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川柳的逍遥 人の世の一家言
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切り花にしないで根ごと私です  下谷憲子


   葵の上

のぼりぬる 煙はそれと わかねども なべて雲居の あはれなるかな

(空に上っていく葵の上を焼いた煙はどれだかわからなくなったけれど、
  雲のかかっている空のすべてが懐かしくおもわれてしまう)

「巻の9 【葵】」

光源氏22歳。桐壺帝は既に、源氏の兄にあたる朱雀帝に帝位を譲っていた。

源氏も昇進して今は大将という地位にいる。

でも身分があがるほど、軽はずみな行動ができなくなる。

忍ぶ恋人の六条御息女をはじめ、源氏を待ちわびる姫君たちは、

寂しい思いを続けている。

さらに桐壷帝が退位後、桐壷院となってからは、

藤壺といつも一緒なので、
源氏の物憂い気分は増すばかりであった。

如月の跳ぶに跳べない水溜り  合田瑠美子

そんななか、少し心を安らかにしてくれたのが、正室の葵の上だった。

これまではなんとなく、ぎくしゃくした関係だったのが、

お腹に源氏の赤ちゃんができ、心細げな仕草を見せたりする。

そんな葵に源氏は、次第に愛おしさを感じるようになっていたのだ。

そんな頃、源氏も行列に加わる祭典が開かれる。

身重の葵の上は気分が余り優れず、最初は見物にいくつもりはなかったが、

若い女房たちに促されて、日が高くなってから急に出かけることになった。

そして源氏の恋人・六条御息所も忘れられぬ源氏の姿を一目見ようと、

恥を忍んで祭りに参加してきている。

一秒前を破り捨てましたので生きる  山口ろっぱ


   車争い

時の人、源氏の君が祭りの行列に参加するとあって、見物席は大賑わい。

女性たちを乗せた車は止める場所も無いほでである。

葵の上の車が到着したときも、場所がなく従者たちは先に止めてある車を

おしのけて強引に乗り入れていく。

ついには六条御息所の車は後ろにおいやられ、

まったく行列が見えなくなったどころか、車の一部が破損してしまった。

お忍びで出かけたはずなのに、衆人の中でまことに体裁が悪く、悲しく、

悔しくて、六条御息所は見物を止めて帰ろうとするが抜け出る隙間もない。

源氏の正妻に場所を奪われ、源氏の姿もチラリとしか見ることができず、

六条御息所は自分の憐れな姿を嘆くのだった。

半熟の牛車で祇園会へ帰る  くんじろう

そんな騒動があり、暫く経った頃、懐妊している葵の上の容態が悪くなる。

偉い僧侶を読んでの加持祈祷など、当時としては精一杯の治療を施すが、

「どうしても取り払えない物の怪が憑いている」というのである。

あの六条御息所にも、この噂は届いていた。

彼女はこの頃、正気を失ったようになることが、たびたびあるので、

「もしやその物の怪は、自分自身ではないか」と、思い悩んだ。

懸命の祈祷が続けられ、いくつかの物の怪は退散していったが、

一つだけ、どうしても去らない悪霊がいる。

そこで祈祷をさらに強めると、とうとう物の怪が葵の上の口を借りて、

「どうかご祈祷を少しゆるめてください。

    源氏の君に言いたいことがあります」 
という。

距離おいて愛の深さを確かめる  上田 仁

葵の上は、まるで臨終のときの様子で、源氏に遺言でもあるのかと、

左大臣や大宮も下がって、源氏ひとりを几帳の中に入れた。

ふだんは打ち解けず、つんとすました様子であったが、

病床に伏せった彼女は、警戒した雰囲気も消え、いじらしく感じられた。

源氏は思わず泣き伏した。

すると葵の上は気力もなさそうに顔をあげ、

それから源氏の顔をこの世の名残り
のようにじっと見つめ、

瞳からは大粒の涙が零れ落ちてくる。


諦めの裏は霙が降っている  嶋沢喜八郎


 物の怪と葵の上

あまりに激しく泣くものだから、

源氏もきっとこの世の別れが辛いのだろうと


「たとえ万が一のことがあっても、父母や夫婦の縁は深いと申しますから、

    生まれ変わっても必ずどこかで巡り会うものです」と慰めた。

すると葵の上はじっと源氏の顔を見つめたまま、

「いえ、そんなことではございません。この身が苦しくて仕方がないので、

    どうかもう少し祈祷をゆるめていただきたくて」という。

この後、葵の上に乗り移っていた生き霊は、いつの間にか消えていた。

言の葉の意味へ寝返りばかりうつ  山本昌乃

生き霊が消え葵の上の様態も持ち直し、まもなく美しい男子が生まれた。

子を授かり、源氏は葵の上に深い愛情を感じ、葵の上も苦しみの中で

源氏に
すがり、2人の間にようやく夫婦らしき仲睦まじさが生じていた。

一方、葵の上が無事に出産したとの知らせを聞き、

六条御息所の心中は穏やかではなかった。

ふと気付くと、自分の体の隅々にまで芥子の匂いが染み付いている。

祈祷のときに護摩を焚く、その芥子の匂いがついて離れないので。

六条御息所は、全身に鳥肌が立つのを覚えた。

胸の底図太い鬼に居座られ  牧浦完次

やっと、本当の夫婦らしい仲になれたと思った矢先、

葵の上は再び物の怪に襲われたように、激しく苦しみだし、

宮中にいる源氏に知らせる間もなく息絶えてしまった。

祈祷のための僧侶を呼ぶにも間に合わない。

左大臣の狼狽ぶりは尋常ではなく、もしかすると生き返るのではないかと

葵の上の遺体をそのままにしておいて、二、三日その様子を見守ったが、

しだいに表れる死相を見るにつけ、嘆くばかりであった。

後には、生まれたばかりの子どもが残された。後の夕霧である。

【辞典】 「御息所」

御息所は、皇子や皇女やことのある帝につかえていた女性のことをいう。
六条御息所それなりに高貴な身分であった。
それゆえ開けっ広げに源氏を
求められず憂鬱な日々を送っていたのである。
尚、祭り見物の場所取り争い
で彼女の車をおしのけようとする
葵の上の家来に、六条御息所の家来が、

「押しのけられる身分のかたではない」と怒鳴っている。
因みに、六条御息所は「巻の4・夕顔」に登場している。

幽霊は毎日午前二時に出る  筒井祥文

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試されているのか女隙だらけ  上田 仁



深き夜の あはれを知るも 入る月の おぼろげならぬ 契りとぞ思ふ

(夜更けの情緒深い月の美しさを知っているあなた。君に会えたことは、
    浅からぬ前世からの縁だと思います)

