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川柳的逍遥 人の世の一家言
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時効になっても影に裁かれる  小林すみえ


 病床の柏木と夕霧

時しあれば 変わらぬ色に 匂ひけり 片枝枯れにし 宿の桜も

季節が巡ってくれば、いつもと変わらない色に染まり咲いてくれますね。
柏木が亡くなったように、片方の枝が枯れてしまった邸の桜の木にも。

「巻の36 【柏木】」

光源氏の冷たい眼にさらされた六条院での宴会以来、柏木は、

父である前大臣邸で病の床から抜けれなくなっていた。

人は誰でも死んでいく、ならば、

まだ少しでも憐れみをかけてくれる人がいるうちに、燃え尽きたい。


このうえ生きながらえていたなら、恥ずべき浮き名もたち、

自分にとっても、あの人にとっても、死ぬほどの煩悶が待っている。

自分が死んでしまえば源氏もそれに免じていくらかは許してくれるだろう。

それにしても、どうしてこんなことになってしまったのだろう。

柏木は思い乱れて、涙を止めることができない。

それでも柏木は女三宮への思いはすてきず、

看護の人々が側を離れた際に、力を振り絞って手紙を書いた。

身の底の水がさざなみ立っている  大葉美千代

いまはとて 燃えむ煙も むすぶほれ 絶えぬ思ひの なほや残らむ

この世の最後と私を葬る煙も燃え燻ぶって、空に立ち上がることのできない
あなたを思う火は、どこまでもこの世に残ることでしょう。

せめて不憫と思ってください。

その言葉だけを頼りに、私はあの世に旅立ちます。

柏木に憎しみさえ覚える女三宮は、返信などする気はない。

小侍従は柏木の死ぬ覚悟を聞くと、哀れで、泣きながら女三宮にいう。

「ご返事を差し上げてください。これが最後のお手紙になるでしょうから」

こ侍従の再三の説得に女三宮は、しぶしぶ手紙を書いた。

語らない心中お察しください  岡内知香

女三宮が元気な男の子を生んだのは、返事を書いた翌朝だった。

男の子だった。

事情を何も知らない人々は、

源氏の晩年にこのような高貴な男の子が生まれたので、

その若君への寵愛は、並ぶものがないだろうと思った。

だが不義の間に生まれた子である、父からも母からも望まれない子だった。

その子は、後に、と呼ばれることになる。

ただいまもお帰りもない風の家  ふじのひろし


  赤子を抱く源氏

源氏は人前では上手に繕うが、生まれた子供の顔を見ようともしない。

源氏は自分の過去を振り返り、

「これは、かつて不義の子をつくった罪の償いか」

と思い、複雑な気持ちになっていた。

「なんて冷たい態度でしょう。ずいぶん久しぶりでお生まれになった

    若君が、
恐ろしいほどお美しいというのに」


と年老いた女房が呟くのを小耳に挟んだ女三宮は、心が凍るのを覚えた。

そんな源氏の冷たい態度に女三宮は「出家させて欲しい」と言い出す。

尼になれば死んだとき、少しは罪が消えるかも知れないという思いだった。

源氏は心の中で「それも妙案」と思うが、口にせず早まるなと認めない。

モザイクがあって貴方が見えにくい  米山明日香

朱雀院は、女三宮が無事に出産したと聞き、合いたくてならなかなった。

ところがその後、気分のすぐれない状態が続いていると耳にする。

朱雀院は居ても立ってもいられなくなり、

出家の身にあるまじきことと知りながら、夜、闇に紛れて山を下りた。

源氏もいきなり朱雀院が訪ねて来たので、驚きつつ女三宮の前に通す。

女三宮は弱々しく泣きながら「どうか私を尼にしてください」と願い出る。
                  たぶら
「私が出家を取り合わなかったのは、物の怪が誑かせることだから」

