- 2015/12/29
- Category : 雑学
三猿
しんきゅうしゃ なげし
日光東照宮の神様に仕える神馬をつなぐ厩・『神厩舎』の長押の上に、
江戸初期の左甚五郎作と伝える16匹の猿が彫られている。
(1)幼児時代
子猿の将来をみるように、母猿が手をかざして遠くを見つめている。
全てに興味を持つ子猿は怪訝な表情で、母猿の顔をのぞき込んでいる。
(2)幼年期
悪いことを見たり、言ったり、聞いたりしないで、良いものだけを受け入れ、
素直な心のまま成長せよという。(耳、口、目を押さえた三匹の猿)
(3)独り立ち
独り立ちする時期に、呆然と未来を見つめ、何を考えているのだろう。
不安と夢が交錯しているのだろう。
(4)青年期
口元をきっとしめ、大きな志を抱いて大天を仰ぐ。
右の青い雲は「青雲の志」を表していると言われている。
(5)挫折と慰め
人生、楽なことばかりはない、挫折すること、悲嘆に暮れることもある。
そんな時も励まし、慰めてくれる友や仲間がいる。
(6)青春謳歌
若い猿にも、やがて青春を謳歌する季節がやってくる。
物思いに耽ったり、はしゃいだり、それが恋なのである。
(7)結婚
二人は夫婦という契りを交わす。そして様々な荒波と出会うだろうが、
手を携えて、乗り越えて行かねばならないと教えている。
(8)堕胎
様々な経験を積み、やがて次の世代の子供を宿し、
あの子どもだった猿も母猿になる。①へと戻る。
『論語』の一節
【非礼勿視、非礼勿聴、非礼勿言、 非礼勿動】
「礼にあらざれば、視るなかれ、礼にあらざれば、聴くなかれ、
礼にあらざれば、言うなかれ、礼にあらざれば、おこなうなかれ」
こうした「不見・不聞・不言」の教えが8世紀ごろ、
天台宗系の留学僧を経由して、日本に伝わったという。
三猿のモチーフは、「庚申信仰」の伝播とともに、
近世以降広く用いられるようになり、主尊の青面金剛を描く際、
その足元に「三猿」が添えられた例が多い。
また庚申塔にも多く「三猿」が彫り込まれている。
天台宗は比叡山の鎮護社の日吉大社と密接な関係にあり、
日吉大社を本尊とし、猿を神使とする山王信仰が、
庚申信仰と習合した結果ともいう。
鎌倉時代の説話集『沙石集』に、
「言ハザルト 見ザルト 聞カザル 世ニハアリ思ハザルヲバ イマダ見ヌカナ」
(言わない、見ない、聞かないは口と目を閉じ、耳をふさぎさえすれば、
出来るが, 「思わない」のは、至難の業だ)という歌がある。
(ウィキペディア参照)
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茶助
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