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川柳的逍遥 人の世の一家言
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淡い記憶の温もりに明石の君  藤井孝作


  明石の浜

このたびは 立ちわかるとも 藻塩焼く けぶりは同じ かたになびかむ

今は、いったん別れることになりますが、藻塩を焼く煙が同じ方向に
たなびくように、いずれ私はあなたを都に迎え入れたいと思っています。

「巻の13 【明石】」

光源氏27歳。 あれ以来、雷を伴った嵐は続き源氏は不安でならない。

さらに追い討ちをかけるように、雷が邸の廊下に落ち、火事になる。

やがて火は消し止められるが、不安は大きくなるばかり。

その夜、源氏の浅い眠りの夢枕に・亡父・桐壺院が現れ、

「どうしてこんな見苦しいところにいるのか。

   住吉の神のお導きに従って、早々に船出してこの浦を立ち去れ」

と告げるのだった。

愛というにがうりの赤き種かな  徳山泰子

まさにその明け方、嵐の海を渡り、明石の入道がやってきた。

入道が言うには、「夢に異型のものが現れて、船を支度して、

かならず風雨がやんだら漕ぎ出せという。

そこで船を用意させたところ、
案の定すごい風と雷で、

異形のものが言った通りになった。


船を出すと風は不思議にも順風となり、この浦に到着した。

まさに神のお導きに違いない」とのことだった。

桐壷院の夢のお告げのこともあり、源氏は須磨を離れ、

明石の入道を頼って、
明石の浦に移り住むことにした。

入道の船に数人の従者を伴って乗り込むと、例の不思議な風が吹いて、

帆を押し明石の地へ一息で到着した。

想定外ばかり届いて春が往く  美馬りゅうこ


入道の船に乗り込む源氏たち

明石の入道は、明石の浦に着いた源氏を厚遇した。

浜辺の豪勢な邸を用意し、食事から衣料まで至れり尽くせりで、

何ひとつ不自由のないようにもてなした。


そして、源氏に「娘をもらってほしい」と願いを打ちあけるのだった。

しかし、源氏には都に残してきた紫の上がいる。

このような境遇になったのも、もとはといえば、色恋沙汰が原因なのだ。

今度ばかりは源氏も、新たな恋人をつくる誘いに乗るわけにはいかない。

一方通行の恋です果てしない荒野  板野美子

一方、須磨で嵐の日々が続いていたころ、

都でも次々と不吉なことが起こりはじめていた。


3月の嵐の夜のことである。

朱雀帝の枕元に桐壷帝が現れ、帝を睨みつけている。


帝が畏まっていると、院は源氏のことなど、さまざまことを注意してくる。

帝は恐ろしくなり、母の弘徽殿大后にそのことを言うと、大后は

「雨が降り空の荒れている夜は、思い込んでいることが夢に現れるものです。

   そんなことで軽率に驚いてはなりません」 とたしなめる。

気のもんと言われてふわっと軽くなる  大海幸生

ところが、しばらくすると、帝は眼を患い、祖父・太政大臣は死に、

大后は病気に犯され、しだいに体が痩せていく。

帝は、「やはり、源氏の君を無実の罪で明石に追いやったことで、

  こうした報いを被ったに違いない。

  この上は、是非源氏の君を呼び戻し、官位も戻したい」

と大后に訴えた。

しかし、源氏の官位を奪うよう画策したのは、大后である。

必死に訴える帝に対して大后は、

「そんなに簡単に許しては世間に笑われる。断じてなりません」

と聞き入れてくれようとはしない。

揉み手してひょっこり顔を出す昔  合田瑠美子

明石で孤独に暮らす源氏にも、手紙のやりとりなどで、都での出来事は、

多少なりとも知ることができる、が、朱雀帝の悩みまでは知る由もない。