と取り繕うように源氏が言うと、朱雀院は

「たとえ物の怪がすすめることにせよ、こんなに衰えた病人が願っている

   ことを聞き流してはあとで後悔し、つらい思いをするでしょう」

と言って、髪を切り女三宮を出家させてしまう。

鳩尾のあたりににがい花言葉  皆本 雅


柏木を見舞う夕霧

女三宮の出産と出家を聞いた柏木は、一層具合が悪くなり衰弱していく。

死を悟りはじめた柏木は、見舞いに訪れた夕霧に、

「あなた以外に誰にも言えない煩悶を抱えているのです。

   実は源氏の君とちょっとした行き違いがあって、この数ヶ月

   ずっとお詫びを
していたのですが、なかなか許していただけず、


   その挙句このような状態になってしまいました」

意を決したように出来事のあらましを語った。

夕霧は、「どうしてこんなに悩むまで私に相談しなかったのです。

   知っていれば、必ず2人の間に入って、うまく仲を取り持てたのに」

という。


「このことは胸の内にしまって、外には漏らさないように。

 一条においでになる落葉の君ことが気になって、

    何かにつけて見舞ってやってもらえないでしょうか」

と呼吸も切れ切れに柏木が言う。

シナリオを抜け出して海は凍える  山口ろっぱ

それから間もなくして、柏木は息を引き取った。

柏木の妻・落葉宮(女二宮)の悲しみは深く、

臨終にも立ち会えなかった
恨めしさが加わり、

一条の広い御殿でひっそりと暮らしていた。


夕霧は柏木との約束を守り、しばしば一条宮を訪れた。

4月になって、いつも応対している落葉の宮の母・一条御息所の体調が

すぐれず、初めて落葉宮の応対を受けた。

夕霧は初めのうちは柏木の頼みを果たすために一条宮を訪れいたのだが、

落葉の宮の奥ゆかしさに、夕霧はほのかに恋心を抱き始めるのである。

錯覚に酔って発芽をしてしまう  雨森茂喜

【辞典】 (子の祝い)

この時代、新生児の死亡率が高く、節目ごとにお祝いの催しが開かれた。
出生後まもなく行われるのは「産養」(うぶやしない)と呼ばれる祝賀で、
誕生してから五・七・九日目に行われる。そして50日めに催されるのが
「五十日の祝い」で、赤ん坊にお餅を与えるという儀式が行われる。
通常この役は、母方の祖父か父親が務めるが、祖父の朱雀院は出家、
父柏木は死んでいないので源氏が務めた。抱き上げる赤ん坊が源氏に
にこにこ笑いかけてくる顔は、柏木にそっくり。それには源氏も苦笑い。

めんどうになってきたのでみな許す  橋倉久美子

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目くすりを添えて訴状送ります  美馬りゅうこ


   宮中行事   (拡大してご覧ください)

