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川柳的逍遥 人の世の一家言
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体内時計私には三つある  井上恵津子


招待を受け宮邸に向う薫たち

立ち寄らむ 蔭と頼みし 椎が本 空しき床に なりにけるかな

心の師として、支えになってほしいと頼りにしていた椎の木の山荘、
それが今では、むなしい床のつくろいになってしまった。

「巻の46 【椎本】(しいがもと

匂宮から聞いた八の宮の姫君たちに関心を寄せていた。

そのため、初瀬詣での帰りに、宇治の八の宮邸の対岸にある

夕霧の別荘に
一泊させてもらった。

迎えに来た薫とともに、その夜は管弦の遊びに興じる。

翌朝、八の宮から薫に手紙が来ると、匂宮は自分が返事を書くといい、

これがきっかけとなって、その後も匂宮は八の宮の姫君に手紙を送る

ように
なり、中の君が返事を書くという関係が続いた。

風凪いで頬に光が残される  青砥和子

7月、薫はいつものように宇治の八の宮邸を訪れる。

いつになく八の宮は薫を歓待し、

「自分は今年厄年なので、何かあったら娘を頼む」

と、
薫は八の宮から姫君たちの将来を託される。

秋になると、死期を悟ったのか、八の宮は姫君たちに

「宇治の地を捨てて、親の面目を潰すような結婚はしてはいけない」

と言う。

その後八の宮は宇治の阿闍梨のもとに籠もり、そのまま亡くなってしまう。

悲嘆に暮れる姫君たちを気遣う薫だが、大君への思いは届かないでいる。

もうですか まだ百年も生きてない  清水すみれ

その秋、薫は中将から中納言になった。

いよいよ華やかな高官になったわけだが、心には物思いが絶えずあった。

自身の出生した初めの因縁に疑いを持っていたころよりも、

真相を知った
時に始まった肉親への愛と同情とともに、

父がこの世で犯した罪の償いに、
かの世で苦闘しているだろうという

思いが、重くのしかかってくるのである。


その父の罪の軽くなるほどにも、自身で仏勤めがしたいと願うのだった。

入り口で悶え出口でまた悶え  平井美智子

八の宮への支援は怠ることはないが、薫が山荘を訪うのは久し振りだった。

都にはまだ秋はこないが、音羽山の近くにくると風も幾分冷ややかになり、

槙の尾山の木の葉も少し色づいてきている。

薫を自ら迎えに出て来た八の宮は、いつになく喜びを表情にしながらも、

心中を語る。


「自分は今年厄年なので、何かあるかわからない。

   もし私に何かあったあとも、娘たちを時々訪ねて来てやってほしい」 

正面からの言葉ではないが、薫を家族同然におもっての扱いである。

「自分が生きている限りは、今と変わらない気持ちで尽くすつもりです」

と、薫が答えを返すと、八の宮はうれし気に、満足そうに頷くのだった。

サイドミラーに写っている来世  井上一筒


父宮を心配する姉妹

秋も深まると、八の宮は体調もおもわししくなく、

阿闍梨の山の寺へ行って、
念仏に専念したいと思いたつ。

そして遺言めいたことを娘君たちに言う。


「人生の常で、皆いつかは死んで行かねばならない。

     だから私にも死ぬときが来れば、あなたたちと別れねばならない。

     死後のことにまで干渉をするのではないが、私だけでなく貴女がたの

     祖父母の方々の不名誉になるような、軽率な結婚などはしてならない」

いよいよその朝が来て、出かける時にも八の宮は、姫君たちの居間へ寄り、 

「私のいなくても心細く思わずに暮らしなさい。

  人生は思うままにはならないのだから、悲観ばかりはせずにいなさい」

と言い、山の寺へ向うのだった。

2人は父親の普段と違う態度に不安を抱きながら、見送った。

立ち尽くすしかない急に来た別れ  片山かずお

たださえ寂しい境遇の姫君たちは、互いに慰めあいながら暮らしていた。

やがて、寺での父宮のお経三昧の日数が、今日で終わるという日の夕刻、

「風邪だろう、今朝から身体の具合が悪くて家に帰られない。

   平生以上にあなたがたに会いたいと思っているのに残念です」

と言って、山の寺から宮の使いが来た。

その数日後、再び使いが来て

「宮様はこの夜中ごろにお薨れになりました」

と泣く泣く伝えた。

そのような報らせが、来るのではないかと予感もしていたが、

実際にそれを聞く身になって、姫君たちは失心してしまいそうだった。

あまりに悲しい時は、涙がどこかへ行くものらしい。

草間弥生で隠す心の乱れ  合田留美子

父の死に際し、日々枕もとにいて看護してきたのであれば、

世の習いとしてあきらめようもあるが、病中に逢えず、死に目にも、

会えなかったことに、姫君たちが歎きを引き摺っているのも、

もっともなことだった。

空もうららかに春光を見せ、川べりの氷が日ごとに解けていくのを見ても、

よく生きてきたと思いながら、なお父の宮のことが偲ぶ姫君たちである。

斎めの置き台に載せられた芹や蕨を見て、女房たちが、

「山の植物の新鮮な色を見ることで、時の移り変わりの分るのがおもしろい」

と言っているのを、姫君たちは「何が面白いのか」と聞き直してていた。

じとじとじゃないシトシトと降るのです  雨森茂樹


  姉妹を励ます薫

その後は、薫が2人の世話をした。

大君への恋心はあるが色恋の気配は見せず、けなげな対応に徹した。

2人は薫の心遣いを、本当にありがたいと感じている。

匂宮からの見舞いの手紙も来るが、父の遺言もあり、返事をするのは稀。

年の暮れ、薫が宇治の邸を訪れたとき、ついに大君に恋心を打ち明ける。

匂宮に素気ない態度をとるのはやめ、妹の中君の結婚相手にどうかと、

勧めたとき。

薫は、中君は匂宮と大君は自分と・・・呟いてみた。

大君はそんな薫の告白には気づかないふりをして、さらりとかわすのだった。

無印の翼ですからご自由に  岡谷 樹

【辞典】 阿闍梨の正体

八の宮は阿闍梨という僧のもとで、修行中に病気に亡くなってしまう。
このとき「風邪を引いたようで体調が悪いから」と事前に娘たちへの
知らせを、
送っていたが、そのまま帰ることはなかった。
しかし体調が悪いくらいで、
あれほど心配する娘たちのところへも帰れ
なかったのであろうか。

実は、この「体調が悪い」から死去までの間、八の宮の傍で看病いていた
阿闍梨は「今さら帰ろうなどと考えなさるな」と宮を諭していたのである。
さらにこの阿闍梨は、父を亡くしたあとの娘たちにも、杓子定規なことを
やり通す。父の「亡き骸見せて欲しい」と頼む娘たちの願いを聞き入れない。
理由は「そのような執着心を持ってはいけない」という。
仏道を志した人
への忠告ならまだしも、娘たちはそうではない。
何か権力をかざして、
意地悪をしているような感じである。
さらに総角(あげまき)では死の病に苦しむ娘の前で、
「成仏できない八宮様の夢
を見た」と飛んでもない軽口まで言うのである。