いつ終わるとも知れない流離の身で、源氏のさびしさは増していく。

そんな中、源氏は明石の入道の誘いに負け、明石の君と契りを結んでしまう。

身分違いだと、どうせ遊びだと知っていたはずなのに、

人を愛するというのは、これほど苦しいことなのか。
                    さいな
明石の君は狂おしい思いに身を苛まれていた。

だが恨み言を言っても嫌われるだけだ。

理性の限りを尽くして穏やかに装う。

そうやって、ほんの一時、源氏と過ごす苦しい時間、

そして、その後の気の遠くなるような待つだけの時間。

もう昔のように穏やかな時間を取り戻すことなど出来ないのだ。

確実に時間は進むものと知る  竹内ゆみこ


琴を奏でる明石の君

明石の君は、父・入道の英才教育のおかげで見事な琴を奏でる。
源氏は別れの日に、初めて聞くこの琴の音をどうしてもっと早く
聞かせてくれなかったのか…と恨めしく思うのだった。


源氏はそんな明石の君をしだいにかわいらしいと思うようになるのだが、

やはり今頃一人で自分を信じて待っている紫の上のことも、忘れられない。

源氏はもう、愛する妻をなおざりにはできない。

そこで、紫の上には明石の君のことを正直に知らせることにした。

「成り行きでこうなったが、君のことは決して忘れていない…」

やがて、明石の君は源氏の子を宿す。

その頃にはもう、源氏は毎日のように明石の君のもとに通っていた。

そして並々ならぬ愛情も育まれていた。

そんなとき、都から「源氏の罪が許される」という知らせが届く。

沸点を超え当然の成り行きに  オカダキキ

まもなく朱雀帝は、弘徽殿大后の言いつけを無視し、

独断で源氏の罪を許し、都へ戻ることを許可した。

一緒にいた従者はもとより、都にいる源氏を取り巻く人たちは大喜び。

源氏帰京の知らせは、すぐにも明石にも届いた。

明石の一族はそれを歓迎したものの、源氏との別れに涙は尽きなかった。

いよいよ出立の二日前。

源氏は夜も更けないうちに、明石の君のもとを訪れた。


明るい光のもとで、明石の君をはっきり見たのは、これがはじめてである。

気品があり、想像よりはるかに美しい。

源氏はこのまま離れ離れになるのは惜しいと思うのだった。

そして源氏は、

「今この地に留まることは出来ないが、必ず悪いようにしない」


と明石の君をいつか都に呼ぶことを約束し、明石を後にするのだった。

あれからのだんまり ボクの意思表示  山本昌乃

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源氏物語54帖「須磨」

見るほどぞ しばし慰む めぐりあはむ 月の都は はるかなれども

月を見ているしばらくの間は、心が慰められる。
いつ帰れるともわからない都の月は…はるか遠くにあるのだが…。

「巻の12 【須磨】」

光源氏26歳、紫の上は18歳になる。

朧月夜の事件で、源氏を失脚させようと画策していた弘徽殿大后

絶好の口実を与えてしまった源氏。

このままいけば、流罪になってしまう。

そんな不穏な空気を察知した源氏は、須磨の地に下ることを決意する。

いつ戻れるとも分からない旅である。


源氏の周りの人は、大いに悲しみ、

特に今や正妻の地位にいる紫の上は、
一緒に行きたいと泣きせがむ。

自分が帰らなくなるとこの人はどうなるのだろう。

と源氏は思い悩むが、罪を逃れて都落ちをする我が身には、

どんな危険が待ち構えているかもわからず、

彼女を巻き添えにはできない。そして、本心を歌に残して旅に立つ。

惜しからぬ 命にかえて 目の前の 別れをしばし とどめてしかな

(惜しくもない私の命と引き替えに、目の前のあなたとの別れを
   ほんのしばらく止めてみたい。)