恋ひわぶる 人のかたみと 手ならせば なれよ何とて 鳴く音なるらむ

恋しい人の代わりと思って可愛がっている猫よ。
どういうつもりで、そんなに愛らしい鳴き声をたてるのだろうか。

「巻の35 【若菜下】」

柏木は、一目垣間見た女三宮が忘れられないでいた。

光源氏の妻であるということは分かっている。

だが、源氏は女三宮を大切に扱ってないではないか。

そんな煩悶する柏木のところへ、紫の上の義母にあたる式部卿宮

柏木を孫娘である真木柱の婿にと言ってきた。

だが、女三宮に夢中の柏木は、見向きもしない。

仕方なく諦めた式部卿宮は、真木柱を蛍宮と結ばせたが、

この結婚はうまくいかず、真木柱は不幸な結婚生活を余儀なくされた。

それを聞いた玉鬘は、もし蛍宮と結婚していたら、

自分も同じ目にあったのか と考えると、

髭黒との今の幸せを噛みしめるのだった。

おかげさま そよ風というこのご縁  徳山泰子

柏木は女三宮の御簾をめくった猫をもらいうけ、夜も自分の側に寝かせた。

夜が明けると、すぐに猫の世話にとりかかる。

猫は初めのうちは人見知りしていたが、今はすっかりなつきじゃれてくる。

柏木は猫を心から可愛いと思った。

女三宮を思い、物思いに耽っていいると猫が「ねうねう」とすり寄ってくる。

柏木は、猫を女三宮に見立て、慰めにしていたのである。

猫にしか心開かぬ猫マニア  清水久美子

そうして目立った事件もなく、月日は過ぎ、源氏は46歳になった。

女三宮は20歳前後に、柏木は30歳前後である。

冷泉帝が譲位を決意し、位を次の帝に譲る。

明石女御が夫人になっている今上帝である。

そして、明石女御の第一皇子が東宮に立った。

明石女御に対する今上帝の寵愛も厚く、明石一族は栄えるばかりであった。

髭黒は、右大将から右大臣に、夕霧は、大納言にそれぞれ昇進。

雲居雁の父・太政大臣(かつての頭中将)は辞職願をだして引退した。

また女三宮は、帝のはからいで二品に叙され、格式はいよいよ高まった。

これにより源氏も女三宮の扱いに、丁重さが増すばかりである。

シャボン玉映った顔を見て笑い  杉山ひさゆき


 琴を弾く夕霧

源氏は、身内から東宮が出たお礼参りで住吉神社への参詣をする。

同行するのは、明石女御、母親の明石の君、祖母の尼君、そして紫の上

参詣はとても盛大で人々は、稀にみる幸運に恵まれた明石一族を讃えた。

その頃、出家した朱雀院、娘の女三宮に会いたいと言ってくる。

それに源氏は、来年、朱雀院の五十賀で対面するようはからった。

しかし女三宮はまだ幼さが残り、このまま朱雀院に会わせるには心許ない。

そこで源氏は、女三宮に琴を習得させ、その上達振りを見てもらおうと、

自ら先生になって特訓する。

となると、源氏が泊まるのはほとんど女三宮のところ、

紫の上はほったらかしになってしまう。

寂しい人はいませんかへ手を上げる  奥山晴生


 琵琶と琴の合奏

一方、紫の上は明石の君や女三宮に比べて、

自分の立場の不安定さを思っていた。

源氏の愛情だけが頼りだったが、近頃、源氏と話す機会も減っていく。

いつの間にか、紫の上は出家を願いはじめるのである。

年も改まり特訓の成果を試そうと、源氏は女君を集めた演奏会を催した。

紫の上の和琴、明石の君の琵琶、明石女御の琴、女三宮の琴の合奏である。

出来栄えは素晴らしいものだった。

女三宮の上達ぶりはなかなかで、それに合わせた女君や夕霧までも見事で、

源氏は大満足だった。

そんな上機嫌な源氏に持ちかけられたのが、紫の上の出家願いだった。

チゴイネルワイゼン見事に弾き終える  本多洋子

もちろん、源氏は許しません。

過去に付き合った六条御息所などを引き合いに出し、

あなたがいなくては何も出来ないと訴えるのである。

その夜、紫の上は急に具合が悪くなり病の床に臥せってしまう。

高熱で粥などにも手を触れない。

果物さえ口にするのを嫌がり、起き上がることもままならぬ日が経過する。

さまざまな加持祈祷を試みるも効果なし。

場所が悪いと、六条院から昔住んだ二条院に移っても、病状は変わらず、

源氏はつきっきりの看病で、朱雀院のお祝いも延期になった。

今や六条院にいた多くの人は紫の上が心配で、

二条院に移り、
六条院は灯が消えたようだった。

女から突然血の気引く話  上田 仁

そこに運命のいたずらが重なる。

小侍従を通して女三宮に合わせて欲しいと頼んでいた柏木の願望が叶う。

女三宮は無心で眠っていたが、身近に男の気配がするので、

源氏が帰ったのだと思っていた。

だが、そこにいたのは柏木だった。

