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川柳的逍遥 人の世の一家言
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刃物かもしれない耳朶までのボブ  酒井かがり






                「源氏物語絵巻 宿木」 清涼殿朝餉の間

裳と唐衣をつけた正装の女房たちと、碁を楽しむ帝を描いている。
清涼殿は天皇が日常生活を送った場所で、朝餉の間は食堂にあたる。
犬の翁丸に追い立てられた「命婦のおとど」は朝餉の間に逃げ込んだ。




「清少納言、枕草子執筆のきっかけ」
「枕草子」が執筆されたのは、清少納言が中宮定子に女房として仕えた
平安時代中期の正暦6年/長徳元年(995)頃から執筆が開始され、
中宮定子が亡くなった翌年の長保3年(1001))に、ほぼ完成した
ものと推測されている。
清少納言が枕草子を執筆するきっかけとなったのは-------跋文によると
中宮定子が兄の藤原伊周(これちか)から、当時においては大変貴重な
紙を貰った際に、
「これに何を書けば良いのかしら。帝( 一条天皇)は、『史記』という
書物をお書きになったけれど…」と、清少納言が尋ねられたため、彼女
「枕でございましょう」と、即答した。
すると中宮定子は「それならあなたにあげましょう」と言われて大量に
あった紙を渡された、ことから、清少納言は、これを用いて『枕草子』
を執筆することになった、らしい。
さて「枕」とは何のことだろうか。
「帝が『史記』を書かれたのなら「枕」が必要でございましょう。
「敷布団」には「枕」が欠かせませんもの」
<史記と敷き>、頓智を利かせた清少納言の返答に中宮定子は、お笑い
になっただろうか…。
中宮定子は、清少納言のこうした面白く明るいところが好きだったそう。




過呼吸になる程あなた大好きで  石田ます江





        「源氏物語絵」 紐で繋がれている猫 (京都博物館蔵)

猫は大陸から渡来した貴重な動物で大切に飼育されていた、
らしい。現在とは違い紐で繋がれているのが普通だった。
翁丸は五位を授かり「命婦のおとど」と呼ばれていた。





式部ー枕草子ー翁丸




「ある日のこと、清涼殿で小さくて大きな事件があった」
天皇のお住まいで飼われている猫は、天皇が従五位下の位まで与える程、
可愛がり大切に育てられている。名は「命婦のおとど」という。
この猫が、あまり行儀が悪いので世話役をしている命婦が、
「まあ、お行儀が悪い。部屋へ入りなさい」というのに、猫は言うこと
を聞かない。苛立った命婦は、
「翁丸、どこにいるの!おとどに食いつきなさい」と、言うと、本気に
とった犬の翁丸は、おとどに飛びかかったので、おとどは怖がって、
天皇のいる朝餉の間に逃げ込んでしまったから、大変な大騒ぎになった…。
それの一部始終を見ていた清少納言は、この話題を筆にした。
(命婦=宮中や後宮の女官。従五位以上の位階を有する女性をさす)




鉛筆を少し炙れば滑らかに  山本早苗





                                  清涼殿朝餉の間

清涼殿の裏側にあたる西廂には、北から御湯殿の間、御手水の間、朝餉
の間、台盤所、鬼の間が並ぶ。




翁  丸
主上のおそばにいる御猫は、位をいただいて「命婦のおとど」と呼ばれ
ている。たいへん愛らしいので主上は、大切にしていらっしゃる。
その猫が縁先に出て寝ているので、世話係の馬係の命婦という女房が
「いけませんねえ、内へお入りなさい」と呼んだ。
しかし猫は動かず、日向でじっと眠っているので、驚かすつもりで、
「翁丸、そうれ命婦のおとどにかみつけ」と言った。
翁丸というのは、これも飼われている犬の名である。




眠たくて三途の川が渡れない  井上恵津子




馬鹿な翁丸は、本当かと思って走り向かったので、猫は飛び上がり慌て
ふためいて御簾のうちへ入ってしまった。
朝餉の間に主上はいらしたときで、ごらんなされて、たいへんびっくり
された。猫をふところに入れられて、殿上の男の人たちをお召しになる。
蔵人の忠隆が参上すると、「この翁丸を追い払え、いますぐにだよ」
仰せられるので、みな集まって大騒ぎして追い立てた。
主上は馬の命婦をもお責めになって、
「守り役を変えよう。この調子では心配だ」
と、仰せられたから、恐縮して御前にも出ず、引きこもっている。
犬は狩りたてて、滝口(宮中を警備する武士)に命じて追い払われた。





スイッチのオンとオフとの別れ道  和田恂子




「まあねえ、いままでえらそうに威張って歩き回っていたのに。
 三月三日には頭の弁が柳かずらを頭につけ、桃の花をかんざしにし、
 桜の枝を腰に挿させて歩かされたりなさったっけ。
 そのときはこんな目に会おうとは、まさか思わなかったでしょうに」
と、みんな哀れがった。
中宮さまのお食事のときは必ず、正面に伺候していたのに、いないのは
淋しいわね、と言い合って三、四日たった。




