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川柳的逍遥 人の世の一家言
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ちぐはぐがゆっくり中和されてゆく  山本昌乃



橘の香をなつかしみほととぎす 花散里をたづねてぞとふ

私はほととぎすのように、橘の花の香りがする懐かしいこの花散里の邸を探し、
訪ねてきたのです。

「巻の11 花散里」

光源氏25歳の5月。周辺に不穏な空気が流れ、

万事が右大臣中心の世の中に、源氏の心は塞いだままだった。

そんなとき思い出したのが、桐壷院の女御の一人だった麗景殿女御のこと。

実は、この女御の妹の三の君・花散里は、

かって源氏がかりそめに通っていた女性だった。

そこならきっと、心も安らぐだろうと考え、源氏は、

五月雨の合間の晴れの日に、
麗景殿女御のもとを尋ねてみることにした。

憎むのはやめよう一歩踏み出そう  笠原道子

目だたない人数を従え、簡素なふうをして出かけた源氏一行が、

中川辺を通って行くと、小さいながら庭木の繁りかげんが興味をひく家から、

美しい琴の音色が聞こえてくるではないか。

源氏はちょっと心が惹かれて、なおよく聞こうと、

少し身体を車から出して眺めて見ると、

その家の大木の桂の葉のにおいが風に送られて来て、

加茂の祭りのころが思いだされた。

男って弱いものだと思うのよ  河村啓子

なんとなく好奇心の惹かれる家であると思って、考えてみると、

それはただ一度だけ来たことのある女の家であった。

通り過ぎる気にはなれないで、じっとその家を見ている時に杜鵑が啼いた。

その杜鵑が源氏に何事かを促すようであったから、

車を引き返させて、こんな役に馴れた惟光に恋の歌を託した。

脱ぎ捨てた服日溜まりでよみがえる  下谷憲子
        
をちかへり えぞ忍ばれぬ ほととぎす ほの語らひし 宿の垣根に

(昔にたちかえって懐かしく思わずにはいられない、ほととぎすの声だ
  かつてわずかに契りを交わしたこの家なので)

しかし、返事はつれないものだった。

ほととぎす 言問ふ声は それなれど あなおぼつかな 五月雨の空      

(ほととぎすの声ははっきり分かりますが、どのようなご用か分かりません、
  五月雨の空のように)

ほかに通っている男性がいるのだろうと、源氏は諦め、

目的の麗景殿女御のもとに向かった。

殺し文句を春の小川に流される  皆本 雅


姉麗景殿女御と昔を語り合う

桐壷院崩御のあと、麗景殿女御の所へは、想像していたとおり、

訪れる人も少なく、寂しくて、身にしむ思いのする家だった。

最初に女御の居間のほうへ訪ね、昔語りに桐壷院の話などをしていると、

過ぎし日のことが偲ばれて、二人の目に思わず涙があふれてくる。

「昔の御代が恋しくてならないような時には、

   どこよりもこちらへ来るのがよいと、今わかりました。

   非常に慰められることも、また悲しくなることもあります。

   時代に順応しようとする人ばかりですから、

   昔のことを言うのに話し相手がだんだん少なくなってまいります。

   しかし、あなたは私以上にお寂しいでしょう」

と源氏に言われて、もとから孤独の悲しみの中に浸っている女御も、

今さらのようにまた、心がしんみりと寂しくなって行く様子が見える。

人柄も同情をひく優しみの多い女御なのであった。

紫陽花に心変わりを誘う雨  三村一子

夜も更けて、妹の花散里の部屋に行くと、例によって源氏は、

優しい細やかな心遣いの言葉をかけ、彼女をいつくしむのであった。

逢えない時間が長く続いても、花散里のように待っていてくれる女性。

久しぶりの花散里との逢瀬は、源氏の心に深く刻まれた。

朧月夜との仲が発覚した今となっては、自分の地位すら危ぶまれる。

そんなときに得られた、唯一の安らぎだった。

それとは逆に、途中で訪れた女性のように心変わりしてしまう人。

源氏はここにも世の中の儚さを感じるのだった。

【辞典】花散里
花散里の巻は、「巻の10 賢木」と「巻12の須磨」という、
源氏凋落の様子を語った二つの巻の間に挟んだ逸話風の小品とされる。
なお、花散里は「巻の21 乙女」に再び登場し、その人柄を語ります。

