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川柳的逍遥 人の世の一家言
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”あ”ですか いえ”ん”でございます  山口ろっぱ



撫子の どこなつかしき 色を見ば もとの垣根を 人やたづねむ

撫子のように美しいあなた。母である常夏の人を思い浮かべてしまいます。
あなたを見たら、内大臣はきっとお母さんのことを聞いてくることだろう。

「巻の26 【常夏】」

暑い夏。六条院の東の釣殿で、夕霧を相手に涼をとっていた光源氏を、

内大臣の息子たちが訪れる。

源氏は夕霧と雲居雁との一件が面白くない……そこで源氏は

「内大臣が行方知れずだった娘をみつけ、引き取ったという噂は本当?」

と内大臣の息子たちに問いかける。

息子たちは答え憎そうにしながら、それは本当の話で、

内大臣の夢占いに、「実の子が他人の子として育てられている」

という結果が出て、探すと名乗り出てきた娘がいるという。

「ならば、雲居雁との仲をお前は、お引き裂かれてしまったのだから、

   その娘にしたら」


と夕霧に言う風を装い、それは内大臣に向けての皮肉を言ったのだった。

落葉掃くこの楽しさは何だろう  笠嶋恵美子


納涼で夕霧や内大臣の息子らと談笑する源氏

内大臣と源氏は、大体は仲のよい親友なのだが、ずっと以前から

性格の相違が原因になったわずかな感情の隔たりがあった。

このごろはまた夕霧を侮蔑し、失恋の苦しみをさせている内大臣の態度に

腹に据えかねるものがあり、皮肉を吐いたのである。

夕暮れになって、源氏は一人玉鬘のいる西の対にでかけるので、

内大臣の息子たちも源氏を送ろうと、そちらのほうへ移動する。

ボサノバのリズムで源氏物語  くんじろう

源氏は玉鬘の御簾に入り、

「御覧なさい。内大臣の子息たちを連れてきましたよ」という。

「みんなあなたに下心を抱いているのです。

   あの方々は教養のある人たちですけど、特に内大臣の長男である柏木は

   こちらが気恥ずかしくなるほど、人柄が優れています」

玉鬘はそっと覗いてみた。

自分の実の弟たちなのだ。


夕霧は、こうした立派な人たちに混じっても、際立って美しい。

「うちの夕霧を嫌うとは、内大臣もどうかしている。

   約束しあった幼い同士の仲を長い間裂いて、内大臣の気持ちが情けない」

と言いながら、源氏は溜め息をついた。

玉鬘は実父と源氏との間に、こうした感情の疎隔があることを初めて知る。

そして親に逢える日が、まだ遥か遠いことと思うと悲しくもなるのだった。

耳たぶは秋の寒さになっている  河村啓子

一方、内大臣は、雲居雁のことが残念でならなかった。

源氏が玉鬘にしたように、雲居雁を使い公達をやきもきさせたかったのに、

そう思うと今さらながら悔しかった。

夕霧とはそれほど昇進しないうちは、結婚を許すまいと思うのだが、

その一方で父親の源氏が謝れば、

夕霧の雲居雁との結婚を許してもいいと思っていた。


だが、源氏も夕霧もさっぱりと結婚を申し込む気配を見せない。

それがますます内大臣を不愉快にさせるのだった。

内大臣には頭痛の種が、もう一つあった。

玉鬘の噂を聞くたびに、夕顔の娘が偲ばれてならない。

そこで夢のお告げに従い、柏木に捜すように命じたのだ。

名乗りでたのは、近江の君という娘だった。