女三宮はわなわなと震え、気も失わんばかりである。

柏木はずっと思い描いていたイメージの人とは違うと思った。

アラジンのランプで君を奪いたい 大西俊和


女三宮を抱きしめる柏木

今目の前に怯えているその人は、高貴な姫ではなく、優しくて、可愛くて、

小さくて、抱きしめたら消えてしまいそうな人、可憐なひとりの人だった。

柏木の中の自制心が消え、我も忘れて女三宮を抱きしめた。

女三宮は、現実のことだとは思えず、正気を失っている。

こんな恐ろしいことが源氏に知れたらどうしよう。

どうしていいかわからず、泣きじゃくるばかりだった。

脱色をしても私に戻らない  笠嶋恵美子

激情の虜となった柏木は、女三宮と2人で破滅していくのを願った。

だが、女三宮はあまりにも幼すぎた。

ただ、源氏に怯え、震えるだけの人だった。

柏木は妻の女二宮(落ち葉の宮)のいる自邸には帰らず、

今は隠居の身となる父の邸にこっそり入り、横になってみたものの眠れない。

そして自分の犯した過ちに怯えた。

そうして源氏が紫の上を看病している数ヶ月の間に、何度か逢瀬を重ね、

女三宮は柏木の子を宿してしまう。

花に流れ風に流れる白昼夢  加納美津子

一方、紫の上は病状が悪化し、ついに息絶えてしまう。

源氏は分別もつかず、心の中が真っ暗になり、無我夢中で二条院に帰った。

「せめてもう一度だけでも目を開けて、私の目をみてください。

あまりにもあっけないご臨終だったので、その間際にさえあえなかった」

と取り乱しながら、源氏は必死の思いで一層の祈祷をさせた。

すると近くにいた女の子に物の怪が憑依し、紫の上は息を吹き返した。

物の怪はあの六条御息所の霊だった。

紫の上は回復に向かい、安心した源氏は、女三宮のとこへ戻った。

本日は百鬼夜行を見にいく日  清水すみれ

源氏は女三宮のところに長く通わなかったので、

恨んでいないかと心が咎め、
年配の女房を呼び寄せ、

女三宮の様子を尋ねると女房は、


「普通の病気とは違うようです。ご懐妊らしいです」と答えた。

「おかしいね。ずいぶん時が経ってから、珍しいことがあるものだ」

と源氏は首を傾げた。

それからしばらくして源氏は、見失った扇を探しているとき、

布団の端に置き忘れられた恋文を発見する。

男の文字である。

紙に焚き染めた香の匂いなどなまめかしく、恋情が籠もっている。

細々と書き連ねた筆跡は、紛れもなく柏木のものだった。

源氏は人のいないところで何度も手紙を読んだ。

やはり柏木に違いない、源氏はとても信じられなかった。

わたくしをポンと打ち抜く白い月  大海幸生


  賀 宴

2人は怯えていた。

柏木は体調を崩し、邸にこもったまま。


女三宮は源氏の自分への接し方の冷たさに悲しんでいる。

源氏の計画した朱雀院の賀宴は延期を重ね、12月になった。

この御賀の予行演習の試楽があるので、紫の上は六条院に帰ってきた。

明石女御も次々に子供をもうけ、六条院に戻ってきている。

玉鬘も出席する。

柏木一人をこういった大切な催しに参加させないというのも、

人々が不審に思うので、源氏は参上するように督促した。

父からも、「無理しても参上するように」と再三手紙が来るので、

柏木は参上をすることに決めた。


痛み止め下さい 二日分下さい  河村啓

宴が盛り上がる中で柏木は源氏の嫌味を含んだ言葉に、心は滅入っていた。

源氏はそんな柏木をわざと指名して、酔ったふりをしながら、

陰湿な嫌味を言う。


柏木は動悸が激しくなり、杯がまわっても来ても頭がずきずきして、

飲む振りだけをして、その場を取り繕う。

源氏はそれを見咎め、無理に杯を持たせて、執拗に酒をすすめる。

柏木は苦痛に耐え切れなくなり、宴席も終わらないうちに退出してしまう。

それは、一時の悪酔いによる苦しさではなかった。

柏木はそのまま重い病気になり、寝ついてしまったのだった。

しあわせがすり抜けてゆく針の穴  西田雅子

【辞典】 受戒

病床に臥す前から、紫の上は出家の願望を源氏に告げていた。
でも源氏は、それを許さなかった。物の怪の正体がわかり病状が
落ち着いてからも、幾度となく源氏に出家の気持ちを伝えた。
そこで源氏は、妥協案を示す。在家のままの受戒である。
受戒とは仏教の定めた戒めを受け入れ、それを守っていきますと
約束すること。受戒には段階があり、紫の上が受けたのは、在家の
信者が受ける五戒である。完全に俗世の生活を捨てる出家ではないものの
これにより少しでも救いが得られ病気が良くなっていけば、という思いが
源氏にはあった

