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川柳的逍遥 人の世の一家言
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切りはなす後ろ二両のさみしさを  清水すみれ


  54帖 藤葉裏

わが宿の 藤の色こき たそがれに 尋ねやはこぬ 春のなごりを

藤は雲井雁のこと。私の家の藤の花が美しく咲いております。
この美しい夕暮れに、春の名残りを尋ねて、どうぞおいでください。
暗に結婚の許諾の意味をこめる。

「巻の33 【藤裏葉】」

六条院の姫の入内の仕度で、だれも繁忙をきわめている時にも、

夕霧は物思いにとらわれて、ぼんやりとしていることが多い。

自身で自身がわからない。

どうしてこんなに執拗にその人を想っているのだろう、

これほど苦しむのであれば、伯父の内大臣が弱気になっているときに、

思い切って、昔の関係を復活させればよかった。

しかし、できることなら伯父のほうから「正式に婿として迎えよう」

言って来れる日までは、昔の雪辱のために待っていたい、と

煩悶しているのである。

雲井雁の方でも、洩れ聞く夕霧の縁談の噂に、物思いする日々が続く。

もしもそんなことになったなら、

永久に自分などは顧みられないであろう、
と思うと悲しかった。

一過性の恋よ輪郭ぼけてくる  山本昌乃

内大臣も夕霧を認めようとせず、2人に冷淡な態度をとり続けてきたが、

今も依然として娘の心が、その人にばかり傾いているのを知っては、

親心として、夕霧が他家の息女と結婚するのを坐視するに忍びなくなった。

話がどんどん進行してしまって、結婚の準備ができたあとで、

こちらの都合話を言い出しては、夕霧を苦しめることにもなる。

自身の家のためにも不面目なことになっては、世上の話題にされやすい。

秘密にしていても、昔あった関係はもう人が皆知っていることである。

何かの口実を作って、やはり自分のほうから負けて出ねばならない

とまで、大臣は決心するに至った。

菊日和亡くしたものはウツクシイ  太田のりこ


  藤見の宴

内大臣はどうにかして夕霧と和解したいと、その機会を求めていた。

大宮の三回忌に、内大臣は歩み寄りの姿勢をみせ、

4月のじめに、自邸の藤の花の宴に夕霧を招待することにした。

内大臣は夕霧の座席を整えると、気を遣うこと並一通りではない。

儀式ばった挨拶は短い目にして、すぐに花見の宴に移った。

内大臣は、思うところがあり、夕霧を酔わせようと杯をすすめる。

年重ね影がまあるくなってゆく   信次幸代

夕方になって参会者が次々に帰るころ、内大臣は大宮の健在だった頃を

偲びながら、春の末の哀愁の深く身にしむ景色を、ながめていた。

夕霧も「雨になりそうだ」などと退散して行く人たちの言い合っている声を

聞きながら、庭のほうばかり眺めている。

好機会であるとも大臣は思ったのか、

内大臣は酔った振りをし、夕霧に
杯をすすめながら袖を引き寄せて、

「どうしてあなたはそんなに私を憎んでいるのですか。

    今日の御法会の仏様の縁故で私の罪はもう許してくれたまえ。

    老人になってどんなに肉身が恋しいかしれない私に、

    あまり厳罰をあなたが加え過ぎるのも恨めしいことです」

などと言いだすと、夕霧は畏まって、

「お亡れになりました方の御遺志も、

    あなたを御信頼申して、
庇護されてまいるように

    ということであったように心得ておりましたが、


 なかなかお許し願えない御様子に今まで、御遠慮しておりました」

自問自答して今日も一日して暮れる  雨森茂喜

夕霧は、内大臣がどうしていつもと違った言葉を自分にかけてきのだろう

と、
無関心でいる時のない恋人の家のことでもあるから、

何でもないことも耳にとまって、いろいろな想像を描いていた。