気づかいを気づかれなくて気を落とす  大海幸生


近江の君を訪う内大臣

この近江の君という娘が、とんでもない田舎娘だった。

顔立ちはそれなりに愛嬌があり、元気があり余っている。

でも、おでこがとても狭いこと、突拍子もない言動、ものすごい早口、

内大臣は話しているだけでうんざりしてしまう娘なのだ。

折角、引き取っても不自由な思いをさせていることを気づかった内大臣に

「不自由なんて、そんな心配はありません。

   人よりも立派に見られたいと
考えているなら窮屈でしょうが、

   私などは、便器掃除の役でも何でも致します」


と近江の君が言うので、内大臣は思わず笑い出した。

「それは不相応な役目のようだ、あなたに親孝行の気持ちがあるなら、

   もう少しゆっくり喋ってもらいたいがね」

と内大臣は少しおどけて、にこにこ笑いながら言う。

ゴキブリをぴしっと決める女です  合田瑠美子

内大臣は笑ってはいるものの、やはり一番厄介なのは近江の君である。

そこで冷泉帝のもう一人の娘・弘徽殿に女房として使ってくれるよう頼む。

「今、女御が里帰りしています。ときどきそちらに参上して、

   女房たちの立ち振る舞いなどを見習いなさい」


と内大臣が言うと

「まあ、なんて嬉しいことでしょう。

   宮仕えのお許しさえいただければ、
水を汲み、頭に載せて運ぶことも

   厭わず、お仕えいたしましょう」


と、近江の君はすっかり上機嫌になり、もっと早口で喋り出すので、

内大臣はすっかり匙を投げてしまった。

何かあったらしい今夜の飲みっぷり  美馬りゅうこ

弘徽殿は、近江の君とはまだ会っていないので、

噂ほど変な娘ではないだろうと、
父・内大臣の頼みを受けてくれた。

近江の君は、

「いくら父上が、私を可愛がってくださっても、

   お姉さまが私を冷たく
なさったら、私の身の置き所がなくなるもの」

と言い、弘徽殿に手紙をだすことにした。

近江の君が、その手紙に添えた和歌は、


草わかみ ひたちの浦の いかが崎 いかであい見ん たごの浦波

届いた和歌を弘徽殿が目にすると、

「使ってもらえてうれしい」 

ということらしいのだが、文面も筆跡も変なのだ。


和歌のなんとなく分かる意味は、「いかであい見ん」だけである。

何とかしてお目にかかりたいということ。

その歌に彼女の知る限りの地名が詠み込んであり、

「ひたち」は常陸、
「いかが崎」は近江、「たごの浦」は駿河で、

要は支離滅裂の内容なのだ。


弘徽殿は、なんとも先が思いやられるのだった。

プーチンによく似た魚は釣りにくい  ふじのひろし

【辞典】 常夏

常夏の巻名は「撫子のとこなつかしき…」という和歌に由来する。
常夏は、玉鬘の母親、夕顔のこと。
内大臣は夕顔のことを「常夏の君」と呼んでいたのである。

二巻で内大臣が行方不明になった恋人・夕顔のことを語るくだりがある。
夕顔が、生まれた子どもを撫子にたとえ、内大臣に和歌を贈り、
内大臣はそれに
答え、夕顔を常夏にたとえ愛情を示している。

また「常夏」は、妻や恋人などを称して使われる言葉でもある。
内大臣は夕顔の撫子の言葉を受けて、常夏という言葉にかけて返歌した。
そして今、源氏は成人した夕顔の娘・玉鬘に向け撫子という呼び名を使った。
亡くなった母が自分の娘をたとえ、恋人に贈った呼び名である。
二巻でも内大臣は、行方不明になったこの親子を探していると、
源氏に告白している。


