出入口は味方ばかりのものでない 森中惠美子
「汗血千里の駒」・寺田屋遭難の図
慶応2年(1866)1月24日未明、
京都・伏見の「寺田屋」で、龍馬は捕り方に襲撃され、
負傷するという事件が起きた。
世にいう、「坂本龍馬・寺田屋遭難事件」である。
当時、政局は、第二次長州征伐へと向かっていた。
次期将軍と目されていた徳川慶喜が、
みずから京都より出陣するという話も流れ、
京都では、幕府側の警察行動が厳しくなっていた。
京都から底冷えのするラブレター 浜田さつき
龍馬は、遭難2日前の1月22日、相国寺の薩摩屋敷で、
「薩長同盟」を締結させるという”大事業”を成功させ、
23日の夜、定宿としていた寺田屋に戻ったばかりだった。
警戒中の伏見奉行・林肥守配下の捕り方約20人に、襲われたのは、
ひと風呂浴びて、
寝ようとしていた午前3時ごろのことである。
階下で忍び足の音がし、さらに物音が聞えたが、
龍馬は、薩長同盟の成り行きなどを、三慎蔵吉に話している最中で、
物音に気をとめなかった。
難破船セピア色した雨にあう 稲村遊子
その二人の部屋へおりょうが、
宿の裏にあった”秘密の梯子”を上がってきて
「敵が襲ってきました! 槍を持った捕手が、梯子段をのぼってきます」
と告げた。
龍馬は、とっさに袴をつけようとしたが、
隣の間に置いていることを思い出す。
そこで、袴を着けず、浴衣の上に綿入れを羽織った
だけで大小を差し、ピストルを構えて腰掛けに座った。
慎蔵は袴をつけ、大小を差し、槍を構えて、
龍馬と同じように腰掛けた。
言い足りぬ形のままで二歩三歩 山口ろっぱ
すると、大小を差した男が廊下から障子を開けて、中をうかがった。
龍馬が、
「何者だ!」
と怒鳴ると、男は出ていったが、次の間で、ミシミシと音がする。
龍馬が、おりょうに命じて、襖をはずさせたところ
槍を手にした10人ほどの、男たちが構えていた。
龍馬は、
「薩摩の藩士にたいして、無礼ではないか」
と叫んだ。
≪寺田屋に泊まるときの龍馬は、「西郷伊三郎」という名で、薩摩藩士を偽装していた≫
呼ばれたら返事くらいはしなさいよ 岡田陽一
捕り方は、
「上意である。座れ!」
という怒声を放ち、じわじわと間を詰めてくる。
慎蔵が槍を中段に構える。
龍馬は、右端の捕り方めがけて、ピストルの引き金を引いた。
相手が逃げたので、
隣の捕り方に向けてピストルを発射すると、その男も逃げた。
捕り方は槍を投げて攻撃し、龍馬と慎蔵は火鉢と槍で応戦する。
そのあいだに、龍馬は三発目を発射した。
力づくでくるなら受けて立ちましょう 中村酔虎
次の瞬間、障子の陰から躍り出た捕り方が、脇差で斬りかかってきた。
龍馬はピストルで、脇差を受けたが、
右手の親指を削がれ、左手の親指と人差し指も、切り裂かれた。
だが浅手だと思ったのでひるまず、
その男にピストルを向けると、相手は障子の裏へ隠れた。
そこで龍馬は、今度は壁を背に槍を構える男に、狙いを定めた。
慎蔵の肩を台にピストルを構え、ゆっくりと引き金を引くと、
男はまるで眠ったまま倒れるように、ひっくり返った。
このピストルの威力に、捕り方たちは、
怖気づいてるように見えた。
逆境に立つほど燃えている拳 あいざわひろみ
ドンドンと障子や襖を叩いて、大騒ぎするが、攻撃はしてこない。
そのあいだに龍馬は、弾を込めようと回転式弾倉をはずした。
六連発のピストルに、五発の弾が込めてあったが、
すでに、五発とも発射していたからである。
ところが一発込めたあと、龍馬は弾倉を取り落とす。
両手の指を負傷していたため、思うようにあつかえなかったのだ。
しかも、火鉢を投げ捨てて戦っていたため、床は灰だらけで、
弾倉のありかがわからなくなってしまった。
救急車口笛吹いて乗ってくる 井上一筒
龍馬が、
「ピストルを捨てた」
と告げると、慎蔵は、
「ならば、敵陣に突撃するのみですな」
と応じた。
しかし、龍馬は、
「いや、違う。いまのうちに逃げる」
といって、ふたりは、宿の外の梯子を使って逃げ出した。
おりょうが、危急を報せに上がってきた秘密の梯子である。
つま先と踵夜っぴて揉めている 河津寅次郎
おりょうが走る
捕り方は、宿の外に梯子があるとは気づかず、
宿の中を懸命に探している。
そのあいだに、龍馬らは、隣の家の雨戸を破ってなかへ入り、
家の裏へ抜けた。
その家の者たちは、すでに逃げたあとだった。
ふたりは闇夜を駆けたが、龍馬は指からの出血がひどいことと、
浴衣の裾が脚にからまって、思うように走れなかった。
しかたなく、川端の材木小屋に身を隠し、慎蔵が薩摩藩邸に走った。
薩摩藩邸には、すでにおりょうが事件を報せに来ており、
急を聞いた薩摩藩士が、材木小屋に駆けつけ、
龍馬を藩邸まで連れ帰った。
龍馬の脱出ルート
左上太線の囲み「薩摩藩邸」
そのまま下へ右へ曲がった所が、龍馬が避難した「材木小屋」(囲みの斜線部分)
その右下が、「寺田屋」
右下の囲み斜線は、「伏見奉行所」
天と地のはざま儚い戯画を舞う 岡部幹和
『龍馬伝』・第36回ー「寺田屋騒動」 あらすじ
薩長同盟を成し遂げた龍馬(福山雅治)は、
新撰組に捕らえられていた弥太郎(香川照之)を連れて、
寺田屋へ戻る。
龍馬は弥太郎に、薩長が手を結んだこと、
そして日本の仕組みが大きく変わり、幕府の時代が終わりを告げるであろうこと、
その中で弥太郎が、「何をすべきかを考えてはどうか」と勧める。
弥太郎は、驚きをもって土佐へ帰っていく。
町並みが変わり迷うた久し振り 宮前秀子
西郷(高橋克実)が、密約を文書にしなかったことを危ぶむ木戸(谷原章介)が、
それを文書化を主張。
龍馬は、証明の裏書きを書くまで、寺田屋に残ることになる。
それを終えたら龍馬は、
「もう京うぃ訪れることはない」 という。
今生の別れになるかも知れない龍馬とお龍(真木よう子)は、
複雑な思いを抱く。
ジェラシーが繁る人間の小鉢 たむらあきこ
京都守護職・松平容保(長谷川朝晴)は、薩長の裏に龍馬がいることを知り、
伏見奉行に龍馬を捕らえよと命じる。
捕り方が寺田屋を囲む。
深夜、風呂に入っていたお龍が捕り方に気づき、
風呂を飛び出して、龍馬と三吉慎蔵(筧利夫)に知らせる。
外に出されたお龍は薩摩藩邸へと走り、
龍馬と慎蔵は捕り方と激闘。
高杉(伊勢谷友介)から以前にもらったピストルで応戦するが、
右手を斬られ慎蔵と寺田屋を飛び出る。
しかし、龍馬はひどい出血で材木置き場で動けなくなり、
慎蔵を伏見薩摩藩邸に行かせる。
傷物にされたと泣いていたのは男 井丸昌紀
[5回]