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川柳的逍遥 人の世の一家言
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沸点を持たぬ女の無表情  上田 仁


 薫 大君の部屋へ訪う

あげまきに 長き契りを 結びこめ 同じところに 縒りも合はなん

紐のあげまき結びに私たちの契りも、どうかこめてください。
そうして何度も巡り合いたいと思っています。

「巻の47 【総角】(あげまき)」

亡き八の宮の一周忌も終わったある日、大君に思いのたけを訴える。

「姫たちの将来を任せる」と宮が希望されたことも、どこへやら、

父の遺言
である「親の面目を潰すような結婚はしてはいけない」

の言葉を頑なに守る
大君はそれを拒む。

大君は生涯独身を貫く覚悟をし、むしろ妹の中の君を薫に嫁がせようと、

考えているのである。

愛されて私このまま気化します  雨森茂喜

その夜薫は大姫とのどかに話がしたいと思い、山荘に泊まることにした。

大君は何かにつけて怨みがましくものを言う、近ごろの薫の様子に、

煩わしく、親しく語り合うのも息苦しいばかりだったが、その他の点では

世にもまれな誠意を、この一家のために見せている人だから、

冷たくも扱えず、その夜も話の相手をする承諾をしたのだった。

冬は冬の立場で吹かすヒューヒュールル 居谷真理子

お付きの女房の弁は、薫と大君の結婚には賛成で、現に薫と大君、

中君は匂君と結婚するのがいいと勧めている。

薫は良人として飽き足らぬところはなく、

父宮も先方にその希望があればと、
時々、洩らすこともあった。

が、自分はやはり独身で通そう、自分よりも若く、盛りの美貌を持ち、

この境遇に似合わしくない。

自分の目に痛ましくうつる中君を人並みな結婚をさせることが、


大君の託された責任としてうれしいのである。

不定期に菩薩になっているわたし  田口和代


大君に恋心を訴える薫

薫を応援する弁に導かれ、薫は大君の部屋に忍び込む。

姫は驚いて隣りの室へ逃げようとするところを、薫に引きとめられる。

「何をなさるんです。奇怪ではないですか」

この声は?薫が忍び込んだ先にいたのは、中君だった。

気配を感じ、大君は逃げていたのである。

またまた薫は、大君の冷たい仕打ちにあった。

薫は人違いでも構わないとは思わない。

震える中君を襲うことなく、薫はここでも会話だけで夜を明かした。

京に戻った薫は、思案する。

中君が匂宮と結婚してしまえば、大君はきっと自分に・・・。

曲線を入れたら私らしくなる  浅井ゆず

匂宮は中君と結ばれたのち慣例に従い、中の君へ何とか三日間は通ったが

高貴な身分が邪魔をして、その後は、軽々と外出できる立場ではない。

会う機会を失った二人のために、薫は匂宮の紅葉見の宇治行きを計画する。

当初、宮に近い人達だけを連れての紅葉見の遊びのつもりだったが、

位の高い宮のこと、みすぼらしい人数での遊行というわけにもいかず、

予定の人数のほかに随行の役人の数も増えることなり、

大層な催しになってしまう。

山荘の方では御簾を掛け変え、座敷の掃除、紅葉の朽ち葉を掃くなどをして、

薫と姫たちは、匂宮を迎える用意を整えた。

君と僕話合うほど逸れていく  奥野健一郎

こんな機会でもなければ、愛しい人にも会えない宮には気の毒だが、

多くの人を連れては、山荘へ入ることは不可能になってしまった。

山荘では、匂宮の一行が、宇治を立ち去る馬の足音で知り、残念がった。

歓待の仕度をしていた人たちも皆、はなはだしく失望をした。

大君はましてこの日の状況を深く記憶に残すのだった。

「やはり噂されるように、多情でわがままな恋の生活を事とされる宮らしい、

   男とは、女に向かって嘘を上手に言うものであるらしい、

   愛していない人を愛しているふうに巧みな言葉を使うものなのだ」と・・・

世間並みの姫君らしい宮殿にかしずいていたなら、

邸がこんな貧弱なものでなければ、宮は素通りをなされなかったはずである。