やがて夕霧はひどく酔った振りをして、

「気分がわるくなって、とても我慢ができません。

    お暇するにも道中が危なくなってしまいました。

    どうか今夜はお部屋を貸していただけませんか」と言う。 

内大臣は


「柏木よ。部屋を用意してあげなさい。

   この年寄りは酔っ払ってしまって失礼ですから、もう引っ込むとしよう」

意を察して柏木は、夕霧をそっと雲井雁の部屋に案内をする。

夕霧は夢ではないかと思った。

雲居雁は前よりもずっと美しく成長していた。

傾げれば葉裏の紅も燃えている  徳山泰子

源氏は夕霧がいつもより輝いた顔をして出て来たのを見て、

内大臣邸であった前夜のことを悟った。

「根比べに勝ったなどと思ってはいけないよ。謙虚に有難いと思いなさい。

今度の態度は寛大であっても大臣の性格は、

生一本で気難しい点もあるのだからね」

と夕霧を諭すのである。

身の程の小吉でした 以下余白  佐藤美はる

さて明石の姫の入内は4月20日過ぎと決まった。

本来なら、後見役として母親が一緒に入るのが習わし、

そうなれば対面上は、母の紫の上が後見役である。

それを紫の上は実母の明石の君を後ろ身として付き添わせようと提案する。

実の親子がいつまでも離れていては可哀想と思ったのである。
            おおい
明石の君は、あの大堰での別れ以来、初めて成長した娘と対面出来た。

さらに後見役の入れ替わりの時には、

紫の上と明石の君が始めての体面を果たした。


2人は互いの美しさと教養の深さを認め合い、

これまでのわだかまりを綺麗に流し合った。

忘れるってうれしいことかもしれません  安土理恵


夕霧・雲居雁夫妻

夕霧は結婚、明石の姫は入内……源氏はもう心配はないと感じ、

昔から念願だった出家も本気で考え始めていた。

来年はもう40歳である。

その秋、源氏は准太上天皇の地位に上りつめ、内大臣は太政大臣に、

夕霧は中納言に昇進した。

そして夕霧は、雲居の雁と共に亡き大宮が住んでいた三条邸に移り住む。

さらに栄誉なことが待っていた。

冷泉帝が、前帝の朱雀帝と一緒に源氏の六条院を訪問するというのだ。

帝の外出は行幸といわれ、そこに前帝もやってくる。

六条院のもてなしでは、盛大に歌や舞が披露された。

そこで招待の太政大臣は、源氏こそ世の星だとその繁栄を讃えた。

秋の酒 自分を少し甘やかす  和田洋子

【辞典】 一般的に源氏物語は三つのブロックに分けられる。

その第一部の最後がこの藤裏葉の巻で源氏の青春期を描いている。
第二部は34~41巻まで。源氏40歳から52歳までの晩年で破綻して
いく愛情への苦悩や源氏の子供たちが織り成す恋愛模様が描かれる。
第三部は42から54巻まで。源氏は故人として登場。孫達の世代が繰り
広げる愛憎劇である。さて、一番華やかに見える一部が終わってしまうが、
この後のストーリーが源氏物語真骨頂の巻が多数揃って一層面白くなる。

終章は神に逆らうかも知れぬ  太田扶美代

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耳たぶもうなじもきっとナルシスト  美馬りゅうこ


 薫物 精製中の源氏

限りとて 忘れがたきを 忘るるも こや世になびく 心なるらむ

私のことは決して忘れないと言っていたあなたなのに、忘れられていく私。
きっとあなたの心も、この世に生きる普通の人と同じ儚さを持っているのね。

「巻の32 梅枝】」

光源氏39歳、明石の姫11歳の冬。

明石の姫の東宮への入内も間近に迫る。

それに先駆け1月末には、明石の姫の裳着も行われる。

源氏はその「裳着」の準備に余念がない。


六条院では、来客に贈る品や、入内の調度品などの準備をしている。
                   たきもの
なかでも香を楽しんでもらう「薫物」は、源氏自ら調合などするので、