いつ以来だろうこのような安らぎ  下谷憲子

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オーラ消しなさい角質とりなさい  森田律子


   賢 木

そのかみを 今日はかけじと 忍ぶれど 心のうちに ものぞ悲しき

昔の懐かしい日々のことを、今日は考えず、心にかけないようにしようと
思っていたのだけれど、心の底では苦しくて思い出してしまう。

「巻の10 賢木(さかき)」 

光源氏23歳。正妻の葵の上が亡くなり、これで、源氏の最も早い恋人の

一人
六条御息所も晴れて源氏の正妻に迎えられるだろうと世間が噂をする。

事実、彼女自身もそれを期待した。

六条御息所は源氏に手紙を送るが、帰ってきたのは、生き霊となった

彼女の姿を源氏が見てしまったと、そのことをほのめかす内容だった。

「すべては終わったのだ。もはや何の望みも残されていないのなら、

いっそ斎宮になった娘に付き従って、伊勢に逃げよう」と彼女は決意する。

石蹴って孤独を蹴って明日にする  北原照子

そして今は、事前に身を清めるため、六条御息所は野宮で暮らしている。

源氏はこの野宮に六条御息所を訪ねる。

物の怪を見たとはいえ、愛しい恋人には変わりなく、

伊勢には行って欲しくないのだ。

源氏は思いとどまってほしい、と誠意をこめて言葉をつくした。

顔を合わせてしまうと、やはり再び思いが乱れる御息所だったが、

予定を変えることなく伊勢へと下って行くのであった。

過去捨てて女電池を入れ替える  上田 仁

そのころ、死期を悟った桐壺院朱雀帝春宮と源氏のことを遺言で託し、

ほどなく崩御してしまう。

桐壷院が崩御して、世の中の空気が一変する。

藤壺中宮は悲しみのあまり三条の宮に引き籠り、

源氏も自分の屋敷の籠りきりである。
                    こうきでんおおきさき
世の中心は朱雀帝とその母である弘徽殿大后に移った。

さらに、時は移り、権勢は桐壷院の外戚であった左大臣側から

朱雀帝の外戚である右大臣側に移って行く。

朱雀帝は桐壺院の遺言を片時も忘れたことはなかったが、

年の若さもあり、
また気性が優しすぎて、

政治は右大臣の思うがままになっていく。


世代交替のゴングが鳴っている  高島啓子



そんな世間の風とは無関係に、朧月夜と源氏との恋はまだ密かに続いていた。

彼女は右大臣の六女で、弘徽殿大后の妹で政敵側の人であるが、

源氏は危険な関係のときこそ恋心を燃やすタイプ。

この厄介な性格が災いとなる事件が起こる。

右大臣の世になり、誰もが自分から去っていく中、

朧月夜だけが、
人目を盗んでまでも自分を愛してくれる。

それがたまらなくいじらしい。


禁じられた夜を過ごした源氏は、夜明け前にこっそり立ち去るつもりだった。

が、雨がにわかに激しく降って、雷が闇を切り裂く。

大臣家の人々が起き騒ぎ出したため、源氏は出るに出られなくなってしまう。

たどり着く岸もないのに流れてる  信次幸代

そんな中、慌ただしい足音がひとつ、2人のいる部屋に近づいてくる。

「大丈夫ですか、夕べは大変な雷で心配していたのですが」
                みす
父である右大臣がすっと御簾を引き上げ、中を覗き込んだ。

朧月夜は困り果て、蚊帳の外へいざり出た。

顔がひどく赤らんでいたので、具合でも悪いのかと右大臣は心配する。

そのとき朧月夜の衣に男物の帯が絡まっているのが、右大臣の目に入った。

おかしいと思った右大臣が几帳から中を覗くと、

何と源氏が臆面もなく、源氏がそこに横たわっているではないか。

右大臣は目も眩む思いがして、あたふたとその場を立ち去ったが、

報告を受けた弘徽殿大后は怒り心頭で、

源氏の失墜を本気で考え始めるのである。

妹の膝から下は霜柱  酒井かがり

【辞典】 源氏物語の中で古くから、名文と伝わる「野分の段」ー
      野宮のある嵯峨野の紫式部渾身の絶妙な風景描写をどうぞ。

遥けき野辺を分け入りたまふより、いとものあはれなり。
秋の花、みな衰へつつ、浅茅が原も枯れ枯れなる虫の音に、
松風、すごく吹きあはせて、そのこととも聞き分かれぬほどに、
物の音ども絶え絶え聞こえたる、いと艶なり。