思い切り叫ぶ ひとりの処方箋   阪本こみち

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小さくアクビする二人のそれから  雨森茂喜


蹴鞠を楽しむ柏木と夕霧/そして猫が

小松原 末のよはひに 引かれてや 野辺の若菜も 年もつむべき

小松原のような将来のある姿にあやかって、
野辺の若菜のように、
私もきっと長生きすることでしょう。


「巻の34 【若菜上】」

朱雀院が出家を決心する。

源氏の兄である朱雀院は、六条への行幸以来、病気がちで、

せめて人生の最後は、仏門にと考えてのことだった。

でも気がかりは、藤壺が遺した愛娘の女三宮

朱雀院は多くの子供たちの中でも、この女三宮だけをとりわけ溺愛した。

自分が出家したあと、女三宮は後見もないまま、いったいどうなるのか。

女三宮はまだ13,4歳だがしっかりと面倒を見てくれる婿はいないかと、

朱雀院は候補者選びに苦慮を重ねていた。

雨雲になってあなたを困らせる  中野六助

そこに思いついたのが、光源氏だった。

紫の上がいても、自分の娘なら身分は彼女より、かなり上、

そして、今をときめく源氏ならば安心して、

娘を任せられると思ったのである。


源氏は朱雀院の内意を伝えられ、いったんは辞退する。

だが源氏の心のどこかに、まだ暗い情念の炎がくすぶっていた。

女三宮は死ぬほど恋焦がれた藤壺の宮の姪である。

しかも、器量が人一倍優れているという評判である。

源氏の心は動いた、が、心のどこかに引っ掛かりがあり気分が重かった。

自分一人を全てと思い、ずっと連れ添ってきた紫の上のことが気にかかる。

すべてを投げ捨て、新しい恋に生きるには、もう若くないのだ。

もうクイズになった日だまりの会話  和田洋子

そのうち身体もめっきり弱ってきた朱雀院は、先に出家。

女三宮の裳着をすませ、出家した朱雀院を見舞った折、

朱雀院は無理を承知で娘の後見になって欲しいと直接、源氏に申し出る。

そうなっては源氏も無下に断ることもできず、女三宮の後見を承諾した。

紫の上も朱雀院の婿選びの話をうすうす耳にしていたが、

まさか源氏が承諾するはずはあるまいいと、気にかけていなかった。

源氏はその日、紫の上の様子がいたわしく、どうしても言い出せなかった。

翌日、雑談に織り交ぜて、ことの次第を紫の上に報告をする。

ニンベンもリッシンベンも折れやすい  佐藤美はる

紫の上は高貴な人が妻に迎えいれられたら、自分はどうなるのか。

でも気丈に振る舞い、源氏を気づかう様子までみせる。

紫の上は、ことの深刻さを十分受け止めていた。

だからこそ、取り乱すわけにはいかない。

今までは秋好中宮といえども、紫の上には一目置いていた。

六条院の女主として、事実上の正妻の地位にいた。

だが、皇女である女三宮とでは身分が違いすぎる。

源氏はこれまでにも増して、こんな紫の上を愛しく思い、

「どうか、新しくやってくる女三宮とも仲良くやってほしい」

と頼むのだった。

カタカナ語お湯で戻してから喋る  森田律子


  玉鬘 若菜を贈る

新年を迎え源氏は40歳。

玉鬘がお祝いの席で食べる若菜を贈ってきた。

玉鬘が主催した源氏40歳の祝賀会が盛大に行われた。

玉鬘は髭黒との間に2人の子をもうけ、今はすっかり落ち着き源氏を祝う。

さらに紫の上、秋好中宮、冷泉帝の命令を受けた夕霧と、

他の3人が主催の40賀が開かれ、この年は合計4回、お祝いを受けた。

祝賀会の合間に、女三宮はやってきた。、

最初の三日間、源氏は女三宮と枕をともにする。

でも幼さに退屈するばかり、三日目には明け方早くに紫の上の所に戻る。

源氏が戻ると紫の上は、涙に濡れた袖をそっと隠した。

紫の上は源氏の抱擁を拒む、先刻まで女三宮と夜を過した源氏から、

今さら愛撫される屈辱には、耐えられなかった。

よそよそしくなったあの日のあの言葉  能勢良子

女三宮はいたって無邪気で、痛々しいくらい幼い。

まるで召し物のなかでうずくまっている感じで、体つきも弱々しい。

源氏に対しても、特に恥ずかしがるというわけでもなく、

幼子が人見知りしないといった有様である。

源氏はどうしても紫の上と比べては、溜め息をついてしまう。

朱雀院が西山に籠もると、源氏は紫の上と女三宮との板挟みの重圧から

逃れるように、里帰りしていた朧月夜に忍んで、久しぶりの再会を遂げた。

でも紫の上はそれもお見通し。

次第に源氏と紫の上の間に、どうにもならない溝が溝が生まれていく。

それはもはや埋めるべくもなかった。

分水嶺らしい雲海の真下  長島敏子

一方、入内した明石の姫は、今は東宮妃となり明石女御と呼ばれる。

早くも懐妊の兆しがあった明石女御が、里帰りして六条に戻ってきた。

紫の上にとって、明石女御は実の娘以上である。

幼い頃から手塩にかけて育ててきたのだ。

明石女御も紫の上を誰よりも慕っていた。

紫の上は明石女御に優しく話を交わし、さらに女三宮とも対面する。

女三宮は幼い様子なので、気兼ねもいらず、紫の上は母親のような態度で、

昔の血筋のことなど、自分の幼い日のことなども話した。

女三宮はなるほどお優しい方だとすっかり打ち解け、馴染むようになった。

この日以後、、2人がわだかまりもなく、付き合いはじめたので、

いつの間にか、悪い噂もたたなくなっていた。

源流は汚れを知らぬ一雫  菱木 誠


源氏 朧月夜に会う

年が替わって三月、明石女御は、東宮の男子を出産、

順調にいけば、帝になる運命の子である。

知らせを受けた祖父の明石の入道は、これで自分の夢は叶ったと、

深山に入り俗世と縁をきる覚悟を決め、これまで長年の間、
                    がんもん
願いを書いて神仏に奉ってきた願文をまとめ、明石の君へ送る。

明石の君はその手紙を明石女御に授ける。

明石女御は涙ながらにそれを受け取るのだった。

幸せな人からもらう長い文  新川弘子


柏木 女三宮を見る

同じ3月の頃、六条院に来ていた夕霧や柏木たちが蹴鞠を楽しんでた。

うららかな日和である。

少し疲れた夕霧と柏木が階段に腰をかけて休んでいると、

猫が一匹、
女君たちのいる部屋のほうに逃げていき、

御簾の紐をひっかけめくってしまう。


部屋の中は、几帳も寄せられていて丸見えになる。

柏木は、そこに女三宮の姿を見てしまう。

じつはこの柏木、玉鬘が姉とわかって求婚を取り下げてから、

女三宮の噂を聞き秘かに思いを寄せていたのだ。

今は源氏の妻となっているが、紫の上ばかりで源氏には、

女三宮など眼中にないと聞く。

柏木は女三宮の姿を見たことを運命と感じ、恋慕の情を深めていく。

おいしくはないが私を召し上がれ  みぎわはな

【辞典】  長寿を願う行事 (若菜と小松引き)

