殺が簡単に
遂行されること自体、きわめて不自然ではないのか。
ことによって、その背景は謎に包まれている。
公暁が将軍になれば、義村は幕府の権力を手中にできる。
が、義時を討ち損じてしまう。
その功により駿河守に任官している。
実朝殺害後、公暁は義村を頼っていることから、この事件の黒幕が義村
であるとする疑惑は根強い。
姿を消した。代役を務めた実朝側近の源仲章が、義時に間違われて殺害
されていることから、義時のグッドタイミングすぎる退出に疑惑の目が
向けられているのである。
ない、などのことから、両者の共犯ではないかとする説もある。
するものもある。
北条義時 三浦義村
1月27日、鶴岡八幡宮の社頭であった。
いるのだ。実朝の乳母が北条氏であるように、義村の妻もまた、公暁の
乳母だったのである。
ッチ・プレーである)
三浦側は幸先よく実朝を誅殺するが、ここから事件は、複雑な屈折を見
せはじめる。むしろ実朝以上に本命だった義時が、するりと逃げだして
しまうのだ。つまり、公暁・実朝戦には決着がついたが、義時・義村は
勝負がつけられなかったのである。
殺した大犯罪人だ」
ることにする。
そうとも知らず、義村との同盟を信じて、その邸に行こうとしていた
公暁は、実にあっけなく殺され、哀れな最期を遂げるのである。
義村は、養君殺しの汚名を着せられたわけだ。
そして <クーデターは、まことに中途半端な形で終ってしまう―>
というのが私のこの事件に対する判断である。
4代将軍の地位をという甘言に乗った公暁
これまでの説から見れば大分違う。 しかし自慢するわけではないが、
いま学界でもほぼこの見解が認められている。
(これは単なる肉親の私怨からの凶行ではない)
鎌倉の実力者が「ナンバー2の座を賭けて争った」ことがそのポイント
なのだ。
解さない考え方だというべきかもしれない。
乳母である北条氏と実朝の緊密な関係を思いおこしていただきたい。
執権が手を組んでこそ<幕政の運営がスムーズにゆく>ことなどを考え
れば、実朝が北条氏にとっていかに大切な存在だったか察しがつく。
からだという説がある。
が、これは事件の全貌に対する認識不足からである。
この事件は、公暁の単独犯行でもなければ、義村と公暁だけの秘密計画
でもない。
もっと規模の大きいクーデターであって、当時の史料を見ても、八幡宮
の僧兵などが多数動いている。ということは、すなわち、義時側に味方
する僧侶も何人かいたということでもある。 義時は、
救うところまでは手が及ばなかった>
と、いうのが真相ではあるまいか。
の怪物ぶりを賞賛すべきかもしれない。
この二人に比べれば、実朝・公暁は、黒子に操られた人形にすぎない。
むしろ「将軍殺しの惨劇」の終った後の、両者の駆引きこそが、
見ものなのである。
友ではあるが仲間ではない2人
するところである。
義時は、
「かくなる上は…」
事実、両者の戦いはまだ何度も続く。
九回の表裏が終るのは、彼らの子供や孫の代になってからのことなのだ。
一世一代の大勝負だといっていい。




