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川柳的逍遥 人の世の一家言
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そこはかと陽炎追うてゆく月日  佐藤美はる


源氏54帖 藤袴

おなじ野の 露にやつるる 藤袴 哀れはかけよ かごとばかりも

野原の露に濡れている藤袴です。
まるで同じ祖母を亡くし、同じ喪服を着ているあなたと私のよう。
せめてほんの少しでも結構です。優しさをみせてください。

「巻の30 【藤袴】」
       ないしのかみ
玉鬘を誰もが尚侍として出仕することを薦める。

彼女の心は迷い揺れ動いている。

親のように頼っている源氏の君ですら、気が許せない世界だから。

玉鬘は悩んでいるのである。

あの美しい冷泉帝のもとで奉仕できるなら、こんな幸せなことはない。

でも、それは玉鬘の姉妹でもある弘徽殿女御や、

同じ源氏の養女である秋好中宮と寵愛を競うことになりはしないか。

でも六条院にいても、素性を明かしたあと、

大胆になる源氏の恋のささやきにも耐えられないのに、

尚侍を断ってしまえば、源氏の愛情を拒みきれなくなってしまうだろう。

ただでさえ、人から疑いをかけられているこの関係を、

きっぱりと清算できないものか。

ため息つけば水面の月も揺れている  大海幸生

さりとて実の父である内大臣は、源氏に遠慮して、

自分から動こうとする様子もなく、頼れそうにもない。

行くにしても残るにしても、どの道つらい運命が待ち構えている。

いっそのこと、すべての煩わしい人間関係を絶ってしまいたい。

誰にも相談ができない。

誰も傷つけたくない…たった一人で苦しみ抜くしかないのだ。

玉鬘は自分の数奇な身の上を嘆いては、

縁側にでて胸に染み入る夕暮れの景色を眺めるのだった。

行方不明になった私の青い空  岡谷 樹


藤袴を御簾に滑りこませる夕霧

3月になり、大宮が亡くなる。

玉鬘は大宮の孫として、喪に服している。


そんなところへ、鈍色の衣装を着た夕霧が源氏の使いとして訪ねてくる。

今まで姉妹だと思って親しくしていた仲なので、女房などは介さず、

御簾越しに直接、会話を交わし、事務的な話を済ませると

夕霧は、
懐に用意していた藤袴の花を御簾の中に滑りこませて、

「この花も今の私たちにふさわしい花ですから」

と言って、玉鬘が受け取るまで、花を放さずにいたので、

玉鬘がやむをえず手を出して取ろうとする袖を夕霧は引き、

「おなじ野の 露にやつるる 藤袴 哀れはかけよ かごとばかりも

   姉ではないと分かった今、自分の気持ちを伝えたい」

と心の内を告白する。

うんざりした玉鬘は、適当に受け流し、奥に引っ込んでしまう。

擦れ違う風に膝げりされました  合田瑠美子

夕霧は自分の行動を後悔した。

そして源氏のもとに引き返し、玉鬘の処遇について父を問い詰める。

「内大臣は内輪ではこう言っているそうでございます。

   六条院では他にいっぱいの姫君がいて、そうした方々と玉鬘を

   同列に扱うことが出来ないから、私に押し付けたのだ。

   帝の寵愛と関わらない形で宮仕えをさせておき、

   実質は自分のものに
しようとする。実に頭のいいやり方だと」


「ずいぶん邪推したもんだね。そのうちはっきりするだろう」

と源氏は否定するが、夕霧は疑いを捨てきれない。

一方で源氏は,

「内大臣はよくもその魂胆を見抜いたものだ」と思うのだった。


みずうみのふかさをきつく詰問す  清水すみれ

玉鬘の宮仕えを前に、髭黒をはじめ沢山の男性から恋文が殺到していた。

髭黒は2人の大臣に次いで帝の信任が厚く、

しかも東宮の後見になろうかとしている人である。

年は32、3歳。北の方は式部卿宮の長女で、紫の上の実の姉にあたる。

もし玉鬘の相手に髭黒を選んだら、式部卿宮に恨まれることになる。

しかも北の方は物の怪に取り憑かれていて、髭黒は別れたいと思っている。

源氏は髭黒との結婚をあまり好ましく思っていない。

一方の内大臣は、玉鬘が宮仕えをしたら、娘の弘徽殿と寵愛を争うので、

いっそのこと、髭黒なら都合がいいと考えていた。

もう恋はしないと言えば月笑う  笠原道子

【辞典】  尚侍(ないしのかみ)

尚侍という役職。中宮、女御など帝の夫人たちが住む後宮には、
事務仕事を
行う12の部局がある(後宮12局)。その中の一つで、
帝の近くに仕え、帝の
判断を仰いだり、言葉を皆に伝えたり、
女官の管理をしたりといった仕事
を行うのが「内侍司」(ないしのつかさ)
という部局である。
そして玉鬘が任官されようとする「尚侍」とは、
この内侍司という部局の「長官」になる。

 源氏は冷泉帝の意向もあり、玉鬘を宮廷の中でも位の高い尚侍として
宮仕
えをさせようと考えた。当初、玉鬘は後宮の事務仕事を司る女官で
あれば、
色恋の沙汰なく暮らせると思っていた。だがよくよく考えると、
尚侍といえども
帝の寵愛を受ける例は多々ある。尚侍は女御や更衣に準
ずる位なのである。
玉鬘の迷いは、そんなところにもあったのだ。

