- 2026/04/26
- Category : ポエム&川柳
「豊臣兄弟」ー姉川の大合戦
融通のきかぬぶっきらぼうな石 山本早苗
姉川合戦図屏風 (福井県立歴史博物館蔵)
「『日本戦史』(旧陸軍参謀本部編纂)によれば、浅井軍8千人、朝倉軍1万
人で、対する織田軍2万3千人、徳川軍6千人で、午前5時に始まり午後2時
に終わったとされています」と説明版の解説。
に終わったとされています」と説明版の解説。
「豊臣兄弟」ー姉川の大合戦
天正元年(1573)8月、上洛した信長は、畿内周辺の大名に参集を命じた。
しかし、これに従わない者がいた。越前を本拠とする浅井氏である。
信長は大軍を擁し、朝倉を攻めた。朝倉はなすすべなしかと思われたが、
大きな波乱が起こる。織田と同盟を結んでいた近江の浅井が、敵方の朝倉に
寝返り信長を挟撃したのである。俗にいう「金ヶ崎の戦い」である。
大きな波乱が起こる。織田と同盟を結んでいた近江の浅井が、敵方の朝倉に
寝返り信長を挟撃したのである。俗にいう「金ヶ崎の戦い」である。
この窮地から辛くも脱した信長(小栗旬)は、浅井・朝倉に反撃しようと足
利義昭(尾上右近)や徳川家康(松下洸平)に援軍を要請。しかし、2人は
内心信長の失脚を願い、動きが鈍い。
利義昭(尾上右近)や徳川家康(松下洸平)に援軍を要請。しかし、2人は
内心信長の失脚を願い、動きが鈍い。
少しずつウソが上手になりました 太田ちかよし
一方、木下小一郎(仲野太賀)と木下藤吉郎(池松壮亮)は市(宮崎あおい)
を逃がすための時を稼ぎたいが、市の想いは浅井長政(中島歩)とともにあり、
策は実を結ばない。その中、信長は北近江へ進軍を開始。姉川を挟んで対峙し、
ついに両軍は、対決の時を迎えつつあった。
を逃がすための時を稼ぎたいが、市の想いは浅井長政(中島歩)とともにあり、
策は実を結ばない。その中、信長は北近江へ進軍を開始。姉川を挟んで対峙し、
ついに両軍は、対決の時を迎えつつあった。
元亀元年(1570)6月19日には、浅井氏の居城、小谷城の近くにある虎御前
に砦を築き、近隣の横山城を結ぶ巨大な要害を備えた。
に砦を築き、近隣の横山城を結ぶ巨大な要害を備えた。
信長は対立姿勢を取る三好三人衆への牽制、本願寺や六角氏との和睦にあたり、
自身を取り囲んでいた包囲網の解体に動いた。
自身を取り囲んでいた包囲網の解体に動いた。
直線の一番端にあるけじめ 寺川弘一
しかし、元亀4年2月、京にいた足利義昭が反信長の兵を挙げた。信長との不
仲に加え、武田信玄が徳川家康を破ったとの報せをうけてのものだった。
ところが、信玄はその直後に急死、結局この挙兵は失敗に終わる。
そうして畿内の地ならしを終えた信長は、朝廷に働きかけ天正に改元させると、
棚上げしていた「浅井・朝倉攻め」に乗り出した。
棚上げしていた「浅井・朝倉攻め」に乗り出した。
まず、虎御前山砦に本陣を置いた。すると朝倉勢が小谷城の救援に現れた。
手ぐすね引いて待ち構えていた信長は、朝倉に攻撃を開始、撤退する朝倉を
「刀根坂」の戦いで破ると、その勢いを駆って本領の越前まで攻め上がり、
「刀根坂」の戦いで破ると、その勢いを駆って本領の越前まで攻め上がり、
ついに朝倉を滅ぼした。そうして後顧の憂いを断った信長は、総仕上げであ
る小谷城総攻撃を決めた。
る小谷城総攻撃を決めた。
鉛筆で書いた戦争なら消せる 高橋謡々
「姉川の戦い」以降、秀吉軍は横山城に詰め、浅井氏の抑えに当たっていた。
大過なくこなしてはいるが、信長は「大過なく」ほどの働きで家臣の功を認め
る主君ではない。秀吉は小谷城の方角に目をむけ、ぼやくように言う。
る主君ではない。秀吉は小谷城の方角に目をむけ、ぼやくように言う。
「大功が要るのう。でないとお市様は貰えんわ」
信長の妹で、浅井長政の妻に収まっているお市のことである。
常日頃、秀吉は、お市の方への思慕を口にする。
城持ちの夢と並べて軽くいうから、誰も本気とは受け取っていない。
しかし小一郎は、お市の方を語る際、秀吉の口吻に湿り気めいたものが混じっ
ているのに気付いている。
城持ちの夢と並べて軽くいうから、誰も本気とは受け取っていない。
しかし小一郎は、お市の方を語る際、秀吉の口吻に湿り気めいたものが混じっ
ているのに気付いている。
カミソリが無ければ髭は引っこ抜く 清水すみれ
小 谷 城
説 明 図
「兄上、無礼ですぞ」
「ここだけの話じゃ、気にするでにゃあ~わ。とにかく、明日の総攻めでは、
何が何でも目立たないといかん。で、じゃ。わが弟よ、ちょっと相談に乗って
くれい」
何が何でも目立たないといかん。で、じゃ。わが弟よ、ちょっと相談に乗って
くれい」
秀吉は置楯で作った卓に、一枚の巻紙を広げた。小谷城の普請図だった。
小谷城は「つ」の字型をした山の尾根に築かれた山城である。
大手道から本丸、中丸、京極丸、小丸が連結し頂上の大城城と接続されている。
それ以上喋るとみじん切りの刑 岡内知香
一方、もう一方の尾根には山崎丸、福寿丸といった曲輪があり、やはり大嶽城
に繋がっている。大手道から攻め上がるにも、数々の小さな曲輪が連結してい
るため、敵方の抵抗が予想される。
に繋がっている。大手道から攻め上がるにも、数々の小さな曲輪が連結してい
るため、敵方の抵抗が予想される。
「山崎丸や福寿丸を経由し、大嶽城を先に奪うのが常道でしょう」
小一郎が述べると、秀吉が首を振った。
「それじゃ目立たん。わしが考えたのはこうじゃ」
秀吉は扇の先で京極丸を指した。
垣を登ってここを奪う。そうすりゃ、敵の連係を絶てる。目立つで」
「そのためには、多くの血を流すことになりますぞ」
「その方が目立つじゃろ」
何がおかしいのか、秀吉はくつくつと笑った。
グーの手をほどいてドングリの秘密 前中知栄
小一郎の反対をよそに、この策は実行された。
最初から、小一郎の考えを聞く気など秀吉にはなかったらしく、その日の夕方
までには用意が調った。夜襲の形で実行されたこの攻撃は、拍子抜けするほど
に旨くはまり、ほとんど犠牲もなく成功した。
この戦功を賞され、秀吉は浅井旧領の一部を拝領するに至ったのだった。
までには用意が調った。夜襲の形で実行されたこの攻撃は、拍子抜けするほど
に旨くはまり、ほとんど犠牲もなく成功した。
この戦功を賞され、秀吉は浅井旧領の一部を拝領するに至ったのだった。
正解は一つだけだと譲らない 津田照子
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