- 2010/12/25
- Category : ポエム&川柳
旅順港閉塞ー広瀬死す
九条を棚から下ろす声がする 井上一筒
閉塞作戦で沈められた報国丸
「旅順港を閉鎖せよ!」
ロシア海軍は、「極東艦隊」と「バルチック艦隊」という、2つの艦隊を持っていた。
極東艦隊では、「旅順」と「浦塩」という、
2つの基地を持っていたが、
この時期の浦塩港は結氷期にあるために、
極東艦隊のほとんどが旅順港に集結していた。
それを撃破しなければいけないものの、
要塞砲に守られている港内にいる限りにおいては、
攻撃の手段は、限られたものになってしまう。
2月8日夜、まず駆逐艦による水雷攻撃が実行されたが、
確たる成果は上げられなかった。
翌9日には、二等巡洋艦ディアーナの挑発を受けて、
旅順港の外において、初めての主力決戦が行われた。
後に、「旅順口外の海戦」と呼ばれるものである。
しかし、両軍のダメージは小さなものである。
日本側から見ても、勝利には程遠かった。
そこで、次なる作戦は、旅順港から艦隊をでられないようにすること、
即ち『閉塞』となった。
目玉が光る右岸左岸の茂みから 井上恵津子
旅順港口閉塞方位図
「司馬氏のナレーション」
≪ロシアと戦う場合、当然海軍の第1期作戦は、「旅順港」との格闘になる。
海軍司令部の案として「閉塞」ということは早くからあった。
旅順口に船を沈めて、そのびんの口をとざしてしまい、
旅順の港口はじつに狭い、その幅は、《273メートル》で、
しかもその両側は、底があいたために、巨艦が出入りできるのは、
真ん中の《91メートル》幅しかない。
そこへ古船を横に並べて5、6隻沈めてしまう。
「それ以外にないのだ」 ということを、
開戦の前から唱えていたのは、
東郷の参謀のひとりである有馬良橘中佐と、
戦艦朝日の水雷長である広瀬武夫少佐である。
ところが、「閉塞」の権威であるはずの真之は、実際には、にえきらなかった。
彼は旅順要塞の実情がわかってくるにつれ、
サンチアゴ港でこそ出来たが、旅順要塞はまるでちがう。
サンチアゴ港の千倍の砲力をもっているし、
第一、港内の艦隊がスペイン艦隊ではなく、ロシアの大艦隊だ。
「やれば必ず死ぬ」
と言い出したのである。
真之は、「流血のもっとも少ない作戦こそ、最良の作戦である」
と平素言い、閉塞には冷淡になった。
しかし、自分の先任参謀の有馬が自らやるということを、まっこうから反対もできず、
煮えきらなかった≫ 「坂の上の雲」より
【真之はアメリカ留学中、アメリカ陸軍の輸送船に観戦武官として乗り込み、
スペインとの戦争でアメリカ艦隊がスペイン艦隊をキューバ島のサンチアゴ湾に、
天才・秋山真之にして決断できなかった「閉塞作戦」は、
やはりうまくいかなかった。
2月23日、薄暮、閉塞隊の5隻は、
円島の東南20海里の洋上に集合し、翌深夜作戦行動に出たが、
先頭の「天津丸」が、猛烈な砲火と探照灯に目が眩み、進路を誤ったこともあって、
2隻を除いて有効な閉塞は、出来ないままに沈没した。
3月26日夜、「第二次閉塞作戦」のための4隻が出発した。
今回も、海岸にある砲台と艦艇からの猛射に
よって予定位置の手前で沈没、完全な封鎖はできなかった。
おまけに、後に軍神としても謳われた広瀬武夫少佐が、
壮烈な戦死を遂げることにもなった。
広瀬はオーバーの上に引廻しを羽織り、
ボートの右舷最後部にすわって、
ともすれば、恐怖で体がかたくなろうとする隊員を励まし、
「みな、おれの顔をみておれ。見ながら漕ぐんだ」
と言ったりした。
探照灯が、このボートをとらえつづけていた。
砲弾から小銃弾までがまわりに落下し、海は煮えるようであった。
その時、広瀬が消えた。
巨砲の砲弾が飛びぬけたとき、広瀬ごともって行ってしまったらしい。
その隣に座って舵をとっていた飯牟礼ですら、
気づかなかったほどであった。
『坂の上の雲』・第9話‐「広瀬死す」-あらすじ
1904(明治37)年2月5日、
連合艦隊司令長官・東郷平八郎(渡哲也)のもとに命令が下り、
翌日、連合艦隊は佐世保港から出撃する。
真之(本木雅弘)は、参謀長の島村速雄(舘ひろし)とともに作戦を練る。
同日、日本はロシアに対して、国交断絶を通告。
夜のうちに、旅順港に停泊している敵軍艦を、沈めるという奇襲作戦を実施する。
これによって皇帝ニコライ二世(ティモフィー・ヒョードロフ)も宣戦布告を発する。
一方日本では、騎兵第一旅団の旅団長をしていた好古(阿部寛)が、
出征を控え準備を整えていた。
三笠では、有馬良橘(加藤雅也)が、港内に閉じこもるロシア旅順艦隊に対し、
閉塞戦を試みることを提案。
真之は乗組員の生還率の低さから反対するが、
東郷は作戦を受け入れる。
広瀬(藤本隆宏)も指揮を執り作戦を実行するが、
最初の閉塞作戦は失敗する。
二度目の閉塞作戦が実行されるが、
旅順口に達した閉塞隊は集中砲火を浴びる。
広瀬が指揮する福井丸の乗組員は爆薬を仕掛けた船を離れ、
短艇に乗り込み脱出を図るが、広瀬は砲弾を受けて落命。
旅順監獄展示室に陳列される報告丸の錨広瀬の訃報を聞くアリアズナ
広瀬の葬儀はロシア軍によって執り行われた
ヤッホーが向こう岸から戻らない 嶋澤喜八郎