「巻の8 【花宴】」

光源氏20歳の2月、宮中の紫宸殿で花の宴が催された。

いつものごとく源氏は、詩歌や舞いを披露して、周囲の注目を集め、

義父の左大臣は涙を流すほど感激をしている。

その夜、少し酒によった源氏は、この機会に藤壺に会えないかと、

あたりを探し歩いた。

が、藤壺の周囲は戸締りが厳重で忍び込む隙もない。

仕方なく朧月に誘われて、弘徽殿のほうに立ち寄った源氏は、

開いている戸口から「朧月夜に似るものぞなき」と美しい声でくちずさみ

源氏の方に寄ってくる女と出会う。

どこまでも阿呆で居ようか朧月  中野六助

驚くほど美しい女だった。

黒髪の匂いが鼻を掠め、何もかも心地よく、源氏は思わず女の袖を掴んだ。

「あなたは誰ですか?人を呼びますよ」

女が叫び声をあげようとすると、源氏はその声を塞ぐようにして、

「およしなさい。私は何をしても許される身分ですから」 と言った。

その声を聞いて、女は瞬時に相手が源氏だと知った。

女の心は揺れ動いた。

今をときめく源氏に対する憧れがなかったとはいえない。

好奇心もあっただろう。

女は源氏に恋してはいけない立場にあったが、一夜の契りを交えた。

こんなにも尻尾ふっているではないか  田口和代

やがて夜が明け始め人の動く気配がする。

ここは、敵方ともいえる弘徽殿なのだ。

明るくなる前に姿を消さなければならない。

源氏はこのまま別れるのを惜しく思った。

「あなたの名前をお聞かせください。そうでないと二度と会えなくなる」

女はただ微笑むだけで、決して自分の名前を明かそうとはしない。

やがて、人々のざわめく声が聞こえだした。

源氏は仕方なく、自分と相手の扇を咄嗟に交換した。

狂おしい幻想的な夜だった。

そして、源氏は女を「朧月」と呼んだ。


君の名を書いて消します曇り窓  嶌清五郎



3月になって、右大臣家では藤の宴が催される。

源氏も招待を受け、再び、幻の人と会えることを期待して赴いた。

名も告げずに別れた人・・・。

あの高貴な雰囲気からは、とても身分の低い女房とは思えない。

だとすれば、右大臣の五の宮か六の宮だろう。もし六の宮だったら・・・。

そう思うと源氏は背筋が寒くなるのを覚えた。

六の宮はすでに東宮に入内することが決まっている、

それは兄である東宮から愛する人を奪うことであり、

自分を目の仇にしている右大臣家に公然と弓を引くことでもある。

桐壷帝の第一皇子(東宮)の母親は、右大臣の長女・弘徽殿女御で、
東宮は源氏の腹違いの兄になる。また朧月夜も右大臣の6女である。
すなわち朧月夜は弘徽殿女御の妹になる。

失望という名の船が打ち寄せる  高橋謡々



それでも源氏は、恋すること自体に罪はない。

「心は何者にも縛られてはいけない」と思い返し、宴もたけなわの頃、

酔ったふりをして席を立ち、女たちの寝殿に入り込み、

「扇を取られ、ひどいめにあいました」などと言いふらしながら歩き回る。

「変な人」と几帳の向こうから聞こえた声は、事情を知らない人である。

その中で、一人溜め息をつき 躊躇する人がいる。

源氏は思い切って、その溜め息をつく人のところに行き、

几帳越しに手をとって声をかけた。

帰ってきたその声は、まさにあの朧月夜の君であり、六の宮であった。

訳ありの声はいつでもうすみどり  清水すみれ

