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川柳的逍遥 人の世の一家言
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秋の空小さな嘘が恥ずかしい  雨森茂樹


       野  分 (土佐光吉)

おほかたに 荻の葉すぐる 風の音 うき身ひとつに しむ心地して

ただ普通に荻の葉を過ぎていく風の音。大した音ではないのに
つらい私の身の上には、それが心に深く染み入ってくる気がします。

「巻の28 【野分】」

秋も深まり、都に激しい野分が吹き荒れる。

草木は倒され、室内を目隠しする御簾も煽られ、人々は大わらわである。

春の御殿でも暴風が、庭木の枝をあちこちにしならせて、

一滴の露もんこらぬほどに、
吹き散らしている。

紫の上は、それが心配で縁側近くまで出て、眺めている。

光源氏は、明石の姫のことが心配でそちらのほうに行っている。

そんなところへ夕霧が、風の見舞いのために春の町にやって来た。

源氏は自分と同じ過ちを犯されては困ると、

夕霧を紫の上から遠ざけていた、が。


そこで夕霧は、紫の上のすがたを見かけてしまうのである。

錯覚でしょうか風が止まっている  小池桔理子

夕霧は紫の上を一目見て、すっかりと心を奪われてしまった。

その魅力は自分にも降りかかってくるほどである。

父である源氏が自分を紫の上から遠ざけていたのは、

これほどの美しさのゆえだったのか。

夕霧は何となく恐ろしくなり、慌ててその場を立ち去った。

それと時間差もあまりなく、源氏が明石の姫の部屋から戻ってくる。

夕霧は今はじめて参上したかのように咳払いをして、
すのこ
簀子のほうへ歩いて出た。


源氏は夕霧に中を見られたのではないかと、気遣った。

その先にきゅうと電車の泣くカーブ  八上桐子



  野分の襲来

翌日、風は少しおさまっている。

源氏は夕霧を伴い、みんなの様子を見に行く。

秋好中宮、明石の姫と順に訪れたのだが、夕霧の様子がどうもおかしい。

どうも虚ろなのである。

どさくさ紛れに、夕霧は紫の上を見たのだと悟る。

次に訪れたのが、玉鬘の部屋。 

玉鬘は昨夜の恐ろしい野分に眠れず、


今朝は寝過ごして、ちょうど鏡の前で見繕いをしているところだった。

日の光が斜めに差し込んできて、

玉鬘は目の覚めるような美しい姿で座っていた。


源氏は風の見舞いにかこつけても、いつもの如に自分の恋情を露わにする。

当分はピンクで埋めておく余白  田岡 弘

夕霧は何としても、玉鬘の顔を見たいものと前々から思っていた。

御簾をそっと引き上げ、中をうかがうと、

邪魔になるものをすべて取り除いてあるので、奥までよく見える。

夕霧は驚愕した。

玉鬘が源氏の腕に抱かれるばかりに、近くに寄り添っている。

いくら親子とはいえ、とても信じられなかった。

玉鬘は困ったような表情だが、それでも素直な態で源氏に寄りかかっている。

玉鬘は父・源氏が自分の手元で育てた娘ではないので、

こんな色めいた心を持っているのだろうかと思うと、

疎ましく感じるのだった。


ほんとか嘘か脈拍だけが知っている  笹倉良一

その後、夕霧はひとり明石の姫の部屋へと出かけた。

姫は紫の上の部屋へ出かけいなかったが、すぐに戻るということだった。

そこで夕霧は垣間見た美しい人々と、明石の姫を比べてみたくなった。

すると几帳のほころびから、明石の姫が通り過ぎるのがちらっと見えた。

薄紫の召し物で、髪がまだ背丈まで及んでいない。

その先が広げた扇の形をしていて、

ほっそりとした小さな体つきがいかにも可憐である。


一昨年見たときよりも格段と美しくなったようだ。

紫の上を「桜」、玉鬘を「山吹」に喩えるならば、

この姫君は藤の花とでもいうところか。


さらに、祖母の大宮のもとに戻ってみると、そこでは、

近江の君のことを愚痴っている内大臣をみるのだった。

八起き目の朝こそえくぼたしかめる  桑原すゞ代

【辞典】 夕霧がみた三つの花

「紫の上」
春の曙の露の間より、おもしろき樺桜の咲き乱れたるを見る心地す。
「玉鬘」
八重山吹の咲き乱れたる盛に、露のかかれる夕映えぞ、ふと思い出らるる。
「明石の姫」
これは藤の花とやいふべきならむ。小高き木より咲ききかかりて、
風になびきたる匂いは、かくぞあるかし。