常識の波にただよう薄ぐもり  皆本 雅

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わたくしに似合う夕陽はどれですか  清水すみれ

 
    西の対

鳴く声も 聞こえぬ 虫の思ひだに 人の消つには きゆるものかは

鳴く声も聞かせず、あなたを照らして光る蛍は私と同じ思いなのでしょう。
人が消そうとしても、蛍の光と同じように私の思いは簡単には消せません。

「巻の25 【蛍】」
                たまかつら
光源氏からの告白を受けた玉鬘は、心が苦しくてたまらなかった。

実の父・内大臣のもとで、源氏から求愛されるならまだしも、

世間的な父親に想いを寄せられるなど「なんとおぞましい」と思っている。

最近では、熱心に求婚する蛍宮と結ばれるほうがいいと思うほど。

そんななか、例によって源氏が蛍宮からの恋文をチェックし、

なにやら侍女に色よい返事を出すよう指示をしている。

何となく、面白がっている様子なのだ。

玉鬘には、父親として見せるこんな態度の源氏と、愛を告げた人とが

同じ人物とは思えないくらい、彼の気持ちが理解できないでいた。

蜥蜴の青をまとう左半分  森田律子

色よい返事をもらった蛍宮は、その夜、早速、玉鬘のもとへ出かけた。

当然、御簾ごしの対面だが、蛍宮は熱心に玉鬘へ口説きの言葉を投げる。

そのときである。 

明かりの乏しい当時の室内に、突然ぱっと光が灯る。


慌てた玉鬘はとっさに扇で顔を隠すが、

蛍宮の目には彼女の横顔が焼きついた。


初めてみた玉鬘の美しさに、一層、心を揺さぶられるのであった。

一条の光に見えてあれは罠  平井美智子


その明かりの犯人は、夥しい数の蛍だった。

そしてその蛍を解き放ったのは源氏であった。

蛍宮を色よい返事で呼び寄せ、たくさんの蛍を仕込んでおき、

一斉に放したのだ。


優雅ないたずらだが、源氏はいったい何を考えているのか。

おしまいの一分間は笑いたい  吉川幸子

それからしばらく経って、梅雨の長雨がつづく頃、

源氏はまた、恋文チェックでもしようと思い、玉鬘もとを訪ねた。

六条院の女君たちは物語に熱中している。

田舎暮らしが長かった玉鬘も、見たこともないような物語の世界に触れ、

それを書き写したりして日々を送っていた。

源氏はそんな玉鬘を相手に「物語の虚構にこそ真実が宿っている」

という独自の物語論を説く。

惑星に帰ろう桃の種持って  藤本鈴菜


    夕 霧 模写 三田尚之)

その頃、夕霧明石の姫の子守で人形遊びの相手をしていた。

源氏は夕霧を紫の上には近づけないようにしていたが、明石の姫の許へは、

出入りを許していた。


自分が死んだ後、夕霧が後見になる際、気心も知り、

親しんでいたほうが都合がいいと考えたのだ。

源氏はこの二人の実の子を、大切に扱っていた。

夕霧は明石の姫と人形遊びをまめまめしくしながら、

時折、雲居雁と遊んだ頃を思い出し、涙ぐんでいる。

夕霧は雲居雁を忘れることがなかった。

だが彼女の女房から「六位風情」と軽蔑されたことが今でも、心が苛む。

梅雨空を剥がすと好きが溢れ出す  和田洋子     

もし夕霧が、雲居雁になりふり構わずつきまとっていたなら、

内大臣も根負けして、二人の結婚を許したに違いなかった。

あるいは源氏が頭を下げたなら、話は違っていたかもしれない。

だが、夕霧は何としても内大臣に理非を判断していただかねばと

心に決めていて、雲居雁にだけは並々でない恋心を抱きながら、

表向きは、一向に焦ったところを見せようとしない。

それがまた内大臣はしゃくに障るのである。

内大臣にはたくさんの子供たちがいたが、娘はそう多くない。

弘徽殿女御も中宮にと期待したが、秋好中宮に先を越され、

雲居雁も東宮妃にと目論んでいたが、夕霧の為に思い通りにならなかった。

脱皮への方程式が見付からぬ  松下和三郎


    競 馬

【辞典】 花散里への愛情

源氏物語の本文から割愛されたエピソードがふくまれています。
源氏が花散里と一夜を過ごす場面です。

この場面は、蛍の美しい光の映像をイメージさせる下りと、
源氏が観念的な物語
論を展開するくだりの間に挿入されているもの。
エピソードは、花散里のいる
夏町で馬術競技の催しが行なわれた場面から
始まります。 この催しには夕霧がたく
さんの友達を連れてきて、其々が
得意の馬術を競い大変盛り上がるものでした。

その夜、源氏は夏の町に残り、花散里の部屋に泊まります。
花散里は源氏にとって
心が和む大切な人である。
でも寝所をともにすることはありませんでした。二人は別々に
休みます。
花散里はいつも寝る場所である御帳台を源氏に譲り、
自分はその
側に几帳を隔てて寝むのです。
それほど頻繁に訪れるわけではない源氏と枕をともに
するのは、
恐れ多いこと。花散里はそんな謙虚な気持ちをもっている人なのです。

