- 2010/12/23
- Category : ポエム&川柳
この人はいったい誰?
「この人はいったい誰?」
「坂の上の雲」の出演者がみな、ほかのドラマなら主演を張るような名優が、
顔を揃えるなかで、軍神・広瀬武夫役だけが新顔。
それでも、その演技力と存在感は圧倒的で、
冒頭のような疑問を持った人も多かったはず。
藤本隆宏さん、40歳である。
ソウル五輪、バルセロナ五輪の水泳・200m・400m個人メドレーで活躍した顔である。
和尚さん和服で会うと只の人 秋貞敏子
お茶を飲む手は、細く長い指ながら、その指を広げると短く見える。
見事な水かきが、びっしり張っているからだ。
水かきは、水中運動への適応のために、後天的に発達した主体作用とされ、
その手が持ち主がいかに、『努力の人』であるかを物語っている。
雑学も無駄ではないと信じてる 吉岡 民
この努力の人が、第9話・『広瀬死す』で壮絶に最後の演技を披露してくれる。
この旅順港閉塞作戦の場面は、マルタ島で撮影され、
実際の爆弾や濁流と格闘しながら、闇夜の中で10日間つづいたという。
撮影が終ると、若手俳優全員から、Tシャツと花束を貰った。
Tシャツにはこう書かれていた。
「隊長 ありがとうございました」
藤本には、この上ない嬉しいサプライズだった。
藤本の彼らに対する何気ない気配りが、脇役陣にそんな行動をとらせたのだ。
「彼らの気持ちが痛いほど分かっていましたから・・・、
マルタにまで来て、命からがらの演技をしたのに、セリフがほとんどない。
『自分も同じ立場の出身者なんだ』 ということを分かって欲しかったし、
大きな役をいただいても、『みんなのお陰で自分が生かされている』 という
感謝の気持ちを忘れたくなかった」
≪それにしても、秋山兄弟や正岡子規を始め、広瀬武夫、東郷平八郎など、
探せばきりがないが、明治の男たちのなんと魅力的なことか。
建国という熱いエネルギーがあったにしろ、祖父や曽祖父が暮らした身近な時代が、
あまりにも遠く感じられる・・・と藤本は思う≫
うしろの正面仲間がいてくれる 山本希久子
明治という時代に、どっぷりつかった藤本は言う。
「自分は日本人でよかった、とつくづく思いました。
こういう祖先にもって誇りに思います。
純粋で、他人のために自己犠牲もいとわない。理想の人たちです」
選手時代に日本を背負ったメンタリティーに通じるものを、藤本は感じたのだろう。
広瀬武夫
1868年(慶応4)、豊後(大分県)の岡藩士の次男として生れる。
西南戦争で自宅を焼かれ、飛騨高山を経て、明治18年に海軍兵学校へ入学。
日清戦争後にロシアへ留学。
海軍将官のアリアズナと恋仲になった。
帰国後、戦艦・「朝日」の水雷長として日露戦争に出征し、
旅順閉塞作戦の主導的役割を担う。
第二次・閉塞作戦で、
行方不明の部下(上等兵曹・杉野孫七)を沈没間際まで探して、
離船の瞬間、敵弾により爆死する。
1904年(明治37)3月27日、享年36歳であった。
港町かなしい匂いのするところ 宇治田志津子
広瀬は少佐だったが、戦死後中佐に昇進し、海軍で初めての「軍神」となった。
竹を割ったような気性で柔道の達人、男らしく豪胆だが、心優しく部下思い。
まさに理想的な日本男児の典型であり、国民的英雄だった。
≪真説―広瀬は砲弾に撃たれたのではなく、戦艦レトヴィザンから放たれた、
複数の内火艇による一斉射撃で戦死した・・・≫
こんにゃくも持てなくなったヘラクレス 井上一筒