風はいつも凭れるものを探してる  河村啓子

そして3月の夜明け前、花は盛りが過ぎ、わずかに咲き残った花が、

闇の中で白々としている…。

まだ辺りは暗い、人目につかないよう、源氏は、粗末なみなりで、

数人の従者を伴っただけで辺境の地・須磨へと旅立った。

須磨は昔こそ人の住まいもあったが、今は人里離れてもの寂しい所と聞く。

連続の想定外に疲れ果て  吉岡 民

私の人生は、一体どこで狂ってしまったのだろう。

人を愛することに善悪はない。

人は生きている限り、いつどこで誰を愛するかわからない。

自分は自分の気持のおもむくままに、人を愛してきた。

何が間違っていたのか、愛すること自体が罪なのではない。

愛してはいけないときに、愛してはいけない人を愛したことが罪なのだ。

それが前世の報いならば、それはこの世で償わなければならない。

いつ帰れるか分からないこの地で源氏は、

華やかだった都の生活を懐かしみ、我が身の不幸を嘆くのだった。

紅しだれ罪の深さを知りなさい  安土理恵

源氏は須磨へ旅立つ前に、出家した藤壺の宮のもとに立ち寄り、
 みす
御簾を隔てて言葉を交わす。

「なぜ、そんなに遠いところに行ってしまうのですか。

    あなたがいなくて、誰が東宮を守ってやるのですか」

「私はいわれもない罪により都を後にします。

    今の帝に対して、何も罪を犯していません。

    思い当たることがあるとしたら、ただ一つです。

    天の眼に見透かされている気がして恐ろしい」

藤壺は、はっと胸を突かれるのだった。

彼女が苦しんで出家まで決意した、そのことなのだ。

すっかり動転して返事さえままならない。そこで藤壺は次の歌を遺した。

見しはなく あるは悲しき 世のはてを 背きしかひも なくなくぞ経る

(連れ添った桐壺院は亡くなり、生き残った貴方も悲しい目に遭っている。
    世の末を、私は出家した甲斐もなく、毎日泣きながら暮らしているのです)

泥よけて生きてきたけど泥の中  石橋能里子

さて、源氏が新居とする須磨の近く明石に、明石の入道という人がいる。

もとは高貴な貴族だったが、変わり者で仕事で赴任後ここに住みついた。

この明石の入道には一人娘・明石の君がいて、

「娘だけはなんとか都の貴族に嫁がせたい」と考えていた。

「光源氏が近くに来たのも。何かの予兆」

と思い立ち、さっそく娘に源氏の嫁になれと打診する。

明石の君は17歳で、優しく気品がある。

身分の高い人は、自分など相手にはしてくれまい。

かと言って、身分相応の縁組みは、こちらからお断りだ。

彼女は、自分を育ててくれた親に先立たれたら、

海の底に身を投げようと思いつめるほど、親思いの娘なのだ。

そんじょそこらの出涸らしの分際で  雨森茂樹

明石の入道の思惑など露知らぬ源氏は、さびしい日々を過ごしていた。

「お祓いをすればこんな生活から抜け出せる」

との周囲の勧めで、ある日、源氏は禊の儀式を行うことにした。

源氏は海の前に座して、祈祷する。

海面は穏やかで、あたりも晴れ晴れとしている。

海を見つめながら、過去のこと将来のことを次々と思い続ける。

遠い海鳴り 密かにほつれ縫い合わす  太田のりこ

ところが、そんな気配もなかったのに、いきなり例を見ない嵐が吹き出す。

波も荒々しく打ち寄せて、人々は足も地に着かないくらい慌てている。

今度は雷が鳴り出し、稲妻が光る、さらにその夜、

源氏は海竜王の使者と見られる化け物の姿を目撃してしまう。


源氏は気味悪く思い、

この海辺の住まいが耐えられそうにない気持になるのだった。


「辞典」 嵐について

ここで急に吹き出した嵐は、次の「巻の13 明石」まで続いて、
源氏の都への復帰を促す役目を果たす。
すなわち、源氏の罪に罰を下したと
いうよりも、
真摯な気持で禊をすることにより、いわれのない罪で、都落ちした