そういう相手だから源氏がここへ訪れるたびに、心が癒されるのでした。

花図鑑に載らない花がひっそりと  雨森茂樹

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せめてもの抵抗 わら半紙のつぶて  和田洋子


  54帖 胡 蝶

花園の 胡蝶をさえや 下草に 秋待つ虫は うとく見るらむ

花園に舞っているこの美しい胡蝶を見ても、下草に隠れて
秋を待っている虫は、つまらないと思うのでしょうか。

「巻の24 【胡蝶】」

三月、光源氏は六条院の池に舟を浮かべ披露する催しを開いた。

大勢の客を呼び、舟の上では演奏も行なわれ、この世とは思えぬ華やかさ。

舟は春の町から続く池を通り秋の町へ。

秋好中宮も美しさに感無量の体である。

きらびやかな余韻を残したまま、秋好中宮が開く御読経の日もやってきた。

僧侶を招きお経を読んでもらう会にも、大勢の貴族たちが集まった。

六条院の秋の町は、今度は荘厳な雰囲気に彩られる。

紫の上は、この会に桜と山吹の美しい春の花を献花した。

蝶と鳥の衣装をまとった少女たちに、

花を運ばせるという優美な演出も加えた。


祝宴のどこかに雨が降っている  河たけこ

さて、六条院に引き取られた玉鬘も、ここに来て早数ヶ月。

邸の雰囲気にも慣れ、徐々に垢抜けしていって生来の美しさが輝いている。

今や夏の御殿の西の対には、非の打ち所のない美しい姫がいて、

源氏が大切にかしずいているという。

噂はすぐに広がり、誰もが我こそこの姫の婿にと胸を焦がしていた。

玉鬘は親しみやすい性格で、誰もが好意を抱いた。

紫の上とも手紙のやりとりをするほどである。

昨日まであなたでしたね再生紙  河村啓子

ただ源氏の苦悩は深かった。

玉鬘に思いを寄せる人が多いほど、婿を決めかねていたし、

きっぱりと父親として振舞えそうになく、

いっそ内大臣に打ち明けて妻にしようかとも思ってしまう。

夕霧は自分の実の妹と信じ込んでいるから、遠慮なくしてくるが、

事情を知っている玉鬘の気持ちは複雑である。

内大臣の子たちは、まさか自分の妹とも知らず、夕霧に仲介を頼んでいる。

そのたびに玉鬘は困り果て、内大臣の娘であることを公にして欲しい

と源氏に願うが、口には出来ず、ひたすら源氏の言うがままに従っている。

もしもなんて甘い事言う頭陀袋  北原照子



実際、玉鬘は困り果てていた。

彼女のもとにラブレター(懸想文)が届くたび、


源氏はそれらの手紙をチェックして、どのように返事を出したら良いのか、

アドバイスをするまでになっている。
                                         ひげぐろ
なかでも熱心なのが、源氏の腹違いの弟・蛍宮と実直な右大将の鬚黒

