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耳たぶもうなじもきっとナルシスト 美馬りゅうこ
薫物 精製中の源氏
限りとて 忘れがたきを 忘るるも こや世になびく 心なるらむ
私のことは決して忘れないと言っていたあなたなのに、忘れられていく私。
きっとあなたの心も、この世に生きる普通の人と同じ儚さを持っているのね。
「巻の32 梅枝】」
光源氏39歳、明石の姫11歳の冬。
明石の姫の東宮への入内も間近に迫る。
それに先駆け1月末には、明石の姫の裳着も行われる。
源氏はその「裳着」の準備に余念がない。
六条院では、来客に贈る品や、入内の調度品などの準備をしている。
たきもの
なかでも香を楽しんでもらう「薫物」は、源氏自ら調合などするので、
女房たちはじめ紫の上も、競って香りのよい薫物づくりに励んでいる。
裳着の儀を明日に控えた梅の盛りの2月10日、
蛍宮が挨拶に来たのをいい機会に、宮を判者として薫物の品定めが始まる。
そして誰の薫物が一番いい調合か決めることになったが、
結局、みんなそれぞれにすばらしいと勝負はつかない。
結論を左脳ばかりで出すなんて 森田律子
六条院ははそんななごやかな雰囲気のなかで、姫の裳着を迎える。
今回の腰結役には、源氏のたっての希望で、秋好中宮が務め華を添えた。
しかし実母の明石の君は、身分を考えて出席させてもらえない。
裳着の儀を行なう西の町へ、朝の8時頃に、源氏と紫の上と姫は入った。
中宮のいる御殿の西の離れに式の設けがされてあって、
姫のお髪上げ役の内侍なども、一緒である。
紫の上は、このついでに中宮にお目にかかり挨拶を交わす。
そこでは、中宮付き、夫人付き、姫付きの盛装した女房らが座し、
着飾った来客の数も多くいて、自然と式場は華やかに盛り上がってくる。
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儀式は12時に始まった。
ほのかな灯の光の中ではあるが、姫は大そう美しいと中宮は思った。
「お見捨てになるまいと期待して、失礼な姿をお目にかけました。
これも後世の前例になろうかと、狭い料簡から密かに考えております。
また尊貴なあなた様が、かようなお世話をくださいますことなどは、
例もないことであろうと感激に堪えません」
と源氏の言葉に、中宮は、
「経験の少ない私が何も分からずにいたしておりますことに、
そんな御挨拶をしてくださいましては、かえって困ります」
謙遜して喋る中宮の様子は、若々しく愛嬌に富んでいるのを見て、
源氏は、この美しい人たちが皆、自身の一家族であるという幸福を感じた。
家族の一人である明石が、蔭にいて、
この晴れの式に出れないことを、悲しむ風であったのを哀れに思い、
こちらへ呼んでよろうとも源氏は思ったが、
やはり外聞をはばかって実行はしなかった。
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東宮の元服は20日過ぎにあった。
立派な大人になった東宮に、誰もが娘を後宮へ入れたい志望を持つが、
源氏が自信を持って、姫を東宮へ奉ろうとしているのを知っては、
強大な競争者のあるこの宮仕えは、返って娘を不幸にするのではないか、
と、左大臣、左大将などもまた躊躇している。
これを源氏は聞いて源氏は、
「それではお上へ済まないことになる。
宮仕えは多数のうちで、ただ少しの御愛寵の差を競うのに意義がある。
貴族がたのりっぱな姫がお出にならないでは、こちらも張り合いがない」
東宮の元服後、すぐにも明石の姫が入内する予定だったが、
自分の姫の入内の時期を4月に延ばした。
これを聞き、左大臣が三女を東宮へ入れ、麗景殿と呼ばれることになる。
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これで源氏の方は、持参する調度品の準備期間が増えたと喜び、
巻き物や書などを揃えたり、姫の手道具類なども、もとからあるのにまた
新しく作り添えて、源氏自身が型を考えたり、図案をこしらえたりしては
専門家の名人を集めて、美術的な製作を命じたり、昔の宿直所の桐壺の
室内装飾などを直させることなどで、意義のある時間を費やしていた。
内大臣は、そうした明石の姫の動向を耳にするたびに、
娘の雲居雁の処遇を思い、気分が晴れない。
夕霧からはいまだ求婚されずに、中途半端な状態が続いている。
夕霧と話をつけたいと思うのだが、自分からは言い出せない。
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内大臣は、そんなこんなの悩みを愚痴るように雲居雁にこぼした。
「夕霧は冷たい人だよな…自分から言い出してくれればいいのに…
別の縁談の話も噂されているし…」
それを聞いた雲居雁は思わず涙を流す。
夕霧は今も、密かに恋文を送ってくれているのだ。
雲居雁は今来た夕霧からの恋文の返事に、
夕霧の縁談の噂をきいてその恨み言を返して寄越してくる。
手紙を受け取った夕霧は寝耳に水。
何のことだかわからず、困惑するばかりだった。
のど飴が右の頬っぺにへばりつく 田口和代
【辞典】 薫物(たきもの)合わせ
薫物とは、各種の香木を粉にひいて、それを混ぜ練り合わせたもの。
主に衣服に香りをしみ込ませるために、これを焚いて用いた。
この調合方法には、代々秘伝として受け継いでいるものが多く、