言い訳の狭い眉間に陀羅尼助  三村一子

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そのことは明日考える夕月夜  清水すみれ


   紫 式部


目の前に この世を背く 君よりも よそに別るる たましいぞ悲しき

目の前のこの世を背くあなたよりも、他所へと別れて行ってしまう
自分の魂こそ悲しい

「宇治十帖について」

橋姫から夢浮橋までの10巻は「宇治十帖」と呼ばれます。

実は、この宇治十帖にも、作者は別人ではないかという説があります。

第二部まで(巻の30【藤袴】)の文体や用語の使い方と宇治十帖の、

それが異なっていたり、物語の勧め方も変わっているというのです。

ギザギザの方を表にして逃げる  峯裕見子

確かに宇治十帖は主人公が(源氏父子から孫へ)代替わりしたこともあり、

その物語の展開は波乱に満ちて、これまでの面白さとは別の味わいがあり、

そんな部分を指摘して、1人の作者の作品だとは思えないというのです。

裏側を見すぎたらしい目が痛い  佐藤美はる

また、宇治十帖は男性の手によるものだという説や、

紫式部の娘が書いたものだという説、さらには宇治十帖以外にも、

他の作者が書いたものを挿入した巻があるなど、

様々な説が古くから取りざたされています。

それでも現在の通説としては、「匂宮・紅梅・竹河」の作者は別としても、

少なくとも、宇治十帖は紫式部が書いたものだろうといわれています。

裏返しのままで浮んでいる豆腐  平井美智子

それでも全編の現代語訳を完成させた瀬戸内寂聴さんは、

その三巻を含め、すべてが紫式部の手によるものという説を唱えています。

紫式部は、第二部を完成させたのち、かなりの時間をおいてから、

それ以降を書き始めたため、文体や思想が変わったという説です。

いずれにしても、そんな諸説が飛び出すのは、源氏物語が興味深く、

魅力あふれる作品であるからなのでしょう。

「橋姫」からの残り10巻「源氏物語」にもう暫らくお付き合いください。

草に寝て月光あびよいじめっ子  徳山泰子

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                 平成30年 元旦

                    了 味 茶 助



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傘を失くして立冬という駅に着く  岡谷 樹


  宇治10帖相関図  (拡大してご覧ください)


