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都市伝説ー四谷怪談のお岩さん

都市伝説ー四谷怪談のお岩さん





                                「お 岩 稲 荷」

東京四谷にある。夜になると薄暗い中、幟がはためき『四谷怪談』
さながらの雰囲気。斜め向かいの陽運寺(東京新宿)では毎月一日
「お岩さま開眼祭」が行われる。




           「お岩の亡魂 神谷伊右エ門」 歌川国芳 東京江戸博物館所蔵



歌舞伎作者の鶴屋南北の代表作『東海道四谷怪談』は、夫に毒を盛られた妻・
お岩が化けて出る話で有名だ。
今もそんなお岩さんの祟りが語り継がれている。
四谷怪談の上演や映画化をすると、なぜかスタッフの交通事故や主演女優の自
殺などが絶えない。そのため関係者は初舞台前に、成功祈願に訪れるという。
「歌舞伎の舞台に限れば、四谷怪談は仕掛けが大掛かりになるため事故が多か
ったと聞いてはいますが、交通事故や自殺となると…怪談話は、作者の創作で、
実際のお岩は見た目も普通ですし良妻で有名でした」(「於岩稲荷」)
 彼女は1636年に亡くなったという。
その約80年後、彼女の屋敷は於岩稲荷となり、代々宮司を務めている。






              戸 板 流 し




『四谷怪談』
四谷左門には、お岩お袖というふたりの娘がいました。
お岩の夫・伊右衛門は、御用金横領を知られたために義父である左門を殺しま
した。そして、お袖の夫・与茂七は、横恋慕した薬売りの直助によって殺され
てしまいました。伊右衛門も直助も、自らが殺しておきながら仇討ちを誓って、
伊右衛門は、お岩と暮らし続け、直助はお袖と同居を始めます。
お岩と伊右衛門は、しばらくは仲よく暮らしていましたが、伊右衛門は伊藤喜
兵衛の孫娘を気に入り、伊藤喜兵衛も伊右衛門を孫娘の婿に迎えたいという思
惑が一致し、事態は一変します。喜兵衛は、お岩に毒を盛り、毒の影響でお岩
の容姿が崩れていくにつれ、伊右衛門の心はさらにお岩から離れていきました。
喜兵衛の企みを知ったお岩は、恨みと悲しみを抱いたまま死んでいきます。
しかも、(伊右衛門の家系に代々伝わる妙薬盗人のために)伊右衛門が殺した
男とともにお岩を戸板にくくりつけ、そのまま川に流してしまうのです。
喜兵衛の孫娘と伊右衛門の婚礼の晩、伊右衛門の前に幽霊姿のお岩現われます。
錯乱した彼は喜兵衛と孫娘を殺し、そのまま逃亡。
お岩は伊右衛門の母親にも噛みついて殺してしまいます。
「一方、袖と直助は…」
直助と暮らしていましたが一線を越えてはいませんでした。
お岩が殺された知らせを聞き、お岩の仇討ちに協力してもらうため直助と関係
を持っているときに、なんと、殺されたはずの夫・与茂七が帰宅します。
殺された与七は実は人違いだったのです。
袖を殺害し直助が自害して果てたのち、与茂七もまたことの真相を知りました。 
伊右衛門を討つため、彼が向かったのは蛇山の庵室でした。
そこには、燃えさかる提灯の中から現れたお岩の幽霊に苦しめられる伊右衛門の
姿があった。





      北 斎 が 描 い た お 岩




大きく口を開け、破れ提灯の姿となったお岩の形相は、見る者を圧倒するほどの
恨みに満ちています。白目まで赤く染まっているのは、激しい怒りの表現と思わ
れます。これまでの伊右衛門の所業を振り返れば、もはや命乞いをしても許され
るはずがありません。
そこへ与茂七が現れ、ついに伊右衛門に引導を渡し、物語は幕を閉じます。





               「於岩稲荷」
実在したお岩さんは、夫に裏切られて毒殺された悲劇のヒロインではなく、
夫の田宮伊右衛門と夫婦仲良く家を再興した良妻でした。
江戸時代初期の御家人・田宮家の娘「岩」という女性です。
夫の伊右衛門と協力して田宮家を立て直し、深く信仰していたお稲荷さん
(於岩稲荷田宮神社)を大切にして平和に暮らしました。

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都市伝説ー平将門の祟り

都市伝説ー平将門の祟り



           首 塚  (東京都千代田区)