【辞典】 政界の構図

光源氏の正妻は・左大臣の娘・葵の上。
にもかかわらず、この花宴の巻で源氏は右大臣の6女と恋に落ちてしまう。
左大臣対右大臣という政治的対立の中で、この色恋沙汰は危険な綱渡り。
当時、政治の実権を握るのは、帝ではなく、むしろその後見人たちなのだ。
いわゆる外戚政治である。
位の高い政治家たちは、後見人の地位を獲得する為、
自分の娘を後宮に加え、
何とか皇子を生ませたいと願っているのである。


誤作動もあるさ人間なんだから  嶋沢喜八郎

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あやまち多き身に太陽は傾いて  森中恵美子


青海波を舞う光源氏(右)と頭中将 

もの思ふに 立ち舞うべくも あらぬ身の 袖うちふりし 心知りきや

辛い思いを抱える私は立派な舞いなどできないと考えてのですが、
それでも袖を振って舞った気持は分かってもらえたでしょうか。

「巻の7【紅葉賀】もみじのが」

桐壷帝による朱雀院への行幸は、10月の10日過ぎである。
                                 しがく
身重の藤壺女御に見せてあげるために、帝は「設楽」を清涼殿で行なった。

宮中で催す大イベントには、女性は見物できないという決まりがある。

そこで帝は、行幸のリハーサル「設楽」を行なったのである。

設楽なら、女性の観覧も許されたのである。

そして、この催しで光源氏頭中将の二人は美しい舞いを披露した。

桐壷帝や藤壺をはじめ多くの宮廷貴族たちは感激し、涙を流して見入った。

花吹雪浴びてうっとり春に溶け  須磨活恵

しかし、源氏と藤壺の胸中は、穏やかではない。

藤壺は、密通で出来た源氏の子を宿しているのである。

そして2月、藤壺が男子を出産する。

帝は一刻も早く若宮を見たいと待ち焦がれ、

源氏自身も気がかりで、
彼女の住む三条を訪れるが、藤壺は

「まだ生まれたばかりで、見苦しいから」


と、赤ん坊を見せることを頑なに拒否をする。

赤ん坊は、まさに源氏に生き写しだったのである。

「やはりそうだったのか。神は天罰をこのような形で下されたのか。

   この子は源氏との罪の子であるに違いない」

藤壺は自分の心の鬼に怯え、誰がこの子を抱こうとも、

きっと自分たちの過ちを暴き立てるに違いないと、一人苦しんでいるのだ。

あじさい闇どうにもならぬ事もある  山本昌乃

4月、参内した若宮を抱いて帝は、

「皇子たちは大勢いるが、幼いときからお前だけを抱いて見ていたから、

   自然とあの頃のお前の姿が思い出される。

   この子は実にあの頃のお前に似ている」

と述べられたことに、源氏は顔面蒼白になり、涙が零れそうになる。

藤壺はいたたまれなくなり、全身汗びっしょりになるのだった。

それには桐壺帝は何の疑いを持つわけでもなく、

わが子の誕生を喜び、
藤壺により深い愛情を深めるのだった。

阿・吽のあと2センチが埋まらない  桑原すヾ代

一方、罪悪感に戸惑う源氏は、妻・葵の上になぐさめを求めるが、

いまだ馴染まない。

その上、紫の上(若紫)を邸に迎え彼女の機嫌は、さらに悪化してる。
                   げんのないし
そんなとき、源氏は成り行きで源典侍という老女と密会することになった。

