- 2026/07/26
- Category : アルバム(風景)
ニュースー特攻隊員の言伝
「 知 覧 特 別 攻 撃 隊 」
ニュースー特攻隊員の遺書・遺詠・日記・手紙より
「諸君は空の神兵である。ただいまより特別攻撃隊員を募集する。
我と思わん者は一歩前へ出よ」
第二航空艦隊司令長官・福留繁中将の訓示に、一瞬、その場が凍りついた。
そして数秒。沈黙に耐えかねた誰かが前に出ると、それにつられて全員が、
ぞろぞろと重い一歩を踏み出した。
爆弾を搭載した飛行機による体当り攻撃、即ち特攻が本格化しつつあった。
「ありがとう ありがとう。だがこれでは志願者が多すぎて選びようがない。
いずれ選考の上、連絡するから、ひとまず宿舎に帰って休むように」
生きるのは良いものと気づく三日前
第二次世界大戦末期の沖縄戦において、知覧から出撃した陸軍特別攻撃隊隊員
が、出撃命令を受けたのちに、出撃直前の前日から当日朝にかけて家族へ当て
て記した「遺書、随筆、遺詠、辞世、日記、手紙、葉書」などの手記より。
特攻隊員が、知覧の三角兵舎や飛行場内で、死期が迫る中、どのような心境に
あったかを慮るとき、胸をつきあげてくるものがある。
が、出撃命令を受けたのちに、出撃直前の前日から当日朝にかけて家族へ当て
て記した「遺書、随筆、遺詠、辞世、日記、手紙、葉書」などの手記より。
特攻隊員が、知覧の三角兵舎や飛行場内で、死期が迫る中、どのような心境に
あったかを慮るとき、胸をつきあげてくるものがある。
出 撃 前 の 特 攻 隊 員
「特攻隊員の遺詠」
「特攻隊員の遺詠」
万歳がこの世の声のだしおさめ
未だ生きて いるかと友が 訪れる
あと三日酔うて泣くのも笑うのも
真夜中に遺書を書いてる友の背
特攻へ新聞記者の美辞麗句
特攻隊神よ神よとおだてられ
明日死ぬと覚悟の上で飯を食い
今日もまた全機還らず月が冴え
あの野郎征きやがったと目に涙
機上にて涙の顔で笑ってる
還らぬと知りつつも待つ夕べかな
勝敗はわれらの知ったことでなし
「特 攻 隊 員 の 遺 筆」
山田勇大尉(大尉は戦死後の階級)日記
『出撃の日を迎えた』 昭和20年12月4日、
昭和二十年
三月廿六日 二十三日附 秘命令にテ待望の大命降下血湧き肉躍る必
ず成功を期す
二十七日 四ケ月振にて單発機に搭乗感じを忘れて居たので困った。
二十八日 小隊教練
三十日 拾時師団長閣下以下師団全員に見送られて勇躍出発。
感激の一瞬 四機を残して八機士気旺盛。
相模に不時着天龍にて補給加古川に一泊。
夜懐しの父母と三名枕を並べし一の床に休む。
思ひ出のそして最后の一夜あり、安心しきった爲か安らかに眠る
三十一日 天候不良 長機故障の為め出発延期、父母と半日飛行場にありて
話す話しは山程あれど、語る事出来ず、又余り話す要なし。
特攻隊に行く事は知って居る事と思ふ。
自分の飛行振りを見て安心した事と思ふ。
雨降って今日一日を生き延びる
雨降って今日一日を生き延びる
拾時師団長閣下以下師団全員に見送られて、16515大阪行
の列車にて帰る母は、自分の出発を見りたかったらしいが、家で
子供が出来る事だし、随分心残りの事と思ふ。
の列車にて帰る母は、自分の出発を見りたかったらしいが、家で
子供が出来る事だし、随分心残りの事と思ふ。
列車の出る瞬間の母の姿から、しっかりやっておくれ、ただそれ
