沈黙のオンザロックが溶けぬまま 合田瑠美子
54帖 朝 顔
かきつめて 昔恋しき 雪もよに あはれを添ふる をしの浮寝か
いろいろな昔の思い出が恋しく懐かしく思われる雪の夜。そこに一層
しみじみとした気持を添えてくれるのは、オシドリの鳴き声だったのか。
「巻の20 【朝顔】」
光源氏が若い頃から執心していた女に、朝顔の姫がいる。
その朝顔の父・桃園宮が死去し、彼女は加茂の斎宮を退いて、
叔母の女五宮が住む、桃園邸にう移ることになった。
源氏はこれを機会に年老いた五宮の見舞いにかこつけ桃園邸を訪ねる。
見舞いを終え、その足で朝顔の部屋へ向かう源氏だったが、
彼女の態度はつれなく、いっこうに源氏に靡こうとはしない。
逢わないと決めて日暮れが早くなる 阪本こみち
朝顔は賀茂神社に仕える斎宮の役を終えたばかりで、恋愛にはうとい。
源氏への想いはそれなりにはあるが、いままでつれなかったのに、
急に靡くのも変だと考えたのだ。
仕方なく源氏はその場は見送ることにした。
とはいえ、一度芽生えた恋心を簡単に消せないのが、源氏の悪い癖。
その後も見舞いにかこつけては、桃園邸へ足を運んだ。
そこで、源氏は思わぬ人と遭遇する。
げんのないしのすけ
あの年老いても好色な源典侍だった。
恋路には理性がすこし邪魔になる 渋谷さくら
彼女はこの邸に世話になっていたのだ。
源典侍は相当な老婆だが、品を作って源氏に言い寄る素振りをする。
源氏は困り果て、そそくさとその場を立ち去りながら、思った。
「あんな人が長生きして、素晴しい人たちは亡くなってしまうのか」
と世の無常を感じるのだった。
薄墨の上に女工作員 酒井かがり
登場人物の系図(朝顔の巻)
ようやく朝顔のもとに辿りついた源氏だったが、面会は御簾の外。
源氏は思い切って「嫌いなら嫌いとはっきり言って欲しい」と言う。
それでも朝顔は、女房を通してのらりくらりの返事しか帰さない。
源氏はあきらめ、また帰るしかなかった。
気にしないと言うが気にしている顔だ 有田晴子
やがて2人の仲が世間で噂になり、紫の上の耳にも届いた。
一時は嫉妬にかられた紫の上だったが、
源氏の「朝顔とは何でもない」という言葉に納得し胸をなでおろす。
そして、雪の沢山積もった上に、なお雪が降り積もる12月のある夜、
源氏は童女を庭へおろして雪まろげをさせた。
その様子を紫の上と眺めていた源氏は、ふと藤壷のことを思い出し、
昔語りにこれまで縁あった女性たちの人柄などを語りはじめる。
曲線を入れたら私らしくなる 浅井ゆず
その後、寝室にはいってからも源氏は、藤壺の宮のことを思いながら、
眠りについたが、夢のようにでもなく、仄かに宮の面影が見えた。
藤壷は非常に恨めし気に、
「あんなに秘密を守ると約束をしたのに、私たちのした過失が知れ渡り、
私は恥ずかしく苦しい思いとをしています。
あなたが恨めしく思われます」 という。
返事をするつもりでたてた声が、夢に襲われたような声であったから、
「まあ、どうなさいました」と言う、紫の上の声に源氏は目がさめた。
源氏が、張り裂けるほどの鼓動を感じる胸を押えていると、涙が流れた。
夢から醒めても源氏の目から、涙は止まらない。
肋骨一本抜かれてからの失語症 笠嶋恵美子
紫の上は源氏の見た夢が、「どんなものであったのだろう」と思うと、
自分だけが別物にされた寂しさを覚えて、声を殺して縮こまっている。
じゅきょう
翌朝、源氏は夢のことは何も言わず、藤壺の供養に誦経を寺へ頼んだ。
仏勤めをされたほかに、民衆のためにも功徳を多く行なった宮が、
あの一つの過失の為に、この世での罪障が消滅し尽くさずにいるかと、
深く考えてみればみるほど、源氏は悲しくなるのである。
生命線ぐにゃりと曲げた罪ひとつ 上田 仁
【辞典】(血縁関係)
この巻で源氏は、以前アプローチをかけていた朝顔への思いが再燃。
この朝顔、源氏にとって従兄弟の関係になる。当時は血縁が近くても、
それほど気にせず恋愛や結婚の対象であった。このように源氏物語は、
たくさんの登場人物が思わぬところで親戚関係だったりする。
まず、源氏の父は桐壷院。桃園院は桐壷院の弟にあたり、源氏の叔父。
次に、女五宮は桃園院の下、桐壷院の妹になる。
それにこの巻に出てくる大宮は、桐壷院の最も下の妹で、
源氏の前妻・葵の上の母親。つまり女五宮は大宮の妹になる。
まとめれば、朱雀帝と朧月夜の間には、2男2女の子がいて、
長男・桐壷院・次男・桃園宮その下に、長女・大宮、末っ子に大宮がいる
と言うことになる。ああ、ややこしい。
盃の数と命の数があう 森中恵美子
[3回]
PR