女房たちはじめ紫の上も、競って香りのよい薫物づくりに励んでいる。

裳着の儀を明日に控えた梅の盛りの2月10日、

蛍宮が挨拶に来たのをいい機会に、宮を判者として薫物の品定めが始まる。

そして誰の薫物が一番いい調合か決めることになったが、

結局、
みんなそれぞれにすばらしいと勝負はつかない。

結論を左脳ばかりで出すなんて  森田律子

六条院ははそんななごやかな雰囲気のなかで、姫の裳着を迎える。

今回の腰結役には、源氏のたっての希望で、秋好中宮が務め華を添えた。

しかし実母の明石の君は、身分を考えて出席させてもらえない。

裳着の儀を行なう西の町へ、朝の8時頃に、源氏と紫の上と姫は入った。

中宮のいる御殿の西の離れに式の設けがされてあって、

姫のお髪上げ役の内侍なども、一緒である。

紫の上は、このついでに中宮にお目にかかり挨拶を交わす。

そこでは、中宮付き、夫人付き、姫付きの盛装した女房らが座し、

着飾った来客の数も多くいて、自然と式場は華やかに盛り上がってくる。

右股関節から水になるわたし  井上恵津子

儀式は12時に始まった。

ほのかな灯の光の中ではあるが、姫は大そう美しいと中宮は思った。

「お見捨てになるまいと期待して、失礼な姿をお目にかけました。

   これも後世の前例になろうかと、狭い料簡から密かに考えております。

   また尊貴なあなた様が、かようなお世話をくださいますことなどは、

   例もないことであろうと感激に堪えません」

と源氏の言葉に、中宮は、

「経験の少ない私が何も分からずにいたしておりますことに、

   そんな御挨拶をしてくださいましては、かえって困ります」

謙遜して喋る中宮の様子は、若々しく愛嬌に富んでいるのを見て、

源氏は、この美しい人たちが皆、自身の一家族であるという幸福を感じた。

家族の一人である明石が、蔭にいて、

この晴れの式に出れないことを、
悲しむ風であったのを哀れに思い、

こちらへ呼んでよろうとも源氏は思ったが、


やはり外聞をはばかって実行はしなかった。

思い当たる節に包帯まいておく  谷口 義

東宮の元服は20日過ぎにあった。

立派な大人になった東宮に、誰もが娘を後宮へ入れたい志望を持つが、

源氏が自信を持って、姫を東宮へ奉ろうとしているのを知っては、

強大な競争者のあるこの宮仕えは、返って娘を不幸にするのではないか、

と、
左大臣、左大将などもまた躊躇している。

これを源氏は聞いて源氏は、

「それではお上へ済まないことになる。

   宮仕えは多数のうちで、ただ少しの御愛寵の差を競うのに意義がある。

   貴族がたのりっぱな姫がお出にならないでは、こちらも張り合いがない」

東宮の元服後、すぐにも明石の姫が入内する予定だったが、

自分の姫の入内の時期を4月に延ばした。

これを聞き、左大臣が三女を東宮へ入れ、麗景殿と呼ばれることになる。

添え木して虚ろな愛を繋ぎ止め  上田 仁

これで源氏の方は、持参する調度品の準備期間が増えたと喜び、

巻き物や書などを揃えたり、姫の手道具類なども、もとからあるのにまた

新しく作り添えて、源氏自身が型を考えたり、図案をこしらえたりしては

専門家の名人を集めて、美術的な製作を命じたり、昔の宿直所の桐壺の

室内装飾などを直させることなどで、意義のある時間を費やしていた。

内大臣は、そうした明石の姫の動向を耳にするたびに、

娘の雲居雁の処遇を思い、気分が晴れない。

夕霧からはいまだ求婚されずに、中途半端な状態が続いている。

夕霧と話をつけたいと思うのだが、自分からは言い出せない。

泳ぐほど沖はだんだん遠くなる  寺川弘一

内大臣は、そんなこんなの悩みを愚痴るように雲居雁にこぼした。

「夕霧は冷たい人だよな…自分から言い出してくれればいいのに…

   別の縁談の話も噂されているし…」

それを聞いた雲居雁は思わず涙を流す。

夕霧は今も、密かに恋文を送ってくれているのだ。

雲居雁は今来た夕霧からの恋文の返事に、

夕霧の縁談の噂をきいてその恨み言を返して寄越してくる。

手紙を受け取った夕霧は寝耳に水。

何のことだかわからず、困惑するばかりだった。

のど飴が右の頬っぺにへばりつく  田口和代

【辞典】 薫物(たきもの)合わせ

薫物とは、各種の香木を粉にひいて、それを混ぜ練り合わせたもの。
主に衣服に香りをしみ込ませるために、これを焚いて用いた。
この調合方法には、代々秘伝として受け継いでいるものが多く、
この梅枝でも、源氏は人払いして、周囲に見られないように薫物をした
作っている。当時はそうした苦労して作った薫物の優劣を競う遊びが
流行り、薫物合わせと呼んだ。ここで品定めされたのは、女房たちの
作ったもののほかに、紫の上、花散里、朝顔、明石の君、そして源氏
が調合した薫物合わせだった。