温い息感じて目覚めれば独り  猫田千恵子

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淋しさに私の未熟溢れ出る  宮崎美知代


    平安貴族の衣装

篝火に たちそふ恋の けぶりこそ 世には絶えせぬ 炎なりけれ

篝火と一緒に立ち上がる恋の煙は、絶えることない私の想い…
永遠の愛の炎なのです。

「巻の27 【篝火】」

内大臣が引き取った娘・近江の君が笑いものになっている。

その噂を伝え聞いた源氏は、

「どんな事情があるにせよ、内大臣のやり方は感心しないね。

   ひっそり暮らしている娘を自分の都合で引っ張り出し、

   大袈裟にとりたて、挙げ句の果てには世間の笑いものにしてしまう。

   何事によらず、取り扱いの仕方ひとつで、

   穏やかに事を済ませることができるのに」

と内大臣を批判した。

あいまいな男と小さい影を曳く  森中恵美子

玉鬘はそれを聞き、たまたま源氏のもとに身を寄せた幸運を思った。

自分も九州の田舎育ちで、貴族の世界のことなど何一つ知らなかった。

近江の君と少しも違わないのだ……

いきなり内大臣の前に名乗りをあげていたら、

近江の君の二の舞になっていたかもしれない。

源氏の自分に寄せる気持ちに厄介さはあるが、

それでも自分の情に任せて強引な振る舞いをすることはない。

いよいよ思いやりは、深まるばかりである。

玉鬘はしだいに源氏に心を許していく自分に気づいた。

情に酔い女虚ろな紅を引く  上田 仁

やがて季節は秋。

源氏は和琴などを教えると称し、玉鬘を訪ねる。

でも、自制心を働かせ、添い寝をしても、身体を求めたりはしない。

外は日暮れて、源氏は「篝火をつっけなさい」と供のものに命じる。

篝火に照らし出された玉鬘の姿は、美しかった。

長い黒髪の手触りもひんやりと艶やかで、

身を固くしているしている様子が、なんとも切ない。

寄り添うだけで、それ以上進まない仲なんてあるだろうかと、

源氏は小さく溜め息を漏らすのだった。

脱皮への方程式が見付からぬ  松下和三郎

そこに音楽が聞こえてくる。

夕霧が内大臣の息子たちと集まり演奏をしているのだ。

「ほら、ごらんなさい。東の対から美しい笛の音が聞こえてくる。

   夕霧がいつもの友達と遊んでいる。あの笛の音は柏木のものだね」

玉鬘はそっと耳を澄ませた。あそこに実の弟の柏木がいる。

何も知らずに一心に笛を吹いている。

そう思うと、いとおしい。

源氏は使いをやり、夕霧たちを呼び寄せる。

後の二人は、ともに内大臣の息子である柏木紅梅である。

浜風がそっと耳打ちした夕べ  合田瑠美子

源氏は柏木に琴を渡し「早く、早く」と演奏するように催促する。

「御簾の中には、音色の善し悪しを聞き分ける人がおいでなので」

それを聞いて玉鬘は切なくなる。

この御簾の向こうでは、

自分の弟たちが自分のために合奏してくれるのだ。

柏木は自分の姉とも知らず、琴を引くてが緊張のあまり震えていた。

あれほど恋焦がれた人が、

あの御簾の中で自分の演奏に耳を済ませている。

源氏はそうした状況を、何を思ってか全身で感じとっていた。

篝火の中、美しい琴と笛の音が月明かりの空の中へ消えていく。

そしてまた待たされている正直者  山本昌乃

【辞典】

篝火は、源氏物語全巻のなかで最も短い巻です。
玉鬘の巻の12分の1.短い常夏の巻にも7分の1の短さである。



「平安貴族の正装」
平安貴族の男性の正装は、朝廷に出向くときに着用し束帯と呼ばれる。
重ね着の一番上に袍(ほう)という衣装をつけ、それをベルトのような
皮の帯を使って、こしで束ねることから「束帯」という名がついた。
女性の正装は、俗に十二単と呼ばれている女房装束である。
(ひとえ)や袿(うちかけ)などの上に唐衣を着て、腰から下には裳をつけた。