そして内大臣の息子・柏木の三人である。

「幼い頃から親などないものと過ごしておりましたので、

   途方に暮れています」
と玉鬘が言うと、それに源氏は、

「それなら私を実の親と思ってください。私の並々でない気持ちが

   どれほどのものなのか、どうか見届けてくれないでしょうか」

と、本心を諸には言えず、時々意味ありげな言葉を話の中に挟みこむ。

玉鬘はそれに気付かないので、源氏はいつも溜息ばかりをついてしまう。

ため息で紙風船をふくらます  嶋沢喜八郎

一雨降った後の物静かな黄昏時、源氏は、庭を見ながら玉鬘を思い出し、

いつものようにこっそり西の対に出かけていく。

しばらくは、たわいない話をしていたのだが、ふと見た玉鬘の横顔に源氏は、

「はじめてお会いしたときは、こうまで似ているとは思わなかったけど、

   この頃では不思議なほど似ていて、

   母君ではないかと見間違えそうなときがあるのです」

と、涙ぐみながら言い、

「あの方をいつまでも忘れられず、慰めようもなく過ごして来たのですが、

   こうしてあの方にそっくりのあなたに出会って、夢のようです」

源氏は心の衝動を抑えられず、源氏は玉鬘の手を取った。

そして源氏はそっと召し物を脱ぎ、玉鬘の横に添い寝をするのだった。

駄目もとで一寸ちょっ介出してみる  吉岡 民

玉鬘は源氏の豹変に驚くばかり、そして後から後から涙が溢れてくる。

無垢な玉鬘は知らず知らず、拒否の態度をとってしまう。

源氏は「まさかそれほど嫌われているとは、思わなかった」

と溜め息をつき、「ゆめゆめ今日のことは、誰にもいわないように」

とだけ言い残して立ち去っていく。

玉鬘は、今まで男女関係の経験がまったくなかった。

男と女にこれ以上の接し方があるなど、夢にも思わなかった。

そして誰もが源氏が親代わりに、親切に世話をしていると信じ込んでいる。

寄り添っているのに影に無理がある  三村一子

翌朝、源氏から手紙が届く。

「何もかも許しあって共寝をしたわけではないのに、

   どうしてあなたは意味あり顔でなやんでいるのでしょう」

返事を書かないのも女房たちの手前、具合が悪いので玉鬘は、

「お手紙拝見しました。気分が悪いので、返事は書きません」

とだけ書いた。

源氏はいったん自分の思いを打ち明けたあとは、嫌われようが、

遠慮することなく、直接かき口説くことが多くなった。


玉鬘は追いつめられた気分になり、ついに病気になってしまう。

神は何故ヒト科に涙与えたか  みぎわはな

【辞典】 玉鬘に恋慕する三人の恋文

源氏の異母弟である蛍宮は、源氏に仲介を頼りに、恋文を書き綴る。
内容は、心を寄せてからまだ日も浅いのに、「早く思いをとげたい」と
いうような拙速にはしり、つらつら愚痴を書き連ねている。
次に鬚黒、名の通り鬚ずらの浅黒い顔はいかめしいが、性格は実直。
「恋の山路で孔子も転ぶ」という諺のように、切々と自分の思いを伝えた。
最後は、内大臣の息子・柏木。源氏の評価もかなり高い真面目な人物。
彼は、綺麗な紙を丁寧に小さく結んだものに、見事な筆跡で今風の洒落た
文面を贈った。
三人の恋文を見た源氏が一番高いポイントを柏木の手紙だった。

どちらかの男に丸をつけなさい  嶋沢喜八郎

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ふり向かぬあなたころしていいですか みぎわはな


  明石の姫と源氏

年月を まつにひかれて 経る人に 今日うぐいすの 初音きかせよ

長い年月あなたの成長を待ち続けているのです。
せめて今日は、年の初めの初音を聞かせてください。

「巻の23 【初音】」

光源氏36歳、六条院で迎える初めての新年。

元旦の空は雲ひとつなく晴れ渡り、
紫の上がいる春の町は、

梅花の香も御簾の中の薫物の香と紛らわしく漂い、

まさにこの世の極楽浄土のように輝いている。

さすがにゆったりと住みなしているのであった。

女房たちも若いきれいな人たちは、姫君付きに分けられて、

少しそれより年の多い者ばかりが、紫の上のそばにいた。

彼女らは、上品な重味のあるふうをして、あちらこちらに一団を作り、

鏡餠なども取り寄せて、今年じゅうの幸福を祈るのに興じ合っている。

朝の間は参賀の人が多くて騒がしく時がたったが、

夕方前になって、源氏は他の夫人たちへ年始の挨拶に出かけていく。

カーブする度にきれいになるあなた  八木侑子


まず最初に明石の姫のもとをを訪れる。

明石の姫は、童女や下仕えの女と前の山の小松を抜いて遊んでいる。
                        ひげこ
北の御殿からいろいろときれいな体裁に作られた菓子の髭籠と、
    わりご
料理の破子詰めなどが贈られている。

