時を吸い尽くす紫色の蛭 井上一筒
清 洲 城
「清洲会議のちょっとした史実」
清洲会議は事実上、柴田勝家と羽柴秀吉の対決となった。
柴田勝家は信長の父・信秀の代からの重臣である。
その一方、秀吉がかなり身分が低かったのは、衆知の通り。
しかし、経歴以上にこの二人は、
性格的にもまったく合わなかった。
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天正4年(1576)8月、柴田勝家を総大将とする”加賀平定の陣”で、
秀吉は勝家といさかいを起こし、
信長に無断で戦線を離脱してしまう。
あの信長の直命を蹴ってまで、秀吉がなぜそこまでしたのかは不明だが、
「死んでも勝家の下にはいたくない」
と、思うほどの関係になっていた。
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清洲会議では、まず、
「信忠の後継者を誰にするか?」 が話し合われた。
先に述べたように、次男・信雄は、もともと人望がなく、
さらに光秀の討伐にあたっても、功がなかった。
さらに、理由なく安土城に放火するという失態を犯し、
まず外された。
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その一方で、三男の信孝は、光秀討伐にも功があった。
勝家は、秀吉に対抗してというよりも、
「織田家が安泰であればよい」
と言った、消極的な理由で、信孝を推した。
これに対して、秀吉はかなり強引だった。
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当時わずか3歳の信忠の子・三法師(秀信)を織田の後継者にして、
秀吉が、「その後見人になる」 と主張したのだ。
もちろん三法師に譲るのは、”織田の名跡だけ”。
織田の遺領の実権は、秀吉が握ることになる。
勝家が秀吉に対して、激怒するのも当然であった。
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ただ秀吉も勝家の反応が、
「織田の家臣団全体に、広がるかもしれない」
と考えたのだろう。
勝家に、二つの妥協案を提示している。
一つは、秀吉の所領である北近江長浜を勝家に渡すこと。
これにより、雪に閉ざされ勝ちな北陸の地から、
勝家は、秀吉を監視しやすくなる。
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もう一つは、お江たち三姉妹と、お市の身柄を勝家に渡すことであった。
お江たち三姉妹は、浅井の子であると同時に、
織田の血を引く重要な存在であった。
光秀討伐にあたって、柴田勝家は、まったくなにも働いていない。
にもかかわらず、
秀吉がここまで申し出るのは、かなりの譲歩であり、
勝家としても、妥協できるぎりぎりの線だったと言えるだろう。
先輩の猫に子猫がごあいさつ 末盛ひでみ
三法師丸
『ドラマの展開・「織田家の跡目相続」』
天正10(1581)年6月半ば。
山崎の戦で光秀(市川正親)が自刃したことで、騒動は一段落し、
市(鈴木保奈美)と三姉妹は、そのまま尾張の清洲城で過ごしていた。
市たちの関心事は、織田家の行く末だった。
跡取りとしては、信長の嫡男・信忠が亡くなったことで、
次男・信雄(山崎裕太)と、三男・信孝(金井勇太)のどちらが継ぐかが焦点だった。
芯のない色鉛筆で夢を描く 前田咲二
一方、信長の敵を討った秀吉(岸谷五朗)は、
織田家中における存在感を一気に高め、気分上々。
信長の茶頭だった宗易(石坂浩二)を、新たに自分の茶頭に迎え、
彼がたてた茶を楽しみながら、
さらなる影響力拡大をもくろんで、策を練っていた。
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いわゆる跡継ぎのノミネートは、表向きのことで、
実際には、筆頭家老の柴田勝家と、
山崎の戦いで、明智を破った秀吉の戦いだった。
勢いでは秀吉だが、
「勝家が信孝を担いで決まるだろう」
というのが、大方の予想だった。
しかし、秀吉の機転の良さを熟知している家康(北大路欣也)は、
「秀吉が何かアッと驚くような裏技を用意しているのではないか」
と感じていた。
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やがて、清洲城で跡継ぎを決めるための評定の日が来た。
江(上野樹里)は、誰が伯父上の跡を継ぐのか興味津々で、
こっそりと覗きにいく。
その途中で、おね(大竹しのぶ)に会う。
久しぶりの再会だった。
おねは、男児を連れていた。
江はおねと秀吉の子供かと思ったが、そうではないらしい。
秀吉が連れて来た子供で、素性はまったく、知らされていないらしかった。
ただ、秀吉は「ほうし様」と呼んでいるという。
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そこに秀吉が戻ってきた。
秀吉は、江と男児が一緒にいることに気付いて慌てる。
江は何処の子か聞いてみると、秀吉は、
「親戚の子で、戦で身寄りがなくなったので引き取ったのだ」
と、その場を取り繕う。
だが、その表情から、嘘をついていることは明らかだった。
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それから数日過ぎて、天正10年6月27日。
清洲城で、織田家の跡継ぎを決める評定が開かれた。
筆頭家老の柴田勝家は、早速三男の信孝を推した。
勝家 「お二人のうち、長幼の序からすれば、次男の信雄様となろうが、
それがしは、あえて信孝様をご推挙申し上げたい。
わけは他でもない。
お屋形様の弔い合戦となった明智討伐に、信孝様が加わっておられたゆえである」
その勝家の言には、誰も異議を唱えるものはなかった。
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もう信孝で決まりだと誰もが思ったとき、突然秀吉が立ち上がる。
秀吉 「待たれよ、柴田殿!」
勝家 「羽柴殿は異論でもおありか?」
秀吉 「 いやいや、どなたかを、お忘れではないかと思いましてなあ」
勝家 「どなたかとは?」
秀吉 「我らが主君たる織田信長様のお世継ぎともなれば、やはり筋目を通さぬわけには・・」
勝家 「筋目? 筋目とはいかなる意味じゃ?」
秀吉 「後継には嫡流をもってすべきかと」
勝家 「嫡流?」
秀吉 「一家の長男、そのまた長男と連なるお方のことにて。
ゆえに推挙致しきお方はただお一人。
お屋形様のご嫡男にして、本能寺の折、共に亡くなりし、
ご長男信忠様のご嫡子にござる」
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そう言うと襖を開けると、
先ほどの男児が入ってきて、秀吉に抱きつく。
秀吉 「一同、頭が高い!