その狭間万葉仮名で抜けてこよ  大葉美千代

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”あ”ですか いえ”ん”でございます  山口ろっぱ



撫子の どこなつかしき 色を見ば もとの垣根を 人やたづねむ

撫子のように美しいあなた。母である常夏の人を思い浮かべてしまいます。
あなたを見たら、内大臣はきっとお母さんのことを聞いてくることだろう。

「巻の26 【常夏】」

暑い夏。六条院の東の釣殿で、夕霧を相手に涼をとっていた光源氏を、

内大臣の息子たちが訪れる。

源氏は夕霧と雲居雁との一件が面白くない……そこで源氏は

「内大臣が行方知れずだった娘をみつけ、引き取ったという噂は本当?」

と内大臣の息子たちに問いかける。

息子たちは答え憎そうにしながら、それは本当の話で、

内大臣の夢占いに、「実の子が他人の子として育てられている」

という結果が出て、探すと名乗り出てきた娘がいるという。

「ならば、雲居雁との仲をお前は、お引き裂かれてしまったのだから、

   その娘にしたら」


と夕霧に言う風を装い、それは内大臣に向けての皮肉を言ったのだった。

落葉掃くこの楽しさは何だろう  笠嶋恵美子


納涼で夕霧や内大臣の息子らと談笑する源氏

内大臣と源氏は、大体は仲のよい親友なのだが、ずっと以前から

性格の相違が原因になったわずかな感情の隔たりがあった。

このごろはまた夕霧を侮蔑し、失恋の苦しみをさせている内大臣の態度に

腹に据えかねるものがあり、皮肉を吐いたのである。

夕暮れになって、源氏は一人玉鬘のいる西の対にでかけるので、

内大臣の息子たちも源氏を送ろうと、そちらのほうへ移動する。

ボサノバのリズムで源氏物語  くんじろう

源氏は玉鬘の御簾に入り、

「御覧なさい。内大臣の子息たちを連れてきましたよ」という。

「みんなあなたに下心を抱いているのです。

   あの方々は教養のある人たちですけど、特に内大臣の長男である柏木は

   こちらが気恥ずかしくなるほど、人柄が優れています」

玉鬘はそっと覗いてみた。

自分の実の弟たちなのだ。


夕霧は、こうした立派な人たちに混じっても、際立って美しい。

「うちの夕霧を嫌うとは、内大臣もどうかしている。

   約束しあった幼い同士の仲を長い間裂いて、内大臣の気持ちが情けない」

と言いながら、源氏は溜め息をついた。

玉鬘は実父と源氏との間に、こうした感情の疎隔があることを初めて知る。

そして親に逢える日が、まだ遥か遠いことと思うと悲しくもなるのだった。

耳たぶは秋の寒さになっている  河村啓子

一方、内大臣は、雲居雁のことが残念でならなかった。

源氏が玉鬘にしたように、雲居雁を使い公達をやきもきさせたかったのに、

そう思うと今さらながら悔しかった。

夕霧とはそれほど昇進しないうちは、結婚を許すまいと思うのだが、

その一方で父親の源氏が謝れば、

夕霧の雲居雁との結婚を許してもいいと思っていた。


だが、源氏も夕霧もさっぱりと結婚を申し込む気配を見せない。

それがますます内大臣を不愉快にさせるのだった。

内大臣には頭痛の種が、もう一つあった。

玉鬘の噂を聞くたびに、夕顔の娘が偲ばれてならない。

そこで夢のお告げに従い、柏木に捜すように命じたのだ。

名乗りでたのは、近江の君という娘だった。

気づかいを気づかれなくて気を落とす  大海幸生