よい形をした五葉の枝に作り物の鶯が止まらせてあって、

それに手紙が付けられてある。

娘を思う気持を表した歌である。

今日だにも 初音聞かせよ 鶯の 音せぬ里は 住むかひもなし

と書かれてあるのを読んで、源氏は身にしむように思った。

正月ながらも、こぼれてくる涙をどうしようもない。

そして源氏は、明石の君のつらさを思い、姫に返事は自分できちんと

書くように諭し、、硯の世話などをやきながら返事を書かせた。

引き分かれ 年は経れども 鶯の巣立ちし 松の根を 忘れめや

褒めて育てるナイーブなピアノ線  吉松澄子


次に夏の町の花散里の部屋を訪れる。

夏の夫人の住居は、時候違いのせいか非常に静かであった。

わざと風流がった所もなく、品よく、花散里の家らしく住んでいる。

源氏と夫人の二人の仲にはもう、少しの隔てというものもなくなって、

徹底した友情というものを持ち合っていた。

また、容姿は大分老けたように見受けられたが、

源氏はつくろわないそんな彼女を愛おしく感じるのである。

親しい調子でしばらく話していたあとで、西の対のほうへ源氏は行った。

やさしくていつも無害で居るあなた  森 廣子    

続いて玉鬘

玉鬘がここへ住んでまだ日の浅いにもかかわらず、

西の対の空気はしっくりと落ち着いたものになっていた。

若い女房など大勢いて、室内の設備などはかなり行き届いてはきているが、

まだ十分にあるべき調度が調わないままにも、感じよく取りなされてある。

玉鬘自身もはなやかな麗人であると一見して感じさせ、

過去の暮らしの
暗い陰影というものは、

どこからも見いだせない輝かしい容姿を見せていた。

源氏は玉鬘を苦しい生活から救い、父親として引き取ったつもりが、

その美しさに惹かれる自分の気持を危うく感じるのだった。

そして、そんな自分の気持を隠すように、源氏が、

「私はもうずっと前からあなたがこの家の人であったような気がして

   満足していますが、あなたも遠慮などはしないで、

   私のいるほうなどにも出ていらっしゃい。

   琴を習い始めた女の子などもいますから、その稽古を見ておやりなさい。

   気を置かねばならぬような曲がった性格の人などはあちらにいませんよ。

   私の妻などがそうですよ」と言うと、 

「仰せどおりにいたします」 と玉鬘は言っていた。

もっともなことである。


下心ありあり語尾が裏返る  嶋沢喜八郎


明石の姫の和歌を紐解く

もう日も暮れかかった頃、源氏は冬の町の明石の君を訪れた。

居間に近い渡殿の戸をあけた時から、もう御簾の中の薫香のに匂いがして、

気高い艶な世界へ踏み入る気がした。

居間には明石の姿は見えなかった。

見まわして見ると、書の道具などが使われたまま放っておかれている。

あちこちには、手習い風の無駄書きの紙が散らばっている。

中に、くずした漢字を使わず、感じよく上手に書かれてあるものがあった。   
   

娘から来た鶯の歌の返事に興奮して、身にしむ歌が幾つも書かれている。

谷の古巣を訪ねてくれたとは……