遙々と広がる野に足を踏み入れなさると、とてもしみじみとした風情です。
秋の花はみな萎れ、浅茅が原も枯れ枯れになっています。
嗄れ嗄れに聞こえる虫の声に、松を吹き抜ける風の音が寒々しく重なっている
中に、
はっきりどの曲だと聞き分けられないほど微かに楽器の音色が
途絶え途絶え
聞こえてくる様子は、とても優美です。


夕焼けがうっかり涙ぐんでいる  高橋ふでこ

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切り花にしないで根ごと私です  下谷憲子


   葵の上

のぼりぬる 煙はそれと わかねども なべて雲居の あはれなるかな

(空に上っていく葵の上を焼いた煙はどれだかわからなくなったけれど、
  雲のかかっている空のすべてが懐かしくおもわれてしまう)

「巻の9 【葵】」

光源氏22歳。桐壺帝は既に、源氏の兄にあたる朱雀帝に帝位を譲っていた。

源氏も昇進して今は大将という地位にいる。

でも身分があがるほど、軽はずみな行動ができなくなる。

忍ぶ恋人の六条御息女をはじめ、源氏を待ちわびる姫君たちは、

寂しい思いを続けている。

さらに桐壷帝が退位後、桐壷院となってからは、

藤壺といつも一緒なので、
源氏の物憂い気分は増すばかりであった。

如月の跳ぶに跳べない水溜り  合田瑠美子

そんななか、少し心を安らかにしてくれたのが、正室の葵の上だった。

これまではなんとなく、ぎくしゃくした関係だったのが、

お腹に源氏の赤ちゃんができ、心細げな仕草を見せたりする。

そんな葵に源氏は、次第に愛おしさを感じるようになっていたのだ。

そんな頃、源氏も行列に加わる祭典が開かれる。

身重の葵の上は気分が余り優れず、最初は見物にいくつもりはなかったが、

若い女房たちに促されて、日が高くなってから急に出かけることになった。

そして源氏の恋人・六条御息所も忘れられぬ源氏の姿を一目見ようと、

恥を忍んで祭りに参加してきている。

一秒前を破り捨てましたので生きる  山口ろっぱ


   車争い

時の人、源氏の君が祭りの行列に参加するとあって、見物席は大賑わい。

女性たちを乗せた車は止める場所も無いほでである。

葵の上の車が到着したときも、場所がなく従者たちは先に止めてある車を

おしのけて強引に乗り入れていく。

ついには六条御息所の車は後ろにおいやられ、

まったく行列が見えなくなったどころか、車の一部が破損してしまった。

お忍びで出かけたはずなのに、衆人の中でまことに体裁が悪く、悲しく、

悔しくて、六条御息所は見物を止めて帰ろうとするが抜け出る隙間もない。

源氏の正妻に場所を奪われ、源氏の姿もチラリとしか見ることができず、

六条御息所は自分の憐れな姿を嘆くのだった。

半熟の牛車で祇園会へ帰る  くんじろう

そんな騒動があり、暫く経った頃、懐妊している葵の上の容態が悪くなる。

偉い僧侶を読んでの加持祈祷など、当時としては精一杯の治療を施すが、

「どうしても取り払えない物の怪が憑いている」というのである。

あの六条御息所にも、この噂は届いていた。

彼女はこの頃、正気を失ったようになることが、たびたびあるので、

「もしやその物の怪は、自分自身ではないか」と、思い悩んだ。

懸命の祈祷が続けられ、いくつかの物の怪は退散していったが、

一つだけ、どうしても去らない悪霊がいる。

