- 2024/02/15
- Category : ポエム&川柳
式部ー清少納言~枕草子
ひらがなで怖い言葉が書いてある 上坊幹子
十二単衣の清少納言
「清少納言出自」
清少納言は清原元輔を父として康保3年(966)頃に生まれた。
「清」は姓を示し「少納言」は女房名である。元輔は「梨壺の五人」の
一人として、源順(したごう)や大中臣能宜(よしのぶ)らとともに
『後撰和歌集』を編纂した有名な歌人である。
一人として、源順(したごう)や大中臣能宜(よしのぶ)らとともに
『後撰和歌集』を編纂した有名な歌人である。
幼時から和歌や漢学の教育を受けて育ったらしく、981年頃に橘則光
と結婚し則長を生んだが離婚し、993年に中宮定子に宮仕えする。
と結婚し則長を生んだが離婚し、993年に中宮定子に宮仕えする。
宮中では藤原公任、藤原行成、藤原斎信らをはじめとする貴族と交際し、
当意即妙の才能を発揮して定子方を代表する女房となった。
当意即妙の才能を発揮して定子方を代表する女房となった。
定子が1000年に死んだ後は、世間との交渉を避け、愛宕郡鳥戸の南
にある月輪の棟世の山に隠棲した。
こうした晩年の状態から、清少納言が落魄して、遠国に流離したという
数々の説話が発生した。
にある月輪の棟世の山に隠棲した。
こうした晩年の状態から、清少納言が落魄して、遠国に流離したという
数々の説話が発生した。
リタイアをしてからいい味になった 河瀬風子
枕 草 子
式部ー清少納言~枕草子
式部ー清少納言~枕草子
「をかしの文学」
清少納言は、鋭利な感覚と観察力によって自然や人事の断面を鮮やかに
描き出す。対象を知的な目でとらえる「枕草子」は、しばしば「をかし
の文学」と評される。即ち、彼女の文章には、感傷や不安感が全くない。
これは稀なことである。しかし、彼女は、紫式部のように時間の流れの
中で、人間感情を多面的に叙述する物語や、和泉式部のように、情熱を
真摯に傾けて歌い上げる和歌は不得手であった。
描き出す。対象を知的な目でとらえる「枕草子」は、しばしば「をかし
の文学」と評される。即ち、彼女の文章には、感傷や不安感が全くない。
これは稀なことである。しかし、彼女は、紫式部のように時間の流れの
中で、人間感情を多面的に叙述する物語や、和泉式部のように、情熱を
真摯に傾けて歌い上げる和歌は不得手であった。
このことは、人間生活に伴う悲哀や愛を「をかし」の世界にはぐらかし
ていた彼女の生き方と関連する。
ていた彼女の生き方と関連する。
宮中での彼女は、駄洒落や軽口をたたいて、笑いを作る役を買って出て
いたらしく、これは父の元輔が、「人笑わすを役とする翁」であったこ
とと無縁ではない。彼女の本質からして、物事を感覚的に断片化して把
える「随筆」形式が最適であり、その意味で『枕草子』の中には、王朝
時代の1人の女性の本質が表現されている。
いたらしく、これは父の元輔が、「人笑わすを役とする翁」であったこ
とと無縁ではない。彼女の本質からして、物事を感覚的に断片化して把
える「随筆」形式が最適であり、その意味で『枕草子』の中には、王朝
時代の1人の女性の本質が表現されている。
これが『枕草子』の魅力ともいえる。
カジュアルなこむらがえりで浅葱色 井上一筒
「清少納言と紫式部」
『枕草子』において清少納言は、縦横に才気を走らせ、無邪気に正直に
語る。人物評においても、その姿勢は変わらず、中宮定子への絶大なる
賛美はもとより、敵方である道長を称える記述もみられる。
語る。人物評においても、その姿勢は変わらず、中宮定子への絶大なる
賛美はもとより、敵方である道長を称える記述もみられる。
<よいものはよい>という一方で、敏感なもの、弱いもの、みじめなも
のへの嫌悪感を隠すことのない彼女は、紫式部の夫が、情趣を解さない
衣装で参詣したことを呆れかえっている。
のへの嫌悪感を隠すことのない彼女は、紫式部の夫が、情趣を解さない
衣装で参詣したことを呆れかえっている。
清少納言と紫式部二人の才媛の生い立ち、環境、経歴は見事なまでに相
似形でありながら、性質的には対極にあった。
似形でありながら、性質的には対極にあった。
(因みに、清少納言の性格は、開放的で明るく、積極的でポジティブ、