平安時代、この地には神田明神が建立しており、それ故今でもご利益がある
場所と考える人がいる。







平安中期、関東の独立を企て、志半ばで朝廷軍に討たれた武将・平将門。
「将門の祟り」は伝説として、あちこちで語り継がれてきた。
その一つが「将門の首塚」だ。





首塚を建てたことで将門の御霊は、一度は怒りを鎮めたかに思われたが、そう
ではなかった。周辺地域では何年もの間、水害や水難の類いが頻発し、人々は
それを「将門の祟り」と捉えて恐れ、震え上がった。
そこで時の僧侶が板石塔婆を建てて、改めて供養したのが徳治2年(1307)の
こと。この際、近隣の神田明神に将門の霊を祀ったことで、ようやく怨念は鎮
まったという。
 ところが大正13年(1923)の関東大震災で塚が倒壊したのを機に、再び将門の
怨霊は猛威をふるい始める。具体的には、この地で不自然な事故や災害が相次
いだのだ。





将門に関連する神社など赤で白抜きの所を戦にして結ぶと「北斗七星」の形に
なる。将門は、北斗七星を信仰していたことでも有名。



「大蔵省の悲劇」
戦後GHQが、この地を駐車場にしようと区画整理を行った際、工事関係者の
不慮の事故死や怪我が相次ぎ、計画が断念されたという。
その後も、周辺のビルで奇妙な不幸や病気が続くと噂された。





 





「首が東へ飛んだ」
京都で晒し首にされた平将門の首が「自分の体を探す」ために、故郷の関東へ
向けて空を飛んで落下したのが、この首塚の地とされる。


「八幡の藪知らず」
千葉県にある「八幡の藪知らず」にも「家臣6人がここで死に絶えた祟りから
藪に踏み込めば出てこられない」という将門伝説がある。
「実際は、約200坪の小さな藪で迷うことはないが、ジメッとした不穏な空気が
感じられた。

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都市伝説ー長命寺の井戸

都市伝説ー長命寺の井戸






                 姿 見 の 井 戸

姿見の井戸は、境内の左奥の木陰にある。
そのモデルとなった井戸寺は、1300年以上の歴史を誇る。





日本で「都市伝説」という言葉が知られるようになったのは、80年代後半。
そのきっかけとなったのは、アメリカの民俗学者、ジャン・ハロルド・ブルン
ヴァン氏の著書『消えるヒッチハイカー』
これは、現代社会にまつわる噂話を集めた本で、民話や伝説と区別して「アー
バン・レジェンド」という言葉が使われた。
それが「都市伝説」と翻訳されたのだ。いわゆる語源である。
近年、都市伝説めぐりをする人たちも増えてきている。
都市伝説に詳しい芸人の島田秀平氏は、巡る際の注意点をこう語る。
「塩を持参すること。訪れた場所を離れる際に舐めてみて無味、もしくは苦み
が強いと感じたら要注意。何かが憑いている場合もあるので、直接帰宅せずに、
喫茶店など、30分以上滞在できる場に立ち寄るなどして” 霊 ”を落とすようにし
てください」と。





       長 命 寺 の 井 戸




江戸時代から「東の高野山」として信仰を集めてきた長命寺。
その境内にあるのが「姿見の井戸」だ。この井戸には「覗き込んで水面に自分
の顔がハッキリと映れば長生きできる。しかし、歪んで映ったら厄災が降りか
かる」という都市伝説がある。
最近では、それに追加する話として「ある大学生がふざけて石を投げ入れたと
ころ、井戸水に映った自分の顔が歪んだ。しばらくするとその学生は交通事故
で亡くなった」という逸話まで出てきている。












「覗いて分かる自分の寿命の残り」
長命寺の井戸は、四国四十八ヶ所霊場のひとつ井戸寺の面影の” 井戸 ”がモデル。
井戸は、弘法大使・空海が掘ったといわれ『姿見の井戸』と同じ伝説が残って
いる。『残りの寿命が分かる井戸』の伝説が昔から伝わっているのは本当のこと
だが、大学生の話しは、作り話っぽい。