すっぱさも尖りも青いレモンゆえ  永見心咲

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はなびらも時もほろほろ流れ去る  新家完司


柱に歌の紙を挟む真木柱

今はとて 宿かれぬとも 慣れ来つる 真木の柱は われを忘るな

今はもう、この屋敷を離れていく私ですが、慣れ親しんできた真木柱さん、
どうか私のことを、忘れないでいてください。

「巻の31 【真木柱】」

「冷泉帝に知れてしまったら大変、しばらくは内密にしておきましょう」

光源氏髭黒に言う。


玉鬘への恋の争奪戦は髭黒が勝利したのだ。

起きてしまったこおとは仕方がない。

当時は三日続けて女君のもとに通えば、結婚は成立する。

その後玉鬘は、日が経っても心を開く様子がなく、ずっと思いつめている。

髭黒は思う…玉鬘は見れば見るほど、美しい。

顔立ちも姿も理想的である。この世にこれほどの人がいたのか。

もう少しで他人のものになるところだった。

髭黒は天にも昇る心地である。

源氏は不本意で残念なことと思うも、今更どうにもならないことだった。

潔く源氏は、髭黒を婿として迎えることにした。

願望が叶い男がピンクで浮いている  上田 仁

玉鬘は泣き暮れていた。

今となっては、源氏の優雅さや優しさが懐かしい。

源氏なら自分の気持ちを無視して、強引に奪うことなどなかった。

玉鬘は今更ながら源氏のことを恋しく思う。

11月になって、髭黒は昼間でも、

人目につかないよう身を忍ばせて、玉鬘の部屋に籠もっている。

玉鬘は自分から望んだことではないとはいえ、

源氏がこのことをどう思っているかと考えると、死ぬほど恥ずかしい。

一方、まじめな気の優しい髭黒は、

玉鬘が出仕をすれば、帝の寵愛を受けるのではないかと気を揉んでいる。

そこで髭黒は、宮中に出たついでに玉鬘をその侭、連れて帰ろうと考えた。

空想を腹いっぱいに生きている  佐藤美

その一方で、髭黒には長年連れ添った本妻・北の方がいる。

北の方は式部卿宮の娘で、紫の上の姉にあたる。

器量も優れて美しく、性格もおっとりとして穏やかで立派な女性だった。

ところが、物の怪に取り憑かれて、ここ数年、常人のようではなかった。

時々、正気を失うようなことがある。

自然と夫婦仲も冷めたものになっていた。

それでも髭黒は、北の方だけを正室として大切に扱っていた。

だが今や、玉鬘のあまりの美しさに、我を忘れてしまっていた。

一枚の女のウロコへばりつく  須磨活恵

日も暮れると髭黒は気もそぞろ、どうかして玉鬘の元へ出かけたいと思う。

あいにく雪が盛んに降っている。

髭黒は格子をあげたまま、どうしたものか思い悩んでいる。

北の方は、

「あいにく雪ですね。この雪ではさぞかし道が大変でしょう。


   もう夜も更けましたわ」と外出を促す。

もうおしまいなのだ。

引留めたところで無駄だろうと、北の方は思い詰めている。

その姿が実に痛々しい。

「この雪で、どうして出かけられるのですか」

「お出かけをやめてここにいらしても、

   あなたの心が他のところにあるのでは、
かえって辛い。

   よそにいらしても、私を思い出してくださるのなら、

  
そのほうがうれしい」 と穏やかな口調で言う。