生ぬるい風はあなたの吐息かも  合田留美子

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とりあえず午後から雲の動くまま  山本昌乃


    行 幸

恨めしや 沖つ玉藻を かづくまで 磯がくれける あまの心よ

恨めしくおもいますよ。玉藻のような衣装をつけるこの日まで、
私から隠れていたあなたの心を

「巻の29 【行幸】」

年の暮れ、冷泉帝の行幸に多数の貴族が随行し、見物人も大賑わい。

玉鬘も例外でなく車で見物に来ていた。

生まれて初めて父である内大臣を遠くから眺めた。

たしかに堂々として立派と思うのだが、玉鬘の心は不思議と動かない。

一人の人に釘づけだったのだ。

これほど美しい人に出会ったことがなかった。

大勢の人が競って着飾っていたが、御輿の帝の端正さには比べようがない。

源氏の顔立ちにそっくりだが、若くて瑞々しくひときわ威厳を放っている。

玉鬘はすっかり魅せらてしまった。

玉鬘は、源氏が勧める宮廷の宮仕えも、まんざらでもないと思えてきた。

雑魚盛って今日一日の笑いとす  河村啓子

明くる日、源氏は玉鬘に

「昨日、帝をご覧になりましたか。

   宮仕えの件、その気になりましたでしょうか」


玉鬘は心中を見透かされたようで、思わず笑い出した。

源氏は玉鬘が宮仕えするなら、まず「裳着の儀式」が済んでからと考えた。

玉鬘は九州の田舎で暮らしていたため、

もう23歳になろうとするのに、
裳着を済ませていなかったのだ。

そのためには源氏は、玉鬘の素性を内大臣に明らかにする必要を感じた。

そこで裳着の式の腰結という大切な役を、内大臣に頼むことにした。

そして早速、手紙を認めた。

さりげなくマンドラゴラは調理せよ  山口ろっぱ

だが内大臣は、その依頼を大宮の病気を理由に断りを入れてきた。

大宮の病状は芳しくなく、夕霧が夜昼なく三条宮に詰めている。

内大臣が大宮の病気を理由にするなら、それを逆手に取ろうと考えた源氏。

大宮の病気を見舞ったついでに、玉鬘を引き取った経緯を打ち明ける。

そして、大宮に内大臣への仲介を依頼すると、大宮は快く聞き入れ、

「源氏の大臣が直接あなたにお耳に入れたいことがあるそうです。

   早々に邸に来てください」 

と内大臣へ手紙を書いてくれた。

空耳だろうか誰かが呼んでいる  雫石隆子

母・大宮からの手紙を受け取った内大臣は、

「何事であろう。夕霧と雲居雁のことだろうか」 

と勘ぐり、

「源氏が泣きついてきたら断れまい。いっそのこと、適当な機会があったら、

   先方の言葉に折れたという格好にして、承諾することにしよう」

と思う。