橋姫の 心を汲みて 高瀬さす 棹のしづくに 袖ぞ濡れぬる

宇治川近くで橋を守る伝説の橋姫のようなあなたがた姫君。
その寂しいお気持ちを察すると、棹にかかる水の雫のように、
私の袖も泣き濡れてしまいます。

「巻の45 【橋姫】」

京の都から少し離れた宇治の地に亡き桐壺院八の宮が住んでいる。

この八の宮は、冷泉院光源氏の異母弟にあたる。

身分は高貴だが、王位をめぐる争いに巻き込まれ、さらに京にあった邸も

焼失したため、逃れるようにして宇治の山荘に移り住むようになった。

八の宮の妻(北の方)も大臣の娘だったが、思いの外の逆境に置かれて、

結婚の当初、
親たちが描いていた夢を思い出すにつけても、

余りな距離のある今の境遇が、
悲しみになることもあるが、

唯一の妻として愛されていることに慰められて、


互いに信頼を持つ相愛の夫妻であった。

間引かれた方の仲間に入れられる  安土理恵

夫妻は何年経っても子に恵まれず、寂しい退屈を紛らすような美しい子供

がほしいと時々、呟き願っていたら、思いがけぬ頃に美しい姫が生まれた。

この姫を大そうに愛し、育てているうちに、ふたたび妻が妊娠。

今度は男がいいと望んだのだが、また姫君が生まれた。

安産であったが、産後に妻は病に犯され黄泉の人となってしまう。

この悲しい事実の前に八の宮は、涙に明け暮れる日々が続くが、

歎いてばかりもしておられず、姫たちを男手一つで育て、

わずかな侍者とひっそり暮らしていた。

拵えて自宅待機のすすきです  内田真理子

山奥に隠れ住んでいるものを、はるばる訪ねてくる人もない。

朝霧が終日、山を這っている日のような暗い気持ちで暮らす中、

八の宮は仏道修行に励み、心を清く持ち続けた。

この宇治には聖僧として尊敬される阿闍梨が一人いる。

もともと宮は、仏道の学識の深さを世間からも認められていながら、

宮廷のご用の時などにも、なるべく出るのを避けて、山荘に籠もり

仏道研究に没頭し、宗教の書物をひたすら読み耽った。

これが聖僧として尊敬される宇治の阿闍梨の知るところとなり、

時々、訪ねて来てくれるようになる。

鬼門から抜けて小さな咳をする  桑原伸吉


 八の宮の姉妹

この阿闍梨から、この世はただかりそめのもの、

味気ないところであると
教えられ、宮は、

「もう心だけは仏の御弟子に変わらないのですが、私にはご承知のように

  年のゆかぬ子供がいることで、この世との縁を切れず僧にもなれない」

と言う。

阿闍梨は、冷泉院へも出入りをしており、院の御所を訪れた折、

「八の宮様は聡明で、宗教の学問はかなり深くでき、仏さまにお考えが

   あって
この世へお出しになった方ではないだろうか、

   悟りきっている様子は、
すでに立派な高僧です」という。

この話に院は、


「まだ出家はされていなかったのか。

  『俗聖』などと若い者たちが名をつけているが、 お気の毒だ」と洩らす。

臍みせて楽になりたいなと思う  笠原道子

この冷泉院と僧との、八の宮の噂を薫もその場にいて、聞き入っていた。

薫は自分も人生を厭わしく思いながら、仏道について何もできていない

ことを
遺憾に思いながら、今こうして八の宮の悟りの心境にふれ、

一度会って、教えを乞いたい
と思った。

そして八の宮の山荘を訪ねる。


阿闍梨から話に聞いて想像したよりも、山荘は目に見ては寂しい所だった。

山荘といっても風流な趣を尽くした贅沢なものもあるが、

ここは荒い水音、
波の響きの強さに思っていることもかき消され、

夜も落ち着いて眠れない。


素朴といえば素朴、すごいといえばすごい山荘だった。

そして、こんな家に住んでいる姫たちは、どんな気持ちで暮らしているの

だろうかと薫は想像を膨らます。

雑草よいっぺん笑うたらどうや  筒井祥文


足繁く山荘を訪う薫

2人の姫は、仏の間と襖子一つ隔てた座敷に住んでいる。

女好きの男なら、どんな人が住んでいるのだろうと思うところだが、

薫は
師にと思う方を尋ねて来ながら、女にうつつを抜かす言行があっては

ならない
と思い返し、この気の毒な生活を懇切に補助することに、