源典侍は、身分も高い才女であるが、好色な性格で、年老いても、

若い男性を相手に恋を繰り返す女性だった。

ところが、その密会の現場を、頭中将に見つけられてしまう。

源氏をからかう頭中将、戯れて2人がじゃれあう様は子供の喧嘩である。

こんな老女と付き合っているのかと囃したてる頭中将も、

実は源典侍との付き合いがあった。 とはいえ、

源氏に嫉妬するような情熱を老女に向けていたわけではないのだが。

二人には少し明るい月あかり  三村一子

老女と親友との戯れあっても、藤壺や葵のことで源氏の心は晴れない。

今、落ち込んでいる源氏の唯一の楽しみは、

性格も容姿も日々美しくなっていく若紫と過ごすことであった。

夜は火を灯して、数々の絵を一緒に見たりする。

出かけようとすると、若紫は絵を見るのを止めてその場に泣き伏してしまう。

源氏は本当にいじらしく思って、背中にかかる豊かな黒髪をなで、

「私が留守にしたら、恋しいの?」

と聞くと若紫はこっくりと頷いてみせる。


「私だって、あなたと会えないのは、一日だって辛いのです。

   でも、恨み言をいう人が多くて、そういった人の機嫌を損ねたくないので、

 仕方なく出歩くのですよ」

若紫は膝に寄りかかったまま、話を聞きつつ、やがてうとうと眠ってしまう。

この若紫の寝顔を見るだけで源氏を慰める時間になった。

一隅をあたためているシクラメン  清水英旺

そんな初秋の日、藤壺が皇后の地位である中宮になり、

源氏自身は宰相の地位に出世するというお達しを受ける。

藤壺は、第一皇子の母である弘徽殿女御をさしおいての出世である。

源氏はこれを決めた桐壷帝は、譲位の意図があるのだろうと思うのだった。

譲位後も、藤壺の子の将来を確かなものにするため、

周囲の位を上げてこの子を守ってほしいと考えているのだと。

弘徽殿女御は、歯ぎしりするばかりであった。



【辞典】 紅葉賀の巻名)
光源氏と頭中将が清涼殿の前庭で雅楽・「青梅波」の舞を披露した。
舞いながらの歌詠みや演奏などがあり、2人の舞を見た人々は、
みんな涙を流して感動した。2人の披露した青梅波では、
きらびやかな衣装に加え、頭には紅葉をかんざしを挿している。
というこことで「紅葉賀」という巻名はこの舞いからきている。

逆転はぽとり涙が落ちてから  上田 仁

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水で酔えるのも血液型のせい  井上一筒


 末摘花の琴を聴く源氏

もろともに 大内山は 出でつれど 入るかた見せぬ 16夜の月

(一緒に宮中を出たはずなのに、行方をくらましてしまわれて…
    まるであなたは16夜の月です)
末摘花の巻には、14の和歌が詠われている。
上記の和歌は頭中将が源氏を尾行し姿を現したときの歌。

