川柳的逍遥 人の世の一家言
ちりめん雑魚数える元気ありません 西澤知子
天中から地閣までの13の相を示す陰陽道
江戸時代の仮名草子『安倍晴明物語』には、陰陽道による人相の見方が書かれ ています。人の顔には、天中から地閣まで13部の位があり、13部が整い、
豊かであれば、「富貴の相」、陥没、偏りがあると「貧賤の相」とされる。
因みに、弘徽殿女御に描かれる黒子は、精力的でライバルを作りやすい相な
のだとか。 「桐壺~夢枕」 帝の住む清涼殿への道をふさがれた桐壺更衣。素足で雪の庭を歩き、帝のもと
に辿りつきます。その後、病弱な桐壺更衣はさらに弱り、その年の夏には、 ついに里に下がることに。それは「死」を意味していました。
身分も低く、しっかりした後見もいなかったのに、帝の寵愛を一身に受けた
桐壺更衣。他の妃たちの恨みの的になり、もともと、繊細な神経と身体は疲れ
はて、精神的なストレスが、更衣の生命を縮めたのです。 無念の死ともいえるその亡くなり方は、帝にとっても悔いを残すものでした。
今さらの今が一番逢いたい日 真鍋心平太
帝は桐壺更衣を「女御」と、呼ばせてあげられなかったことがとても心残りで した。 力関係がものをいう宮中。「更衣」という低い身分で、寵愛を受ける のは、相当プレッシャーだったはず。 それを知りながら、とうとう帝は、あれほど愛した女性の位階を生きている間
に上げることが出来なかったのです。 帝という地位にありながら、「思い通りに事を進められない」、桐壺帝の苦悩
も見え隠れします。 <物の怪でもよい。もう一度逢って触れたい。あの体に。あの心に>
当時は、病気や不吉なことの原因は殆どが物の怪の仕業と考えられていました。
帝がいくら物の怪でもいいから「もう一度、逢いたい」と願っても、あんなに
愛した生身の更衣はもう、この世にいないのです。 夢に出ることはあっても、体温も匂いもない、ただの幻…。
立ち竦むスクランブルの真ん中で 野邉富優菜
帝の夢枕に出てくるのは桐壺更衣のことばり 式部ー夢枕
「同じ煙になりたい------更衣の火葬に悲痛の北の方」
『限りあれば、例の作法にをさめててまつるを、母北の方、同じ煙にのぼり
なむと泣きこがれたまひて、御送りの女房の車に慕ひのりたまひて、愛宕 といふ所に、いといかめしうその作法したるに、おはし着きたる心地。 いかばかりかはありけむ。「むなしき御骸を見る見る、なほおはするもの と思ふがいとかひなければ、灰になりたまはぬを見たてたてまつりて、 今は亡き人と、ひたぶるに思ひなりなん」とさかしうのたまひつれど、車 よりも落ちぬべうまろびたまへば、さは思ひつかしと、人々もわずらひき こゆ』 【辞典】
限り=葬儀のきまったしきたりがあるので。
泣きこがれ=こがれは煙の縁語。
『訳』
いつまでも亡骸のまま、というわけにもいきません。
桐壺更衣は火葬されることになりました。更衣の母君(北の方)は、自分も同 じ煙になって空に上りたいと、泣き叫び、ついには女親は葬儀に参列しない決 まりなのに、野辺送りの車に追いすがり乗り込んでしまいます。 それまでは、「亡骸が灰になるのを見届け、諦めをつけましょう」と、気丈に
言っていたのに、いざ斎場につくと気は動転し、足元はふらつき車から転げ落 ちそうなほどです。 手塩にかけたひとり娘に先立たれる不孝。その嘆きは深すぎて、やはり母君が
ここに来るのは無謀だったのでは…と誰もが、どうお相手をしてよいのかわか らないと当惑するばかりでした。 「捨てるかな」までに時間がかかりすぎ 川本真理子
高 貴 な 人 の 葬 儀
『内裏より御使いあり、三位の位贈りたまふよし、勅使来て、その宣命読むなん、 悲しきことなりける。女御とだに、言はせずなりぬるがあかず口惜しう思さる れば、いま一階の位をだにと贈らせたまふなりけり。 これにつけても、憎みたまふ人々多かり』 【辞典】
三位=臣下の位は、最高位の正一位からもっとも低い少初位下まで
30階級。男性では、公卿と呼ばれるエリートは三位以上の官人
のこと。女性では、女官の最高位。尚侍(ないしのかみ)が三位
相当。また女御も三位。桐壺更衣は死後、三位になった。
宣命=漢文で書かれた(詔勅天皇の命令書に対して、国語で書かれた
ものを宣命と呼ぶ。三位は「みつのくらい」と読むように。
【訳】
亡くなった更衣に、三位の位を贈るという帝の命が伝えられましたが、そのお
使者を迎えるのもまた哀しいこと。 帝とすれば更衣を「女御」と呼ばせてやれなかった心残りからですが、この期
におよんでも、更衣への扱いを憎む人が多くいました。 穴埋めに二、三個土用干しの梅 山本早苗
『もの思ひ知りたまふは、さま容貌などのめでたかりしこと、心ばせのなだら
かにめやすく憎みがたかりしことなど、今ぞ思し出づる。 さまあしき御もてなしゆゑこそ、すげなうそねみたまひしか、人柄のあはれ に情ありし御心を、上の女房なども恋ひしのびあへり。
「なくてぞ」とは、かかるをりにやと見えたり』
【辞典】