ユーモアに富む、男好き・女嫌い。一方、紫式部の性格は、根暗内向的、
消極的でネガティブ、生真面目でユーモアが苦手、女好き・男嫌い)
ユーモアに富む、男好き・女嫌い。一方、紫式部の性格は、根暗内向的、
消極的でネガティブ、生真面目でユーモアが苦手、女好き・男嫌い)
面白くない話を聞いて笑うこと 奥田民生
枕 草 子 絵 巻
春はあけぼの-------
春は、あけぼのが情趣深い。だんだん白んでゆく山ぎわが、少し明るく
なり紫がかった雲が細く横になびいているなぞ、すばらしい。
なり紫がかった雲が細く横になびいているなぞ、すばらしい。
夏は夜-------
月のあるころはもちろん、闇もやはり、蛍がみだれ飛んでいるのなど、
すてき、雨などの降るのも心たのしい。
すてき、雨などの降るのも心たのしい。
秋は夕暮れ--------
夕日が華やかにさして山ぎわちかく、ねぐらへいそぐ烏が、三つ四つ二
つと、飛んでゆくのも情緒がある。まして雁などの、列をつくっている
のが小さく小さく見えるのも、秋らしくしみじみしていい。
日が入ってしまってのちの風の音、虫の音…。
つと、飛んでゆくのも情緒がある。まして雁などの、列をつくっている
のが小さく小さく見えるのも、秋らしくしみじみしていい。
日が入ってしまってのちの風の音、虫の音…。
冬は早朝があわれふかい-------
雪の降っているときの面白さはいうまでもない。霜などがたいへん白く、
またそうでなくても、非常に寒い朝、火などを急いでおこして、炭火を
もってゆくのなど、冬の情感にぴったりである。
またそうでなくても、非常に寒い朝、火などを急いでおこして、炭火を
もってゆくのなど、冬の情感にぴったりである。
もっとも昼になって、寒さが和らいでくると、火鉢の火も白く、灰がち
になっている、などというのは、つまらないけど。
(灰がち=火桶の火が白い灰ばかりになっていること)
になっている、などというのは、つまらないけど。
(灰がち=火桶の火が白い灰ばかりになっていること)
飾らねば時がひたひた押し寄せる 平田朝子
破 魔 矢 ・ 羽 子 板
正月-------
一年中、どの月も私は好きなのだけれど、正月一日はまして、空の様子
がうららかにいつもと変わって、目新しい感じ、フレッシュであるのが
いい。あたりは初春らしく霞みわたり、世の人みな、身なりをあらため
美しくお化粧して、お仕えするご主人や我が身をもお祝いなどしている
のは、ふだんと変わった様子でおもしろい。
がうららかにいつもと変わって、目新しい感じ、フレッシュであるのが
いい。あたりは初春らしく霞みわたり、世の人みな、身なりをあらため
美しくお化粧して、お仕えするご主人や我が身をもお祝いなどしている
のは、ふだんと変わった様子でおもしろい。
七日は七草の日である-------
雪の消えたところに生い出ている若菜を摘むが、青々と美しい若菜を、
ふだんはそんなものを、見慣れぬ高貴なあたりも、もてさわいで珍重
されるのがおもしろい。
ふだんはそんなものを、見慣れぬ高貴なあたりも、もてさわいで珍重
されるのがおもしろい。
元日のどこかで笑う声がする 後藤梅志
牛 車
普通は4人乗りで、2人乗りや6人乗りの場合もある。
整備の悪い牛車はぎしぎし音を立て、うるさかったのだろう。
節会-------
節会の白馬をみようとして、宮仕えせぬ一般人の女たちは、牛車を美々
しく装ってみにいく。待賢門の敷居を引き出すときは、牛車をぐらっと
するものだから、同乗している女たちが、頭をぶっつけあって鉢合わせ
をし、飾り櫛が落ちたり、用心しないと折れたりなんかする。
みんなキャアキャキャというのも浮き立つ思いで、心たのしい。
しく装ってみにいく。待賢門の敷居を引き出すときは、牛車をぐらっと
するものだから、同乗している女たちが、頭をぶっつけあって鉢合わせ
をし、飾り櫛が落ちたり、用心しないと折れたりなんかする。
みんなキャアキャキャというのも浮き立つ思いで、心たのしい。
ようするにアナタ油断をしましたね 太下和子
宮中で正月七日に、青馬を見て邪を払う儀礼が行われた。
建春門の外-------
左衛門の役人の詰所に、殿上人もたくさん立っていたりして、舎人の弓
