- 2013/01/09
- Category : ポエム&川柳
什(じゅう)の掟
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「什(じゅう)の掟」(子弟教育7カ条)
「会津っぽ」といえば、"頑固""生真面目""保守的" で、
何より "強情一直線" な気質で知られているが、
それを象徴するのが『什の掟』と呼ばれる教えである。
「什」とは、同じ町に住む6歳から9歳の、
藩士の子どもたちで構成される10人前後の集まりのこと。
この集まりは「遊びの什」とも呼ばれ、
子どもたちは午前中の寺子屋が終ると、
順番で仲間の誰かの家に集まり、
ともに過すことを常としていた。
読み捨てた本が柱になっている 新家完司
といっても、ただ遊んでいたわけではない。
年長者の中から選ばれる什長の下、
次のような掟の素読と指導が行われ、
会津藩士としての精神を教え込まれた。
☆ 年長者の言ふことには背いてはなりませぬ。
☆ 年長者にはお辞儀をしなければなりませぬ。
☆ 虚言(ウソ)を言ふ事はなりませぬ。
☆ 卑怯な振る舞いをしてはなりませぬ。
☆ 弱いものをいぢめてはなりませぬ。
☆ 戸外でモノを食べてはなりませぬ。
☆ 戸外で婦人と言葉を交へてはなりませぬ。
" ならぬことはならぬもの " です。
出口さがすその一冊を読みながら 立蔵 信子
それはまさに朱子学の教え・「悌(てい)」
―年長者によく仕えて従順であり、
兄弟や長幼の間の情誼(じょうぎー義理・情愛)が、
細やかであること―
の実践を定めたものだった。
什長は年下の者に、
掟を「お話し」として言い聞かせてては、反省会を行い、
掟に背いた者がいたら、事実の有無を確認したうえで、
年長者たちで相談して次のような制裁を加えたという。
※ 無念― 最も軽い処罰。
(皆に向かって「無念でありました」とお詫びをする)
※ 竹篦―しっぺい。いわゆる「しっぺ」。
※ 絶交―文字の通り「仲間外れ」にすること。
(最も重い処罰でめったなことで加えられることはなかったが、
この処罰を受けた者が什の一員に戻るには、
父か兄が付き添いのうえ、集まりで什長に詫び、
仲間から許されなければならなかった)
その他では、火鉢に手をかざす「手あぶり」や、
行の中に突き倒して雪をかける、
「雪埋め」などの制裁もあった。
盗み聞きした唇を切り取られ 井上一筒
いずれも大人が介入することはほとんどなく、
子どもたち自身運営されていた。
つまり、
大人から無理やり押し付けられたものではなかった。
それだけに、掟は子どもたちの心の奥底に、
自然に根付き、
「会津武士の子としての一体感」 を
醸成していくこととなった。
笑っていよう木苺赤くなるまでは 森田 律子
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