心を切り替える。


それから薫は、八の宮に足繁く通い始める。

恋に落ちないように片側を歩く  中野六助


姉妹を垣間見る薫

薫が山荘に通うようになり、冷泉院からも様子を聞かれることも多々あり、

寂しいばかりの山荘にも、ぼちぼちと京の人の影が見えるようになる。

そして院から補助の金品を年に何度か寄贈もされることになった。

薫も機会を見ては、風流な物、実用的な品を贈ることを怠らなかった。

雪のふる音にあわせる願いごと  河村啓子


   姉妹を覗く薫

三年が経ち、少し間が空いてしまったが、薫は再び、八の宮を訪れる。

しかし八の宮は、7日間の仏道修行のため不在。

迷っていると家の中から、琵琶を奏でる音が聞こえてくる。

薫は侍者に言って、よく聞こえる場所に行くと、

垣根の隙間から大君と中の君が
楽器を楽しんでいる。

薫は美しい2人に心を奪われてしまう。

やがて邸の門に戻ると、年老いた女房が薫の対応に出てきた。

弁の君という名の姫たちの世話役を勤める女である。

年令は60前ぐらいか、優雅なふうのある女で、品もよい。

弁は急に他人が聞いても、同情を禁じえないだろう昔話を語り始めた。

薫が長い間、知りたかった自分の出生のことなども弁は知っている。

弁は亡き柏木の乳母子であった。

自分の本当のことを知る人に、偶然めぐり合えたことに薫は泣いた。

エレキバン偶数日には左肩  雨森茂樹

柏木が亡くなる直前、遺言を聞かされたという弁は、その時、真実を

どのように薫に伝えればよいものか分からず、今日にいたってしまった。

しかし今、薫が八の宮に訪ねてくることは、仏のお導きにほかならない。

このまま伝えるべき人に会えなければ、命も少ない老人が持っていても

仕方が無いので、焼いてしまおうと考えていた手紙も預かっているという。

手紙の入った黴臭い袋を弁は薫に渡した。

「あなた様のお手で御処分ください。もう自分は生きられなくなった」

と柏木が言い、弁に渡したものだという。

薫は弁から渡された柏木と女三宮の恋文に複雑な思いにかられる。

薫はなにげなくその包を袖の中へしまった。

哀しみに音あり淡い彩のあり  嶋澤喜八郎


薫 弁から袋を受け取る

薫は自邸に帰って、弁から得た袋をまず取り出してみた。

細い組み紐で口を結んだ端を紙で封じ、大納言の名が書かれてある。

薫はあけるのも恐ろしい気がした。

いろいろな紙で、たまに来た女三の宮のお手紙が五、六通ある。

そのほかには柏木の手で、

「病はいよいよ重くなり、忍んでお逢いすることも     
困難になった

   こんな時さえも、あなたを見ていたい心がそちらを向いている。


   あなたが尼になったということを聞かされ、また悲しく思っている」

ことなどを
檀紙五、六枚に一字ずつ、鳥の足跡のように書きつけてある。

書き終えることもできなかったような、乱れた文字の手紙もあった。

行き先を忘れたらしい蝶が一匹  森田律子

母宮の居間のほうへ行ってみると、無邪気な様子で母は経を読んでいた。

今さら自分が父と母の秘密を知ったとて、知らせる必要もないと思って、

薫は
心一つにそのことを納めておくことにした。

はつゆきや連れてくるのは過去ばかり  清水すみれ

【辞典】 隠棲を余儀なくされた八の宮の経緯

かつて八の宮は陰の東宮候補になったことがある。
これを後押ししたのが弘徽殿大后。源氏の母・桐壷更衣を苛めた人である。
さらには朧月夜の事件で、源氏を政界から追い出そうとした張本人である。
弘徽殿大后はこの事件で源氏が須磨・明石へ離れている間に、当時東宮
だった冷泉院を廃して、八の宮を次期の帝になる東宮にしてしまおうと
陰謀
を企んだのだった。

しかし、その企みは源氏の政界復帰によって打ち砕かれてしまう。
源氏の勢力が増すにつれ弘徽殿大后の発言力は低下し、それに伴って担
ぎ出された八の宮も周辺から敬遠される人物になってしまったのである。
それまでは普通の生活が出来ていたのに、この陰謀があったばかりに勢い
のある源氏に恨まれてはいけないと、八の宮から人が離れていくのである。