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都市伝説を検証する

都市伝説検証する





         「東 都 三 ツ 股 の 図」




天保2年(1831)に歌川国芳が、隅田川と小名木川が交わる中州から対岸
方向(深川)を見て、手前には、川岸に置かれた船の底を、2人の船大工が、
防腐処理のため火で炙っている様子が描写され、背後には川を隔てて「佃島」
の町並みや「永代橋」小名木川河口にかかる「萬年橋」が見え、一見すると、
江戸の水辺を描いた日常の風景である。
ただこの中に目につくのが「東京スカイツリー」にそっくりな塔が描かれてい
ることだ。国芳は180年も前に、スカイツリーの建設を予言していたのだろ
うか。歴史研究家・能城秀喜さんは「木の積み方から見て、”井戸掘り櫓” では
ないか」と予測する。
「国芳はほかにも、同じ櫓を描いていて、形も似ています。ちなみにその左隣
に描かれている少し低い塔は、火の見櫓であるといわれています」
しかし、井戸掘り櫓にしては、あまりにも高さが際立っているという指摘もあり、
真実は不透明のまま。
「伝説の発端」
江戸時代にこれほどの高さを有する建造物は、少なくとも町中には、ほぼ存在
しないことから、歌川国芳が未来を予言し、東京スカイツリーを描いたのでは
ないかと囁かれるようになった。
当時の火の見櫓は、高さが最大で約10m。1841年(天保12年)に出された「菓
子話船橋」
(江戸の菓子屋[船橋屋]の主人が菓子の作り方を記した本)のなか
にも、三ツ股付近にそびえる火の見櫓の絵が描かれている。
 もし火の見櫓のすぐ傍に、謎の塔が立っていたとすれば、高さは20m程度で十
分。さらに、当時、町なかに建てる塔で相応の高さを有するのは「井戸掘り用の
櫓」
くらいしか存在しない。つまり「東都三股の図」に描かれているのは東京ス
カイツリーではなく、たんなる櫓に過ぎなかったということになる。
「あらためて実際の絵を見てみると、川幅も広めに描かれ、遠近感がダイナミッ
クに演出されていることが分かります。浮世絵は写実よりも印象を重視するのが
醍醐味。歌川国芳の遊び心やサービス精神が、没後150年以上を経て、再び日の
目を見ることになったというのが真相か」





役者の似顔絵御法度の時世だから落書きにしてみました。
バンクシーよりも180年早く「落書き」を残した国芳である。






         『相 馬 の 古 内 裏』





原作(山東京伝『善知安方忠義伝』では数百の骸骨と戦うと
ところを、国芳は一体の巨大なものに変えた。さらに三枚続は
一片でも成立するよう描くのが慣例のところを、画面いっぱい
に骸骨を描き込んだ。そこが国芳の画法である。また、骸骨の
描写は学術的にもかなり正確になされていることから、国芳は
西洋の解剖学に関する書物を参考にしたものと考えられている。




「遅咲きの奇才・歌川国芳」
画才を認められた歌川国芳は、15歳で歌川豊国への弟子入りが認められ、若く
して絵画の道を歩みはじめました。
ところが、国芳の絵はまったく世間に認められません。絵は売れず、師匠に月
謝を払うこともできない。兄弟子の家に居候して日銭を稼ぎながら腕を磨くと
いう、長い下積み時代を過ごすことに…。
 国芳が日の目を見るのは、30歳を過ぎてからでした。
歴史上の武将・伝説の英雄や、その合戦の様子を描いた「武者絵」に活路を見
出して、中国の小説・『奇譚水滸伝』を題材に「通俗水滸伝豪傑百八人之一個
[壱人(いちにん)]」を描くと大ヒットを得ました。
躍動感あふれる自由な筆致と、カラフルな色彩が江戸っ子の心を鷲づかみにし、
ようやく画家としての第一歩を踏み出したのです。
そしてその奇才ぶりが発揮され、民衆を喜ばせました。




高さではこんな絵も描いています

歌川国芳ー奇才絵師の魔力 大阪中の島美術館

図では大判の紙を縦に三枚つなげて塔の高さを表現。
塔の上下で、にらみ合う二人の視線に合わせて塔の上部は仰ぎ見るように、
下部は見下ろすように描き、迫真の空間を作り出している。
屋根から突き出た相輪にわずかな雪を残すなど、雪景色を細部まで丁寧に
描き、臨場感を持たせている。








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詐欺とは書かない職歴

ニュースー警報レベル3・サギとカモ






  サギが狙っているとも知らずのんびりと泳ぐカモ




「甘いコトバにご注意を」
「カモ」とは、なぜ人を騙す意味でこの言葉が使われるようになったか? 
それは、「鴨が捕まえやすく、美味しい鳥」だったからです。 
昔の人にとって「鴨は、簡単に手に入り、大きな利益が得られる存在だった」
のでした。 このことから、
「簡単に騙される人」→「いいように使える人」→【カモ】という意味
で使われるようになったのです。