ところが、いざ久しぶりに源氏と対面すると、不思議と懐かしさばかりが

込み上げ、
差し向かいになると、昔の思い出が次々と浮んでくるのだった。

ふっと吐く身内の鬼を出したくて  岡谷 樹

源氏は頃合いを見計らって、玉鬘の件を話し出しと、内大臣は、

「まったく感の堪えない、またとないお話でございます」

と涙ぐみ、裳着の件を快く承諾して、帰っていった。

2月26日、玉鬘の裳着の儀が行なわれた。

大宮や秋好中宮をはじめ、六条の方々からも祝いが届き、盛大を極めた。

内大臣は当日、玉鬘に会いたいものと、早々と六条院に参上している。

亥の刻に御簾の中に入る内大臣も、玉鬘の顔を見たいと思うが、

気持ちばかりが高ぶって、腰紐を結ぶ時には感極まって泣いてしまった。

内大臣は涙ながらに腰結の役をこなし、玉鬘に(巻頭)歌を詠んだ。

うらめしや 沖つ玉藻を かづくまで 磯隠れける 海人の心よ

愛がある戦いがある男の手  赤松蛍子

父のこの歌に答えるのが、通例ではあるが、玉鬘は緊張して声が出ない。

そこで内大臣の歌への返歌は、源氏が代わりに詠んであげるのだった。

寄辺なみ かかる渚に うち寄せて 海人も尋ねぬ 藻屑とぞ見し

(寄る辺がないので、このようなわたしの所に身を寄せて、
    誰にも捜してもらえない気の毒な子だと思っておりました)

こうして裳着の儀は無事に終えて…、

柏木は玉鬘に密かに想いを打ち明けたことを今になって、恥ずかしく思った。

弁少将「自分は思いを打ち明けないでよかった」小声でつぶやいた。

蛍宮「裳着をお済ませになった今は、断りの口実もなくなったのだから」

と熱心に訴える。

内大臣は、ちらっとしか目にすることが出来なかった玉鬘の姿を、

ぜひもう一度はっきりみたいと、かえって恋しく思うのだった。

手放したいもののひとつに腕時計  下谷慶子

【辞典】 裳着

裳着とは女子が初めて「裳」をつける儀式のこと。
裳は腰の後ろ側で表着の上に着用するもので、
内大臣が玉鬘の顔をチラッとしか見れなかった理由がわかる。
男子の成人式である元服の年齢が定まっていないように、
この裳着も同じで、多くは結婚の相手が決まったときや、
結婚するという見込みがあるときに行なっていた。
源氏は玉鬘が宮中に入ることを前提に裳着の儀式を行なった。
この噂を耳にした近江の君が「同じ境遇で同じ内大臣の娘であるのに…」
と泣きながら、へらず口をつらつら並べたことは言うまでもない。

邪魔くさいものね女であることは  加納美津子

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秋の空小さな嘘が恥ずかしい  雨森茂樹


       野  分 (土佐光吉)