この結果に中君が哀れで、改めてなんとか幸福な女にしたいと願うのだった。

ひとしきり泣いたあほらしくなった  三村一子

匂宮の宇治通いを知った明石中宮は強引に夕霧六の宮との縁談を急ぐ。

そして間もなく結婚をする。

その噂を聞いた大君は絶望して、父宮の遺言に背いた自分を責めた。

大君は心労のあまり持病が悪化して寝込んでしまう。

こんな状況を危惧して父は遺言を遺したのだと、妹の不遇を思い悩んだ。

薫が山荘にかけつけ、息よりも低い声で病に臥す大君に言う。

「あなたはなんという罪な性格を持っておいでになって、

   人を悲しませるのでしょう。その最後にこんな病気におなりになった」

耳に口を押し当てていろいろと薫が言うと、大君はうるさいと思う思いと、

恥ずかしい思いとで袖で顔をふさぐ。

普段より、なよなよと横たわっている大君の姿をを見ながら、

「この人を死なせたら、どんな気持ちがするのだろう」

と薫は胸が締め付けられるのだった。

薬指のっぺらぼうのまま枯れる  北原照子

一方、大君の心中は「このまま死ねば、この愛も変わらず残しておける」

と思っていた。


「薫にこうしてつききりで介抱をされるのでは、

   治ったあとの自分は、
その妻になるよりほかの道はない。


   かといって、今見る熱愛とのちの日の愛情とが変わり、

   自分も恨むことになり、
煩悶が絶えなくなるのも厭わしいこと・・・

   もし、この病で死ぬことができなかった
場合には、いっそ尼になろう、

   そうしてこそ互いの愛は、
永久に保たれることになるのであるから」


是非そうしなければならないと大君は、深く思うようになっていた。

このように大君は、次第に薫の優しさに心を開き、愛しさを覚えはじめる。

山茶花の咲いて零れて女やさかい  森田律子  


 薫 大君を偲ぶ

やがて大君は死去する。

薫は大君が死んだのを見て、これは事実でない、夢ではないかと思って、

飾台の灯を寄せ、ひたすら眺めるが、その顔はただ眠っているようで、

変わったと思われるところもなく、美しく横たわっている姫をこのままに、

永久に自分から離さずに置く方法があればと、思うのだった。

葬儀を終えても薫は、しばらく京に帰らなかった。

薫を心配し京からは沢山の弔問が寄せられる。

哀しいこと見過ぎて水になった雲  安土理恵

恋人を失った薫があれほどの悲しみを見せていることを思うと、

よほど出来た姫であったのだろう・・・

その妹ならばと明石中宮は、匂宮の中君を慕う心持ちに妥協し、

「中君を二条院の西の対へ迎えて時々、通うように」と逢瀬を許す。

薫は三条宮が落成して、大姫をそこに迎えようとしていた自分である、

だから、その人の形見に、中君はせめてわが家の人にしておきたい希みと、

彼女の保護者は、自分のほかにないと、兄めいた義務感を持つのだった。

許そうか月にくちびる受けている  太田のりこ

【辞典】 紅葉狩り作戦の失敗

薫が考えた紅葉狩り、宇治の川下りなどを楽しもうというツアーは表向き。
宇治に着いたらお供の目を盗んで八の宮邸へ行こうという計画だった。
でも結局は抜け出すことは出来ず失敗。その第一の理由は、匂宮の立場。
東宮候補がそんなイベントに出れば、騒ぎになるのは当たり前のこと。
こっそり準備したはずの薫も、ふたを開けてみれば、大人数の仰々しい催し
になっていたので、びっくりする。でも、そんな周囲の目を何とかごまかして、
抜け出せるかもしれないという機会はあった。
失敗に終わった第二の理由は。この騒ぎを聞きつけた匂宮の母・明石中宮。
明石中宮は急な催しとはいえ、位の高い臣下をそれほど連れずに行くのは
世間体が悪いと、夕霧の長男・衛門督(えもんのかみ)に命じて、イベントに
参加させたのだ。命を受けた衛門督は、仰々しく供をつけることを考えた。
中宮はそれでも足らないと考え、第二段の参加団を派遣する。
そうなっては、もう抜け出すのは不可能。
明石中宮は「紅葉狩りは建前で、宇治の姫に会うのが目的なのだ」とも、
衛門督の告げ口で知っていたのである。