「若菜」とは新春に芽生えたばかりの草のことで食用になるものを指す。
当時は、この若菜を羹(あつもの)という吸い物などにして食べることで
長寿を願う風習がありました。

若菜は病気を起こす邪気を取り払ってくれると考えられていたのです。
だから玉鬘はこれを源氏に進上し長生きをしてくださいとの思いを伝えた。
「小松引き」も長生きを願う行事の事で、新年の一番初めにくる子の日に、
野原に出て、小さな松を引き抜いて遊ぶという行事。
「若菜さす 野辺の小松を 引き連れて もとの岩根を 祈る今日かな」
これは若菜に添えて、玉鬘が育ての親である源氏に贈った和歌です。

すがりゆけばやさしく注ぐ観世音  安土理恵

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切りはなす後ろ二両のさみしさを  清水すみれ


  54帖 藤葉裏

わが宿の 藤の色こき たそがれに 尋ねやはこぬ 春のなごりを

藤は雲井雁のこと。私の家の藤の花が美しく咲いております。
この美しい夕暮れに、春の名残りを尋ねて、どうぞおいでください。
暗に結婚の許諾の意味をこめる。

「巻の33 【藤裏葉】」

六条院の姫の入内の仕度で、だれも繁忙をきわめている時にも、

夕霧は物思いにとらわれて、ぼんやりとしていることが多い。

自身で自身がわからない。

どうしてこんなに執拗にその人を想っているのだろう、

これほど苦しむのであれば、伯父の内大臣が弱気になっているときに、

思い切って、昔の関係を復活させればよかった。

しかし、できることなら伯父のほうから「正式に婿として迎えよう」

言って来れる日までは、昔の雪辱のために待っていたい、と

煩悶しているのである。

雲井雁の方でも、洩れ聞く夕霧の縁談の噂に、物思いする日々が続く。

もしもそんなことになったなら、

永久に自分などは顧みられないであろう、
と思うと悲しかった。

一過性の恋よ輪郭ぼけてくる  山本昌乃

内大臣も夕霧を認めようとせず、2人に冷淡な態度をとり続けてきたが、

今も依然として娘の心が、その人にばかり傾いているのを知っては、

親心として、夕霧が他家の息女と結婚するのを坐視するに忍びなくなった。

話がどんどん進行してしまって、結婚の準備ができたあとで、

こちらの都合話を言い出しては、夕霧を苦しめることにもなる。

自身の家のためにも不面目なことになっては、世上の話題にされやすい。

秘密にしていても、昔あった関係はもう人が皆知っていることである。

何かの口実を作って、やはり自分のほうから負けて出ねばならない

とまで、大臣は決心するに至った。

菊日和亡くしたものはウツクシイ  太田のりこ


  藤見の宴

内大臣はどうにかして夕霧と和解したいと、その機会を求めていた。

大宮の三回忌に、内大臣は歩み寄りの姿勢をみせ、

4月のじめに、自邸の藤の花の宴に夕霧を招待することにした。

内大臣は夕霧の座席を整えると、気を遣うこと並一通りではない。

儀式ばった挨拶は短い目にして、すぐに花見の宴に移った。

内大臣は、思うところがあり、夕霧を酔わせようと杯をすすめる。

年重ね影がまあるくなってゆく   信次幸代

夕方になって参会者が次々に帰るころ、内大臣は大宮の健在だった頃を

偲びながら、春の末の哀愁の深く身にしむ景色を、ながめていた。

夕霧も「雨になりそうだ」などと退散して行く人たちの言い合っている声を

聞きながら、庭のほうばかり眺めている。

好機会であるとも大臣は思ったのか、

内大臣は酔った振りをし、夕霧に
杯をすすめながら袖を引き寄せて、

「どうしてあなたはそんなに私を憎んでいるのですか。

    今日の御法会の仏様の縁故で私の罪はもう許してくれたまえ。

    老人になってどんなに肉身が恋しいかしれない私に、

    あまり厳罰をあなたが加え過ぎるのも恨めしいことです」

などと言いだすと、夕霧は畏まって、

「お亡れになりました方の御遺志も、

    あなたを御信頼申して、
庇護されてまいるように

    ということであったように心得ておりましたが、


 なかなかお許し願えない御様子に今まで、御遠慮しておりました」