そこで祈祷をさらに強めると、とうとう物の怪が葵の上の口を借りて、

「どうかご祈祷を少しゆるめてください。

    源氏の君に言いたいことがあります」 
という。

距離おいて愛の深さを確かめる  上田 仁

葵の上は、まるで臨終のときの様子で、源氏に遺言でもあるのかと、

左大臣や大宮も下がって、源氏ひとりを几帳の中に入れた。

ふだんは打ち解けず、つんとすました様子であったが、

病床に伏せった彼女は、警戒した雰囲気も消え、いじらしく感じられた。

源氏は思わず泣き伏した。

すると葵の上は気力もなさそうに顔をあげ、

それから源氏の顔をこの世の名残り
のようにじっと見つめ、

瞳からは大粒の涙が零れ落ちてくる。


諦めの裏は霙が降っている  嶋沢喜八郎


 物の怪と葵の上

あまりに激しく泣くものだから、

源氏もきっとこの世の別れが辛いのだろうと


「たとえ万が一のことがあっても、父母や夫婦の縁は深いと申しますから、

    生まれ変わっても必ずどこかで巡り会うものです」と慰めた。

すると葵の上はじっと源氏の顔を見つめたまま、

「いえ、そんなことではございません。この身が苦しくて仕方がないので、

    どうかもう少し祈祷をゆるめていただきたくて」という。

この後、葵の上に乗り移っていた生き霊は、いつの間にか消えていた。

言の葉の意味へ寝返りばかりうつ  山本昌乃

生き霊が消え葵の上の様態も持ち直し、まもなく美しい男子が生まれた。

子を授かり、源氏は葵の上に深い愛情を感じ、葵の上も苦しみの中で

源氏に
すがり、2人の間にようやく夫婦らしき仲睦まじさが生じていた。

一方、葵の上が無事に出産したとの知らせを聞き、

六条御息所の心中は穏やかではなかった。

ふと気付くと、自分の体の隅々にまで芥子の匂いが染み付いている。

祈祷のときに護摩を焚く、その芥子の匂いがついて離れないので。

六条御息所は、全身に鳥肌が立つのを覚えた。

胸の底図太い鬼に居座られ  牧浦完次

やっと、本当の夫婦らしい仲になれたと思った矢先、

葵の上は再び物の怪に襲われたように、激しく苦しみだし、

宮中にいる源氏に知らせる間もなく息絶えてしまった。

祈祷のための僧侶を呼ぶにも間に合わない。

左大臣の狼狽ぶりは尋常ではなく、もしかすると生き返るのではないかと

葵の上の遺体をそのままにしておいて、二、三日その様子を見守ったが、

しだいに表れる死相を見るにつけ、嘆くばかりであった。

後には、生まれたばかりの子どもが残された。後の夕霧である。

【辞典】 「御息所」

御息所は、皇子や皇女やことのある帝につかえていた女性のことをいう。
六条御息所それなりに高貴な身分であった。
それゆえ開けっ広げに源氏を
求められず憂鬱な日々を送っていたのである。
尚、祭り見物の場所取り争い
で彼女の車をおしのけようとする
葵の上の家来に、六条御息所の家来が、

「押しのけられる身分のかたではない」と怒鳴っている。
因みに、六条御息所は「巻の4・夕顔」に登場している。

幽霊は毎日午前二時に出る  筒井祥文

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試されているのか女隙だらけ  上田 仁



深き夜の あはれを知るも 入る月の おぼろげならぬ 契りとぞ思ふ

(夜更けの情緒深い月の美しさを知っているあなた。君に会えたことは、
    浅からぬ前世からの縁だと思います)