きょうは”♯”で明日は”♭” 森吉留里惠
絵 合
身こそかく しめの外なれ そのかみの 心のうちを 忘れしもせず
我が身はこのように宮中の外にいる身分になってしまいましたが、
あの頃、あなたを想った心の中は、今もずっと忘れずにいるのです。
「巻の17【絵合】」
みやすどころ
光源氏は31歳。六条御息所から娘を託されていた源氏は、
この娘を養女として面倒を見ていた。
いずれは冷泉帝に入内させようと考えていたが、
前帝の朱雀院が娘に恋心を抱いていると知り、
仲を裂くことになる入内に源氏は及び腰。
そんな煮え切らない態度を見て、藤壺は「早くしなさい」とハッパをかける。
人の恋路を邪魔することに抵抗はあるものの、源氏は娘の入内を決めた。
娘は、宮中の梅壷という御殿に住むことになり、梅壷と呼ばれた。
やわらかに密封 愛が熟れだした 森田律子
さて、新しい女御を迎えた当の冷泉帝はまだ13歳。
梅壷は22歳である。
冷泉帝は梅壷より歳の近い女御の弘徽殿(14歳)といつも一緒にいる。
そんな冷泉帝の気を引いたのが、梅壷の特技の絵だった。
冷泉帝は前々から絵が好きだったので、梅壷の描く絵に感心を示し、
梅壷のもとにばかり行くようになる。
この噂を聞きつけて、不愉快に思ったのが弘徽殿の父・権中納言である。
かつては頭中将と呼ばれていた源氏の親友だ。
源氏にいつも引けをとり、今回も源氏の連れて来た娘に、娘が負けている。
そこで権中納言は、帝の気を引こうと自分の所有する絵を見せびらかす。
「美しい絵だね。梅壷に見せたい」との冷泉帝の願いは、当然、聞かない。
いけずしておすまし顔の座禅草 徳山泰子
源氏は、権中納言の大人気ない仕打ちを、苦笑いした。
3月10日ごろ、宮中では行事もなく、誰もが暇を持て余している。
そこで源氏は、梅壷と弘徽殿の双方が参内していたこともあり、
藤壺の宮の御前で、どちらの絵が優れているか、公開品評会を提案する。
これが絵合である。
もちろん冷泉帝も出席する。
梅壷側からは、竹取物語や伊勢物語などの由緒ある物語絵が出され、
弘徽殿の側からは宇津保物語、正三位の物語の絵が出される。
しかし、いずれ劣らぬ絵画ばかりなので、なかなか勝負が決まらない。
結局、勝負がつかず改めて、帝の前で絵合が行なわれることになった。
男はゆうべ眠れたろうか絆創膏 山本昌乃
絵合は宮中あげての盛大なものとなり、勝敗の判定は、
そちのみや
源氏の弟である帥宮が務めることになった。
梅壷側、弘徽殿側とも、これ以上は描けないという
すばらしい絵が出され、優劣がつかない。
勝負はつかないまま、ついに夜を迎える。
いよいよ最後の一番である。
梅壷側が、最後の一番になって「須磨の絵巻」を出してきたので、
権中納言は動揺した。
中納言側も決戦用に特にすばらしい絵を用意していたのだが、
源氏の描いた須磨の絵巻は、人々の目を引いた。
人々が見たこともない須磨の景色や海辺の様子が隅々まで描かれている。
尾骶骨あたりで見せてやる気骨 藤井孝作
源氏が須磨に流されたとき、誰もが気の毒と思ったが、
実際に絵を見て彼の寂しさ、悲しさが手に取るように分かるようで、
帥宮をはじめ、並み居る人々が感涙に咽んだ。
それほど見事な絵だった。
所々に感動を誘う歌も書き込んであり、他の巻も思わず見たくなる。
誰の脳裏からも、他のことが消えた。
今までの数々への作品の興味が、この絵日記に移ってしまい、
梅壷側の勝利は明らかだった。
結局、この作品で勝負は決まり、源氏は絵の評価ばかりでなく、
宮中での政権も不動にし、また梅壷女御は弘徽殿女御を押さえて、
抜きん出た存在となった。
賭けるものないから首を置いてくる 中野六助
【辞典】 藤壺の野心
この絵合の巻の冒頭は、藤壺の催促から始まっている。
藤壺は源氏に「早く梅壷を入内させなさい」と迫っている。
なぜ藤壺はそんな口出しをしたのだろうか。
14巻・澪標で源氏は、養女にした梅壷を入内させようと思いつくも、
朱雀院を気づかう気持もあって、藤壺に相談をもちかけた。
それを聞いた藤壷は「よく気がついた」と喜び、
「朱雀院のことは知らぬふりおして入内させなさい」と助言している。
実はこれ、藤壺の野心からきたもので、政治の実権を身内で固めたいという
思惑が言わせた台詞なのだ。
冷泉帝は自分の子、そこに実父の源氏が後見になる娘を送り込み、
うまく男子が生まれ、帝に・・・。藤壺はそんな青写真を描いていたのだ。
そうなれば、藤壺・源氏ペアの一族の繁栄は約束されたようなものだから。
ペリカンの嘴くらい拗ねてはる 青砥英規
[5回]
PAGE TOP