をとって馬を驚かし、笑っている、それを牛車の隙間からわずかに覗く
のも面白く、立蔀(たてじとみ)などのみえる彼方に、下級女官たちの
ゆきかうのも、思わず目を吸い寄せられる。
をとって馬を驚かし、笑っている、それを牛車の隙間からわずかに覗く
のも面白く、立蔀(たてじとみ)などのみえる彼方に、下級女官たちの
ゆきかうのも、思わず目を吸い寄せられる。
いったい、前世でどんないいことをした人だろう。
尊い宮中をこんなになれなれしく行き交うて、などと、宮仕え人がうら
やましく思えたりするのも、そういう時である。
やましく思えたりするのも、そういう時である。
でも宮中と言ったって、いま見るのは狭い範囲で、もとより九重の奥深
くはうかがうべくもない。
くはうかがうべくもない。
舎人の顔の白粉がはげて、黒い土に雪がまだらに消え残っているように
見えるのも見苦しい。
見えるのも見苦しい。
女はそんな細かいところが目について困ってしまう。
馬が踊りあがって暴れているのも恐ろしく思われるので、車の中へ引っ
こみがちで、よく見れないものである。
こみがちで、よく見れないものである。
ちっぽけな私に似合う蓋がある 牧野ねえね
十五日は餅かゆの節句-------
15日の粥の歳時には「粥杖」の行事が流行し、枕草子には
「十五日節供まいりすえ、粥の木ひきっかくして…」とあり
邪気払いの十五日粥を作るために、新鮮な火を起こした薪の
木を削って作った「粥杖」で子供のいない女性の尻を叩くと
子宝に恵まれる、或いは男性の尻を叩けばその人の宿すとい
って粥杖を持ってお互いに隙を狙って打ち合って戯れている
様子が記されている。
八日-------
この日は女性を対象に、位階を授けられたり禄をたまう日。
人々がお礼の言上に車を走らせる音も、いつもよりは喜びが溢れている
ようで晴れがましくていいものだ。
ようで晴れがましくていいものだ。
十五日-------
餅粥のお食事を主上にさしあげる日。
貴族の家では「かゆの木」のさわぎがおかしい。これは粥を炊いた木で
女性の腰を打つと、男の子が生まれるという俗信があるのである。
公達や若い女房がそっと狙っているのを、互いに打たれまいと、用心を
していつもうしろに注意しているのも面白いが、どうやってうまく隙を
見つけたものか、ぴしりと首尾よく腰を打ち、「してやった」と面白が
ってどっと笑っていたりするのも、華やかでいいものである。
貴族の家では「かゆの木」のさわぎがおかしい。これは粥を炊いた木で
女性の腰を打つと、男の子が生まれるという俗信があるのである。
公達や若い女房がそっと狙っているのを、互いに打たれまいと、用心を
していつもうしろに注意しているのも面白いが、どうやってうまく隙を
見つけたものか、ぴしりと首尾よく腰を打ち、「してやった」と面白が
ってどっと笑っていたりするのも、華やかでいいものである。
打たれた方は、くやしい、と思うのも尤もだ。
音のない日暮れに愛は育たない 森田律子
粥杖をもって姫君を追いかける女房 下・粥杖
新婚の姫君と婿君のところでも面白い-------
婿君は宮中へ参内されるために部屋を出られる、それを待ち遠しがって
古参の女房などが、奥の方にそっと佇んでいる。
古参の女房などが、奥の方にそっと佇んでいる。
姫君の前にいる女房たちはそれと気づいて笑うのを、「しっ、静かに」
と手まねで制するが、姫君は知らぬげにおっとりと坐っていられる。
と手まねで制するが、姫君は知らぬげにおっとりと坐っていられる。
「ここにあるものを取らせてくださいまし」などと言ってそばへより、
走りざまに姫君の腰を打って、逃げると、そこにいる限りの人々は、
どっと笑う。
走りざまに姫君の腰を打って、逃げると、そこにいる限りの人々は、
どっと笑う。
姫君も愛嬌よくにこにこしているのも面白い-------
女房同士打ち合ったり、はては男性まで打ったりするようだ。
油断して打たれた人は、どういうつもりか泣いたり、腹を立てたり、
しているのもおかしい。
宮中でもこの日ばかりは無礼講で大さわぎである。
しているのもおかしい。
宮中でもこの日ばかりは無礼講で大さわぎである。
姫君のうなじにも蚊の刺した跡 筒井祥文