近江の君を訪う内大臣

この近江の君という娘が、とんでもない田舎娘だった。

顔立ちはそれなりに愛嬌があり、元気があり余っている。

でも、おでこがとても狭いこと、突拍子もない言動、ものすごい早口、

内大臣は話しているだけでうんざりしてしまう娘なのだ。

折角、引き取っても不自由な思いをさせていることを気づかった内大臣に

「不自由なんて、そんな心配はありません。

   人よりも立派に見られたいと
考えているなら窮屈でしょうが、

   私などは、便器掃除の役でも何でも致します」


と近江の君が言うので、内大臣は思わず笑い出した。

「それは不相応な役目のようだ、あなたに親孝行の気持ちがあるなら、

   もう少しゆっくり喋ってもらいたいがね」

と内大臣は少しおどけて、にこにこ笑いながら言う。

ゴキブリをぴしっと決める女です  合田瑠美子

内大臣は笑ってはいるものの、やはり一番厄介なのは近江の君である。

そこで冷泉帝のもう一人の娘・弘徽殿に女房として使ってくれるよう頼む。

「今、女御が里帰りしています。ときどきそちらに参上して、

   女房たちの立ち振る舞いなどを見習いなさい」


と内大臣が言うと

「まあ、なんて嬉しいことでしょう。

   宮仕えのお許しさえいただければ、
水を汲み、頭に載せて運ぶことも

   厭わず、お仕えいたしましょう」


と、近江の君はすっかり上機嫌になり、もっと早口で喋り出すので、

内大臣はすっかり匙を投げてしまった。

何かあったらしい今夜の飲みっぷり  美馬りゅうこ

弘徽殿は、近江の君とはまだ会っていないので、

噂ほど変な娘ではないだろうと、
父・内大臣の頼みを受けてくれた。

近江の君は、

「いくら父上が、私を可愛がってくださっても、

   お姉さまが私を冷たく
なさったら、私の身の置き所がなくなるもの」

と言い、弘徽殿に手紙をだすことにした。

近江の君が、その手紙に添えた和歌は、


草わかみ ひたちの浦の いかが崎 いかであい見ん たごの浦波

届いた和歌を弘徽殿が目にすると、

「使ってもらえてうれしい」 

ということらしいのだが、文面も筆跡も変なのだ。


和歌のなんとなく分かる意味は、「いかであい見ん」だけである。

何とかしてお目にかかりたいということ。

その歌に彼女の知る限りの地名が詠み込んであり、

「ひたち」は常陸、
「いかが崎」は近江、「たごの浦」は駿河で、

要は支離滅裂の内容なのだ。


弘徽殿は、なんとも先が思いやられるのだった。

プーチンによく似た魚は釣りにくい  ふじのひろし

【辞典】 常夏

常夏の巻名は「撫子のとこなつかしき…」という和歌に由来する。
常夏は、玉鬘の母親、夕顔のこと。
内大臣は夕顔のことを「常夏の君」と呼んでいたのである。

二巻で内大臣が行方不明になった恋人・夕顔のことを語るくだりがある。
夕顔が、生まれた子どもを撫子にたとえ、内大臣に和歌を贈り、
内大臣はそれに
答え、夕顔を常夏にたとえ愛情を示している。

また「常夏」は、妻や恋人などを称して使われる言葉でもある。
内大臣は夕顔の撫子の言葉を受けて、常夏という言葉にかけて返歌した。
そして今、源氏は成人した夕顔の娘・玉鬘に向け撫子という呼び名を使った。
亡くなった母が自分の娘をたとえ、恋人に贈った呼び名である。
二巻でも内大臣は、行方不明になったこの親子を探していると、
源氏に告白している。