もの思ひ知りたまふ=人の世の道理・情理をよくわかっている人。
さまあしき=人の目を気にしない。見苦しいまでの帝の寵愛ぶりをさす。
すげなう=冷ややかな目で見ること。
上の女房=帝のお側に仕える女官のこと。
なくてぞ=ある時はありのすさびに憎かりきなくてぞ人は恋しかりける
(生前は憎くてたまらなかった人だ、が亡くなった後は恋しく思われる)
【訳】
でも反対に、人を見る目が確かな人々は、更衣がとても綺麗で物腰も柔らかく
穏やかだったことなどを今になって思い出していました。 度を越した帝の寵愛のせいで妬んだものの、帝のお側の女官たちは、
更衣の優しい人柄や細やかな心配りをなつかしく思っていたのです。
七転び少しは知恵も貰ってる 津田照子
『はかなく日ごろ過ぎて、後のわざなどなどにもこまかにとぶらはせたまふ。
ほど経るままに、せむ方なう悲しう思さるるに、御方々の御宿直なども絶え てしたまはず、ただ、涙にひちて明かし暮らさせたまへば、見たてまつる人 さへ露けき秋なり。 「亡きあとまで、人の胸あくまじかりける人の御おぼへかな」とぞ、
弘徽殿などには、なほゆるしなうのたまひける。
一の宮を見たてまつらせたまふにも、若宮の御恋しさのみ思ほし出でつつ、
親しき女房、御乳母などを遣はし、つつありさまを聞こしめす』 【辞典】
はかなく=あっけなく。
後のわざ=死後に7日ごとに49日まで行われる法事のこと。
御方々の宿直=女御・更衣などを夜、侍らすこと。
露けき秋=ついつい涙してしまう、しみじみとした秋。
親しき女房=弘徽殿女御と通じている女房もいたので、帝は信頼できる
者を選んで若宮のもとへ遣わせた。
【訳】
時は過ぎていきます。帝は7日ごとの法事も決して忘れません。
心の痛みは和らぐどころか深まるばかりで、他の妃たちは遠ざけて更衣の面影
に涙する日々。
その痛々しい姿に、周囲もついもらい泣きしてしまうほどでした。 気がつけば季節はすっかり秋。
「まあまあ、死んでからも胸がむかむかするような御寵愛ですこと」
弘徽殿女御は相変わらずのもののいいよう、相手が故人とて容赦はありません。
帝は弘徽殿との間にもうけた一の宮を見るにつけ、
逆に更衣の忘れ形見である若宮が恋しく、思い出されてしまいます。
気心の知れた女房や乳母をたびたび里に遣わし、若宮の様子をお聞になります。
不意に秋足の裏から訪れる 井上恵津子
靱 負 命 婦 弔 問
『野分たちて、にはかに肌寒き夕暮のほど、常よりも思し出づること多くて 靱負命婦(ゆげいのみょうぶ)といふを遣わす』 【辞書】
靫負命婦とは=命婦というのは、女性の地位を示す称号で、後宮に仕えた中位の
女房のこと。父や夫などの官職にちなむ固有名詞で呼ばれるので、靫負の命婦 は、家族に宮中の警護をする衛門府の官人(靫負)がいたことがわかります。 『源氏物語』における「靫負命婦」は、使いとして桐壺更衣の母君、北の方へ 弔意の文を届けたり、帝の気持ちを伝えるなど、その信頼は絶大なものでした。 【訳】
野分めいた風が吹き、急に肌寒さを感じる夕暮れ、帝はいつにもまして
感傷的になり、靱負命婦という女房を更衣の里へ遣わせます。
台風禍藻のなき海の愁いとなる 平田のぼる
『夕月夜のをかしきほどに出だしたてさせたまひて、やがてながめおはします。
かうやうのをりは、御遊びなどせさせたまひしに、心ことなる物の音を掻き 鳴らし、はかなく聞こえ出づる言の葉も、人よりはことなりしけはい容貌の 面影につと添ひて思さるるにも、闇の現にはなほ劣りけり』 【辞典】
野分=秋の始めから野の草を分けて強く吹く風。台風。
面影=幻影
闇の現にはなほ劣りけり=更衣の幻は、闇の中で見る生きている。
更衣のはっきりしない姿にもかなわない、解釈する。
【訳】
命婦を送り出した帝は、美しい夕日を見つめながら、
「ああ あの人はこんな夕べに奏でる琴の音も上手で、ふと漏らす言葉も
心に響いたものだなあ」と、しみじみと思い出します。
でも、その幻をどんなに追いかけても、桐壺更衣はもういないのです。
流れ星願い聞く気のない速さ 片山かずお
靱 負 命 婦 帰 参
『命婦、かしこにまで着きて、門引き入るるよりけはひあわれなり。 やもめ住みなれど、人ひとりの御かしづきに、とかくつくろひ立てて、
めやすきほどにて過ぐしたまひつる。
闇にくれて臥ししづみたまへるほどに、草も高くなり野分にいとど荒れたる 心地して、月影ばかりぞ、八重葎にもさはらずさし入りたる』 【辞典】
八重葎(やえむぐら)=うっそうと生い茂った雑草。
【訳】
命婦が、更衣の屋敷に到着します。未亡人とはいえ、以前は、一人娘に恥をかか
せないよう、気を配って、小奇麗に暮らしていた母君ですが、泣き暮らしている うちに、庭は草ぼうぼうで荒れすさみ、屋敷には月の光だけが、生い茂る雑草の 間からさしこんでいるような状態でした。 十億年私に駆けてきた光 沼澤 閑 PR |
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