「巻の8 【花宴】」

光源氏20歳の2月、宮中の紫宸殿で花の宴が催された。

いつものごとく源氏は、詩歌や舞いを披露して、周囲の注目を集め、

義父の左大臣は涙を流すほど感激をしている。

その夜、少し酒によった源氏は、この機会に藤壺に会えないかと、

あたりを探し歩いた。

が、藤壺の周囲は戸締りが厳重で忍び込む隙もない。

仕方なく朧月に誘われて、弘徽殿のほうに立ち寄った源氏は、

開いている戸口から「朧月夜に似るものぞなき」と美しい声でくちずさみ

源氏の方に寄ってくる女と出会う。

どこまでも阿呆で居ようか朧月  中野六助

驚くほど美しい女だった。

黒髪の匂いが鼻を掠め、何もかも心地よく、源氏は思わず女の袖を掴んだ。

「あなたは誰ですか?人を呼びますよ」

女が叫び声をあげようとすると、源氏はその声を塞ぐようにして、

「およしなさい。私は何をしても許される身分ですから」 と言った。

その声を聞いて、女は瞬時に相手が源氏だと知った。

女の心は揺れ動いた。

今をときめく源氏に対する憧れがなかったとはいえない。

好奇心もあっただろう。

女は源氏に恋してはいけない立場にあったが、一夜の契りを交えた。

こんなにも尻尾ふっているではないか  田口和代

やがて夜が明け始め人の動く気配がする。

ここは、敵方ともいえる弘徽殿なのだ。

明るくなる前に姿を消さなければならない。

源氏はこのまま別れるのを惜しく思った。

「あなたの名前をお聞かせください。そうでないと二度と会えなくなる」

女はただ微笑むだけで、決して自分の名前を明かそうとはしない。

やがて、人々のざわめく声が聞こえだした。

源氏は仕方なく、自分と相手の扇を咄嗟に交換した。

狂おしい幻想的な夜だった。

そして、源氏は女を「朧月」と呼んだ。


君の名を書いて消します曇り窓  嶌清五郎



3月になって、右大臣家では藤の宴が催される。

源氏も招待を受け、再び、幻の人と会えることを期待して赴いた。

名も告げずに別れた人・・・。

あの高貴な雰囲気からは、とても身分の低い女房とは思えない。

だとすれば、右大臣の五の宮か六の宮だろう。もし六の宮だったら・・・。

そう思うと源氏は背筋が寒くなるのを覚えた。

六の宮はすでに東宮に入内することが決まっている、

それは兄である東宮から愛する人を奪うことであり、

自分を目の仇にしている右大臣家に公然と弓を引くことでもある。

桐壷帝の第一皇子(東宮)の母親は、右大臣の長女・弘徽殿女御で、
東宮は源氏の腹違いの兄になる。また朧月夜も右大臣の6女である。
すなわち朧月夜は弘徽殿女御の妹になる。

失望という名の船が打ち寄せる  高橋謡々



それでも源氏は、恋すること自体に罪はない。

「心は何者にも縛られてはいけない」と思い返し、宴もたけなわの頃、

酔ったふりをして席を立ち、女たちの寝殿に入り込み、

「扇を取られ、ひどいめにあいました」などと言いふらしながら歩き回る。

「変な人」と几帳の向こうから聞こえた声は、事情を知らない人である。

その中で、一人溜め息をつき 躊躇する人がいる。

源氏は思い切って、その溜め息をつく人のところに行き、

几帳越しに手をとって声をかけた。

帰ってきたその声は、まさにあの朧月夜の君であり、六の宮であった。

訳ありの声はいつでもうすみどり  清水すみれ

【辞典】 政界の構図

光源氏の正妻は・左大臣の娘・葵の上。
にもかかわらず、この花宴の巻で源氏は右大臣の6女と恋に落ちてしまう。
左大臣対右大臣という政治的対立の中で、この色恋沙汰は危険な綱渡り。
当時、政治の実権を握るのは、帝ではなく、むしろその後見人たちなのだ。
いわゆる外戚政治である。
位の高い政治家たちは、後見人の地位を獲得する為、
自分の娘を後宮に加え、
何とか皇子を生ませたいと願っているのである。


誤作動もあるさ人間なんだから  嶋沢喜八郎

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あやまち多き身に太陽は傾いて  森中恵美子


青海波を舞う光源氏(右)と頭中将 

もの思ふに 立ち舞うべくも あらぬ身の 袖うちふりし 心知りきや

辛い思いを抱える私は立派な舞いなどできないと考えてのですが、
それでも袖を振って舞った気持は分かってもらえたでしょうか。

「巻の7【紅葉賀】もみじのが」

桐壷帝による朱雀院への行幸は、10月の10日過ぎである。
                                 しがく
身重の藤壺女御に見せてあげるために、帝は「設楽」を清涼殿で行なった。