ささやきの美学へ水の輪がゆれる  山本昌乃


髭黒に香炉の灰をかける北の方

髭黒は北の方の泣きはらした顔を見ると、可哀相だと思いもするが、

玉鬘のもとに行きたい気持ちが募り、わざとらしく溜息をついて、

出かける衣装に着替えて香を焚きしめる。

北の方はじっと堪え、見るからにいじらしく、

脇息に寄りかかり打ち伏している。

                               ふせご
と、突然北の方はすくっと起き上がって、大きな伏籠の下にあった香炉を

取り
上げるなり、髭黒のうしろから香炉の灰を浴びせかけた。

1トンの四角い夢にうなされる  井上一筒


例の持病が出たのだ。

夜中だったが、髭黒は僧を呼び寄せ、加持祈祷を行った。
              ちょうぶせ
北の方は一晩中、物の怪調伏のために、加持の僧に打たれたり、

泣き喚きながら夜を明かした。

髭黒は、日が暮れてくると、そわそわと玉鬘のもとに出かけていった。

人の好い顔をそろそろ脱ぐとする  牧浦完次

髭黒には北の方との間に、12歳の姫君と、その下に男君が2人いる。

北の方の父・式部卿宮はそういう事情を聞きつけ、迎えを差し向けた。

いつかはこうなるだろうと予測はしていたが、実際にその場になると、

女房たちもみな今日が最後だと、ほろほろと泣きあっている。

子供たちも、深い事情は分からないものの、つられて泣いている。

「親とは形ばかりで、子供に対して愛情を失った父君では、この先、

   力になってくれるはずもないでしょう」

と北の方が言うので、乳母たちも一緒になって嘆いている。

わかれ霜誰かが笑う誰かが泣く  森中恵美子

髭黒から誰よりも愛された一番上の娘・真木柱は屋敷を離れるのが恋しく

柱の割れ目に自分が詠んだ歌の紙を差し込んでいる。

今はとて 宿かれぬとも 慣れ来つる 真木の柱は われを忘るな

こうしたさまざまな事件のごたごたで、気分が塞ぎこんでいる玉鬘に

気を遣い、
髭黒は尚侍として出仕するのを許可する。

こうして玉鬘の参内の日がやってくる。

玉鬘を目にした冷泉帝は、その美しさに心を奪われる。

心配な髭黒は、玉鬘を早々に退出させ、強引な言い訳で、

帰り先を
六条院ではなく自邸にし、玉鬘を迎え入れたのである。

そしてその年の冬、玉鬘は髭黒の子、可愛い男の子を産む。

柔らかに月光三小節目のメンソーレ  山口ろっぱ

【辞典】 真木柱に描く、裏側

式部卿宮は源氏最愛の妻・紫の上の父親、つまり源氏の義父になる。
そして髭黒の本妻は、紫の上の腹違いの姉である。かつて式部卿宮は、
源氏が須磨・明石に都落ちした際、災いが自分の及ぶことを恐れ、源氏
から離れたという過去があった。それを根に持ち源氏はいつも自分のこと
を冷遇しているのではないかと、式部卿は考えている。さらにその邪推に
油を注ぐのが式部卿宮の妻・大北の方である。彼女は自分が生んだ髭黒
の本妻が、惨めな思いをしているのに、夫が別の女性に生ませた紫の上
は幸せに暮らすことが我慢できないのである。さらに、この夫婦、今回の
玉鬘の件も、源氏が巧妙に仕組んだ、自分たちへの嫌がらせだと考える。
玉鬘は、源氏が引き取った女性、それが髭黒をたぶらかし、幸せだった家
庭を壊したというひねくれた考え方である。つまりこの計画の陰で源氏が
糸を引いていると思ったのだ。