常識の波にただよう薄ぐもり  皆本 雅

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わたくしに似合う夕陽はどれですか  清水すみれ

 
    西の対

鳴く声も 聞こえぬ 虫の思ひだに 人の消つには きゆるものかは

鳴く声も聞かせず、あなたを照らして光る蛍は私と同じ思いなのでしょう。
人が消そうとしても、蛍の光と同じように私の思いは簡単には消せません。

「巻の25 【蛍】」
                たまかつら
光源氏からの告白を受けた玉鬘は、心が苦しくてたまらなかった。

実の父・内大臣のもとで、源氏から求愛されるならまだしも、

世間的な父親に想いを寄せられるなど「なんとおぞましい」と思っている。

最近では、熱心に求婚する蛍宮と結ばれるほうがいいと思うほど。

そんななか、例によって源氏が蛍宮からの恋文をチェックし、

なにやら侍女に色よい返事を出すよう指示をしている。

何となく、面白がっている様子なのだ。

玉鬘には、父親として見せるこんな態度の源氏と、愛を告げた人とが

同じ人物とは思えないくらい、彼の気持ちが理解できないでいた。

蜥蜴の青をまとう左半分  森田律子

色よい返事をもらった蛍宮は、その夜、早速、玉鬘のもとへ出かけた。

当然、御簾ごしの対面だが、蛍宮は熱心に玉鬘へ口説きの言葉を投げる。

そのときである。 

明かりの乏しい当時の室内に、突然ぱっと光が灯る。


慌てた玉鬘はとっさに扇で顔を隠すが、

蛍宮の目には彼女の横顔が焼きついた。


初めてみた玉鬘の美しさに、一層、心を揺さぶられるのであった。

一条の光に見えてあれは罠  平井美智子


その明かりの犯人は、夥しい数の蛍だった。

そしてその蛍を解き放ったのは源氏であった。

蛍宮を色よい返事で呼び寄せ、たくさんの蛍を仕込んでおき、

一斉に放したのだ。


優雅ないたずらだが、源氏はいったい何を考えているのか。

おしまいの一分間は笑いたい  吉川幸子

それからしばらく経って、梅雨の長雨がつづく頃、

源氏はまた、恋文チェックでもしようと思い、玉鬘もとを訪ねた。

六条院の女君たちは物語に熱中している。

田舎暮らしが長かった玉鬘も、見たこともないような物語の世界に触れ、

それを書き写したりして日々を送っていた。

源氏はそんな玉鬘を相手に「物語の虚構にこそ真実が宿っている」

という独自の物語論を説く。

惑星に帰ろう桃の種持って  藤本鈴菜


    夕 霧 模写 三田尚之)