だけの言葉がしっかりと、胸に脳裡に刻みつけられた。
だけの言葉がしっかりと、胸に脳裡に刻みつけられた。
四月一日 芦屋に着 旅館宿泊3泊。
特攻隊給与でばんとしてゐたが食べられず、めんちょうの為なり
五日 愈々進発命令来る。
八、三五全機離陸。
知覧に前進、一泊軍司令官閣下の激励の訓示あり。
概着部隊は一機又一機進発す。
吾々の命も明日一日なり。
〔あられふる やだまのふすま かいくぐり 進む若鷲 大君のため〕
何も云ひ残すことはなし 心残りなし。
唯大君の御為に喜んで悠久の大儀に生きん。
七生報国 米英撃滅に邁進せむ。
〔大君の み為に死ねと云ひし 母強し 吾れ必ずや 一艦轟沈せむ〕
六日夕刻 二十三歳の若輩にして三千名を屠る。
必中 轟沈 第六十八振部隊。
「出発時刻ニ全機故障、止ムナク出発ハ明日トナル整備不良ノ為ナリ、
明日はドンナ事ガアッテモ、出発セザルベカラズ、菊水第一号ニハ
参加シナケレバナラヌ」
参加シナケレバナラヌ」
轟沈 第六十八振部隊
轟沈 七生報国。
穴澤利夫大尉
穴澤利夫大尉手紙 「穴澤利夫大尉は昭和20年4月12日に特攻戦死」
『穴澤利夫大尉が婚約者にあてた最後の手紙』
二人で力を合わせて努めてきたが、終に実を結ばずに終わった。
希望を持ち乍らも、心の人隅であんなにも恐れていた ”時期を失する”といふう
ことが実現して了ったのである。去月十日、楽しみの日を胸に描き乍ら、池袋
の駅で別れてあったのだが、帰隊直後、我が隊を直接取り巻く状況は急転した。
発信は当分禁止された。転々と処を変へつつ多忙の毎日を送った。
そして今、晴れの出撃の日迎へ変えたのである。
ことが実現して了ったのである。去月十日、楽しみの日を胸に描き乍ら、池袋
の駅で別れてあったのだが、帰隊直後、我が隊を直接取り巻く状況は急転した。
発信は当分禁止された。転々と処を変へつつ多忙の毎日を送った。
そして今、晴れの出撃の日迎へ変えたのである。
便りを書きたい、書くことはうんとある。
然し、そのどれもが今までのあなたの厚情に、お礼をいふ言葉以外の何物でも
ないことを知る。あなたの御両親様、兄様、姉様、(手紙二ページ目へ)
然し、そのどれもが今までのあなたの厚情に、お礼をいふ言葉以外の何物でも
ないことを知る。あなたの御両親様、兄様、姉様、(手紙二ページ目へ)
妹様、弟様、みんないい人でした。
至らぬ自分にかけて下さったご親切、全く月並みのお礼の言葉では済み切れぬ
けれど「ありがたふ御座いました」と最後の純一なる心底から言っておきます。
至らぬ自分にかけて下さったご親切、全く月並みのお礼の言葉では済み切れぬ
けれど「ありがたふ御座いました」と最後の純一なる心底から言っておきます。
今は徒に過去における長い交際のあとを辿りたくない。
問題は今後にあるのだから、常に正しい判断を、あなたの頭脳は与へて進ませ
てことを信ずる。然し、それとは別個に婚約をしてあった男性として、散って
行く男子として、女性であるあなたに少し言って征き度い。
問題は今後にあるのだから、常に正しい判断を、あなたの頭脳は与へて進ませ
てことを信ずる。然し、それとは別個に婚約をしてあった男性として、散って
行く男子として、女性であるあなたに少し言って征き度い。
「あなたの幸せを希ふ以外に何物もない」