三隣亡でも茶柱が立つ不思議  武市柳章

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ときどきは深いところをかきまぜる  田村ひろ子


  玉鬘と女房たち


竹河の はし打ち出でし 一節に 深き心の 底は知りきや

竹河という歌を謡ったあの一節から、
私の深い心の思いを分かっていただけたでしょうか。

「巻の44 【竹河】」

太政大臣・髭黒は、玉鬘との間にできた3男2女を残して亡くなった。

どの子の未来も幸福になって欲しいと空想を描いて、

成長するのももどかしく
待っていた髭黒だったが、突然亡くなったので、

遺族は夢のような気がして、
生前の髭黒が娘の入内を望んでいたことも

そのままになっていた。


2人とも器量がよく、特に姉の大宮の美しさは世間でも噂になるほどで、

今上帝をはじめ冷泉帝夕霧の子・蔵人少将や柏木の子・など、

多くの求婚者が集まる。

口紅をさすとおんなは花になる  美馬りゅうこ

玉鬘は姉姫をただの男とは決して結婚させまいと思っていた。

妹姫はもう少し蔵人少将が出世したなら、結婚させてもいいと考えていた。

少将は許しがなければ、盗み取ろうと思うほどに深い執着を持っている。

もってのほかの縁と玉鬘は思っている訳ではないが、相手の同意もなく

暴力的に結ばれることは、世間に聞こえた時、こちらにも隙のあったことに

なってよろしくないと思って、蔵人少将の取り次ぎをする女房に、

「決して過失をあなたたちから起こしてはなりませんよ」

と戒めているので、少将も手の出しようがなかった。

一方、上帝への入内となると明石中宮がいて姫の苦労は目に見えている。

退位した冷泉院には、秋好中宮という寵愛をする女性がいる。

どうしたらよいか、玉鬘は判断がつかない。

ハンカチの耳をそろえて少し泣く  清水すみれ
   

満開の桜と競う姉姫と妹姫

3月になって、咲く桜、散る桜が混じって春の気分の高潮に達したころ、

姫君たちはちょうど18、9くらいで、容貌も性質もとりどりに美しい。

姉姫のほうは鮮明に気高い美貌で、華やかな感じのする人で、

普通の人に
嫁がせるのは、もったいないと玉鬘が評価しているのも

もっともなことと思われる。


妹姫は、背が高くて艶に澄み切った清楚な感じのする聡明な顔つきである。

碁を打つために姉妹は向き合っていた。

髪の質のよさ、鬢の毛の顔への掛かり具合など、両姫とも見事である。

この囲碁に熱中している姉君の姿を垣間見ることが出来た蔵人少将は、

少し勇気づけられた気がした。

だが、悲運な蔵人少将の浮かれた気分は、すぐ砕かれてしまう。

マンゴーも女も甘い香を放つ  日野 愿

困り果てた玉鬘が、冷泉院からの催促に折れ、結婚を決めてしまったのだ。

それを聞いた蔵人少将は「自分はもう死んでしまう」と泣き暮れる。

姉君あてにそんな手紙を書き、同情を誘うが決まったものは動かない。

ライバルの薫も思いを残す結果となる。

やがて7月になって姫は妊娠をした。
つわり
悪阻に悩んでいる新女御(姉姫)の姿もまた美しい。

世の中の男が騒いだのはもっとなことだと院は思い、

愛する姫を慰めようと
音楽の遊びをたびたび御殿で催した。

侍従が正月に「梅が枝」を歌いながら訪ねて行った時に、

合わせて和琴を
弾いた左近中将(鬚黒と玉鬘の長男)も常に役を仰せつかっていた。

薫は弾き手のだれであるかを音に知って、姫との手紙のやり取りの仲介を

させていたころの夜を追想するのだった。