この梅枝でも、源氏は人払いして、周囲に見られないように薫物をした
作っている。当時はそうした苦労して作った薫物の優劣を競う遊びが
流行り、薫物合わせと呼んだ。ここで品定めされたのは、女房たちの
作ったもののほかに、紫の上、花散里、朝顔、明石の君、そして源氏
が調合した薫物合わせだった。
すっぱさも尖りも青いレモンゆえ 永見心咲[5回]
とりあえず午後から雲の動くまま 山本昌乃
行 幸
恨めしや 沖つ玉藻を かづくまで 磯がくれける あまの心よ
恨めしくおもいますよ。玉藻のような衣装をつけるこの日まで、
私から隠れていたあなたの心を
「巻の29 【行幸】」
年の暮れ、冷泉帝の行幸に多数の貴族が随行し、見物人も大賑わい。
玉鬘も例外でなく車で見物に来ていた。
生まれて初めて父である内大臣を遠くから眺めた。
たしかに堂々として立派と思うのだが、玉鬘の心は不思議と動かない。
一人の人に釘づけだったのだ。
これほど美しい人に出会ったことがなかった。
大勢の人が競って着飾っていたが、御輿の帝の端正さには比べようがない。
源氏の顔立ちにそっくりだが、若くて瑞々しくひときわ威厳を放っている。
玉鬘はすっかり魅せらてしまった。
玉鬘は、源氏が勧める宮廷の宮仕えも、まんざらでもないと思えてきた。
雑魚盛って今日一日の笑いとす 河村啓子
明くる日、源氏は玉鬘に
「昨日、帝をご覧になりましたか。
宮仕えの件、その気になりましたでしょうか」
玉鬘は心中を見透かされたようで、思わず笑い出した。
源氏は玉鬘が宮仕えするなら、まず「裳着の儀式」が済んでからと考えた。
玉鬘は九州の田舎で暮らしていたため、
もう23歳になろうとするのに、裳着を済ませていなかったのだ。
そのためには源氏は、玉鬘の素性を内大臣に明らかにする必要を感じた。
そこで裳着の式の腰結という大切な役を、内大臣に頼むことにした。
そして早速、手紙を認めた。
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だが内大臣は、その依頼を大宮の病気を理由に断りを入れてきた。
大宮の病状は芳しくなく、夕霧が夜昼なく三条宮に詰めている。
内大臣が大宮の病気を理由にするなら、それを逆手に取ろうと考えた源氏。
大宮の病気を見舞ったついでに、玉鬘を引き取った経緯を打ち明ける。
そして、大宮に内大臣への仲介を依頼すると、大宮は快く聞き入れ、
「源氏の大臣が直接あなたにお耳に入れたいことがあるそうです。
早々に邸に来てください」
と内大臣へ手紙を書いてくれた。
空耳だろうか誰かが呼んでいる 雫石隆子
母・大宮からの手紙を受け取った内大臣は、
「何事であろう。夕霧と雲居雁のことだろうか」
と勘ぐり、
「源氏が泣きついてきたら断れまい。いっそのこと、適当な機会があったら、
先方の言葉に折れたという格好にして、承諾することにしよう」
と思う。
ところが、いざ久しぶりに源氏と対面すると、不思議と懐かしさばかりが
込み上げ、差し向かいになると、昔の思い出が次々と浮んでくるのだった。
ふっと吐く身内の鬼を出したくて 岡谷 樹
源氏は頃合いを見計らって、玉鬘の件を話し出しと、内大臣は、
「まったく感の堪えない、またとないお話でございます」
と涙ぐみ、裳着の件を快く承諾して、帰っていった。
2月26日、玉鬘の裳着の儀が行なわれた。
大宮や秋好中宮をはじめ、六条の方々からも祝いが届き、盛大を極めた。
内大臣は当日、玉鬘に会いたいものと、早々と六条院に参上している。
亥の刻に御簾の中に入る内大臣も、玉鬘の顔を見たいと思うが、
気持ちばかりが高ぶって、腰紐を結ぶ時には感極まって泣いてしまった。
内大臣は涙ながらに腰結の役をこなし、玉鬘に(巻頭)歌を詠んだ。
うらめしや 沖つ玉藻を かづくまで 磯隠れける 海人の心よ
愛がある戦いがある男の手 赤松蛍子
父のこの歌に答えるのが、通例ではあるが、玉鬘は緊張して声が出ない。
そこで内大臣の歌への返歌は、源氏が代わりに詠んであげるのだった。
寄辺なみ かかる渚に うち寄せて 海人も尋ねぬ 藻屑とぞ見し
(寄る辺がないので、このようなわたしの所に身を寄せて、
誰にも捜してもらえない気の毒な子だと思っておりました)
こうして裳着の儀は無事に終えて…、
柏木は玉鬘に密かに想いを打ち明けたことを今になって、恥ずかしく思った。
弁少将は「自分は思いを打ち明けないでよかった」小声でつぶやいた。
蛍宮は「裳着をお済ませになった今は、断りの口実もなくなったのだから」
と熱心に訴える。
内大臣は、ちらっとしか目にすることが出来なかった玉鬘の姿を、
ぜひもう一度はっきりみたいと、かえって恋しく思うのだった。
手放したいもののひとつに腕時計 下谷慶子
【辞典】 裳着
裳着とは女子が初めて「裳」をつける儀式のこと。
裳は腰の後ろ側で表着の上に着用するもので、
内大臣が玉鬘の顔をチラッとしか見れなかった理由がわかる。
男子の成人式である元服の年齢が定まっていないように、
この裳着も同じで、多くは結婚の相手が決まったときや、
結婚するという見込みがあるときに行なっていた。
源氏は玉鬘が宮中に入ることを前提に裳着の儀式を行なった。
この噂を耳にした近江の君が「同じ境遇で同じ内大臣の娘であるのに…」
と泣きながら、へらず口をつらつら並べたことは言うまでもない。
邪魔くさいものね女であることは 加納美津子[3回]
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