愛というクロスワードを解いている  佐藤美はる

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そこはかと陽炎追うてゆく月日  佐藤美はる


源氏54帖 藤袴

おなじ野の 露にやつるる 藤袴 哀れはかけよ かごとばかりも

野原の露に濡れている藤袴です。
まるで同じ祖母を亡くし、同じ喪服を着ているあなたと私のよう。
せめてほんの少しでも結構です。優しさをみせてください。

「巻の30 【藤袴】」
       ないしのかみ
玉鬘を誰もが尚侍として出仕することを薦める。

彼女の心は迷い揺れ動いている。

親のように頼っている源氏の君ですら、気が許せない世界だから。

玉鬘は悩んでいるのである。

あの美しい冷泉帝のもとで奉仕できるなら、こんな幸せなことはない。

でも、それは玉鬘の姉妹でもある弘徽殿女御や、

同じ源氏の養女である秋好中宮と寵愛を競うことになりはしないか。

でも六条院にいても、素性を明かしたあと、

大胆になる源氏の恋のささやきにも耐えられないのに、

尚侍を断ってしまえば、源氏の愛情を拒みきれなくなってしまうだろう。

ただでさえ、人から疑いをかけられているこの関係を、

きっぱりと清算できないものか。

ため息つけば水面の月も揺れている  大海幸生

さりとて実の父である内大臣は、源氏に遠慮して、

自分から動こうとする様子もなく、頼れそうにもない。

行くにしても残るにしても、どの道つらい運命が待ち構えている。

いっそのこと、すべての煩わしい人間関係を絶ってしまいたい。

誰にも相談ができない。

誰も傷つけたくない…たった一人で苦しみ抜くしかないのだ。

玉鬘は自分の数奇な身の上を嘆いては、

縁側にでて胸に染み入る夕暮れの景色を眺めるのだった。

行方不明になった私の青い空  岡谷 樹


藤袴を御簾に滑りこませる夕霧

3月になり、大宮が亡くなる。

玉鬘は大宮の孫として、喪に服している。


そんなところへ、鈍色の衣装を着た夕霧が源氏の使いとして訪ねてくる。

今まで姉妹だと思って親しくしていた仲なので、女房などは介さず、

御簾越しに直接、会話を交わし、事務的な話を済ませると

夕霧は、
懐に用意していた藤袴の花を御簾の中に滑りこませて、

「この花も今の私たちにふさわしい花ですから」

と言って、玉鬘が受け取るまで、花を放さずにいたので、

玉鬘がやむをえず手を出して取ろうとする袖を夕霧は引き、

「おなじ野の 露にやつるる 藤袴 哀れはかけよ かごとばかりも

   姉ではないと分かった今、自分の気持ちを伝えたい」

と心の内を告白する。

うんざりした玉鬘は、適当に受け流し、奥に引っ込んでしまう。

擦れ違う風に膝げりされました  合田瑠美子

夕霧は自分の行動を後悔した。

そして源氏のもとに引き返し、玉鬘の処遇について父を問い詰める。

「内大臣は内輪ではこう言っているそうでございます。

   六条院では他にいっぱいの姫君がいて、そうした方々と玉鬘を

   同列に扱うことが出来ないから、私に押し付けたのだ。

   帝の寵愛と関わらない形で宮仕えをさせておき、

   実質は自分のものに
しようとする。実に頭のいいやり方だと」


「ずいぶん邪推したもんだね。そのうちはっきりするだろう」

と源氏は否定するが、夕霧は疑いを捨てきれない。

一方で源氏は,

「内大臣はよくもその魂胆を見抜いたものだ」と思うのだった。


みずうみのふかさをきつく詰問す  清水すみれ

玉鬘の宮仕えを前に、髭黒をはじめ沢山の男性から恋文が殺到していた。

髭黒は2人の大臣に次いで帝の信任が厚く、

しかも東宮の後見になろうかとしている人である。

年は32、3歳。北の方は式部卿宮の長女で、紫の上の実の姉にあたる。

もし玉鬘の相手に髭黒を選んだら、式部卿宮に恨まれることになる。

しかも北の方は物の怪に取り憑かれていて、髭黒は別れたいと思っている。

源氏は髭黒との結婚をあまり好ましく思っていない。

一方の内大臣は、玉鬘が宮仕えをしたら、娘の弘徽殿と寵愛を争うので、

いっそのこと、髭黒なら都合がいいと考えていた。

もう恋はしないと言えば月笑う  笠原道子

【辞典】  尚侍(ないしのかみ)

尚侍という役職。中宮、女御など帝の夫人たちが住む後宮には、
事務仕事を
行う12の部局がある(後宮12局)。その中の一つで、
帝の近くに仕え、帝の
判断を仰いだり、言葉を皆に伝えたり、
女官の管理をしたりといった仕事
を行うのが「内侍司」(ないしのつかさ)
という部局である。
そして玉鬘が任官されようとする「尚侍」とは、
この内侍司という部局の「長官」になる。

 源氏は冷泉帝の意向もあり、玉鬘を宮廷の中でも位の高い尚侍として
宮仕
えをさせようと考えた。当初、玉鬘は後宮の事務仕事を司る女官で
あれば、
色恋の沙汰なく暮らせると思っていた。だがよくよく考えると、
尚侍といえども
帝の寵愛を受ける例は多々ある。尚侍は女御や更衣に準
ずる位なのである。
玉鬘の迷いは、そんなところにもあったのだ。