自問自答して今日も一日して暮れる  雨森茂喜

夕霧は、内大臣がどうしていつもと違った言葉を自分にかけてきのだろう

と、
無関心でいる時のない恋人の家のことでもあるから、

何でもないことも耳にとまって、いろいろな想像を描いていた。

やがて夕霧はひどく酔った振りをして、

「気分がわるくなって、とても我慢ができません。

    お暇するにも道中が危なくなってしまいました。

    どうか今夜はお部屋を貸していただけませんか」と言う。 

内大臣は


「柏木よ。部屋を用意してあげなさい。

   この年寄りは酔っ払ってしまって失礼ですから、もう引っ込むとしよう」

意を察して柏木は、夕霧をそっと雲井雁の部屋に案内をする。

夕霧は夢ではないかと思った。

雲居雁は前よりもずっと美しく成長していた。

傾げれば葉裏の紅も燃えている  徳山泰子

源氏は夕霧がいつもより輝いた顔をして出て来たのを見て、

内大臣邸であった前夜のことを悟った。

「根比べに勝ったなどと思ってはいけないよ。謙虚に有難いと思いなさい。

今度の態度は寛大であっても大臣の性格は、

生一本で気難しい点もあるのだからね」

と夕霧を諭すのである。

身の程の小吉でした 以下余白  佐藤美はる

さて明石の姫の入内は4月20日過ぎと決まった。

本来なら、後見役として母親が一緒に入るのが習わし、

そうなれば対面上は、母の紫の上が後見役である。

それを紫の上は実母の明石の君を後ろ身として付き添わせようと提案する。

実の親子がいつまでも離れていては可哀想と思ったのである。
            おおい
明石の君は、あの大堰での別れ以来、初めて成長した娘と対面出来た。

さらに後見役の入れ替わりの時には、

紫の上と明石の君が始めての体面を果たした。


2人は互いの美しさと教養の深さを認め合い、

これまでのわだかまりを綺麗に流し合った。

忘れるってうれしいことかもしれません  安土理恵


夕霧・雲居雁夫妻

夕霧は結婚、明石の姫は入内……源氏はもう心配はないと感じ、

昔から念願だった出家も本気で考え始めていた。

来年はもう40歳である。

その秋、源氏は准太上天皇の地位に上りつめ、内大臣は太政大臣に、

夕霧は中納言に昇進した。

そして夕霧は、雲居の雁と共に亡き大宮が住んでいた三条邸に移り住む。

さらに栄誉なことが待っていた。

冷泉帝が、前帝の朱雀帝と一緒に源氏の六条院を訪問するというのだ。

帝の外出は行幸といわれ、そこに前帝もやってくる。

六条院のもてなしでは、盛大に歌や舞が披露された。

そこで招待の太政大臣は、源氏こそ世の星だとその繁栄を讃えた。

秋の酒 自分を少し甘やかす  和田洋子

【辞典】 一般的に源氏物語は三つのブロックに分けられる。

その第一部の最後がこの藤裏葉の巻で源氏の青春期を描いている。
第二部は34~41巻まで。源氏40歳から52歳までの晩年で破綻して
いく愛情への苦悩や源氏の子供たちが織り成す恋愛模様が描かれる。
第三部は42から54巻まで。源氏は故人として登場。孫達の世代が繰り
広げる愛憎劇である。さて、一番華やかに見える一部が終わってしまうが、
この後のストーリーが源氏物語真骨頂の巻が多数揃って一層面白くなる。

終章は神に逆らうかも知れぬ  太田扶美代

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耳たぶもうなじもきっとナルシスト  美馬りゅうこ


 薫物 精製中の源氏

限りとて 忘れがたきを 忘るるも こや世になびく 心なるらむ

私のことは決して忘れないと言っていたあなたなのに、忘れられていく私。
きっとあなたの心も、この世に生きる普通の人と同じ儚さを持っているのね。

「巻の32 梅枝】」

光源氏39歳、明石の姫11歳の冬。

明石の姫の東宮への入内も間近に迫る。

それに先駆け1月末には、明石の姫の裳着も行われる。

源氏はその「裳着」の準備に余念がない。


六条院では、来客に贈る品や、入内の調度品などの準備をしている。
                   たきもの
なかでも香を楽しんでもらう「薫物」は、源氏自ら調合などするので、