源氏の無念を神々が聞き届けたという意味を持っている。

神様に愛され人に憎まれる  居谷真理子

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ちぐはぐがゆっくり中和されてゆく  山本昌乃



橘の香をなつかしみほととぎす 花散里をたづねてぞとふ

私はほととぎすのように、橘の花の香りがする懐かしいこの花散里の邸を探し、
訪ねてきたのです。

「巻の11 花散里」

光源氏25歳の5月。周辺に不穏な空気が流れ、

万事が右大臣中心の世の中に、源氏の心は塞いだままだった。

そんなとき思い出したのが、桐壷院の女御の一人だった麗景殿女御のこと。

実は、この女御の妹の三の君・花散里は、

かって源氏がかりそめに通っていた女性だった。

そこならきっと、心も安らぐだろうと考え、源氏は、

五月雨の合間の晴れの日に、
麗景殿女御のもとを尋ねてみることにした。

憎むのはやめよう一歩踏み出そう  笠原道子

目だたない人数を従え、簡素なふうをして出かけた源氏一行が、

中川辺を通って行くと、小さいながら庭木の繁りかげんが興味をひく家から、

美しい琴の音色が聞こえてくるではないか。

源氏はちょっと心が惹かれて、なおよく聞こうと、

少し身体を車から出して眺めて見ると、

その家の大木の桂の葉のにおいが風に送られて来て、

加茂の祭りのころが思いだされた。

男って弱いものだと思うのよ  河村啓子

なんとなく好奇心の惹かれる家であると思って、考えてみると、

それはただ一度だけ来たことのある女の家であった。

通り過ぎる気にはなれないで、じっとその家を見ている時に杜鵑が啼いた。

その杜鵑が源氏に何事かを促すようであったから、

車を引き返させて、こんな役に馴れた惟光に恋の歌を託した。

脱ぎ捨てた服日溜まりでよみがえる  下谷憲子
        
をちかへり えぞ忍ばれぬ ほととぎす ほの語らひし 宿の垣根に

(昔にたちかえって懐かしく思わずにはいられない、ほととぎすの声だ
  かつてわずかに契りを交わしたこの家なので)

しかし、返事はつれないものだった。

ほととぎす 言問ふ声は それなれど あなおぼつかな 五月雨の空      

(ほととぎすの声ははっきり分かりますが、どのようなご用か分かりません、
  五月雨の空のように)

ほかに通っている男性がいるのだろうと、源氏は諦め、

目的の麗景殿女御のもとに向かった。

殺し文句を春の小川に流される  皆本 雅


姉麗景殿女御と昔を語り合う

桐壷院崩御のあと、麗景殿女御の所へは、想像していたとおり、

訪れる人も少なく、寂しくて、身にしむ思いのする家だった。

最初に女御の居間のほうへ訪ね、昔語りに桐壷院の話などをしていると、

過ぎし日のことが偲ばれて、二人の目に思わず涙があふれてくる。

「昔の御代が恋しくてならないような時には、

   どこよりもこちらへ来るのがよいと、今わかりました。

   非常に慰められることも、また悲しくなることもあります。

   時代に順応しようとする人ばかりですから、

   昔のことを言うのに話し相手がだんだん少なくなってまいります。

   しかし、あなたは私以上にお寂しいでしょう」

と源氏に言われて、もとから孤独の悲しみの中に浸っている女御も、

今さらのようにまた、心がしんみりと寂しくなって行く様子が見える。

人柄も同情をひく優しみの多い女御なのであった。

紫陽花に心変わりを誘う雨  三村一子

夜も更けて、妹の花散里の部屋に行くと、例によって源氏は、

優しい細やかな心遣いの言葉をかけ、彼女をいつくしむのであった。

逢えない時間が長く続いても、花散里のように待っていてくれる女性。

久しぶりの花散里との逢瀬は、源氏の心に深く刻まれた。

朧月夜との仲が発覚した今となっては、自分の地位すら危ぶまれる。

そんなときに得られた、唯一の安らぎだった。

それとは逆に、途中で訪れた女性のように心変わりしてしまう人。

源氏はここにも世の中の儚さを感じるのだった。

【辞典】花散里
花散里の巻は、「巻の10 賢木」と「巻12の須磨」という、
源氏凋落の様子を語った二つの巻の間に挟んだ逸話風の小品とされる。
なお、花散里は「巻の21 乙女」に再び登場し、その人柄を語ります。

