- 2011/06/03
- Category : ポエム&川柳
お江ー茶々の本心
御陽成天皇・聚楽第行幸の屏風絵
天正16年4月(1688)、
2年の月日をかけて建てられた「聚楽第」に、
秀吉は、自らの力を誇示するかのように御陽成天皇を迎えた。
実に、このとき警備の者だけで、6千人余りが動員されたという。
しかし秀吉が一世一代をかけて建てた絢爛豪華なこの聚楽第も、
完成から10年も経ずに、秀吉自らが解体してしまう。
そこに何があったのか、興味のある謎がある。
(この謎はドラマの中で、おいおい解決されていくらしい)
聚楽第跡
≪聚楽第の大きさは、東西600メートル、南北700メートルあった。
だが、今は寂しく石碑が一本があるのみ≫
秀吉は、小谷攻めのおいて、
織田軍で中心的は役割を果たし、
父・長政の命を奪い、
腹違いの兄・万福丸を串刺しの刑に処した張本人。
北の庄攻めでは、
さらに母・お市と義父・柴田勝家の命をも奪った。
盃の数といのちの数が合う 森中惠美子
いくら憎んでも憎みきれない仇敵・秀吉に、
身を任せることになった茶々の心情は、
いかばかりであったろうか。
でも、その後の茶々の行動からすると、
彼女を単純に、
「秀吉の生け贄になった犠牲者・被害者」
ととらえるのは、
決して正しい見方とはいいきれない気がする。
のたうち回ってる確かめあってる 前中知栄
弱者であるがゆえの悲哀を、嫌というほど味わった茶々は、
「力こそが全てであり、どんな正義にも勝る」
ということを身に沁みて、実感していたに違いない。
だとすれば、秀吉の求めを、
「茶々自身も積極的」に受け入れた可能性がある。
秀吉の側室になることは、
秀吉の持つ圧倒的な「力」を自らに手繰り寄せ、
我がものとする絶好の機会なのだ。
御手付き中臈ジオラマを掠める 井上一筒
北野大茶湯図
≪秀吉が天正15年(1587)10月1日、
北野天満宮境内で、九州平定と聚楽第の竣工を祝って催した茶会≫
2度の落城という、悲惨きわまりない体験を通じて、
茶々はそれくらいの、逞しさと強かさを、
身に付けた強い女性に、成長を遂げていたように思われる。
ラップ剥がして正しい呼吸 富山やよい
天正13年(1585)7月11日に関白に就任し、
9月9日には、新たに「豊臣朝臣」という氏姓を賜った秀吉には、
糟糠の妻である、お祢がいた。
関白正室として、「北政所」と呼ばれるようになった彼女は、
天正16年4月19日には、
「豊臣吉子」の名で、従一位に叙せられ、
位の上では、夫・秀吉に並ぶ存在になっていた。
ちょうちょうはひらがなでとぶ黄でとぶ 河村啓子
北野茶会に掘られた「太閤の井戸」
他にも、茶々にとっては、従姉にあたる京極竜子(松の丸)や、
前田利家の娘・摩阿(まあ-加賀殿)をはじめ、
秀吉には、たくさんの側室がいた。
けれど彼女たちの内で、子宝に恵まれたものは、
ひとりもなかった。
そうした中、茶々がはじめて懐妊する。
この懐妊により、茶々は、他の多くの側室から抜きん出て、
お祢に次ぐ立場となる。
「大河ドラマーお江・第21回ー『豊臣の妻』 あらすじ
茶々(宮沢りえ)と結ばれたことで、
たちまち元気を取り戻した秀吉(岸谷五朗)は、
京・聚楽第に帝を迎える計画を立て、準備にまい進する。
そして、秀吉は聚楽第に迎えた帝の前で、
諸大名に、「朝廷と関白である自分への忠誠」
を誓わせ、巧妙に支配体制を強化した。
白い器に僕の野心を盛りつける 和気慶一
茶々と秀吉の間で、何があったのかを知らない江(上野樹里)は、
帝の行幸の話を聞き、
「まず先に茶々の縁談を進めるべきだ」
と不満顔。
秀吉をせっついてほしいと頼んで、
事情を知っていたサキ(伊佐山ひろ子)を困らせる。
やり取りを見ていた茶々は、供の者たちを下がらせて、
江に言う。
「そなたに話がある」
意を決し、すべてを打ち明けた茶々。
姉の告白に衝撃を受けた江の胸は、
怒りと悲しみでいっぱいになり、
秀吉に対する憎しみを、さらに強くするのだった。
吐き出してごらん心が晴れるから 菱木 誠
そんな折、秀吉が大坂城にやってくる。
すぐさま彼の居場所を突き止め、激しく食ってかかる江。
だが、怒る彼女を止めに入ったのは、ほかならぬ茶々だった。
見れば、茶々と秀吉は、心通じ合っている様子。
江は深く傷つき、以降、茶々と口もきかなくなってしまう。
しばらくしたある日、初(水川あさみ)が大坂城にやってきた。
茶々からの文で、事態を知った彼女は、
2人を仲直りさせるのは、
「自分しかいない」と、使命感に燃えていて、
再会するやいなや江の説得にかかる。
そして最後には、半ば強引に江を連れ出し、
茶々の前へと座らせた。
いもうとの影に咲いてる吾亦紅 八上桐子
実はこのとき、江はもう、茶々を許していい気持ちになっていた。
不条理に思える彼女の心変わりも、
竜子(鈴木砂羽)や初といった年上の女性たちは、
穏やかに受け止めている。
本当は姉を慕っている自分が、いつまでもこだわるのはよくない。
そう思い始めてていた。
俯瞰してみれば些細なことばかり 早泉早人
行幸のあと、秀吉は、家康(北大路欣也)を茶室に招く。
そこで秀吉は、茶々のことを嬉々として語り、
一転して、天下人とは思えないほどの無邪気さを見せる。
家康の際どい嫌みも、気にせずにのろける、
浮かれぶりであった。
そんな調子の秀吉から最初に、茶々とのいきさつを聞いたのは、
正妻である北政所(大竹しのぶ)だ。
夫の茶々に対する気持ちを知っていた彼女は、
苦々しく思いながらも、2人の関係を受け入れる。
だがやがて、心の広い北政所ですら、心乱されるときが訪れ・・・。
そして、久しぶりに対面した茶々とお江が、
ようやく和解に至るかと思われたそのとき、
茶々の口から、衝撃的な事実が明かされる・・・。
アレンジが乱れたままの春の音符 北原照子
「茶々の本心」
初が京極高次に嫁いでまもなく、茶々は秀吉の側室になった。