女房たちはじめ紫の上も、競って香りのよい薫物づくりに励んでいる。

裳着の儀を明日に控えた梅の盛りの2月10日、

蛍宮が挨拶に来たのをいい機会に、宮を判者として薫物の品定めが始まる。

そして誰の薫物が一番いい調合か決めることになったが、

結局、
みんなそれぞれにすばらしいと勝負はつかない。

結論を左脳ばかりで出すなんて  森田律子

六条院ははそんななごやかな雰囲気のなかで、姫の裳着を迎える。

今回の腰結役には、源氏のたっての希望で、秋好中宮が務め華を添えた。

しかし実母の明石の君は、身分を考えて出席させてもらえない。

裳着の儀を行なう西の町へ、朝の8時頃に、源氏と紫の上と姫は入った。

中宮のいる御殿の西の離れに式の設けがされてあって、

姫のお髪上げ役の内侍なども、一緒である。

紫の上は、このついでに中宮にお目にかかり挨拶を交わす。

そこでは、中宮付き、夫人付き、姫付きの盛装した女房らが座し、

着飾った来客の数も多くいて、自然と式場は華やかに盛り上がってくる。

右股関節から水になるわたし  井上恵津子

儀式は12時に始まった。

ほのかな灯の光の中ではあるが、姫は大そう美しいと中宮は思った。

「お見捨てになるまいと期待して、失礼な姿をお目にかけました。

   これも後世の前例になろうかと、狭い料簡から密かに考えております。

   また尊貴なあなた様が、かようなお世話をくださいますことなどは、

   例もないことであろうと感激に堪えません」

と源氏の言葉に、中宮は、

「経験の少ない私が何も分からずにいたしておりますことに、

   そんな御挨拶をしてくださいましては、かえって困ります」

謙遜して喋る中宮の様子は、若々しく愛嬌に富んでいるのを見て、

源氏は、この美しい人たちが皆、自身の一家族であるという幸福を感じた。

家族の一人である明石が、蔭にいて、

この晴れの式に出れないことを、
悲しむ風であったのを哀れに思い、

こちらへ呼んでよろうとも源氏は思ったが、


やはり外聞をはばかって実行はしなかった。

思い当たる節に包帯まいておく  谷口 義

東宮の元服は20日過ぎにあった。

立派な大人になった東宮に、誰もが娘を後宮へ入れたい志望を持つが、

源氏が自信を持って、姫を東宮へ奉ろうとしているのを知っては、

強大な競争者のあるこの宮仕えは、返って娘を不幸にするのではないか、

と、
左大臣、左大将などもまた躊躇している。

これを源氏は聞いて源氏は、

「それではお上へ済まないことになる。

   宮仕えは多数のうちで、ただ少しの御愛寵の差を競うのに意義がある。

   貴族がたのりっぱな姫がお出にならないでは、こちらも張り合いがない」

東宮の元服後、すぐにも明石の姫が入内する予定だったが、

自分の姫の入内の時期を4月に延ばした。

これを聞き、左大臣が三女を東宮へ入れ、麗景殿と呼ばれることになる。

添え木して虚ろな愛を繋ぎ止め  上田 仁

これで源氏の方は、持参する調度品の準備期間が増えたと喜び、

巻き物や書などを揃えたり、姫の手道具類なども、もとからあるのにまた

新しく作り添えて、源氏自身が型を考えたり、図案をこしらえたりしては

専門家の名人を集めて、美術的な製作を命じたり、昔の宿直所の桐壺の

室内装飾などを直させることなどで、意義のある時間を費やしていた。

内大臣は、そうした明石の姫の動向を耳にするたびに、

娘の雲居雁の処遇を思い、気分が晴れない。

夕霧からはいまだ求婚されずに、中途半端な状態が続いている。

夕霧と話をつけたいと思うのだが、自分からは言い出せない。

泳ぐほど沖はだんだん遠くなる  寺川弘一

内大臣は、そんなこんなの悩みを愚痴るように雲居雁にこぼした。

「夕霧は冷たい人だよな…自分から言い出してくれればいいのに…

   別の縁談の話も噂されているし…」

それを聞いた雲居雁は思わず涙を流す。

夕霧は今も、密かに恋文を送ってくれているのだ。

雲居雁は今来た夕霧からの恋文の返事に、

夕霧の縁談の噂をきいてその恨み言を返して寄越してくる。

手紙を受け取った夕霧は寝耳に水。

何のことだかわからず、困惑するばかりだった。

のど飴が右の頬っぺにへばりつく  田口和代

【辞典】 薫物(たきもの)合わせ

薫物とは、各種の香木を粉にひいて、それを混ぜ練り合わせたもの。
主に衣服に香りをしみ込ませるために、これを焚いて用いた。
この調合方法には、代々秘伝として受け継いでいるものが多く、
この梅枝でも、源氏は人払いして、周囲に見られないように薫物をした
作っている。当時はそうした苦労して作った薫物の優劣を競う遊びが
流行り、薫物合わせと呼んだ。ここで品定めされたのは、女房たちの
作ったもののほかに、紫の上、花散里、朝顔、明石の君、そして源氏
が調合した薫物合わせだった。

すっぱさも尖りも青いレモンゆえ  永見心咲

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