「巻の6【末摘花】」

ある日、乳母の子の大輔命婦が言うには、

故常陸宮の姫・末摘花が琴を唯一の友としてひっそり暮らしているという

興味を抱いた光源氏は、さっそく十六夜の朧月夜に常陸宮邸を訪れた。

そこは荒れた風情の邸。

聞こえてくる琴はうまくはないのだが、楽器が高級らしく聞き辛くはない。

そして源氏が寝殿近くから覗こうとしているところへ、

あとをつけてきた頭中将が声をかけてきた。

「どこに行くかと思ったら、こんなところにいい人を見つけたな。

   では、求愛競争をしよう」と言う。

アスファルトの裂け目からプレイボーイ  森田律子

その後、2人は競うように末摘花に手紙を書くが、なしのつぶてで、

いっこうに返事が来ない。

業を煮やした源氏は命婦の手引きで、末摘花の元に潜り込み契りを交わす。

このときは暗い中の出来事で、末摘花の顔も見られず、

そんな逢瀬が何度か続いたが、愛嬌もなく、何事にも古くさい末摘花に

味気なさを感じ、やがて足も遠のいてしまう。

君の名を書いて消します曇り窓  嶌清五郎

雪の降るある日、あまりに姫君が可哀そうだという命婦にほだされて、

再度訪れた源氏だったが、翌朝、一面の銀世界の中で見たのは、

あまりに醜い末摘花の容貌だった。

座高が高くて痩せぎす。

鼻は象のように長くて先は赤い。

顔は青白く、額は広くて、顔が長い。

取り柄といえば、長い黒髪ぐらい。

一度は愕然とした源氏だが、あれほどの不器量も滅多にないということで、

後見もない身を案じて、「見捨てずに面倒をみよう」と思うのだった。

甲冑を脱ぐと人情交叉する  上田 仁


   琴の音を聞き頭中将と賭けをする源氏

【原文】 「(紫式部)の末摘花の容姿描写を読む」
紫式部の性格の中の意地悪さが確りと出ている文章をどうぞ。

見ぬやうにて、外の方を眺めたまへれど、後目はただならず。
「いかにぞ、 うちとけまさりの、いささかもあらばうれしからむ」
と思すも、 あながちなる御心なりや。
   (見ないようにして、外の方に目をやるが、横目は尋常でない。
 「どんなであろうか、見馴れて少しでも良いところを発見できれば、
   嬉しいが」
と、思うのも、身勝手な考えというものだろう。

まづ、居丈の高くを背長に見えたまふに、「さればよ」と、胸つぶれぬ。
うちつぎて、あなかたはと見ゆるものは、鼻なりけり。ふと目ぞとまる。
普賢菩薩の乗物とおぼゆ。あさましう高うのびらかに、
先の方すこし垂りて色づきたること、ことのほかにうたてあり。
(まず座高が高く胴長に見えたので、「やはりそうであったか」と失望した。
   引き続いて、ああみっともないと見えたのは、鼻なのであった。
   ふと目がとまる。普賢菩薩の乗物と思われる。あきれて高く長くて、
   先の方がすこし垂れ下がって色づいていること、特に異様である)

まなざしの優しさ錯覚だっていい  佐藤美はる

色は雪恥づかしく白うて真青に、額つきこよなうはれたるに、
なほ下がちなる面やうは、おほかたおどろおどろしう長きなるべし。
痩せたまへること、いとほしげにさらぼひて、 肩のほどなどは、
いたげなるまで衣の上まで見ゆ。
「何に残りなう見あらはしつらむ」と思ふものから、
めづらしきさまのしたれば、さすがに、うち 見やられたまふ。
(顔色は、雪も恥じるほど白くまっ青で、額の具合がとても広いうえに、
   それでも下ぶくれの容貌は、おおよそ驚く程の面長なのであろう。
   痩せ細っておられること、気の毒なくらい骨ばって、
   肩の骨など痛々しそうに着物の上から透けて見える。
 「どうしてすっかり見てしまったのだろう」と思う一方で、
   異様な恰好をされているので、さすがに、ついつい目が行ってしまう。

世迷言のせて笹船押し流す  安土理恵

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虹はお空のフレスコ俯瞰図に置く  山口ろっぱ


   若 紫

見てもまた 逢ふ夜まれなる 夢のうちに やがてまぎるる わが身ともがな

(やっと逢えたけれど、次に逢える夜はもう当分に来ないだろうから、

  このまま夢の中に消えてしまいたいと思っております)