珍しや 花のねぐらに 木づたひて 谷の古巣を とへる鶯

やっと聞き得た鶯の声というように悲しんで書いた。  横にはまた、

梅の花 咲ける岡辺に 家しあれば 乏しくもあらず 鶯の声 

と書き自らも慰めている。

源氏はこの手習い紙をながめながら、微笑んでいた。

源氏は新春の第一夜をここに泊まることは、紫の上を腹だたせることに

なるかもしれぬと思いながら、そのまま寝てしまった。

六条院の他の夫人の所では、この現象は明石の君がいかに深く,

愛されているかを思わせるものであると言っていた。

まして南の御殿の人々はくやしがった。

忙しい中からひとときを摘む  立蔵信子

源氏は、ようやく曙ぐらいの時刻に南御殿へ帰った。

「こんなに早く出て行かないでもいいはずであるのに」と、

明石はそのあとで、やはり物思わしい気がした。

そして二条東院に住んでいる空蝉末摘花のもとへは、

正月も数日経ってから源氏は訪れた。

末摘花は相変わらず世慣れしない対応で、少し源氏は困惑する。

出家して尼となった空蝉とは、

かつて自分から逃げていったことを思い出し
昔話などをして帰る。

またこの正月は、男踏歌があり。

男衆が行列をつくって、地を踏み鳴らし祝歌を歌う行事で、夕霧も参加。

源氏は息子の成長ぶりを頼もしく思うのだった。

午前0時に潜水艦で帰宅  井上一筒


 正月を寿ぐ女たち

【辞典】 ストーリーの行方

玉鬘十帖は、夕顔の遺児・玉鬘が物語を動かす中心的な役割を担っていく。
もう一つの特徴は、源氏の息子たちの世代の恋物語が描かれるていくこと。
六条院の完成で、栄華の頂点を極めた源氏が、自分自身の恋愛遍歴から、
親として子ども世代の恋にちょっかいを出すというストーリーになっていく。

移り香の虜に源氏物語  江本光章

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釣針のかえしのようなアイロニー  井上恵津子


 54帖 玉鬘

恋ひわたる 身はそれなれど 玉かづら いかなる筋を 尋ね来づらむ

夕顔を恋する私の気持は今も変わらないけれど、あの娘はどんな筋を
辿って私のところに来たのだろう。まるで玉鬘の糸をたぐったこのように。

これより「藤裏葉」までの12巻は光源氏の栄華と影のページになります。
そして「玉鬘」から「巻の31【真木柱】までの10巻を「玉鬘十帖」といい、
全編に玉鬘を出演させ、紫式部は、彼女を絶世の美女に仕立て上げます。
さて、その本文に入る前にちょっとおさらいを。
玉鬘の母・夕顔が始めて登場したのは、巻の2の頭中将の思い出話です。
そして、続く4巻の夕顔に、源氏に名を明かさない謎めいた女として登場。
人の住まぬ荒れ果てた邸での逢瀬の最中、夕顔は物の怪に襲われ死去。
このとき腹心の惟光が、主人に変な噂がたってはいけないと夕顔を隠密に
葬ったのでした。

「巻の22 【玉鬘】」

光源氏が、忍ぶ逢瀬の最中、夕顔と離別したのは17歳のとき(巻の4)
                     たまかずら
せめて、行方知れずの夕顔の娘、玉鬘だけでも見つけたいと考えていた。