いつ以来だろうこのような安らぎ  下谷憲子

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オーラ消しなさい角質とりなさい  森田律子


   賢 木

そのかみを 今日はかけじと 忍ぶれど 心のうちに ものぞ悲しき

昔の懐かしい日々のことを、今日は考えず、心にかけないようにしようと
思っていたのだけれど、心の底では苦しくて思い出してしまう。

「巻の10 賢木(さかき)」 

光源氏23歳。正妻の葵の上が亡くなり、これで、源氏の最も早い恋人の

一人
六条御息所も晴れて源氏の正妻に迎えられるだろうと世間が噂をする。

事実、彼女自身もそれを期待した。

六条御息所は源氏に手紙を送るが、帰ってきたのは、生き霊となった

彼女の姿を源氏が見てしまったと、そのことをほのめかす内容だった。

「すべては終わったのだ。もはや何の望みも残されていないのなら、

いっそ斎宮になった娘に付き従って、伊勢に逃げよう」と彼女は決意する。

石蹴って孤独を蹴って明日にする  北原照子

そして今は、事前に身を清めるため、六条御息所は野宮で暮らしている。

源氏はこの野宮に六条御息所を訪ねる。

物の怪を見たとはいえ、愛しい恋人には変わりなく、

伊勢には行って欲しくないのだ。

源氏は思いとどまってほしい、と誠意をこめて言葉をつくした。

顔を合わせてしまうと、やはり再び思いが乱れる御息所だったが、

予定を変えることなく伊勢へと下って行くのであった。

過去捨てて女電池を入れ替える  上田 仁

そのころ、死期を悟った桐壺院朱雀帝春宮と源氏のことを遺言で託し、

ほどなく崩御してしまう。

桐壷院が崩御して、世の中の空気が一変する。

藤壺中宮は悲しみのあまり三条の宮に引き籠り、

源氏も自分の屋敷の籠りきりである。
                    こうきでんおおきさき
世の中心は朱雀帝とその母である弘徽殿大后に移った。

さらに、時は移り、権勢は桐壷院の外戚であった左大臣側から

朱雀帝の外戚である右大臣側に移って行く。

朱雀帝は桐壺院の遺言を片時も忘れたことはなかったが、

年の若さもあり、
また気性が優しすぎて、

政治は右大臣の思うがままになっていく。


世代交替のゴングが鳴っている  高島啓子



そんな世間の風とは無関係に、朧月夜と源氏との恋はまだ密かに続いていた。

彼女は右大臣の六女で、弘徽殿大后の妹で政敵側の人であるが、

源氏は危険な関係のときこそ恋心を燃やすタイプ。

この厄介な性格が災いとなる事件が起こる。

右大臣の世になり、誰もが自分から去っていく中、

朧月夜だけが、
人目を盗んでまでも自分を愛してくれる。

それがたまらなくいじらしい。


禁じられた夜を過ごした源氏は、夜明け前にこっそり立ち去るつもりだった。

が、雨がにわかに激しく降って、雷が闇を切り裂く。

大臣家の人々が起き騒ぎ出したため、源氏は出るに出られなくなってしまう。

たどり着く岸もないのに流れてる  信次幸代

そんな中、慌ただしい足音がひとつ、2人のいる部屋に近づいてくる。

「大丈夫ですか、夕べは大変な雷で心配していたのですが」
                みす
父である右大臣がすっと御簾を引き上げ、中を覗き込んだ。

朧月夜は困り果て、蚊帳の外へいざり出た。

顔がひどく赤らんでいたので、具合でも悪いのかと右大臣は心配する。

そのとき朧月夜の衣に男物の帯が絡まっているのが、右大臣の目に入った。

おかしいと思った右大臣が几帳から中を覗くと、

何と源氏が臆面もなく、源氏がそこに横たわっているではないか。

右大臣は目も眩む思いがして、あたふたとその場を立ち去ったが、

報告を受けた弘徽殿大后は怒り心頭で、

源氏の失墜を本気で考え始めるのである。

妹の膝から下は霜柱  酒井かがり

【辞典】 源氏物語の中で古くから、名文と伝わる「野分の段」ー
      野宮のある嵯峨野の紫式部渾身の絶妙な風景描写をどうぞ。

遥けき野辺を分け入りたまふより、いとものあはれなり。
秋の花、みな衰へつつ、浅茅が原も枯れ枯れなる虫の音に、
松風、すごく吹きあはせて、そのこととも聞き分かれぬほどに、
物の音ども絶え絶え聞こえたる、いと艶なり。

遙々と広がる野に足を踏み入れなさると、とてもしみじみとした風情です。
秋の花はみな萎れ、浅茅が原も枯れ枯れになっています。
嗄れ嗄れに聞こえる虫の声に、松を吹き抜ける風の音が寒々しく重なっている
中に、
はっきりどの曲だと聞き分けられないほど微かに楽器の音色が
途絶え途絶え
聞こえてくる様子は、とても優美です。


夕焼けがうっかり涙ぐんでいる  高橋ふでこ

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切り花にしないで根ごと私です  下谷憲子


   葵の上

のぼりぬる 煙はそれと わかねども なべて雲居の あはれなるかな

(空に上っていく葵の上を焼いた煙はどれだかわからなくなったけれど、
  雲のかかっている空のすべてが懐かしくおもわれてしまう)

