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川柳的逍遥 人の世の一家言
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枯れてほしいものを残してみんな枯れ  島田握夢



「詠史川柳」―天保の改革

天保の改革は、合巻の代表的な戯作者二人を「風俗に拘わる」として葬りさった。また版元にも苛酷であった。版元鶴屋「田舎源氏」の評判を得て一時傾きかけた家をやや持ち直したが、この改革で「其板を失ひ忽ち没落せり」という憂き目に遭った。好色本を画いた絵師、国貞国芳英泉にもお咎めの手は伸びた。歌舞伎役者・遊女・女芸者等の錦絵は風俗に拘わるので、新規の出版はもちろん既刊のものも今後は一切売買禁止。団扇絵も同断。合巻については、芝居の趣向取りや登場人物の役者似顔は禁止。ひたすら忠孝貞節・児女勧善の主旨に徹すること。また表題・上包の色摺も禁止された。

見たくないでも見たくなる蛇の穴 藤井寿代

この改革は天保12年5月15日、幕閣の人事異動から始められ、老中に就任した水野忠邦の采配にはじまる。ここでは、天保13年12月末、53歳の為永春水が風紀粛清に触れたという疑いで北町奉行所に出頭を命じられたところから、天保の改革を見てみる。春水の取調べは遠山の金さんの綽名をもつ遠山景元である。歳末多忙の際なので一応の取調べのみで、ひとまず年を越すことになった。が、いかに我々が知るところの遠山の金さんが取調官の長だからとはいえ、テレビドラマのような具合にゆかない。

銘水の味を損ねる紙コップ  岸田万彩

それどころか随分と厳しい訊問だったようである。なにしろ、改革の推進者の水野忠邦のこの改革における意気込みは凄まじく、それは例えば「烏頭大黄(うずだいおう)の激剤相施し申さず候ては、とても効験得がたく候」と言うように、かなりきつい目の薬を飲まさねば、成果は出ないということで、寸分の仮借もない。なお、春水召喚の半年ばかり前、合巻『偐紫田舎源氏』柳亭種彦が死に追いやられている。偐紫田舎源氏の内容や歌川国貞の挿絵が、将軍・家斉や大奥をモデルにしているのではないかと詰問され、絶版にされたのが因で種彦は自殺したのである。

もういいよそしてだあれも浮いて来ず 嶋沢喜八郎

同じころに、歌舞伎の七代目・市川団十郎が江戸十里四方追放になっている。七代目は「大江戸の飾海老」おおえどかざりえび)と呼ばれて江戸市民の誇りでもあった千両役者だった。さらに幕府は、「風俗矯正・質素倹約」の実をあげるためといい、たとえば、「川筋の日覆船(ひおおいふね)は寒中といえども簾を巻き上げておくこと」というような馬鹿げた命令も出している。男女の客が簾を下げたままいかがわしい行為に及ぶことが多いので、それを防止したいというのだ。ほかにも、野菜の促成栽培やもやし豆まで贅沢だからという理由で禁じている。

その紐を引くと雷落ちますよ  西田雅子 

このような騒ぎの最中に奉行所からの差紙が舞い込んできたのであるから、春水が驚いたのは無理はない。ひょっとすると種彦の二の舞いになってしまう。翌天保14年は正月下旬から北町奉行所の吟味が再開された。そして吟味中に手鎖、6月16日に裁許落着、現実に題材を求め風俗に害をなす人情本を書いたというかどで、春水の人情本版木が大八車に5台分没収焼却された。桜の刺青と共に権力を背中に背負った遠山の金さんにとってみれば、「これにて一件落着」の台詞ですべておしまいになるのであるが、裁かれたほうはそうはいかない。すべての厄介は、裁判官が「一件落着」と言ったところから、新たに始まる。春水は憂悶を発して苦しみ、その年の12月22日、神田多町の自宅でついに死んでしまう。

国境をまたぐと飢餓の臭いする  菱木 誠

「神功皇后」の画像検索結果

≪神功皇后≫ 

茶筅髪三韓までも掻き回し

神功皇后仲哀天皇の皇后だが、天皇急死の後、神言によって新羅を攻め、三韓(高句麗・新羅・百済)を征服して凱旋する。茶筅髪は江戸時代の髪型で神功皇后の時代にその髪形があったわけではないが、川柳独特の「時代ごちゃ混ぜ」の句で、茶筅で茶をかき混ぜるように三韓を掻き回したというのである。この時皇后は、妊娠中で凱旋後九州で出産。のちの弓矢神とされる応神天皇である。

新羅攻め前御鎧のご注文

新羅攻めの前に妊婦用鎧をきっと注文されるたのだろう。

勝ち給うはず腹中に弓矢神

何しろお腹の中には弓矢神がおられたのだから、戦勝されるのは当たり前なのだと。

黙っているだけで華やかなオーラ― 荻野浩子

≪仁徳天皇≫

御製(ぎょせい)にも漏れしかまどの一人者

ある時、仁徳天皇が高い山に登って四方の国をご覧になると、炊事の煙が見えない。これは民が困窮しているからだと気づいて、三年間税の取り立てを免除された。そのため宮殿は荒れ果てたが、三年後に再び国中をご覧になると、煙がいっぱい立ち上り、みんな豊かになったのだと喜ばれた。「高き屋にのぼりて見れば煙り立つ民の竃はにぎはいにけり」新古今和歌集をふまえている。

ありがたい御代は竃に立つ煙

三度づつ御製に叶う有り難さ

これは仁徳天皇を称えるふりをして、実は徳川の治世を礼賛している。べんちゃらをしているのである。最初の句は、一人者の竃は、御製に漏れた存在であるから、めったに炊事の煙なんか立てないというのである。

煙突を抜けると美しい敬語  山本早苗 

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