こちらにおわすは、畏れ多くも織田信長公のご嫡孫、三法師様にあらせられるぞ!」
その言葉に場内の人々は、一斉に平伏してしまう。
その瞬間、後継は、三法師で決まった。
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部屋に戻った秀吉は、全員をまんまと出し抜いたと大得意。
それには、妻のおねや、母のなかも知らなかったとはいえ、
加勢したことになり、あまりいい顔はしていなかった。
秀吉 「わしは織田家のために、やっておるのじゃ。
・・・いかなる形であれ、このわしが支えなんだら、
他の大名衆が寄ってたかって、織田家を裸にひん剥いてしまうではないか」
おね 「わたしには難しいことはわかりませぬが、ひとつだけ、分ってることがございます」
秀吉 「な、なんじゃ」
おね 「猿が天下人になるなど、聞いたことがございません」
秀吉 「やかましい!」
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その頃、秀吉に出し抜かれた形で、家督相続を逃がした信孝が、
市の部屋を訪れていた。
信孝は、市に折入って話があると言う。
市 「母は、嫁ぐことにした」
江 「ええーっ!」
茶々 「お、お相手は、どなたなのでしょうか?」
信孝 「それはわしから言おう。柴田修理亮勝家である」
それは三姉妹にとっては、思いもよらぬ名前だった。
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勝家は、市とは年が離れすぎており、
さらに見た目がさつで、秀吉と変わらないぐらいの醜男だったからだ。
とても市と釣り合うとは思えなかった。
勿論、3人とも大反対だった。
江 「柴田殿をお好きなのでしょうか?」
初 「(吐き捨てる)そんなわけがあるまい」
江 「好きでもないのに嫁ぐのですか?」
市 「それは違う」
茶々 「違う、とは・・・・?」
市 「私は柴田殿を猿に勝たせたい。 ゆえに妻となる。
・・・誰かの思惑に縛られ、操られて動くのでもない。
母は武将の心で嫁ぐ。そう申してもよいのかもしれぬ」
その言葉は、以前に浅井家に嫁ぐときに言った言葉でもあった。
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一方、市の婚礼話を聞いた秀吉は驚いていた。
そして、勝家に対して怒りを露にした。
秀吉 「織田家を危うくするのは、この秀吉じゃと?
それを防げるのは勝家だけである・・・そしてもっと言うならば、
お屋形様の妹君が嫁いだ先を、わしが攻めるはずがなかろうと?」
秀長 「兄者、ちっとは落ち着け!」
秀吉 「望み通りにしてやろうではないか
・・・わしが織田家を危うくする、そこをまことにしてくれようぞ・・・・!
これはお屋形様の命じゃ。
お屋形様が、わしをお試しになっておられるのじゃ・・・
よくぞ明智を討った、しかし次は、天下をおぬしのものとすることができるか?!
とな・・」
秀長 「て、て、天下じゃと?」
太陽に向かって羽の生えた下駄 くんじろう
秀吉 おのれ見ておれ勝家!
おぬしを討ち滅ぼし、その首、お屋形様の墓前にそなえてみせようぞ・・・。
天下取りはその次じゃ。見ておるがよい・・・・!」
秀長 (呆然と)天下・・・・取り・・・・」
決意の表情をする秀吉。
その頃、勝家は市の部屋を訪ねていた。
市と三姉妹の前で、小さくなり顔を真っ赤にしていた。
とても市の顔をまともに見れそうもまかったが、
市は背筋をまっすぐに、勝家を見据えていた。
三姉妹は、勝家に対して敵愾心を露にしていた・・・。
安定剤が寒い畳を転がって 森中惠美子
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