「巻の9 【葵】」

光源氏22歳。桐壺帝は既に、源氏の兄にあたる朱雀帝に帝位を譲っていた。

源氏も昇進して今は大将という地位にいる。

でも身分があがるほど、軽はずみな行動ができなくなる。

忍ぶ恋人の六条御息女をはじめ、源氏を待ちわびる姫君たちは、

寂しい思いを続けている。

さらに桐壷帝が退位後、桐壷院となってからは、

藤壺といつも一緒なので、
源氏の物憂い気分は増すばかりであった。

如月の跳ぶに跳べない水溜り  合田瑠美子

そんななか、少し心を安らかにしてくれたのが、正室の葵の上だった。

これまではなんとなく、ぎくしゃくした関係だったのが、

お腹に源氏の赤ちゃんができ、心細げな仕草を見せたりする。

そんな葵に源氏は、次第に愛おしさを感じるようになっていたのだ。

そんな頃、源氏も行列に加わる祭典が開かれる。

身重の葵の上は気分が余り優れず、最初は見物にいくつもりはなかったが、

若い女房たちに促されて、日が高くなってから急に出かけることになった。

そして源氏の恋人・六条御息所も忘れられぬ源氏の姿を一目見ようと、

恥を忍んで祭りに参加してきている。

一秒前を破り捨てましたので生きる  山口ろっぱ


   車争い

時の人、源氏の君が祭りの行列に参加するとあって、見物席は大賑わい。

女性たちを乗せた車は止める場所も無いほでである。

葵の上の車が到着したときも、場所がなく従者たちは先に止めてある車を

おしのけて強引に乗り入れていく。

ついには六条御息所の車は後ろにおいやられ、

まったく行列が見えなくなったどころか、車の一部が破損してしまった。

お忍びで出かけたはずなのに、衆人の中でまことに体裁が悪く、悲しく、

悔しくて、六条御息所は見物を止めて帰ろうとするが抜け出る隙間もない。

源氏の正妻に場所を奪われ、源氏の姿もチラリとしか見ることができず、

六条御息所は自分の憐れな姿を嘆くのだった。

半熟の牛車で祇園会へ帰る  くんじろう

そんな騒動があり、暫く経った頃、懐妊している葵の上の容態が悪くなる。

偉い僧侶を読んでの加持祈祷など、当時としては精一杯の治療を施すが、

「どうしても取り払えない物の怪が憑いている」というのである。

あの六条御息所にも、この噂は届いていた。

彼女はこの頃、正気を失ったようになることが、たびたびあるので、

「もしやその物の怪は、自分自身ではないか」と、思い悩んだ。

懸命の祈祷が続けられ、いくつかの物の怪は退散していったが、

一つだけ、どうしても去らない悪霊がいる。

そこで祈祷をさらに強めると、とうとう物の怪が葵の上の口を借りて、

「どうかご祈祷を少しゆるめてください。

    源氏の君に言いたいことがあります」 
という。

距離おいて愛の深さを確かめる  上田 仁

葵の上は、まるで臨終のときの様子で、源氏に遺言でもあるのかと、