目測を誤り愛が届かない  佐藤美はる

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体内時計私には三つある  井上恵津子


招待を受け宮邸に向う薫たち

立ち寄らむ 蔭と頼みし 椎が本 空しき床に なりにけるかな

心の師として、支えになってほしいと頼りにしていた椎の木の山荘、
それが今では、むなしい床のつくろいになってしまった。

「巻の46 【椎本】(しいがもと

匂宮から聞いた八の宮の姫君たちに関心を寄せていた。

そのため、初瀬詣での帰りに、宇治の八の宮邸の対岸にある

夕霧の別荘に
一泊させてもらった。

迎えに来た薫とともに、その夜は管弦の遊びに興じる。

翌朝、八の宮から薫に手紙が来ると、匂宮は自分が返事を書くといい、

これがきっかけとなって、その後も匂宮は八の宮の姫君に手紙を送る

ように
なり、中の君が返事を書くという関係が続いた。

風凪いで頬に光が残される  青砥和子

7月、薫はいつものように宇治の八の宮邸を訪れる。

いつになく八の宮は薫を歓待し、

「自分は今年厄年なので、何かあったら娘を頼む」

と、
薫は八の宮から姫君たちの将来を託される。

秋になると、死期を悟ったのか、八の宮は姫君たちに

「宇治の地を捨てて、親の面目を潰すような結婚はしてはいけない」

と言う。

その後八の宮は宇治の阿闍梨のもとに籠もり、そのまま亡くなってしまう。

悲嘆に暮れる姫君たちを気遣う薫だが、大君への思いは届かないでいる。

もうですか まだ百年も生きてない  清水すみれ

その秋、薫は中将から中納言になった。

いよいよ華やかな高官になったわけだが、心には物思いが絶えずあった。

自身の出生した初めの因縁に疑いを持っていたころよりも、

真相を知った
時に始まった肉親への愛と同情とともに、

父がこの世で犯した罪の償いに、
かの世で苦闘しているだろうという

思いが、重くのしかかってくるのである。


その父の罪の軽くなるほどにも、自身で仏勤めがしたいと願うのだった。

入り口で悶え出口でまた悶え  平井美智子

八の宮への支援は怠ることはないが、薫が山荘を訪うのは久し振りだった。

都にはまだ秋はこないが、音羽山の近くにくると風も幾分冷ややかになり、

槙の尾山の木の葉も少し色づいてきている。

薫を自ら迎えに出て来た八の宮は、いつになく喜びを表情にしながらも、

心中を語る。


「自分は今年厄年なので、何かあるかわからない。

   もし私に何かあったあとも、娘たちを時々訪ねて来てやってほしい」 

正面からの言葉ではないが、薫を家族同然におもっての扱いである。

「自分が生きている限りは、今と変わらない気持ちで尽くすつもりです」

と、薫が答えを返すと、八の宮はうれし気に、満足そうに頷くのだった。

サイドミラーに写っている来世  井上一筒


父宮を心配する姉妹

秋も深まると、八の宮は体調もおもわししくなく、

阿闍梨の山の寺へ行って、
念仏に専念したいと思いたつ。

そして遺言めいたことを娘君たちに言う。


「人生の常で、皆いつかは死んで行かねばならない。

     だから私にも死ぬときが来れば、あなたたちと別れねばならない。

     死後のことにまで干渉をするのではないが、私だけでなく貴女がたの

     祖父母の方々の不名誉になるような、軽率な結婚などはしてならない」

いよいよその朝が来て、出かける時にも八の宮は、姫君たちの居間へ寄り、 

「私のいなくても心細く思わずに暮らしなさい。

  人生は思うままにはならないのだから、悲観ばかりはせずにいなさい」

と言い、山の寺へ向うのだった。

2人は父親の普段と違う態度に不安を抱きながら、見送った。

立ち尽くすしかない急に来た別れ  片山かずお

たださえ寂しい境遇の姫君たちは、互いに慰めあいながら暮らしていた。

やがて、寺での父宮のお経三昧の日数が、今日で終わるという日の夕刻、

「風邪だろう、今朝から身体の具合が悪くて家に帰られない。

   平生以上にあなたがたに会いたいと思っているのに残念です」

と言って、山の寺から宮の使いが来た。

その数日後、再び使いが来て

「宮様はこの夜中ごろにお薨れになりました」

と泣く泣く伝えた。

そのような報らせが、来るのではないかと予感もしていたが、

実際にそれを聞く身になって、姫君たちは失心してしまいそうだった。

あまりに悲しい時は、涙がどこかへ行くものらしい。

草間弥生で隠す心の乱れ  合田留美子

父の死に際し、日々枕もとにいて看護してきたのであれば、

世の習いとしてあきらめようもあるが、病中に逢えず、死に目にも、

会えなかったことに、姫君たちが歎きを引き摺っているのも、

もっともなことだった。

空もうららかに春光を見せ、川べりの氷が日ごとに解けていくのを見ても、