       因 幡 の 白 兎

古くから「白兎」のことを「サギ」と呼ぶことがあり、ワニを騙して海を渡ろ
うとした神話のウサギの行動にちなんで、「騙す=さぎ」と呼ばれるようにな
ったという、神話があります。
 『隠岐の島にいた兎は気多に渡りたいと思い立ち、海の和邇(ワニ)を欺く
ことを思いつきました。兎はワニを呼ぶと「私とあなたたちの一族ではどちら
の数が多いか比べてみよう。同属のものを集めて、島から気多の前まで並んで
伏せておくれ。私がその上を踏みながら数えていくから」と誘いました。
兎は集まったワニたちの背を渡って気多へ向かい、渡りきる直前に「お前たち
は私に騙されたんだ」と言い放ちました。すると最後のワニがたちまち兎を捕
え、衣(体毛)をすっかり剥ぎ取ってしまいました。
それで泣いていたところに、八十神たちが通りかかって嘘を教えたので、兎の
身はさらに傷つき苦しんでいたのでした。





   騙すつもりが騙された



詐欺を題材にした「騙すつもりが騙された」という古典的な小咄があります。
『ある男騙されやすい田舎者をカモにして、金品を巻き上げようと企みます。
男は道端でわざと高価そうな財布を落とし、物陰から様子を伺います。
案の定、通りかかった田舎者がその財布を拾いました。
男はすかさず駆け寄り「おいおい、その財布は俺が今落としたものだ。
半分よこせ」と脅します。すると田舎者はニヤリと笑って、返答しました。
「何を言ってるんだい。この財布は空っぽだよ。落とした財布の中身を分け
るなんて話があるかい!?」
正直者を正直者でないのが騙すのだから簡単なのだ。






        詐欺師を振り回すテクニック



壺算に見る値切りと交渉の美学
引っ越して来た家にへっついが有り、横に水壺があったが、棚から布袋さんが
落ちて、水壺が割れてしまった。この際だから二荷入りの壺(大きい壺に買い
換えることになったが、兄貴は買い物が上手いので、一緒に行ってもらうこと
に、おうこを持って出掛けた。
(「おうこ」=両端に物を吊るして肩に担ぐための「天秤棒」のこと)





     壺が割れて買い替えることになった





落語「壺算」 
 壺算
は、買い物上手の男が巧妙な計算トリックを使って、瀬戸物屋の店主
から水壺を安く買い叩く(騙し取る)という滑稽噺です
 瀬戸物町にやって来た。店に入る前に足元を見られないように注意した。
「壺はここにも裏にも、並んでいるからご自由にどうぞ」と言われたが相棒は、
着物の裾を引きずっている。
「どうした?」
「足元見られないように」
「買い物というのは帰ってから、あっちの方が良かったというものだから、
 今よく見ておけ」、
「この水壺どう見ても気に入らないよ」、
「何処が気に入らないんだ」、
「壺というのは、口が開いていて、底が有るから水が溜まるんで、この水瓶は
 口が塞がっていて、底が開いている」
「それは壺が逆さまに置いてあるからだ」
「もしもし、お客さん店先で喧嘩なさらないように」
「頼りない男だから、嫁さんに頼まれてきた。あっさりと値段はいくらだ」
「軒並み同業者で、朝商いのこって、あんさん達のこって、せいぜい勉強
 して、オマケ申して、ドンと張り込んだところが、3円50銭が1文も
 まかりません」
「途中まで負けるのかと思った。それでは『軒並み同業者で無く、朝商いで
 無くて、あんさん達の事でなく、せいぜい勉強しないで、オマケせんで、
 ドンと張り込まなかったら』、これはいくらなんだ」
「3円50銭です」、
「同じじゃないか。50銭は負けなさい」、
「それは手荒い」
「おうこまで持ってきているんだ。外に頼んで運んでもらったら、余計に金
 が掛かるだろ。そこを考えてみなさい。その上、長屋に帰ったら長屋中に
 ここで水壺は買いなさいと宣伝するよ」
「あんさんは買い物が上手い。3円で良いです」
 連れに3円出させて、差し担いにして担ぎ出したが、相棒は、二荷入りの
 壺を買わなければ嫁さんに怒られるという。
「グルッと回れば二荷入りの壺になる」
と言い、先程の店に戻ってきた。





