できごころ「ニーチェの言葉」買うてもた 浜田さつき
現在の余呉湖
「北ノ庄城終焉」
戦国の常として、敗北した柴田勝家軍からは、
見限った家臣たちが、どんどん脱落していった。
天正11年(1583)4月21日のうちに、勝家本人は北ノ庄城に帰還したが、
勝家の主力1万5千の将兵は、わずか3千ほどにまで減っていた。
もっとも、武田勝頼が滅亡したときには、
手勢数名ほどだった、ことから見れば、
勝家はかなり人望が、厚かったというべきかもしれない。
おむすびの転んだ方について行く 本多洋子
加藤清正対山路将監の組討ち
4月22日、秀吉は越前府中の前田利家のもとを訪れ、
彼を秀吉隊に合流させた。
そして翌日の4月23日、秀吉は北ノ庄城を包囲し、軍議を行う。
秀吉は、
「勝家が投降するのを待とう」
と家臣たちに、はかったが、
「池に毒蛇を放つがごとく、庭に虎狼を飼うがごとき所業」
と反対され、断念した。
情報にかきまわされぬように生き 上山ヒサヲ
勝家は同日の夜、覚悟の酒宴を行った。
股肱(ここう)の臣のみ80人ほどで、
天主から織田信長からの下賜品などを、引き出して陳列したという。
これは一ヵ所に整理することで、
秀吉方の足軽たちが乱入した際に、
略奪で散逸するのを避けるためだろう。
繰り返し進行形を消している 清水すみれ
酒宴は盛大で、
「珍肴珍菓(ちんこうちんか)、山のごとく前に置き、
身分や男女の上下なく、酒を酌み交わした」 (柴田退治記)と、
秀吉サイドの記録にも残されており、
秀吉側とは、夜間の「休戦協定」ができていたと見られる。
今日という一日だけのショータイム 北原照子
賎ヶ岳・武将の像
勝家の最後の晩餐は深夜には終わり、各人は、勝家とお市を残し、
それぞれの持ち場に戻った。
お市の方は、
「勝家と秀吉の和睦の人質」といった立場でもあるので、
両者の和睦が破棄されれば、勝家と一緒にいる義務も理由もない。
勝家も、
「そなたは城を出て生きてくれ」
と説得したが、市は拒んだ。
市は自分の意思で、わずか9ヶ月、一緒に暮らしただけの、
柴田勝家とともに、死ぬことを望んだのだ。
悔いのない今日を重ねてから逝こう 有田晴子
なぜお市が勝家と死ぬことを望んだか?
確かなことは不明である。
「秀吉を嫌悪した」と説明されることが多いが、
「秀吉が嫌い」から「勝家と一緒に死ぬ」では、
話がつながりにくい。
そこまで秀吉が嫌いならば、出家すれば済むことなのだ。
正解はチンして混ぜるだけのこと 藤本秋声
市の喉仏が納められているという稲増家の土蔵
『さらぬだに 打ちぬるほども 夏の夜の 夢路をさそう 郭公かな』
もう一度、お市の辞世の句を検証してみる。
「郭公(ほととぎす)」 とは秀吉のことをさす。
ホトトギスが、雛をウグイスに育てさせる『托卵(たくらん)』については、
万葉の時代からよく知られていた。
「われわれは、子供たちを秀吉に託して、ともに死のう」
といった意味になる。
原点に戻り小さい方を取る 山本早苗
市の碑
”夏の夜の、夢路はかなき、あとの名を 雲井にあげよ、山ほととぎす”
不思議なのは、
「夢路」を、勝家が受け継いでいるところである。
「夢路」とは、「夢の中で、ゆきかう道」の意味である。
夢で行き交うもなにも、
市と勝家は、その場で、向かい合っているのだから、
本来の贈答歌の常識から考えると、この箇所はおかしい。
踏み切りで向き合っているモアイ像 北村幸子
つまり、
「市と勝家が共通して知っていて、しかもこの世にはいない人物を詠っている・・・」
とみるのが、妥当な解釈である。
二人はこの贈答歌では、誰を念頭においているのだろう・・・か?
