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川柳的逍遥 人の世の一家言
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モノクロの顔で耐えてる生きている  北山恵一





            四足門(よつあしもん) (年中行事絵巻)

平生昌は本来なら中宮を迎えるなど考えられない身分の低い者であった。
中宮定子がお産で滞在するために、東の門を「四足門」に作り替えた。




式部ー平生昌




大進の平生昌(たいらなりまさ)の家に、私のお仕えする中宮さまが、
お産のためいらしたときのことである。
大進は、中宮職の役人で、そんなに身分は高くないから、邸の門は四本柱に
できない。でも中宮さまの「行啓」というので、とくに改造して四本柱にし、
その門から中宮さまの御輿はお入りになった。
われわれ女房たちの牛車は、北の門から入れるつもりだった。
警護の者の詰所にも人は居るまいし、どうせ車はそのまま、たてものに横付
けするだろうしと、たかをくくって、ろくに身なりもかまわないでいたら、
なんと門が小さくて檳榔毛(びろうげ)の牛車など入らない。
しかたなく車を下り、邸まで敷物を長々と敷いて歩かねばならなくて腹立た
しかった。それをまた、殿上人や地下の役人たち男性が見ているのだ。
いまいましいったらなかった。




靴ひもの結び直しのような家  はるのあきこ





   お産の祷り (安田靫彦筆)(東京国立博物館蔵)

安産祈祷のなかで 出産する女性を描いている。
半裸の女性は物の怪をのりうつらせる憑坐(よりまし)である。
清少納言が仕えた中宮定子は、一条天皇との間に3人の子をもうけたが、
3人目の出産の際、25歳の若さで世を去り、これを機に、清少納言の
宮仕え生活も終った。




中宮さまの御前に参上して、先刻の有様を申し上げると、
「ここでも、人は見ないものではないのに、どうしてそう気をゆるしたの」
とお笑いになる。
「ですが、まあそれは見慣れているでしょうから、あまり綺麗にしていたら
 かえってびっくりする人もおりましょう。
 それより、これほどの家に車も入らぬような門があるものでしょうか。
 生昌が現われたら、笑ってやりましょう」
などという内に<これをさしあげましょう>と生昌がやってきて、中宮さま
のお手回り品------御硯やら何やら持ってきて御簾の下からさし出した。




顔認証ときどき家に入れない  吉田吹喜





生昌は五十あまりの実直な男性である。
「ねえ、ほんとにあなたってお人が悪いわ、どうしてお邸の門を狭く造って
 らっしゃるの」
と私がいうと、生昌は笑って、
「家の格や身分に合わせたのでございます」
と答える。
「でも、門だけを高く造った人もあったて聞きますわよ」
というと、
「やや、これはまいりました!」
と生昌はびっくりして感に堪えぬごとく、
「よくそんなことを御存知で。
 それは漢の于定国(うていこく)の故事でございましょう。
 門を大きく造ったために子孫が栄えたという…。
 年功を積んだ進士でもございませんと、おっしゃることがわかりますまい。
 私はたまたま、この道を専攻しておりましたから、それと察せられたので
 ございますが…」
(進士=学問を修め、役所の試験に合格した者)




口下手を美点に変えて聞き上手   廣渡憲峰




「さあ、その道もいいかげんなものよ。敷物をしいてあったけれど、
    穴ぼこに落ち込んだりして、みな大さわぎでしたわ」
というと、
「雨が降りましたから、さもありましたろう。
 いやもう、あなたさまが 何かいわれるとこちらは閉口頓首です。
 失礼いたします」
といって、あわてて立ち去った。 中宮さま
「どうしたの、生昌がやりこめられていたようだったけれど」
と仰せられる。
「何でもございません。車が入らなかったことを申しておりました」
と申し上げて、局にさがった。




抽斗の把手にもある黙秘権  笠嶋恵美子





        国宝・高燈台(たかとうだい) (東京国立博物館蔵)

光を得るための必需品。灯明皿をのせて用いる。



その夜は同室の若い女房たちと共に、何もおぼえずぐっすり眠ってしまった。
東の対の西の廂……北側のふすまには掛金もなかったが、それも調べないで
そのままだった。
生昌は、家の主だからよく知っていて、そこをあけたのである。
変にしゃがれた声で、
「そこへうかがってもかまいませんか、いかがでしょうか」
と何度もいう声に目がさめた。
見ると几帳のうしろに立ててある燈台の光は、あかあかとして、
何もかもよく見える。 ふすまを五寸ほどあけていうのである。
おかしくってたまらない。
女の部屋に、夜中しのんでくる、というようなことは夢にもしない人だが、
中宮さまが、わが家に行啓されているというので、心おごっていい気になって
いるのかもしれない、などと思うのもおかしい。