選ばれたつもりが実は排除され  伊藤良一






     犬一匹に大騒ぎの滝口や女房たち





お昼ごろだった、犬がたいへん鳴くので、どこの犬が、こんなに長鳴き
しているのかしら、と聞いていると、たくさんの犬が走り回って騒いで
いる。女官が走ってきて、
「たいへんでございます。犬を蔵人二人でお打ちになっておられます。
 あれは死にますわ。 お捨てになった犬が、帰ってきたといって、
 打ち懲らしめていられるのです」という。
「かわいそうに」翁丸なのだ。忠隆、実房が打っている。というので、
止めにやるうちに鳴き止んだ。
死んだから陣屋のそとに捨てたというので、私は不憫でたまらなかった。





影薄く生死不明になる噂  木口雅裕





      「春日権現験記」天皇と次の間に控える女房たち

一条天皇の怒りをかってしまった哀れな犬、翁丸は、蔵人2人に打ち叩
かれた。蔵人とは、天皇の側近として殿上の雑務をつとめる役職である。
翁丸と思しき犬は、階の柱のもとにうずくまり、呼びかけても応えなか
ったが、女房たちの同情する話を聞いて涙を流す。



ところが夕方、ひどく腫れ上がり、哀れなさまの犬が震えながら歩き回
っていた。
「翁丸かしら。こんな犬は、このごろ見たことないもの…翁丸」
と、呼んでも聞きも入れない。
「あれはたしかに翁丸だわ」、という人もあれば、「ちがうわ」という
人もある。中宮さまは、「右近が見知っているはずだから呼びなさい」
と仰せられるのですぐ召し出した。 右近は、
「似ておりますが…まあひどい姿。翁丸と呼ぶといつもは喜んでまいり
 ましたものを、これは呼んでも来ません。ちがうのでございましょう。
 第一、あの翁丸は殺して捨てた、と申しておりましたもの。
 あの屈強の男どもが、二人で打ったのでございますもの、どうして助か
 りましょう」
と、申し上げたので、中宮さまは可哀そうに思し召して辛がられた。




天秤が息を殺しているようだ  河村啓子




暗くなって、物をたべさせたけれど、食べない。やっぱり違うのねと、
結論を出した。
翌朝、中宮さまは、朝の御身じまいをなされていた。私が御鏡をささげ、
中宮さまが御髪をごらんになっているとき、犬が階の柱のもとにうずく
まっているのが目に入った。
「ああ、昨日、翁丸をひどく叩いたのでしたっけ。死んだのは可哀そう
 なことでした。こんどは何に生まれ変わっているのでしょう、どんな
 に辛い心地がしたでしょうね」
などと言っていると、うずくまっている犬が震えわなないて、涙をポロ
ポロ落とすので、驚いてしまった。
では、やはり翁丸だったのだ。
ゆうべは警戒して、隠れて堪えていたのだと思うと、可哀そうやら可笑
しいやらだった。
思わず御鏡をおいて「お前、それじゃ翁丸なの」というと、ひれ伏して
しきりに鳴く。中宮さまもたいへんお笑いになった。




赤チンがもう見当たらぬ薬箱  石田すがこ






       主人の許しを待つ健気な犬




右近の内侍を召して、こうこうと仰せられると、また大笑いになった。
主上も聞かせられてこちらへお渡りになった。
「驚いたものだね、犬などにも、こんな心があるものなのだね」
とお笑いになる。
主上つきの女房たちも聞いてまいりつどい、翁丸を口々に呼ぶと、
今は動いたり顔を見たりする。
「顔が腫れているので手当てをさせましょう」
と私が言うと、
「ほらほら、翁丸びいきの人が、ついに本音を出したわ」
とみんな笑った。忠隆が聞いて、
「ほんとですか、翁丸が帰ってきたとは」
とやって来たので、「ああ怖わ、怖わ…見つかればまた打たれるわ」、
と思い、かばって「ここにはそんなものいませんわ」
「そうですかね、いつまでも隠しておおきにはなれますまいよ、
 いつかは見つけますよ」
などと言うのである。




笑い泣き傘のしずくが切れるまで  佐藤正昭




でも、そのうち、お咎めも許されてもとのように飼われた。
あの、人に哀れがられて、震えながら鳴いて出てきたときの様子の、
おかしくもしみじみした哀れさは忘れられない。
人間なら、人に哀れまれ同情されると、思わず涙をこぼす、ということは
あるけれど、犬が同じように泣くなんて…そんなこともあるものなのね。





こんなにも不安だったかプチ家出  前中知栄

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