その頃、夕霧明石の姫の子守で人形遊びの相手をしていた。

源氏は夕霧を紫の上には近づけないようにしていたが、明石の姫の許へは、

出入りを許していた。


自分が死んだ後、夕霧が後見になる際、気心も知り、

親しんでいたほうが都合がいいと考えたのだ。

源氏はこの二人の実の子を、大切に扱っていた。

夕霧は明石の姫と人形遊びをまめまめしくしながら、

時折、雲居雁と遊んだ頃を思い出し、涙ぐんでいる。

夕霧は雲居雁を忘れることがなかった。

だが彼女の女房から「六位風情」と軽蔑されたことが今でも、心が苛む。

梅雨空を剥がすと好きが溢れ出す  和田洋子     

もし夕霧が、雲居雁になりふり構わずつきまとっていたなら、

内大臣も根負けして、二人の結婚を許したに違いなかった。

あるいは源氏が頭を下げたなら、話は違っていたかもしれない。

だが、夕霧は何としても内大臣に理非を判断していただかねばと

心に決めていて、雲居雁にだけは並々でない恋心を抱きながら、

表向きは、一向に焦ったところを見せようとしない。

それがまた内大臣はしゃくに障るのである。

内大臣にはたくさんの子供たちがいたが、娘はそう多くない。

弘徽殿女御も中宮にと期待したが、秋好中宮に先を越され、

雲居雁も東宮妃にと目論んでいたが、夕霧の為に思い通りにならなかった。

脱皮への方程式が見付からぬ  松下和三郎


    競 馬

【辞典】 花散里への愛情

源氏物語の本文から割愛されたエピソードがふくまれています。
源氏が花散里と一夜を過ごす場面です。

この場面は、蛍の美しい光の映像をイメージさせる下りと、
源氏が観念的な物語
論を展開するくだりの間に挿入されているもの。
エピソードは、花散里のいる
夏町で馬術競技の催しが行なわれた場面から
始まります。 この催しには夕霧がたく
さんの友達を連れてきて、其々が
得意の馬術を競い大変盛り上がるものでした。

その夜、源氏は夏の町に残り、花散里の部屋に泊まります。
花散里は源氏にとって
心が和む大切な人である。
でも寝所をともにすることはありませんでした。二人は別々に
休みます。
花散里はいつも寝る場所である御帳台を源氏に譲り、
自分はその
側に几帳を隔てて寝むのです。
それほど頻繁に訪れるわけではない源氏と枕をともに
するのは、
恐れ多いこと。花散里はそんな謙虚な気持ちをもっている人なのです。

そういう相手だから源氏がここへ訪れるたびに、心が癒されるのでした。

花図鑑に載らない花がひっそりと  雨森茂樹

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せめてもの抵抗 わら半紙のつぶて  和田洋子


  54帖 胡 蝶

花園の 胡蝶をさえや 下草に 秋待つ虫は うとく見るらむ

花園に舞っているこの美しい胡蝶を見ても、下草に隠れて
秋を待っている虫は、つまらないと思うのでしょうか。

「巻の24 【胡蝶】」

三月、光源氏は六条院の池に舟を浮かべ披露する催しを開いた。

大勢の客を呼び、舟の上では演奏も行なわれ、この世とは思えぬ華やかさ。

舟は春の町から続く池を通り秋の町へ。

秋好中宮も美しさに感無量の体である。

きらびやかな余韻を残したまま、秋好中宮が開く御読経の日もやってきた。

僧侶を招きお経を読んでもらう会にも、大勢の貴族たちが集まった。

六条院の秋の町は、今度は荘厳な雰囲気に彩られる。

紫の上は、この会に桜と山吹の美しい春の花を献花した。

蝶と鳥の衣装をまとった少女たちに、

花を運ばせるという優美な演出も加えた。


祝宴のどこかに雨が降っている  河たけこ

さて、六条院に引き取られた玉鬘も、ここに来て早数ヶ月。

邸の雰囲気にも慣れ、徐々に垢抜けしていって生来の美しさが輝いている。

今や夏の御殿の西の対には、非の打ち所のない美しい姫がいて、

源氏が大切にかしずいているという。

噂はすぐに広がり、誰もが我こそこの姫の婿にと胸を焦がしていた。

玉鬘は親しみやすい性格で、誰もが好意を抱いた。

紫の上とも手紙のやりとりをするほどである。

昨日まであなたでしたね再生紙  河村啓子

ただ源氏の苦悩は深かった。

玉鬘に思いを寄せる人が多いほど、婿を決めかねていたし、

きっぱりと父親として振舞えそうになく、

いっそ内大臣に打ち明けて妻にしようかとも思ってしまう。

夕霧は自分の実の妹と信じ込んでいるから、遠慮なくしてくるが、

事情を知っている玉鬘の気持ちは複雑である。

内大臣の子たちは、まさか自分の妹とも知らず、夕霧に仲介を頼んでいる。

そのたびに玉鬘は困り果て、内大臣の娘であることを公にして欲しい

と源氏に願うが、口には出来ず、ひたすら源氏の言うがままに従っている。

もしもなんて甘い事言う頭陀袋  北原照子



実際、玉鬘は困り果てていた。

彼女のもとにラブレター(懸想文)が届くたび、


源氏はそれらの手紙をチェックして、どのように返事を出したら良いのか、

アドバイスをするまでになっている。
                                         ひげぐろ
なかでも熱心なのが、源氏の腹違いの弟・蛍宮と実直な右大将の鬚黒