生ぬるい風はあなたの吐息かも  合田留美子

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とりあえず午後から雲の動くまま  山本昌乃


    行 幸

恨めしや 沖つ玉藻を かづくまで 磯がくれける あまの心よ

恨めしくおもいますよ。玉藻のような衣装をつけるこの日まで、
私から隠れていたあなたの心を

「巻の29 【行幸】」

年の暮れ、冷泉帝の行幸に多数の貴族が随行し、見物人も大賑わい。

玉鬘も例外でなく車で見物に来ていた。

生まれて初めて父である内大臣を遠くから眺めた。

たしかに堂々として立派と思うのだが、玉鬘の心は不思議と動かない。

一人の人に釘づけだったのだ。

これほど美しい人に出会ったことがなかった。

大勢の人が競って着飾っていたが、御輿の帝の端正さには比べようがない。

源氏の顔立ちにそっくりだが、若くて瑞々しくひときわ威厳を放っている。

玉鬘はすっかり魅せらてしまった。

玉鬘は、源氏が勧める宮廷の宮仕えも、まんざらでもないと思えてきた。

雑魚盛って今日一日の笑いとす  河村啓子

明くる日、源氏は玉鬘に

「昨日、帝をご覧になりましたか。

   宮仕えの件、その気になりましたでしょうか」


玉鬘は心中を見透かされたようで、思わず笑い出した。

源氏は玉鬘が宮仕えするなら、まず「裳着の儀式」が済んでからと考えた。

玉鬘は九州の田舎で暮らしていたため、

もう23歳になろうとするのに、
裳着を済ませていなかったのだ。

そのためには源氏は、玉鬘の素性を内大臣に明らかにする必要を感じた。

そこで裳着の式の腰結という大切な役を、内大臣に頼むことにした。

そして早速、手紙を認めた。

さりげなくマンドラゴラは調理せよ  山口ろっぱ

だが内大臣は、その依頼を大宮の病気を理由に断りを入れてきた。

大宮の病状は芳しくなく、夕霧が夜昼なく三条宮に詰めている。

内大臣が大宮の病気を理由にするなら、それを逆手に取ろうと考えた源氏。

大宮の病気を見舞ったついでに、玉鬘を引き取った経緯を打ち明ける。

そして、大宮に内大臣への仲介を依頼すると、大宮は快く聞き入れ、

「源氏の大臣が直接あなたにお耳に入れたいことがあるそうです。

   早々に邸に来てください」 

と内大臣へ手紙を書いてくれた。

空耳だろうか誰かが呼んでいる  雫石隆子

母・大宮からの手紙を受け取った内大臣は、

「何事であろう。夕霧と雲居雁のことだろうか」 

と勘ぐり、

「源氏が泣きついてきたら断れまい。いっそのこと、適当な機会があったら、

   先方の言葉に折れたという格好にして、承諾することにしよう」