宮中で催す大イベントには、女性は見物できないという決まりがある。

そこで帝は、行幸のリハーサル「設楽」を行なったのである。

設楽なら、女性の観覧も許されたのである。

そして、この催しで光源氏頭中将の二人は美しい舞いを披露した。

桐壷帝や藤壺をはじめ多くの宮廷貴族たちは感激し、涙を流して見入った。

花吹雪浴びてうっとり春に溶け  須磨活恵

しかし、源氏と藤壺の胸中は、穏やかではない。

藤壺は、密通で出来た源氏の子を宿しているのである。

そして2月、藤壺が男子を出産する。

帝は一刻も早く若宮を見たいと待ち焦がれ、

源氏自身も気がかりで、
彼女の住む三条を訪れるが、藤壺は

「まだ生まれたばかりで、見苦しいから」


と、赤ん坊を見せることを頑なに拒否をする。

赤ん坊は、まさに源氏に生き写しだったのである。

「やはりそうだったのか。神は天罰をこのような形で下されたのか。

   この子は源氏との罪の子であるに違いない」

藤壺は自分の心の鬼に怯え、誰がこの子を抱こうとも、

きっと自分たちの過ちを暴き立てるに違いないと、一人苦しんでいるのだ。

あじさい闇どうにもならぬ事もある  山本昌乃

4月、参内した若宮を抱いて帝は、

「皇子たちは大勢いるが、幼いときからお前だけを抱いて見ていたから、

   自然とあの頃のお前の姿が思い出される。

   この子は実にあの頃のお前に似ている」

と述べられたことに、源氏は顔面蒼白になり、涙が零れそうになる。

藤壺はいたたまれなくなり、全身汗びっしょりになるのだった。

それには桐壺帝は何の疑いを持つわけでもなく、

わが子の誕生を喜び、
藤壺により深い愛情を深めるのだった。

阿・吽のあと2センチが埋まらない  桑原すヾ代

一方、罪悪感に戸惑う源氏は、妻・葵の上になぐさめを求めるが、

いまだ馴染まない。

その上、紫の上(若紫)を邸に迎え彼女の機嫌は、さらに悪化してる。
                   げんのないし
そんなとき、源氏は成り行きで源典侍という老女と密会することになった。

源典侍は、身分も高い才女であるが、好色な性格で、年老いても、

若い男性を相手に恋を繰り返す女性だった。

ところが、その密会の現場を、頭中将に見つけられてしまう。

源氏をからかう頭中将、戯れて2人がじゃれあう様は子供の喧嘩である。

こんな老女と付き合っているのかと囃したてる頭中将も、

実は源典侍との付き合いがあった。 とはいえ、

源氏に嫉妬するような情熱を老女に向けていたわけではないのだが。

二人には少し明るい月あかり  三村一子

老女と親友との戯れあっても、藤壺や葵のことで源氏の心は晴れない。

今、落ち込んでいる源氏の唯一の楽しみは、

性格も容姿も日々美しくなっていく若紫と過ごすことであった。

夜は火を灯して、数々の絵を一緒に見たりする。

出かけようとすると、若紫は絵を見るのを止めてその場に泣き伏してしまう。

源氏は本当にいじらしく思って、背中にかかる豊かな黒髪をなで、

「私が留守にしたら、恋しいの?」

と聞くと若紫はこっくりと頷いてみせる。


「私だって、あなたと会えないのは、一日だって辛いのです。

   でも、恨み言をいう人が多くて、そういった人の機嫌を損ねたくないので、

 仕方なく出歩くのですよ」

若紫は膝に寄りかかったまま、話を聞きつつ、やがてうとうと眠ってしまう。

この若紫の寝顔を見るだけで源氏を慰める時間になった。

一隅をあたためているシクラメン  清水英旺

そんな初秋の日、藤壺が皇后の地位である中宮になり、

源氏自身は宰相の地位に出世するというお達しを受ける。

藤壺は、第一皇子の母である弘徽殿女御をさしおいての出世である。

源氏はこれを決めた桐壷帝は、譲位の意図があるのだろうと思うのだった。

譲位後も、藤壺の子の将来を確かなものにするため、

周囲の位を上げてこの子を守ってほしいと考えているのだと。

弘徽殿女御は、歯ぎしりするばかりであった。



【辞典】 紅葉賀の巻名)
光源氏と頭中将が清涼殿の前庭で雅楽・「青梅波」の舞を披露した。
舞いながらの歌詠みや演奏などがあり、2人の舞を見た人々は、
みんな涙を流して感動した。2人の披露した青梅波では、
きらびやかな衣装に加え、頭には紅葉をかんざしを挿している。
というこことで「紅葉賀」という巻名はこの舞いからきている。

逆転はぽとり涙が落ちてから  上田 仁

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