「巻の5【若紫】」

光源氏18歳、瘧病(わらわ)の治療のため北山の寺にきていたときのことである。

ここで出会ったのが、あの藤壺によく似た美しい少女。

散歩などしているところに、少女がやってきた。

少女は真っ赤に泣きはらした眼をこすりこすり、

「雀の子を犬君が逃がしてしまったの、伏籠に入れておいたのに」

とお守り役の尼(祖母)に訴えている。

尼は、「こっちにいらっしゃい」と言い少女を自分の膝の上に座らせ、

「あなたはどうしていつまでもそんなに幼いのかしら。

私の命が明日をも知れないのに」 と諭しながら連れ帰る。

この少女が若紫である。

そうだねぇ菫色って言うのかねぇ  河村啓子

源氏は美しい若紫を見ている中、恋い焦がれている藤壺のことを思い出し、

涙ぐんでしまう。

聞いてみるとこの少女は、

源氏の義母であり恋しい人でもある藤壺の姪だという。

母親を早くに亡くし、兵部卿宮という父親がいるにはいるが、

そこには別の正妻がいるので、尼である祖母に育てられている。

源氏はこの少女があの藤壺の姪と知って、なおさら興味を抱いた。

そして可哀想な境遇の若紫を源氏は、側に置いて育てたいと思うのだった。

さっそく「この子を自分の養女に」と申し出るが、

突然の申し出ということで、簡単には承諾されない。

似ていると言われ嫌やわと答える  石橋能里子

やがて療養も終わり、源氏は妻・葵の上のもとに帰るも、

 相変わらず妻とは気持がすれ違うまま。

葵の上の父・左大臣は、源氏に気をつかい娘に注意をするが、

葵の上はしぶしぶ従うだけ。

源氏と2人きりになっても他人行儀のつれなさ。

そんな境遇におかれた源氏は、ますますあの若紫への想いが募った。  

そんな折、源氏は体調を崩した藤壺が宮中から一時帰宅することを知る。

この機を逃してはならぬと、源氏は王命婦(おうみょうふ)という女房の手引きで、

短いながらも藤壺との密会を果たす。

スキ好きすきと炎くぐってくる恋慕  百々寿子

ところが藤壺は、深く思い悩んでいる様子。

以前、源氏と間違いを犯してしまったときのことを悔い、

「もう二度とそんなことはしてはならぬ」と思っていたからである。

源氏は夫・桐壷帝の実子。

つまり藤壺は義理の母親でもあるのだ。

そして運命のいたずらにより藤壷は、この密会で源氏の子を宿してしまう。

桐壷帝は藤壺の懐妊を聞くと大いに喜び、

「自分の子ができた」とますます妻への愛情を深めていく。

藤壺は帝に優しくされるたびに、罪の重さに恐ろしくなるばかり。

ため息を吐く時 森は深くなる  徳山泰子

一方の源氏も、最近は怖い夢ばかり見る不安定な精神状態。

心配になって占い師に見てもらうと、占い師は、

「将来、あなたは帝の父親になるでしょう」ととんでもないことを言い出す始末。

源氏も「世間が祝福して、騒いでいる藤壺の懐妊は、もしやあの夜の…」

 と不安を抱くのだった。

妻にも馴染めず、藤壺の懐妊に疑いと不安を持っていた源氏は、

「せめてあの美しい少女を」 と気を変えてみるのだった。

そして若紫を育てる尼のもとに何度となく手紙を出して、

「ぜひ、養女に」と打診をしているが、なかなか色よい返事はもらえない。

焦点がずれて傷心深くなる  山本昌乃


    幼い若紫

そうこうしているうち、しばらく日が経ち、源氏が久しぶりに手紙を出すと、

その内容は思わぬ内容だった。

あの病弱だった尼が亡くなったというのである。

源氏はさっそく若紫を訪ねていった。

屋敷はすっかり荒れ果て、見るからに薄気味悪い。

こんなところで頼るべき人を亡くし、幼い若紫はさぞかし心細かろうと、

源氏は胸が締め付けられる思いがした。

そこで源氏は、若紫の行く末について乳母に確かめたところ、

若紫は、父親の兵部卿宮が引き取ることになったという。

かき混ぜた言葉が不意を突いてくる  佐藤正昭

しかし亡くなった尼もこの乳母も、父親と住まわせるのが心配だった。

兵部卿宮の正妻はその昔、今は亡き若紫の母親に、

大分辛くあたった人で、そして子沢山。

そんな中でおざなりに育てられるのではないかと、危惧するのであった。

バンカーも池もありますご用心  吉岡 民

まもなく、惟光からの報告によると、

明朝、兵部卿宮が若紫を引き取りにくるという。

若紫が父宮のもとに行ったら、もう今までのように会えなくなる。

源氏は夜明け前に惟光を伴って、若紫の屋敷にかけつけ、

強引に乳母ともども若紫を、自分の屋敷に連れ去るのである。

兵部卿宮が屋敷に迎えにきたときは、若紫の姿はどこにもない。

兵部卿宮は落胆し、どうせ少納言が娘を継母のいる自分の屋敷に

連れて行くのを嫌って、姿を隠したのだと嘆いた。

こうして若紫は二条院で暮らし育てられることになった。

ここで若紫は、「紫の上」と呼ばれることになる。

さようならぴったり糊をつけていく  竹内ゆみこ

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