よく生きてきたと思いながら、なお父の宮のことが偲ぶ姫君たちである。

斎めの置き台に載せられた芹や蕨を見て、女房たちが、

「山の植物の新鮮な色を見ることで、時の移り変わりの分るのがおもしろい」

と言っているのを、姫君たちは「何が面白いのか」と聞き直してていた。

じとじとじゃないシトシトと降るのです  雨森茂樹


  姉妹を励ます薫

その後は、薫が2人の世話をした。

大君への恋心はあるが色恋の気配は見せず、けなげな対応に徹した。

2人は薫の心遣いを、本当にありがたいと感じている。

匂宮からの見舞いの手紙も来るが、父の遺言もあり、返事をするのは稀。

年の暮れ、薫が宇治の邸を訪れたとき、ついに大君に恋心を打ち明ける。

匂宮に素気ない態度をとるのはやめ、妹の中君の結婚相手にどうかと、

勧めたとき。

薫は、中君は匂宮と大君は自分と・・・呟いてみた。

大君はそんな薫の告白には気づかないふりをして、さらりとかわすのだった。

無印の翼ですからご自由に  岡谷 樹

【辞典】 阿闍梨の正体

八の宮は阿闍梨という僧のもとで、修行中に病気に亡くなってしまう。
このとき「風邪を引いたようで体調が悪いから」と事前に娘たちへの
知らせを、
送っていたが、そのまま帰ることはなかった。
しかし体調が悪いくらいで、
あれほど心配する娘たちのところへも帰れ
なかったのであろうか。

実は、この「体調が悪い」から死去までの間、八の宮の傍で看病いていた
阿闍梨は「今さら帰ろうなどと考えなさるな」と宮を諭していたのである。
さらにこの阿闍梨は、父を亡くしたあとの娘たちにも、杓子定規なことを
やり通す。父の「亡き骸見せて欲しい」と頼む娘たちの願いを聞き入れない。
理由は「そのような執着心を持ってはいけない」という。
仏道を志した人
への忠告ならまだしも、娘たちはそうではない。
何か権力をかざして、
意地悪をしているような感じである。
さらに総角(あげまき)では死の病に苦しむ娘の前で、
「成仏できない八宮様の夢
を見た」と飛んでもない軽口まで言うのである。

言い訳の狭い眉間に陀羅尼助  三村一子

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そのことは明日考える夕月夜  清水すみれ


   紫 式部


目の前に この世を背く 君よりも よそに別るる たましいぞ悲しき

目の前のこの世を背くあなたよりも、他所へと別れて行ってしまう
自分の魂こそ悲しい

「宇治十帖について」

橋姫から夢浮橋までの10巻は「宇治十帖」と呼ばれます。

実は、この宇治十帖にも、作者は別人ではないかという説があります。

第二部まで(巻の30【藤袴】)の文体や用語の使い方と宇治十帖の、

それが異なっていたり、物語の勧め方も変わっているというのです。

ギザギザの方を表にして逃げる  峯裕見子

確かに宇治十帖は主人公が(源氏父子から孫へ)代替わりしたこともあり、

その物語の展開は波乱に満ちて、これまでの面白さとは別の味わいがあり、

そんな部分を指摘して、1人の作者の作品だとは思えないというのです。

裏側を見すぎたらしい目が痛い  佐藤美はる

また、宇治十帖は男性の手によるものだという説や、

紫式部の娘が書いたものだという説、さらには宇治十帖以外にも、

他の作者が書いたものを挿入した巻があるなど、

様々な説が古くから取りざたされています。

それでも現在の通説としては、「匂宮・紅梅・竹河」の作者は別としても、

少なくとも、宇治十帖は紫式部が書いたものだろうといわれています。

裏返しのままで浮んでいる豆腐  平井美智子

それでも全編の現代語訳を完成させた瀬戸内寂聴さんは、

その三巻を含め、すべてが紫式部の手によるものという説を唱えています。

紫式部は、第二部を完成させたのち、かなりの時間をおいてから、

それ以降を書き始めたため、文体や思想が変わったという説です。

いずれにしても、そんな諸説が飛び出すのは、源氏物語が興味深く、

魅力あふれる作品であるからなのでしょう。

「橋姫」からの残り10巻「源氏物語」にもう暫らくお付き合いください。

草に寝て月光あびよいじめっ子  徳山泰子

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                                                               画像を大きくしてご覧ください

   
 
          


                 平成30年 元旦

                    了 味 茶 助



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傘を失くして立冬という駅に着く  岡谷 樹


  宇治10帖相関図  (拡大してご覧ください)