かつて夕顔の女房だった右近を、紫の上の女房として使っているのも、

夕顔が忘れられないからである。

その玉鬘は、いつの間にかいなくなった母・夕顔の死も知らず、

乳母に連れられ、都を離れて暮らしていた。

もともと玉鬘は、内大臣(頭中将)と夕顔との間に出来た子だから、

乳母はそんな高貴な姫を大切に守り、育ててきたのである。

そしていつかは玉鬘を連れて都に戻らなくてはと考えて暮らすうち、

玉鬘は20歳を超え、美しい女性になっていた。

恋う人の街を通って来た時雨  原 洋志

その美しさは世間の評判で、結婚を願う恋文は後を絶たない。

でもいつかは都に戻ると考えていた乳母は、

「この娘は器量は人並みだが、体に欠陥があり、

そのためどなたとも縁づけず、尼にして一生面倒をみてやるつもりです」

と言いふらし、玉鬘を守った。

乳母の娘や息子たちは、それぞれ土地の者と結婚していく。

乳母は心の中では上京を急いてはいるが、現実は簡単なものではなかった。

玉鬘は分別がついてからというもの、自分の薄幸を嘆くばかりだった。

父にも会えず、母の行方も分らないまま、この田舎で一生を終えるのかと。

長かったねえと曲線は語りだす  田口和代

そこに「病気も平気、オレが治す!」と言って乗り込む無骨者が現れる。
                たいふのげん
地域の人々が恐れる豪族・大夫監である。

乳母には3人の息子がいるが、うち2人は大夫監に取り込まれている。

そのうちの一人が、

「この国で大夫監に睨まれたら、暮らしていけなくなります。

   尊い血筋だと言ったところで、父から子としての扱いを受けず、

   世間に埋もれているのでは、どうしようもありません。

   また逃げ隠れしたところで何の得にならないどころか、

   あの人が怒り出したら何をされるかわかりません」

と服従するのが得策と切り出した。

薄墨に一陣の風来て そして  徳山泰子

乳母は大変なことになったと聞いていたが、長男・豊後介

「この上は亡き父の遺言に従いここを抜け出し、姫を都へお連れしよう」

と言う意見をいれ、夜中に船で逃げ出すことにする。

豊後介は、玉鬘のため、仲のよかった兄弟と仲違いをし、

家族も見捨てていかねばならない。

姉娘は家族が多くなっているので、見捨て出て行くわかにはいかない。

妹のほうは、兵部の君と呼ばれているが、

長年連れ添った夫を捨てて、姫のお供をすることに決めた。

もうそこに沖が来ているではないか  河村啓子


玉鬘 八幡宮参り


都についた一行は、九条に昔知り合いだった人が住んでいたのを訪ね、

身分の卑しい人たちに混じって、暮らしはじめた。

世を嘆きながら、夏が過ぎ、秋になったが、何一つ事態は好転しない。

こんな生活はいつまでも続けられぬと、神仏にすがるため、

一行は、岩清水八幡宮にお参りに行くことにした。

くぐってもくぐってもおしなべてこの世 和田洋子

さらに長谷寺がご利益があると聞くと、早速お参りすることにする。

徒歩の方がより効果があると思い、玉鬘も無我夢中で歩いた。

どれだけ歩き続けただろうか。

自分の足でそれほど歩いたことがなかったので、足の裏が痛くなって、

歩くことができない…そこで休みをとることにした。

そこで、偶然にも夕顔の侍女だった右近と出会う。

何はともあれ蛸の足に違いない  山口ろっぱ

今でも夕顔が忘れられない右近は、

年月が経つにつれ、どっちつかずの
お勤めがそぐわなくなって、

八幡宮にたびたび参詣していたのだ。


右近に対面して乳母はすがるように尋ねる。

「お方様はどうなさったのですか。夢でもいいから、

   どこにいらっしゃるのか知りたいと、ずっと念じ続けていたのですよ」

右近はどう答えていいのか分からず、

「お方様はとうにお亡くなりになってしまったのです」 とだけ答えた。

そして乳母もまた、これまで苦しんできた自分たちの境遇を右近に伝える。

そこで右近は、後ろのほうに控えている姫のほうを見る、

粗末な旅姿ながら美しい人がいる……右近は胸が潰れる思いがした。

伏線は猫のシッポに違いない  立蔵信子

その後、源氏の邸に戻った右近は、すぐにことの次第を源氏に報告する。

源氏は喜び勇み、玉鬘を六条院に養女として迎え入れ、

実父の内大臣にはこれを知らせず、花散里に後見を依頼した。

玉鬘にしてみれば、

なんで父でもない源氏に面倒を見られなければならないのか、


しかも、源氏は父である内大臣に会わせようとしない。

源氏の親切に感謝はしているけれども、

玉鬘の胸の奥深いところに、漠然とした不信感が芽生えてくるのだった。

傘立ての中で三幕目をさがす  前中知栄


平安時代の貴族の衣装

【辞典】

玉鬘を迎えたその年の暮れ、源氏は妻や恋人たちに着物を贈ります。
それぞれの性格や容姿にあった色や柄の衣装を選び贈るのである。
贈る相手は何人もいるので、整理しておくと、六条院には正妻の紫の上、
明石の君、花散里、そして今回やってきた玉鬘がいる。
さらに二条東院には、あの赤鼻の末摘花、出家した空蝉がいる。
源氏はそれぞれに贈る衣装を選んでいくが、それを見ていた紫の上は
着物の色や柄などから、彼女たちの姿や性格を想像し、嫉妬心にかられる。
なかでも機嫌を損ねたのが、明石の君に選んだ白と紫の組み合わせ。
白い小袿(こうちき)に濃い紫を重ねたもの。
気品が高く、源氏が明石の君をどれほど大切にしているのかが分かり、
紫の上は悔しい思いにかられるのである。
 ここでついでに、源氏物語の中で、美人度のコンテストをしてみたら。
1位 玉鬘 2位 紫の上 3位 明石の君 4位 藤壺 5位 桐壷更衣となる。
紫式部が描く、玉鬘は別格の美しさなのである。

夢を追う女は罪な色を選る  上田 仁

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