哀しみに音あり淡い彩のあり  嶋澤喜八郎

そして姉姫は翌年4月に女宮、次の年には皇子を生む。

院の多くの後宮の女御たちには、男の子が恵まれなかったことから、

院は親王誕生に喜び、ことのほか新女御を愛した。

「在位の時であったなら、どれほどこの宮の地位を光彩あるものに

   できたか、
もう今では過去へ退いた自分から生まれた一親王にすぎない

    のが
残念である」 と院は思うのだった。

愛のうたらくだに瘤が二つある  森中恵美子

しかし院の愛情が大きければ大きいほどば、新女御の立場が苦しくなる。

双方の女房の間に苦く重たい空気がかもし出されてゆく。

新女御は人事関係の面倒さに、里へ下がっていることが多くなった。

玉鬘は娘のために描いた夢が破れてしまったことを残念がった。

御所へ上がったほうの妹姫はかえって、はなやかに幸福な日を送っていて、

世間からも聡明で趣味の高い後宮の人と認められていた。

玉鬘は自分の判断が間違っていたのかと嘆き、

たまたま訪問していた薫に、
愚痴を溢すが超然とした薫は

「よくあることですね」
などと言って、
親身にはなってくれない。

柔軟剤に一晩漬けておくイケズ  山本昌乃


 囲碁を打つ姉妹

【辞典】 作者別人説

原文ではこの竹河の巻の冒頭に、但し書きのような文章が記載されている。
それに加え今までの話は紫の上に仕えていた女房の噂話で「間違っている
かもしれない」とまで書かれている。
今までのことを否定しているような説明なのだ。


原文・書き出し。
これは源氏の御族にも離れたまへりし、後の大殿わたりにありける悪御達
の、
落ちとまり残れるが、問はず語りしおきたるは、紫の ゆかりにも似ざ
めれど、
かの女どもの言ひけるは、「源氏の御末々に、ひがことどもの混
じりて聞こゆ
るは我よりも年の数積もり、ほけたりける人のひがことにや」
などあやしがり
ける。いづれかはまことならむ。

〈ここに書くのは源氏の君一族とも離れた、最近に亡くなった関白太政大
の家の話である。つまらぬ女房の生き残ったのが語って聞かせたのを書
くの
であるから、紫の筆の跡には遠いものになるであろう。またそうした
女たちの
一人が、光源氏の子孫と言われる人の中に、正当の子孫と、そう
でないのと
があるように思われるのは、自分などよりももっと記憶の不確
かな老人が語
り伝えて来たことで、間違いがあるのではないかと不思議が
って言ったことも
あるのであるから、今書いていくことも、皆、真実のこ
とでなかったかもしれな
いのである

無為な日はあっちこっちを掘り返す  森吉留里恵

その出だしの設定方法はもとより、この竹河の巻と前の匂宮、紅梅の巻
はこれまでの41巻から見て、劣っている点が多数あると古くから多くの
人が
指摘している。文体や用語の使い方、何よりも物語の面白さといった
点で、
三部の始まりの三巻は完成度が低いといわれている。

そんな指摘を踏まえこの三巻は、紫式部が書いたものではなく、あとから
別の人
が書いて、差し込んだという説がある。この説は完全に否定されて
おらず、今も
決着はついてない。

 しかしこれからつづく10巻の話は「宇治十帖」とも呼ばれ、
人によってはそれ
までの光源氏のストーリーより評価されている。

源氏物語も残り10巻。ダイナミックなストーリーが展開されます。

その先に触れると未来消されます  上田 仁

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