おほかたに 荻の葉すぐる 風の音 うき身ひとつに しむ心地して

ただ普通に荻の葉を過ぎていく風の音。大した音ではないのに
つらい私の身の上には、それが心に深く染み入ってくる気がします。

「巻の28 【野分】」

秋も深まり、都に激しい野分が吹き荒れる。

草木は倒され、室内を目隠しする御簾も煽られ、人々は大わらわである。

春の御殿でも暴風が、庭木の枝をあちこちにしならせて、

一滴の露もんこらぬほどに、
吹き散らしている。

紫の上は、それが心配で縁側近くまで出て、眺めている。

光源氏は、明石の姫のことが心配でそちらのほうに行っている。

そんなところへ夕霧が、風の見舞いのために春の町にやって来た。

源氏は自分と同じ過ちを犯されては困ると、

夕霧を紫の上から遠ざけていた、が。


そこで夕霧は、紫の上のすがたを見かけてしまうのである。

錯覚でしょうか風が止まっている  小池桔理子

夕霧は紫の上を一目見て、すっかりと心を奪われてしまった。

その魅力は自分にも降りかかってくるほどである。

父である源氏が自分を紫の上から遠ざけていたのは、

これほどの美しさのゆえだったのか。

夕霧は何となく恐ろしくなり、慌ててその場を立ち去った。

それと時間差もあまりなく、源氏が明石の姫の部屋から戻ってくる。

夕霧は今はじめて参上したかのように咳払いをして、
すのこ
簀子のほうへ歩いて出た。


源氏は夕霧に中を見られたのではないかと、気遣った。

その先にきゅうと電車の泣くカーブ  八上桐子



  野分の襲来

翌日、風は少しおさまっている。

源氏は夕霧を伴い、みんなの様子を見に行く。

秋好中宮、明石の姫と順に訪れたのだが、夕霧の様子がどうもおかしい。

どうも虚ろなのである。

どさくさ紛れに、夕霧は紫の上を見たのだと悟る。

次に訪れたのが、玉鬘の部屋。 

玉鬘は昨夜の恐ろしい野分に眠れず、


今朝は寝過ごして、ちょうど鏡の前で見繕いをしているところだった。

日の光が斜めに差し込んできて、

玉鬘は目の覚めるような美しい姿で座っていた。


源氏は風の見舞いにかこつけても、いつもの如に自分の恋情を露わにする。

当分はピンクで埋めておく余白  田岡 弘

夕霧は何としても、玉鬘の顔を見たいものと前々から思っていた。

御簾をそっと引き上げ、中をうかがうと、

邪魔になるものをすべて取り除いてあるので、奥までよく見える。

夕霧は驚愕した。

玉鬘が源氏の腕に抱かれるばかりに、近くに寄り添っている。

いくら親子とはいえ、とても信じられなかった。

玉鬘は困ったような表情だが、それでも素直な態で源氏に寄りかかっている。

玉鬘は父・源氏が自分の手元で育てた娘ではないので、

こんな色めいた心を持っているのだろうかと思うと、

疎ましく感じるのだった。


ほんとか嘘か脈拍だけが知っている  笹倉良一

その後、夕霧はひとり明石の姫の部屋へと出かけた。

姫は紫の上の部屋へ出かけいなかったが、すぐに戻るということだった。

そこで夕霧は垣間見た美しい人々と、明石の姫を比べてみたくなった。

すると几帳のほころびから、明石の姫が通り過ぎるのがちらっと見えた。

薄紫の召し物で、髪がまだ背丈まで及んでいない。

その先が広げた扇の形をしていて、

ほっそりとした小さな体つきがいかにも可憐である。


一昨年見たときよりも格段と美しくなったようだ。

紫の上を「桜」、玉鬘を「山吹」に喩えるならば、

この姫君は藤の花とでもいうところか。


さらに、祖母の大宮のもとに戻ってみると、そこでは、

近江の君のことを愚痴っている内大臣をみるのだった。

八起き目の朝こそえくぼたしかめる  桑原すゞ代

【辞典】 夕霧がみた三つの花

「紫の上」
春の曙の露の間より、おもしろき樺桜の咲き乱れたるを見る心地す。
「玉鬘」
八重山吹の咲き乱れたる盛に、露のかかれる夕映えぞ、ふと思い出らるる。
「明石の姫」
これは藤の花とやいふべきならむ。小高き木より咲ききかかりて、
風になびきたる匂いは、かくぞあるかし。

