川柳的逍遥 人の世の一家言
凭れずにそっと寄り添う距離にいる 佐藤 瞳
貝覆いの貝は、女性の掌中に握るのに適した大きさ(横9㎝・縦7,3㎝)の、
伊勢国二見産ハマグリを用いました。殻の内面には紙を貼り、
『源氏物語』などの絵をかき(左右一対の殻には、同じ絵を描いた)
金箔などで極彩色に仕上げ、ふっくらと盛り上がった金色の雲に囲まれて、
その華麗さは見るものの目を奪われます。
二枚貝の二枚の殻は、もともと対になっていたもの以外とは合いません。
この性質を利用した遊びが「貝合わせ」です。
ふっくらのおかめで敵をつくらない 安土理恵
遊び方は、我々がやるトランプの神経衰弱と同じで、全体を二つに分け、 その一方は伏せて出し、地貝のなかから形と表面の模様を頼りに対の貝を
みつけていきます。
二枚の貝の内側には、同じ絵が描かれていて、対かどうか確認します。
平安時代の「物合わせ」の一種から発達したこの遊びは、室町時代から
上流階級に広まり、江戸時代に女の子たちの間に広く普及しました。
少女たちは、雅やかな王朝の世界にこころ馳せたことでしょう。
君のそのいたずらっぽい目が魅力 木口雅裕
貝 桶
稲妻文金銀梨地蒔絵に牡丹唐獅子と三つ葉葵紋を施した蒔絵で、
緋色の紐が結ばれている。
絵の貝桶は備前岡山藩の池田家伝来で、千姫の娘、本田勝子が
池田光政に輿入れした時の婚礼調度のひとつといわれている。
「二夫にまみえず」という当時の道徳観と結びつき縁起のものだった。
式部ー貝合わせ
1,絵合(えあわせ)
光源氏と藤壺のあいだの子である冷泉帝は、とりわけ絵を
好まれた。その妃、梅壺女御と弘毅殿女御とが物語絵合わせで、
絵の優劣を争っている。
QRコードが出たら進めない 楠本晃朗
6,末摘花(っすえつみはな)
忍び会う仲の素直で優しい夕顔の死後、
「代わるような女性に巡り合いたい」ものと願っていた光源氏、
そんな折に末摘花という女性のことを聞きつけて、末摘花の箏を
聞いている。
空虚へ飾る一輪の露草 森井克子
5,若紫(わかむらさき)
北山に加持僧を訪ねた狩衣姿の光源氏。
ある庵室の小柴垣から覗き見をすると、そこに、憧れの藤壺にそっくりの
少女を見つけ、やがて自邸に引き取る。
時計屋へ過去を覗きに引き返す 木戸利枝
9,葵(あおい)
幼い紫の上を賀茂の祭に連れ出そうと、碁盤の上にのせて、
自ら髪を梳いてやる光源氏。心やすまらない日々の中で、
引き取って育てている少女の可愛らしさが、安らぎだった。
瞬きを忘れがちなのべっぴんは 酒井かがり
24、胡蝶(こちょう)
春三月、光源氏の正妻となった紫の上の御殿には花開き、
鳥もにぎやかにさえずり、それは美しいものがあった。
源氏はその庭の風情を人々に見せようと、船楽を催す。
薫風の森は小鳥のコンチェルト 池田みほ子
29、行幸(みゆき)
12月の雪が散るなか、桂川の西に開ける大原野に、
冷泉帝の鷹狩りの行幸が盛大にとりおこなわれる。
玉鬘(たまかずら)は行列の中に父・内大臣の姿をみつける。
まばたきの向こうで何がはじまるか 東川和子
30、藤袴(ふじばかま)
源氏の養女として育てられた玉鬘を源氏の長男夕霧が訪ねてきて
「姉弟としてではなく」と手に持っている藤袴を御簾の下から
さしだして、胸中をうち開ける。
友達以上愛人未満ケアハウス 田口和代
51、浮舟(うきふね)
情熱的で奔放な匂宮は薫(かおる)を装い、薫の思い人である
浮舟と強引に契りを交わす。その後、再び宇治をおとずれ、
舟に浮舟を乗せて連れ出し、対岸の小島で愛を誓う。
求婚のバラ一本のコンチェルト 山本早苗
「貝合わせーその歴史」
貝合わせとは、平安貴族が蛤の形や大きさ、色合いなどを題材にして
歌を詠み、その出来栄えを競う遊びでした。
はまぐりの貝殻の左右を切り離し、片方を貝桶に入れ、もう片方を円形に
伏せて並べ、貝桶から出した1枚と対になる貝を見つける遊びは「貝覆い」
(かいおおい)と呼ばれていました。
「貝覆い」は、平安時代末期から鎌倉時代にかけて、子女の遊びとして
始まり、その後「貝覆い」遊びが「貝合わせ」と呼ばれるようになったと
言われています
また貝合わせに使用する貝殻を「合わせ貝」と言い、合わせ貝は全部で
180個、つまり360枚もの貝殻を1セットとして遊ばれていました。
地貝の数が減るまでは、かなり大変で難しいことが想像できますね。
模様や大きさ、形などを目印にして探していたそうです。
あこがれの君が私の前をパス 井上恵津子
貝合わせは定番の遊びとして長い間愛され続け、江戸時代になると
貝殻の内側を蒔絵や金箔で美しく装飾するようになりました。
この装飾が凝っていくにつれて、有名な和歌の上の句と下の句を、
それぞれ地貝と出貝に書き分けて貝合わせを行う「歌貝」に発展します。
この歌貝は近世になると貝の代わりに紙の札を使って遊ばれるようになり、
やがて、今でも親しまれている遊び、「百人一首」として定着しました。
また、対になる貝は、決してお互いを違えないということから、
「夫婦和合」の象徴ともされました。
貝合わせの貝を入れるための貝桶は嫁入り道具にもなっており、
現代でも人前式の結婚式において「貝合わせの儀」は残っています。
花道のほかは歩いたことがない 竹内ゆみこ PR |
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