左大臣や大宮も下がって、源氏ひとりを几帳の中に入れた。

ふだんは打ち解けず、つんとすました様子であったが、

病床に伏せった彼女は、警戒した雰囲気も消え、いじらしく感じられた。

源氏は思わず泣き伏した。

すると葵の上は気力もなさそうに顔をあげ、

それから源氏の顔をこの世の名残り
のようにじっと見つめ、

瞳からは大粒の涙が零れ落ちてくる。


諦めの裏は霙が降っている  嶋沢喜八郎


 物の怪と葵の上

あまりに激しく泣くものだから、

源氏もきっとこの世の別れが辛いのだろうと


「たとえ万が一のことがあっても、父母や夫婦の縁は深いと申しますから、

    生まれ変わっても必ずどこかで巡り会うものです」と慰めた。

すると葵の上はじっと源氏の顔を見つめたまま、

「いえ、そんなことではございません。この身が苦しくて仕方がないので、

    どうかもう少し祈祷をゆるめていただきたくて」という。

この後、葵の上に乗り移っていた生き霊は、いつの間にか消えていた。

言の葉の意味へ寝返りばかりうつ  山本昌乃

生き霊が消え葵の上の様態も持ち直し、まもなく美しい男子が生まれた。

子を授かり、源氏は葵の上に深い愛情を感じ、葵の上も苦しみの中で

源氏に
すがり、2人の間にようやく夫婦らしき仲睦まじさが生じていた。

一方、葵の上が無事に出産したとの知らせを聞き、

六条御息所の心中は穏やかではなかった。

ふと気付くと、自分の体の隅々にまで芥子の匂いが染み付いている。

祈祷のときに護摩を焚く、その芥子の匂いがついて離れないので。

六条御息所は、全身に鳥肌が立つのを覚えた。

胸の底図太い鬼に居座られ  牧浦完次

やっと、本当の夫婦らしい仲になれたと思った矢先、

葵の上は再び物の怪に襲われたように、激しく苦しみだし、

宮中にいる源氏に知らせる間もなく息絶えてしまった。

祈祷のための僧侶を呼ぶにも間に合わない。

左大臣の狼狽ぶりは尋常ではなく、もしかすると生き返るのではないかと

葵の上の遺体をそのままにしておいて、二、三日その様子を見守ったが、

しだいに表れる死相を見るにつけ、嘆くばかりであった。

後には、生まれたばかりの子どもが残された。後の夕霧である。

【辞典】 「御息所」

御息所は、皇子や皇女やことのある帝につかえていた女性のことをいう。
六条御息所それなりに高貴な身分であった。
それゆえ開けっ広げに源氏を
求められず憂鬱な日々を送っていたのである。
尚、祭り見物の場所取り争い
で彼女の車をおしのけようとする
葵の上の家来に、六条御息所の家来が、

「押しのけられる身分のかたではない」と怒鳴っている。
因みに、六条御息所は「巻の4・夕顔」に登場している。

幽霊は毎日午前二時に出る  筒井祥文

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