と思う。

ところが、いざ久しぶりに源氏と対面すると、不思議と懐かしさばかりが

込み上げ、
差し向かいになると、昔の思い出が次々と浮んでくるのだった。

ふっと吐く身内の鬼を出したくて  岡谷 樹

源氏は頃合いを見計らって、玉鬘の件を話し出しと、内大臣は、

「まったく感の堪えない、またとないお話でございます」

と涙ぐみ、裳着の件を快く承諾して、帰っていった。

2月26日、玉鬘の裳着の儀が行なわれた。

大宮や秋好中宮をはじめ、六条の方々からも祝いが届き、盛大を極めた。

内大臣は当日、玉鬘に会いたいものと、早々と六条院に参上している。

亥の刻に御簾の中に入る内大臣も、玉鬘の顔を見たいと思うが、

気持ちばかりが高ぶって、腰紐を結ぶ時には感極まって泣いてしまった。

内大臣は涙ながらに腰結の役をこなし、玉鬘に(巻頭)歌を詠んだ。

うらめしや 沖つ玉藻を かづくまで 磯隠れける 海人の心よ

愛がある戦いがある男の手  赤松蛍子

父のこの歌に答えるのが、通例ではあるが、玉鬘は緊張して声が出ない。

そこで内大臣の歌への返歌は、源氏が代わりに詠んであげるのだった。

寄辺なみ かかる渚に うち寄せて 海人も尋ねぬ 藻屑とぞ見し

(寄る辺がないので、このようなわたしの所に身を寄せて、
    誰にも捜してもらえない気の毒な子だと思っておりました)

こうして裳着の儀は無事に終えて…、

柏木は玉鬘に密かに想いを打ち明けたことを今になって、恥ずかしく思った。

弁少将「自分は思いを打ち明けないでよかった」小声でつぶやいた。

蛍宮「裳着をお済ませになった今は、断りの口実もなくなったのだから」

と熱心に訴える。

内大臣は、ちらっとしか目にすることが出来なかった玉鬘の姿を、

ぜひもう一度はっきりみたいと、かえって恋しく思うのだった。

手放したいもののひとつに腕時計  下谷慶子

【辞典】 裳着

裳着とは女子が初めて「裳」をつける儀式のこと。
裳は腰の後ろ側で表着の上に着用するもので、
内大臣が玉鬘の顔をチラッとしか見れなかった理由がわかる。
男子の成人式である元服の年齢が定まっていないように、
この裳着も同じで、多くは結婚の相手が決まったときや、
結婚するという見込みがあるときに行なっていた。
源氏は玉鬘が宮中に入ることを前提に裳着の儀式を行なった。
この噂を耳にした近江の君が「同じ境遇で同じ内大臣の娘であるのに…」
と泣きながら、へらず口をつらつら並べたことは言うまでもない。

邪魔くさいものね女であることは  加納美津子

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