信長かあるいは、市の前夫・浅井長政か・・・
いずれにせよ市は、勝家に対して、
先に極楽浄土へ行った者への想いを、歌で伝え、
勝家はその想いを歌で、答えたということになる。
さざ波をつまんで捨てるピンセット 井上一筒
炎上する北ノ庄城(CG)
ちなみに柴田勝家と秀吉との間で、
お江たち三姉妹は、
秀吉が引き取って、育てることで合意が成立していた。
そして、天正11年4月24日、
秀吉方の総攻撃が始まった。
勝家は天主に放火して、お市とともに自害したのである。
別れ住むひとよいくさのない国に 森中惠美子
勝 家 出 陣
『「お江ーわかれ」・あらすじ-第10回の見どころ』
北ノ庄城では、勝家(大地康雄)が、市(鈴木保奈美)と三姉妹との、
最期の別れをしていた。
勝家 「・・・すまぬ。そなたたちとの約束を守れず、
小谷の時と同じ思いを味わわせることになってしもうた・・・。
思えば、この半年が、わしの人生の花であった・・・。
思いもかけず、美しき妻に恵まれ、娘を三人も持つことができた・・・」
そういうと、勝家は市と三姉妹の顔をみつめると、
「さらばじゃ」 と部屋から出ていった。
市 「追うでない!・・・武士にとり、敵に首を挙げられるほどの恥はないのじゃ・・・!」
後を追おうとした三姉妹を、市が制する。
係累を断ってさまよう武士の剣 上田 仁
勝家は、家臣たちと天主の最上階で、最期の宴を賑やかに催した。
部屋に残った市、茶々(宮沢りえ)、初(水川あさみ)、江(上野樹里)は、
秀吉(岸谷五朗)からの遣いを待っていた。
茶々 「小谷と同じことになるのでございますね・・・。」
市 「こたびは違う」
茶々 「・・・・・え?」
市 「小谷の時と異なるのは、そなたたちは城から逃れ、母は残るということじゃ」
市の言葉に泣き崩れる三姉妹。
適当な言葉が出ない日の焦り 森口美羽
市 「母の生きる場所は・・・もうどこにもない。
たとえ生き延びたところで、猿の側女にされるだけ」
茶々 「猿の側室・・・」
市 「生き地獄よりも、死ぬ道を選びたいのじゃ」
市は、小刀を抜いてプツリと髪を切ると、
文箱から桐の箱を出して、姉妹の前に置く。
その箱のふたを開けると、中には、
姉妹それぞれの好みの帯を使って縫った、袋が出てくる。
死に際の態度笑顔が美しい 竹森雀舎
市 「『浮島』・『空蝉』・『東大寺』・・・そなたたちが好きだと言うた香が入っておる」
市はそれぞれの箱の中に、切った髪を三つに分けて置いた。
そして、茶々には浅井長政から賜った刀を、
初には、姉と妹をまとめて欲しいとの願いから、元結を形見に渡す。
そして、江には信長より賜った『天下布武』の印判を渡す。
市 「兄より賜りしものそなたには織田家の誇りを守ってもらいたい。
・・・そして、兄上様がそうであったように、そなたはそなたらしく、思うまま、
生きたいように生きるがよい」
横波を受けて睡蓮の沈黙 森田律子
やがて、迎えの輿と一緒に石田三成(萩原聖人)がやってくる。
市は、三成に三人の娘を頼むと言うと、
自分は残ることを伝える。
市 「秀吉に伝えるがよい。娘たちに指一本ふれることあらば、
この市と、信長が許さぬとな!」
娘たちは泣き叫ぶが、市の覚悟は変わらない。
三人は家臣たちに、部屋から引きずり出されるしかなかった。
決心はダイヤモンドの堅さほど 高田美代子
江は最期の力を振り絞って家臣の手から逃れると、
母の近くに駆け寄る。
江 「母上・・・」
市 「江・・・」
江 「私が死んだら・・・また母上に会えまするか?」
市 「ああ、一番にあえるぞ」
江 「では、その日を楽しみにいたしまする」
市 「江・・・そなたは希望じゃ。それを忘れるで・・・ないぞ。
江・・・母を許せよ・・・許せよ・・・」
市は、家臣に江を戻すように目で合図すると、情を断ち切るように、
ピシャリと扉を閉めさせる。
チクタクの音が私を追い抜いた 黒田忠昭
死に装束に着替えた市の前に、勝家がやってくる。
勝家 「これで良かったのか?」
市 「はい・・・」
勝家 「まことなら、浅井長政殿と逝きたかったであろうにの・・・」
市 「共に命を散らせることを選んだ相手は、あなた様でございます」
勝家 「そうか・・・」
そう言うと、勝家は大刀を抜いて構える。
市は短刀を胸に当てる。
市 「茶々・・・初・・・江・・・。さらばじゃ!」
一定の距離の間に深い溝 ふじのひろし
輿に乗って城から出て行く三姉妹。
突然、大音響とともに天守閣が爆発する。
ふり返ると、天守閣は消え失せており、
激しい炎と煙が、吹き上げていた。
城のほうに駆け出そうとする三姉妹。
だが、四方から伸びる家臣の手が、その行く手を遮る。
その手を振り払って互いに抱き合い、
声を振り絞って号泣する茶々、初、江の三姉妹だった。
江 「(泣きながら)母上・・・!」
余呉湖夕景
夢でしか逢えなくなった父と母 中村 和
[7回]