怪しさはお互いさまの夕間暮れ   新家完司





私はそばに寝ている若い人を起こして、
「あれごらんなさいよ、なんだかうさんくさい人がいるわ」
というと、
彼女は頭をもたげ、それとみとめて、誰なの、そんなとこあけっ放してと、
ひどく笑った。生昌は、
「いや、何でもございませんが、家あるじと、この局のあるじの方と、ご相談
したいことがございまして」
「門のことは申し上げましたけれど、襖をおあけ下さいとは申しませんわよ」
と私がいうと生昌は、
「さ、そのことをいろいろお話し申したい、おそばへまいってもかまいません
 かな」
といった。 さあ、若い女房のおかしがること、
「まあ、みっともない。いまさら了解をもとめて入ってくるなんて、呆れたわ」
と吹き出すのである。
「いやはやこれは…。お若い方々もおいででしたか」
と生昌はあきらめてふすまを閉めて去った。
そのあとでみんなは、おなかを抱えて笑ったのである。




襖からぬっと毛脛がのびてくる  笠嶋恵美子





男だったら、女の部屋をあけた以上は、四の五のいわず入ってくればいいのだ。
入ってもかまいませんか、と男にいわれて、どうして女が、<はいどうぞ>、
といえよう。
おかしくて翌朝、中宮さまの御前に上ったときにお話し申し上げると、
「そんな色めいた噂を聞かぬ人だったのに…ゆうべの門の話に感心して、心ひか
 れて忍んできたのでしょうね。まあ、あの人をそう手ひどくやりこめたなんて
 かわいそうよ」
とお笑いになった。




疎んでも疎んでもカメムシの残り香  山口ろっぱ





     紫式部日記 絵詞(若宮の成長をよろこぶ)(東京国立博物館蔵)

若宮が生れて50日目には、祝いの食膳が据えられて宴が催される。
清少納言が仕えた中宮定子は3人の子を産んだが、天皇の母に
なることはなかった。
紫式部が仕えた中宮彰子が産んだ2人の子は、後一条天皇、
後朱雀天皇として即位している。




姫宮はことし四歳におなりである。
おつきの童女たちの装束を作らせるようにという中宮さまのおいいつけに対し、
生昌は、
「童の衵(あこめ)のうわおそいは何色にいたしましょう」
と申し上げるのを、また女房たちは大笑いした。
汗衫(かざみ)といえばすむものを、物々しい古風な言葉で、<うわおそい>
などというから、若い人々はふき出すのだ。また、
「姫宮のお膳は、ふつうのものではにくげでございましょう。
 ちゅうせい折敷(おしき=ふちのあるお盆)、ちゅうせい高坏(たかつき)
 が よろしゅうございましょう」
この人、言葉や発言に独特のものがある。
ちいさい、といえばいいのに、<ちゅうせい>、だなんて…。




温かな言葉で防ぐ隙間風  掛川徹明




「それでこそ、<うわおそい>を着けた童女も、おそばへまいりやすいこと
 でしょう」
とからかうと、中宮さまは、
「世間の人のように、からかわないでおきなさい。
 まじめで、りちぎな人なのよ、かわいそうに」
と制せられるのもおかしい。
ちょっと手すきのとき<大進がお話し申し上げたいと申しております>と人が
私にいうのを中宮さまはお聞きになって、
「また、どんなことをいって笑われようとするのでしょう」
と仰せられるのも面白かった。





哲学の道で一をゼロとした  野口 裕





「行って話を聞いてらっしゃい」
と仰せになるので、わざわざ出かけて行ったら、生昌は、
「先日の門の話を、私の兄の中納言に話しましたらたいへん感心いたしまして、
 どうかして適当な折に、<お目にかかってお話を伺いたい>、と申しており
 ました」
というので、なんのこともなかった。
先夜、忍んできたときのことを恨むのかしら、と、ちょっと胸がとどろいたが、
そうでもなく、
「そのうち、ゆっくりお部屋に伺いまして」
と去ってゆく。
帰ると<何だったの>中宮さまが仰せられるので、これこれと生昌の言葉を
申し上げると、またみんなおかしがった。





ひと呼吸置けばふっくらする言葉  靏田寿子




「わざわざ呼び出していうほどのことことでもないじゃありませんか、
 ついでの時に部屋にでも来て言えばすむのに、ねえ」
と笑うと、中宮さまは、
「生昌はよっぽど兄を尊敬しているのよ…自分の尊敬している兄が褒めたと
 いうことを、あなたに聞かせたら、どんなにあなたが喜ぶかと思って、
 わざわざ知らせたのよ、優しい人じゃないの」
とおとりなしになるのである。
そう仰せられる中宮さまこそ、なんとお優しいお心であろう。
なんとすばらしいお方であろう。



気を付けて生きねばならぬ歳になり  谷口 義

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