  おかしいな? 可笑しくないか? けどおかしいな





「覚えていてくれたな。2荷入りの壺が欲しかったんだ。良いかい。
 では、2かいりの壺を持って帰れるように、縄を掛けておいてくれ。
 ところでいくらだ」
「1かいりの壺が3円50銭で倍の7円に…、あんさんは買い物が上手いな。
 6円でようございます」
「分かりやすくてイイ。ところでさっき3円渡したな」
「ここにまだ置いたままになっています」
「で、この1かいりの壺下取りしてくれるな。いくらで下取りしてくれるな」
番頭一瞬聞き間違えたのかと思って聞き直した。
「だから、この壺をいくらで下取りしてくれるな」
「…3円です」
「そこの現金とこの下取りした3円で、持って帰って良いな」
「…もう一度言ってもらえますか」
「ちゃんと聞いてろよ。そこに置いてある3円と、下取りした壺3円で6円だ。
2かいりの壺が6円だから、持って帰っても良いな。分からんか」
「分かりました。どうぞお持ち帰り下さい」
相棒は分かったので可笑しくてしょうがない。荷を担いでも笑っている。
「逃げるように早く行け」
番頭気が付いたのか呼び戻した。
「どうも、3円しか無いんですが」
「お前、この1かいりの壺を下取りしてくれるんじゃ無かったのか」
現金と壺を見比べて
「1かいりの壺を入れるのを忘れていました。どうぞお持ち帰り下さい」。





枂捋とは、皮を剥いたり、手でものを摘み取ったりすること





担ぎ出すと番頭、また戻ってくれと呼び戻した。
「どう考えても勘定が足りません」、
「おい、店を出ると、勘定が足らん、金が無いと言うのでは、我々が盗んでいる
ようなもんだ」、
「どうしても勘定が合わないんです」、
「それだったらソロバンを持って来な」、
「持ってきましがどの様に…」
「まず3円支払ったな、それを入れろ。次に1荷入りの壺の3円を入れてみろ。
6円になるだろう」
「あとの3円を入れて良いものかどうか」
「引き取るんだろう。だったら入れんかい。見ろ6円になるだろう」
何回やっても6円になるが、銭が足らない。
丁稚に大きいソロバンを持って来させた。大きいソロバンでも答えは同じ。
「6円だろう」
「あんさんがゴチャゴチャ言うから、分からなくなるんです」
店先で別のお客さんが値段の交渉を始めたが、ゴチャゴチャ言うんだ
ったら売らない、と客を追い返した。
「3円と3円で6円のことぐらい分からんのか」
「忠助さんはいないのか。出掛けているのか。一番大変なときに。
忠助さんが一番ソロバンが上手いのに」
まだ大きなソロバンで3+3=6の計算をしている。
「私も長い間商いをしていますけれど、こんなややっこしい壺は初めてです」
「そうじゃろう。そこがこちらの思う壺だ」。





     カラスとキツネどちらが賢い





「賢いキツネと見栄っ張りのカラスの物語」 イソップ寓話ゟ
美味しそうなチーズを手に入れたカラス。そこへお腹を空かせたキツネがやっ
てきて、甘いコトバでカラスをほめちぎります。
『ある日のこと。カラスがおいしそうなチーズの塊を見つけて、ゆっくり食べ
ようと木の枝にとまりました。そこへ一匹のキツネが通りかかりました。
キツネは、カラスのくちばしにあるごちそうを見つけると、おなかが グゥ〜 と
鳴りました。木の上までは手が届かないとわかっていたので、キツネは持ち前
の賢い頭を使って、ある作戦を思いつきました。
キツネは木の上を見上げて、優しく甘い声で話しかけました。
「おはようございます、カラスさん。あなたの羽は、なんてキラキラして美し
いんでしょう!こんなに立派で上品な羽、今まで見たことがありませんよ」
突然ほめられたカラスはびっくりして、少し首をかしげました。
キツネはさらに言葉を続けます。
「その美しい姿と同じくらい、きっと声も素晴らしいのでしょうね。
森の中で一番素敵なあなたのお歌を、どうか私に聞かせてくれませんか?」
それを聞いたカラスは、すっかり得意顔になりました。自分の素晴らしい歌声
を自慢したくてたまりません。カラスが一番の大きな声で カーッ! と鳴こう
とくちばしを開いたその瞬間……。
くわえていたチーズが ポロリ と落ちてしまいました。
キツネは地面に落ちる前に、それを パクリ とくわえ取りました
 
                            
          詐欺を笑っている場合ではありません!  
                           

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