そして内大臣の息子・柏木の三人である。

「幼い頃から親などないものと過ごしておりましたので、

   途方に暮れています」
と玉鬘が言うと、それに源氏は、

「それなら私を実の親と思ってください。私の並々でない気持ちが

   どれほどのものなのか、どうか見届けてくれないでしょうか」

と、本心を諸には言えず、時々意味ありげな言葉を話の中に挟みこむ。

玉鬘はそれに気付かないので、源氏はいつも溜息ばかりをついてしまう。

ため息で紙風船をふくらます  嶋沢喜八郎

一雨降った後の物静かな黄昏時、源氏は、庭を見ながら玉鬘を思い出し、

いつものようにこっそり西の対に出かけていく。

しばらくは、たわいない話をしていたのだが、ふと見た玉鬘の横顔に源氏は、

「はじめてお会いしたときは、こうまで似ているとは思わなかったけど、

   この頃では不思議なほど似ていて、

   母君ではないかと見間違えそうなときがあるのです」

と、涙ぐみながら言い、

「あの方をいつまでも忘れられず、慰めようもなく過ごして来たのですが、

   こうしてあの方にそっくりのあなたに出会って、夢のようです」

源氏は心の衝動を抑えられず、源氏は玉鬘の手を取った。

そして源氏はそっと召し物を脱ぎ、玉鬘の横に添い寝をするのだった。

駄目もとで一寸ちょっ介出してみる  吉岡 民

玉鬘は源氏の豹変に驚くばかり、そして後から後から涙が溢れてくる。

無垢な玉鬘は知らず知らず、拒否の態度をとってしまう。

源氏は「まさかそれほど嫌われているとは、思わなかった」

と溜め息をつき、「ゆめゆめ今日のことは、誰にもいわないように」

とだけ言い残して立ち去っていく。

玉鬘は、今まで男女関係の経験がまったくなかった。

男と女にこれ以上の接し方があるなど、夢にも思わなかった。

そして誰もが源氏が親代わりに、親切に世話をしていると信じ込んでいる。

寄り添っているのに影に無理がある  三村一子

翌朝、源氏から手紙が届く。

「何もかも許しあって共寝をしたわけではないのに、

   どうしてあなたは意味あり顔でなやんでいるのでしょう」

返事を書かないのも女房たちの手前、具合が悪いので玉鬘は、

「お手紙拝見しました。気分が悪いので、返事は書きません」

とだけ書いた。

源氏はいったん自分の思いを打ち明けたあとは、嫌われようが、

遠慮することなく、直接かき口説くことが多くなった。


玉鬘は追いつめられた気分になり、ついに病気になってしまう。

神は何故ヒト科に涙与えたか  みぎわはな

【辞典】 玉鬘に恋慕する三人の恋文

源氏の異母弟である蛍宮は、源氏に仲介を頼りに、恋文を書き綴る。
内容は、心を寄せてからまだ日も浅いのに、「早く思いをとげたい」と
いうような拙速にはしり、つらつら愚痴を書き連ねている。
次に鬚黒、名の通り鬚ずらの浅黒い顔はいかめしいが、性格は実直。
「恋の山路で孔子も転ぶ」という諺のように、切々と自分の思いを伝えた。
最後は、内大臣の息子・柏木。源氏の評価もかなり高い真面目な人物。
彼は、綺麗な紙を丁寧に小さく結んだものに、見事な筆跡で今風の洒落た
文面を贈った。
三人の恋文を見た源氏が一番高いポイントを柏木の手紙だった。

どちらかの男に丸をつけなさい  嶋沢喜八郎

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