年中行事絵巻「朝覲行幸」
官吏の移動-------
官吏の移動-------
除目(じもく)の頃の宮中のあたりの様子は興味深いものがある。
雪が降り、道が凍ったりしているころ、申文(叙任申請の文書)を持っ
てあちこちへいく四位や五位の人々が、若々しい好青年であるのは、
いかにも見ていて前途洋々の感じでたのもしい。
てあちこちへいく四位や五位の人々が、若々しい好青年であるのは、
いかにも見ていて前途洋々の感じでたのもしい。
しかし、年とって頭も白くなった人々が、つてを求めてじぶんのことを
たのみ、女房の局(部屋)にまで寄って、自分の経歴や業績をしきりに
売り込んでいたりするのはどうだろうか。
たのみ、女房の局(部屋)にまで寄って、自分の経歴や業績をしきりに
売り込んでいたりするのはどうだろうか。
若い女房たちはおかしがって、かげで真似たりして笑っているのを本人
はむろん知るはずもなく、「どうぞよしなにお取り成し下さい」などと
頼み込んだりしている。それでも望みの官を得たのはよいが、得られな
かったのは、哀れげなものである。
頼み込んだりしている。それでも望みの官を得たのはよいが、得られな
かったのは、哀れげなものである。
これからのニッポンよりも今のボク 半田知弘
三月三日、上巳(じょうし)の節句-------
この日は水のほとりで祓をし、曲水の宴を張る日である。
うらうらと長閑に日は照り、桃の花の咲きほころぶのがいい。
柳の美しいさま、それも葉のよく開かず、蚕の繭ごもりに似た様がいい。
広がってしまったのはにくらしい。
花の散ったあとも厭わしいものだ。
広がってしまったのはにくらしい。
花の散ったあとも厭わしいものだ。
きれいに咲いた桜を長く折って、大きな瓶に挿してあるのもいい。
桜の直衣に出袿(いだしうちき)といって、下に着こめ美しい色の着物
の裾をわざと出すのだが、そういう有様も美しい殿方のそれが客にせよ、
御兄弟の青年貴族にせよ、その花の近くにいて、何かはなしていられる
のも、絵のように美しい風趣があるものだ。
の裾をわざと出すのだが、そういう有様も美しい殿方のそれが客にせよ、
御兄弟の青年貴族にせよ、その花の近くにいて、何かはなしていられる
のも、絵のように美しい風趣があるものだ。
泳いでる紙のパンツを穿いたまま 宮井元伸
賀 茂 祭
五穀豊穣を祈念して京都の上賀茂神社と下鴨神社で行われた。
四月の、賀茂祭りの頃-------
木々の木の葉もまだそう繁くはなく、若々しく、青々とし霞も霧もない
澄んだ初夏の空の快さ。
少し曇った夕暮、忍び音に鳴くほととぎすの、「あ、空耳かしら」と、
思わせるほど、かすかに聞こえるのなど、なんてまあ心ときめく素晴ら
しさであろう。
澄んだ初夏の空の快さ。
少し曇った夕暮、忍び音に鳴くほととぎすの、「あ、空耳かしら」と、
思わせるほど、かすかに聞こえるのなど、なんてまあ心ときめく素晴ら
しさであろう。
いよいよ「賀茂祭」も近くなって青朽葉や二藍(ふたあい)などの反物
を裾濃(すそこ)むら濃、巻染などに染めた布も、いつもよりおもむき
深い。
を裾濃(すそこ)むら濃、巻染などに染めた布も、いつもよりおもむき
深い。
女の童の、あたまばかり洗って手入れしたものの、身なりは綻びて乱れ
ている、そんな子が、足駄や履などの緒をすげさせたりして騒ぎ、
「早くお祭りが来ないかな」と燥いでいるのも可愛らしい。
ている、そんな子が、足駄や履などの緒をすげさせたりして騒ぎ、
「早くお祭りが来ないかな」と燥いでいるのも可愛らしい。
お転婆の女の子たちも、いよいよその日になると、物々しい衣装を着け
られ、まるで法会のときの、坊さんみたいにもったいぶって、練り歩い
ている。心もとないのだろう。それぞれ身近に応じて、親や姉などが供
をして、世話をやきながらついて歩くのも面白い。
られ、まるで法会のときの、坊さんみたいにもったいぶって、練り歩い
ている。心もとないのだろう。それぞれ身近に応じて、親や姉などが供
をして、世話をやきながらついて歩くのも面白い。
階段に手すりに脈がある四月 なかはられいこ
つづく
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