橋姫の 心を汲みて 高瀬さす 棹のしづくに 袖ぞ濡れぬる

宇治川近くで橋を守る伝説の橋姫のようなあなたがた姫君。
その寂しいお気持ちを察すると、棹にかかる水の雫のように、
私の袖も泣き濡れてしまいます。

「巻の45 【橋姫】」

京の都から少し離れた宇治の地に亡き桐壺院八の宮が住んでいる。

この八の宮は、冷泉院光源氏の異母弟にあたる。

身分は高貴だが、王位をめぐる争いに巻き込まれ、さらに京にあった邸も

焼失したため、逃れるようにして宇治の山荘に移り住むようになった。

八の宮の妻(北の方)も大臣の娘だったが、思いの外の逆境に置かれて、

結婚の当初、
親たちが描いていた夢を思い出すにつけても、

余りな距離のある今の境遇が、
悲しみになることもあるが、

唯一の妻として愛されていることに慰められて、


互いに信頼を持つ相愛の夫妻であった。

間引かれた方の仲間に入れられる  安土理恵

夫妻は何年経っても子に恵まれず、寂しい退屈を紛らすような美しい子供

がほしいと時々、呟き願っていたら、思いがけぬ頃に美しい姫が生まれた。

この姫を大そうに愛し、育てているうちに、ふたたび妻が妊娠。

今度は男がいいと望んだのだが、また姫君が生まれた。

安産であったが、産後に妻は病に犯され黄泉の人となってしまう。

この悲しい事実の前に八の宮は、涙に明け暮れる日々が続くが、

歎いてばかりもしておられず、姫たちを男手一つで育て、

わずかな侍者とひっそり暮らしていた。

拵えて自宅待機のすすきです  内田真理子

山奥に隠れ住んでいるものを、はるばる訪ねてくる人もない。

朝霧が終日、山を這っている日のような暗い気持ちで暮らす中、

八の宮は仏道修行に励み、心を清く持ち続けた。

この宇治には聖僧として尊敬される阿闍梨が一人いる。

もともと宮は、仏道の学識の深さを世間からも認められていながら、

宮廷のご用の時などにも、なるべく出るのを避けて、山荘に籠もり

仏道研究に没頭し、宗教の書物をひたすら読み耽った。

これが聖僧として尊敬される宇治の阿闍梨の知るところとなり、

時々、訪ねて来てくれるようになる。

鬼門から抜けて小さな咳をする  桑原伸吉


 八の宮の姉妹

この阿闍梨から、この世はただかりそめのもの、

味気ないところであると
教えられ、宮は、

「もう心だけは仏の御弟子に変わらないのですが、私にはご承知のように

  年のゆかぬ子供がいることで、この世との縁を切れず僧にもなれない」

と言う。

阿闍梨は、冷泉院へも出入りをしており、院の御所を訪れた折、

「八の宮様は聡明で、宗教の学問はかなり深くでき、仏さまにお考えが

   あって
この世へお出しになった方ではないだろうか、

   悟りきっている様子は、
すでに立派な高僧です」という。

この話に院は、


「まだ出家はされていなかったのか。

  『俗聖』などと若い者たちが名をつけているが、 お気の毒だ」と洩らす。

臍みせて楽になりたいなと思う  笠原道子

この冷泉院と僧との、八の宮の噂を薫もその場にいて、聞き入っていた。

薫は自分も人生を厭わしく思いながら、仏道について何もできていない

ことを
遺憾に思いながら、今こうして八の宮の悟りの心境にふれ、

一度会って、教えを乞いたい
と思った。

そして八の宮の山荘を訪ねる。


阿闍梨から話に聞いて想像したよりも、山荘は目に見ては寂しい所だった。

山荘といっても風流な趣を尽くした贅沢なものもあるが、

ここは荒い水音、
波の響きの強さに思っていることもかき消され、

夜も落ち着いて眠れない。


素朴といえば素朴、すごいといえばすごい山荘だった。

そして、こんな家に住んでいる姫たちは、どんな気持ちで暮らしているの

だろうかと薫は想像を膨らます。

雑草よいっぺん笑うたらどうや  筒井祥文


足繁く山荘を訪う薫

2人の姫は、仏の間と襖子一つ隔てた座敷に住んでいる。

女好きの男なら、どんな人が住んでいるのだろうと思うところだが、

薫は
師にと思う方を尋ねて来ながら、女にうつつを抜かす言行があっては

ならない
と思い返し、この気の毒な生活を懇切に補助することに、

心を切り替える。


それから薫は、八の宮に足繁く通い始める。