温い息感じて目覚めれば独り  猫田千恵子

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淋しさに私の未熟溢れ出る  宮崎美知代


    平安貴族の衣装

篝火に たちそふ恋の けぶりこそ 世には絶えせぬ 炎なりけれ

篝火と一緒に立ち上がる恋の煙は、絶えることない私の想い…
永遠の愛の炎なのです。

「巻の27 【篝火】」

内大臣が引き取った娘・近江の君が笑いものになっている。

その噂を伝え聞いた源氏は、

「どんな事情があるにせよ、内大臣のやり方は感心しないね。

   ひっそり暮らしている娘を自分の都合で引っ張り出し、

   大袈裟にとりたて、挙げ句の果てには世間の笑いものにしてしまう。

   何事によらず、取り扱いの仕方ひとつで、

   穏やかに事を済ませることができるのに」

と内大臣を批判した。

あいまいな男と小さい影を曳く  森中恵美子

玉鬘はそれを聞き、たまたま源氏のもとに身を寄せた幸運を思った。

自分も九州の田舎育ちで、貴族の世界のことなど何一つ知らなかった。

近江の君と少しも違わないのだ……

いきなり内大臣の前に名乗りをあげていたら、

近江の君の二の舞になっていたかもしれない。

源氏の自分に寄せる気持ちに厄介さはあるが、

それでも自分の情に任せて強引な振る舞いをすることはない。

いよいよ思いやりは、深まるばかりである。

玉鬘はしだいに源氏に心を許していく自分に気づいた。

情に酔い女虚ろな紅を引く  上田 仁

やがて季節は秋。

源氏は和琴などを教えると称し、玉鬘を訪ねる。

でも、自制心を働かせ、添い寝をしても、身体を求めたりはしない。

外は日暮れて、源氏は「篝火をつっけなさい」と供のものに命じる。

篝火に照らし出された玉鬘の姿は、美しかった。

長い黒髪の手触りもひんやりと艶やかで、

身を固くしているしている様子が、なんとも切ない。

寄り添うだけで、それ以上進まない仲なんてあるだろうかと、

源氏は小さく溜め息を漏らすのだった。

脱皮への方程式が見付からぬ  松下和三郎

そこに音楽が聞こえてくる。

夕霧が内大臣の息子たちと集まり演奏をしているのだ。

「ほら、ごらんなさい。東の対から美しい笛の音が聞こえてくる。

   夕霧がいつもの友達と遊んでいる。あの笛の音は柏木のものだね」

玉鬘はそっと耳を澄ませた。あそこに実の弟の柏木がいる。

何も知らずに一心に笛を吹いている。

そう思うと、いとおしい。

源氏は使いをやり、夕霧たちを呼び寄せる。

後の二人は、ともに内大臣の息子である柏木紅梅である。

浜風がそっと耳打ちした夕べ  合田瑠美子

源氏は柏木に琴を渡し「早く、早く」と演奏するように催促する。

「御簾の中には、音色の善し悪しを聞き分ける人がおいでなので」

それを聞いて玉鬘は切なくなる。

この御簾の向こうでは、

自分の弟たちが自分のために合奏してくれるのだ。

柏木は自分の姉とも知らず、琴を引くてが緊張のあまり震えていた。

あれほど恋焦がれた人が、

あの御簾の中で自分の演奏に耳を済ませている。

源氏はそうした状況を、何を思ってか全身で感じとっていた。

篝火の中、美しい琴と笛の音が月明かりの空の中へ消えていく。

そしてまた待たされている正直者  山本昌乃

【辞典】

篝火は、源氏物語全巻のなかで最も短い巻です。
玉鬘の巻の12分の1.短い常夏の巻にも7分の1の短さである。



「平安貴族の正装」
平安貴族の男性の正装は、朝廷に出向くときに着用し束帯と呼ばれる。
重ね着の一番上に袍(ほう)という衣装をつけ、それをベルトのような
皮の帯を使って、こしで束ねることから「束帯」という名がついた。
女性の正装は、俗に十二単と呼ばれている女房装束である。
(ひとえ)や袿(うちかけ)などの上に唐衣を着て、腰から下には裳をつけた。