「徒に過去の小義に拘るなかれ、あなたは過去に生きるのではない」
「勇気を持って過去を忘れ、将来に新活面を見出すこと」
「あなたは今後の一時一時に現実のの中に生きるのだ。穴澤は現実の世界には、
もう存在しない」
もう存在しない」
自分勝手な、一方的な言葉ではつもりである。
今後は明るく朗らかに。 自分に負けずに、朗らかに笑って征く。
利夫
智恵子様
松原徳雄少尉遺筆
〔一枚目〕
オ父上 御身体大切ニ
母上 今一度お顔を見タイ ト 思ヒマスガ合へば
返ヘッテ悪イト思ヒ候ハ
必ず敵空母ヲ 轟沈致シマス
〔二枚目〕
一、此ノ航空セーターは 出発ノ前日迄 着タルモノナリ
一、手袋ハ 飛行機ニ乗ル時ニ 使用スルモノデス
此れは飛行機ニ乗ル時 キズヲシタ時使用スルモノデス
明日十二時迄最后ノ離陸ヲシマス
上成義徳少尉遺詠
『出撃前夜』 昭和20年4月22日
「意気軒昂」
” 君が為め 雄々しく散らん 櫻花 ”
第八十振部隊 上成曹長
『英画』 「雲流るる果てに」
原作は、海軍飛行専修予備学生として出撃して亡くなった青年たちの遺稿集
『雲流るる果てに』戦没飛行予備学生の手記である。
「あらすじ」
『雲流るる果てに』戦没飛行予備学生の手記である。
「あらすじ」
昭和二十年春、本土南端の特攻隊基地では、空襲を受けて秋田は戦死し、
深見は負傷した。松井は町の芸者富代を愛し、深見は女教師瀬川を想っている。
秋田の妻・町子は夫の死も知らず、基地を訪れ、位牌の前に泣き崩れた。
雨続きの一日、笠原が戦艦大和の撃沈を報じたが、軍人精神の権化を自負する
大滝は、頭からそれを否定した。
雨が上り出撃の時は来た。松井は富代に別れ、深見に戦争のない国で待ってる
よ、と言残して飛立ったまま再び帰らなかった。
深見は、瀬川と夕闇の道を歩いている時、片田飛行長に見つけられ散々に殴ら
れた。基地では、激しい訓練がつづけられ、山本は乗機が空中分解をおこして
死んだ。彼を葬むる煙を見つめながら、深見は、大滝に「特攻隊の非人間性」
をしみじみと語るのだった。その大滝を父母が訪れるという便りがあった。
然しその喜びも空しく、大滝等は出撃の時を迎え、負傷のいえない深見も、
「君らと一緒に死ぬ」と、共に空中へ舞上った。
大滝の両親が駆けつけた時、すでに機影は、遠く白雲の流れる果てに飛び去っ
ていた。
深見は負傷した。松井は町の芸者富代を愛し、深見は女教師瀬川を想っている。
秋田の妻・町子は夫の死も知らず、基地を訪れ、位牌の前に泣き崩れた。
雨続きの一日、笠原が戦艦大和の撃沈を報じたが、軍人精神の権化を自負する
大滝は、頭からそれを否定した。
雨が上り出撃の時は来た。松井は富代に別れ、深見に戦争のない国で待ってる
よ、と言残して飛立ったまま再び帰らなかった。
深見は、瀬川と夕闇の道を歩いている時、片田飛行長に見つけられ散々に殴ら
れた。基地では、激しい訓練がつづけられ、山本は乗機が空中分解をおこして
死んだ。彼を葬むる煙を見つめながら、深見は、大滝に「特攻隊の非人間性」
をしみじみと語るのだった。その大滝を父母が訪れるという便りがあった。
然しその喜びも空しく、大滝等は出撃の時を迎え、負傷のいえない深見も、
「君らと一緒に死ぬ」と、共に空中へ舞上った。
大滝の両親が駆けつけた時、すでに機影は、遠く白雲の流れる果てに飛び去っ
ていた。
PR