恋に落ちないように片側を歩く  中野六助


姉妹を垣間見る薫

薫が山荘に通うようになり、冷泉院からも様子を聞かれることも多々あり、

寂しいばかりの山荘にも、ぼちぼちと京の人の影が見えるようになる。

そして院から補助の金品を年に何度か寄贈もされることになった。

薫も機会を見ては、風流な物、実用的な品を贈ることを怠らなかった。

雪のふる音にあわせる願いごと  河村啓子


   姉妹を覗く薫

三年が経ち、少し間が空いてしまったが、薫は再び、八の宮を訪れる。

しかし八の宮は、7日間の仏道修行のため不在。

迷っていると家の中から、琵琶を奏でる音が聞こえてくる。

薫は侍者に言って、よく聞こえる場所に行くと、

垣根の隙間から大君と中の君が
楽器を楽しんでいる。

薫は美しい2人に心を奪われてしまう。

やがて邸の門に戻ると、年老いた女房が薫の対応に出てきた。

弁の君という名の姫たちの世話役を勤める女である。

年令は60前ぐらいか、優雅なふうのある女で、品もよい。

弁は急に他人が聞いても、同情を禁じえないだろう昔話を語り始めた。

薫が長い間、知りたかった自分の出生のことなども弁は知っている。

弁は亡き柏木の乳母子であった。

自分の本当のことを知る人に、偶然めぐり合えたことに薫は泣いた。

エレキバン偶数日には左肩  雨森茂樹

柏木が亡くなる直前、遺言を聞かされたという弁は、その時、真実を

どのように薫に伝えればよいものか分からず、今日にいたってしまった。

しかし今、薫が八の宮に訪ねてくることは、仏のお導きにほかならない。

このまま伝えるべき人に会えなければ、命も少ない老人が持っていても

仕方が無いので、焼いてしまおうと考えていた手紙も預かっているという。

手紙の入った黴臭い袋を弁は薫に渡した。

「あなた様のお手で御処分ください。もう自分は生きられなくなった」

と柏木が言い、弁に渡したものだという。

薫は弁から渡された柏木と女三宮の恋文に複雑な思いにかられる。

薫はなにげなくその包を袖の中へしまった。

哀しみに音あり淡い彩のあり  嶋澤喜八郎


薫 弁から袋を受け取る

薫は自邸に帰って、弁から得た袋をまず取り出してみた。

細い組み紐で口を結んだ端を紙で封じ、大納言の名が書かれてある。

薫はあけるのも恐ろしい気がした。

いろいろな紙で、たまに来た女三の宮のお手紙が五、六通ある。

そのほかには柏木の手で、

「病はいよいよ重くなり、忍んでお逢いすることも     
困難になった

   こんな時さえも、あなたを見ていたい心がそちらを向いている。


   あなたが尼になったということを聞かされ、また悲しく思っている」

ことなどを
檀紙五、六枚に一字ずつ、鳥の足跡のように書きつけてある。

書き終えることもできなかったような、乱れた文字の手紙もあった。

行き先を忘れたらしい蝶が一匹  森田律子

母宮の居間のほうへ行ってみると、無邪気な様子で母は経を読んでいた。

今さら自分が父と母の秘密を知ったとて、知らせる必要もないと思って、

薫は
心一つにそのことを納めておくことにした。

はつゆきや連れてくるのは過去ばかり  清水すみれ

【辞典】 隠棲を余儀なくされた八の宮の経緯

かつて八の宮は陰の東宮候補になったことがある。
これを後押ししたのが弘徽殿大后。源氏の母・桐壷更衣を苛めた人である。
さらには朧月夜の事件で、源氏を政界から追い出そうとした張本人である。
弘徽殿大后はこの事件で源氏が須磨・明石へ離れている間に、当時東宮
だった冷泉院を廃して、八の宮を次期の帝になる東宮にしてしまおうと
陰謀
を企んだのだった。

しかし、その企みは源氏の政界復帰によって打ち砕かれてしまう。
源氏の勢力が増すにつれ弘徽殿大后の発言力は低下し、それに伴って担
ぎ出された八の宮も周辺から敬遠される人物になってしまったのである。
それまでは普通の生活が出来ていたのに、この陰謀があったばかりに勢い
のある源氏に恨まれてはいけないと、八の宮から人が離れていくのである。

三隣亡でも茶柱が立つ不思議  武市柳章

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