その狭間万葉仮名で抜けてこよ  大葉美千代

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”あ”ですか いえ”ん”でございます  山口ろっぱ



撫子の どこなつかしき 色を見ば もとの垣根を 人やたづねむ

撫子のように美しいあなた。母である常夏の人を思い浮かべてしまいます。
あなたを見たら、内大臣はきっとお母さんのことを聞いてくることだろう。

「巻の26 【常夏】」

暑い夏。六条院の東の釣殿で、夕霧を相手に涼をとっていた光源氏を、

内大臣の息子たちが訪れる。

源氏は夕霧と雲居雁との一件が面白くない……そこで源氏は

「内大臣が行方知れずだった娘をみつけ、引き取ったという噂は本当?」

と内大臣の息子たちに問いかける。

息子たちは答え憎そうにしながら、それは本当の話で、

内大臣の夢占いに、「実の子が他人の子として育てられている」

という結果が出て、探すと名乗り出てきた娘がいるという。

「ならば、雲居雁との仲をお前は、お引き裂かれてしまったのだから、

   その娘にしたら」


と夕霧に言う風を装い、それは内大臣に向けての皮肉を言ったのだった。

落葉掃くこの楽しさは何だろう  笠嶋恵美子


納涼で夕霧や内大臣の息子らと談笑する源氏

内大臣と源氏は、大体は仲のよい親友なのだが、ずっと以前から

性格の相違が原因になったわずかな感情の隔たりがあった。

このごろはまた夕霧を侮蔑し、失恋の苦しみをさせている内大臣の態度に

腹に据えかねるものがあり、皮肉を吐いたのである。

夕暮れになって、源氏は一人玉鬘のいる西の対にでかけるので、

内大臣の息子たちも源氏を送ろうと、そちらのほうへ移動する。

ボサノバのリズムで源氏物語  くんじろう

源氏は玉鬘の御簾に入り、

「御覧なさい。内大臣の子息たちを連れてきましたよ」という。

「みんなあなたに下心を抱いているのです。

   あの方々は教養のある人たちですけど、特に内大臣の長男である柏木は

   こちらが気恥ずかしくなるほど、人柄が優れています」

玉鬘はそっと覗いてみた。

自分の実の弟たちなのだ。


夕霧は、こうした立派な人たちに混じっても、際立って美しい。

「うちの夕霧を嫌うとは、内大臣もどうかしている。

   約束しあった幼い同士の仲を長い間裂いて、内大臣の気持ちが情けない」

と言いながら、源氏は溜め息をついた。

玉鬘は実父と源氏との間に、こうした感情の疎隔があることを初めて知る。

そして親に逢える日が、まだ遥か遠いことと思うと悲しくもなるのだった。

耳たぶは秋の寒さになっている  河村啓子

一方、内大臣は、雲居雁のことが残念でならなかった。

源氏が玉鬘にしたように、雲居雁を使い公達をやきもきさせたかったのに、

そう思うと今さらながら悔しかった。

夕霧とはそれほど昇進しないうちは、結婚を許すまいと思うのだが、

その一方で父親の源氏が謝れば、

夕霧の雲居雁との結婚を許してもいいと思っていた。


だが、源氏も夕霧もさっぱりと結婚を申し込む気配を見せない。

それがますます内大臣を不愉快にさせるのだった。

内大臣には頭痛の種が、もう一つあった。

玉鬘の噂を聞くたびに、夕顔の娘が偲ばれてならない。

そこで夢のお告げに従い、柏木に捜すように命じたのだ。

名乗りでたのは、近江の君という娘だった。

気づかいを気づかれなくて気を落とす  大海幸生


近江の君を訪う内大臣

この近江の君という娘が、とんでもない田舎娘だった。

顔立ちはそれなりに愛嬌があり、元気があり余っている。

でも、おでこがとても狭いこと、突拍子もない言動、ものすごい早口、

内大臣は話しているだけでうんざりしてしまう娘なのだ。

折角、引き取っても不自由な思いをさせていることを気づかった内大臣に

「不自由なんて、そんな心配はありません。

   人よりも立派に見られたいと
考えているなら窮屈でしょうが、

   私などは、便器掃除の役でも何でも致します」


と近江の君が言うので、内大臣は思わず笑い出した。

「それは不相応な役目のようだ、あなたに親孝行の気持ちがあるなら、

   もう少しゆっくり喋ってもらいたいがね」

と内大臣は少しおどけて、にこにこ笑いながら言う。

ゴキブリをぴしっと決める女です  合田瑠美子

内大臣は笑ってはいるものの、やはり一番厄介なのは近江の君である。

そこで冷泉帝のもう一人の娘・弘徽殿に女房として使ってくれるよう頼む。

「今、女御が里帰りしています。ときどきそちらに参上して、

   女房たちの立ち振る舞いなどを見習いなさい」


と内大臣が言うと

「まあ、なんて嬉しいことでしょう。

   宮仕えのお許しさえいただければ、
水を汲み、頭に載せて運ぶことも

   厭わず、お仕えいたしましょう」


と、近江の君はすっかり上機嫌になり、もっと早口で喋り出すので、

内大臣はすっかり匙を投げてしまった。

何かあったらしい今夜の飲みっぷり  美馬りゅうこ

弘徽殿は、近江の君とはまだ会っていないので、

噂ほど変な娘ではないだろうと、
父・内大臣の頼みを受けてくれた。

近江の君は、

「いくら父上が、私を可愛がってくださっても、

   お姉さまが私を冷たく
なさったら、私の身の置き所がなくなるもの」

と言い、弘徽殿に手紙をだすことにした。

近江の君が、その手紙に添えた和歌は、


草わかみ ひたちの浦の いかが崎 いかであい見ん たごの浦波

届いた和歌を弘徽殿が目にすると、

「使ってもらえてうれしい」 

ということらしいのだが、文面も筆跡も変なのだ。


和歌のなんとなく分かる意味は、「いかであい見ん」だけである。

何とかしてお目にかかりたいということ。

その歌に彼女の知る限りの地名が詠み込んであり、

「ひたち」は常陸、
「いかが崎」は近江、「たごの浦」は駿河で、

要は支離滅裂の内容なのだ。


弘徽殿は、なんとも先が思いやられるのだった。

プーチンによく似た魚は釣りにくい  ふじのひろし

【辞典】 常夏

常夏の巻名は「撫子のとこなつかしき…」という和歌に由来する。
常夏は、玉鬘の母親、夕顔のこと。
内大臣は夕顔のことを「常夏の君」と呼んでいたのである。

二巻で内大臣が行方不明になった恋人・夕顔のことを語るくだりがある。
夕顔が、生まれた子どもを撫子にたとえ、内大臣に和歌を贈り、
内大臣はそれに
答え、夕顔を常夏にたとえ愛情を示している。

また「常夏」は、妻や恋人などを称して使われる言葉でもある。
内大臣は夕顔の撫子の言葉を受けて、常夏という言葉にかけて返歌した。
そして今、源氏は成人した夕顔の娘・玉鬘に向け撫子という呼び名を使った。
亡くなった母が自分の娘をたとえ、恋人に贈った呼び名である。
二巻でも内大臣は、行方不明になったこの親子を探していると、
源氏に告白している。


常識の波にただよう薄ぐもり  皆本 雅

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