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川柳的逍遥 人の世の一家言
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ともだちをかぞえる右手さむくなる たむらあきこ

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   「近藤勇」

近藤勇が、率いる「新撰組」は、当時最強の武闘集団だった。

京に潜伏する龍馬にとって、最もおそろしい敵である。

龍馬と新撰組が、直接対峙することはなかったが、

「池田屋騒動」では、同志である望月亀弥太などが、

近藤らによって、斬られている。

「戊辰戦争」が勃発すると、新撰組は、鳥羽伏見や甲府勝沼などで、

官軍と戦うが、近代兵器の前に敗退。

そして、近藤は、下総・流山で捕らえられ斬首刑に処せられた。

さびしげな影がボスライオンにある   西山春日子

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 「土方歳三」

新選組・副長。

土方歳三は、捕らえた志士を、凄惨な拷問にかけることで知られ、

味方からも「鬼」と恐れられた。

京に潜伏していた頃の龍馬にとっては、もっとも出会いたくない男だったろう。

近藤が捕らえられ処刑されたあとも、

各地を転戦して、新政府軍に徹底抗戦。

その戦いぶりはまさに「鬼神」のごとく、局地戦においては、不敗を誇った。

「函館戦争」では、敵の大軍に突撃して、壮絶な最後を遂げている。

一度だけ主役になれる箱がある  松田俊彦

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     「永倉新八」

新撰組・二番隊組長や撃剣師範を務めるなど、中枢を成した。

芹沢鴨と同じ神道無念流の免許皆伝の持ち主。

剣術が、よっぽど好きだったようで、写真(前列中央)を見てもわかるとおり、

刀を常に、身のそばにおいている。

性格は、近藤局長の「非行五ヶ条」を、会津藩主・松平容保に訴え出たり、

「近藤を局長と認めるが、家臣ではなく、同志だ」 と主張するなど、

唯一、近藤を恐れなかった勇猛な人物。

「池田屋事件」では、近藤勇沖田総司らと共に奮戦。

沖田が倒れ、藤堂平助が負傷する中、一番の働きをみせた。

脇役の毒に食われている主役  菱木 誠

この永倉新八は、新選組結成前からの仲である、幹部13人のうち、

ただ1人生きのこり、76歳まで生きた。

その新八は、新選組に関する回想録を、数多く書き記している。

「二十人ほど残らず抜刀」

「容赦なく切り捨てる」

「沖田総司 病気にてひきとる」

「藤堂平助 深手負い」

「三度も危なきことこれあり」       永倉新八・「浪士文久報国記事」

ばらすつもりじゃ無かったのにかんにんえ 山口ろっぱ

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『新撰組として一番最初の仕事が”池田屋事件”―「真夜中の戦闘」』

新八の報告書・・・

テロを計画していた長州藩士を、中心とする過激派の藩士たちを、

新選組が斬り捨て、幕末動乱のきっかけを生んだー『池田屋事件』。

実は、池田屋にいた勤王の志士たち、二十数人に対し、

当初、邸内に突入した新選組は、総勢34名のうち、

近藤勇・沖田総司・永倉新八・藤堂平助のわずか4人だった。

”近藤勇の斬り込み時の言葉”

「御用改め、手向かいいたすにおいては、容赦なく斬り捨てる」

請け負った刺客はネコに化けていく  井上一筒

そんな少数のなか、沖田総司は、戦闘中に持病の喀血で、戦線から離脱。

藤堂もまた、汗で鉢金がずれたところに、太刀を浴び、

額を斬られ戦線を離脱した。

かたや、倒幕集団の土佐藩の望月亀弥太らは、

裏口から必死に脱出をはかり、

そこを守っていた新選組み浪士たちと、斬り合いになった。

3名の浪士(安藤早太郎・奥沢栄助・新田革左衛門)は、倒したものの、

望月亀弥太も深手を負う。

そして、長州藩邸付近まで逃げたものの、追っ手に追いつかれ、

望月は自刃した。

ヤッホーが向こう岸から戻らない  嶋澤喜八郎

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一方、新撰組側は、一時は近藤・永倉の2人となるが、

土方隊が応援に入り、戦局は新選組に有利に傾き、

9名討ち取り、4名捕縛の戦果を上げる。

勝利の背景には、

武士身分でないが故に、手柄を挙げて、

「武士になりたい」 

という隊士たちの悲壮な、思いがあった。

真剣になるまで研いでいる竹光  板野美子

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戦闘後に、会津・桑名藩の応援が到着した時、

土方は、手柄を横取りされぬように、

一歩たりとも、近づけさせなかった。

そして、新撰組の面々は、闇討ちを警戒し、翌日の正午になって、

壬生の屯所に帰還、沿道は、見物人であふれていた。

≪この戦闘で、数名の尊攘過激派は逃走したが、

 新撰組は、続く翌朝の市中掃討で、会津・桑名藩らと連携し、20余名を捕縛。

 市中掃討は激戦になり、会津藩5名、彦根藩4名、桑名藩2名の即死者を出した≫

出来たての殺意でふんわりしています 太田扶美代

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『龍馬伝』・第23回‐「池田屋に走れ」 あらすじ

龍馬(福山雅治)、勝(武田鉄矢)ら勝塾の面々は、

近藤長次郎(大泉洋)と、大和屋の娘・徳(酒井若菜)の婚礼を祝う。

そして、いよいよ待ちに待った「神戸海軍操練所」が完成した。

「ついにこの日が来たぜよ!」

大坂の勝塾で、学んでいた龍馬たちは、

全国の各藩から、送り出された訓練生たちとともに、

操練所での訓練をスタートする。

操練所に航海術、砲撃術、操練所は、新しいことを学ぶ意欲に、

満ちあふれていた。

血と汗と油絵具が塗ってある  牧野芳光

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しかし、そんな中、亀弥太(音尾琢真)だけは違った。

ついこの間まで、土佐勤王党の志士として、

半平太らと、行動をともにしていた亀弥太は、

かつての仲間たちが、「土佐でひどい仕打ちを受けている」 と耳にし、

思い悩んでいたのだ。

操練所に身を置くことが果たして正しいのかー。

苦悩の末、亀弥太は、ついに操練所から姿を消す。

長州の攘夷派とともに、決起するため、京に向かったという。

ライオンの昼寝に出会う現在地  菅野泰行

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今、ことを起こすのは、あまりにも無謀。

龍馬は焦るが、ほかの訓練生たちは、

海軍よりも、攘夷派を選んだ亀弥太に、冷ややかな態度だった。

「おらんでもええいう仲間らあ、ここには1人もおらん!」

そう言い残し、亀弥太を追って、京へ向かった龍馬は、

お龍(真木よう子)から、攘夷派の集会が「池田屋」という宿で行なわれると聞く。

亀弥太を死なせるわけにはいかない!

祈るような思いで、池田屋に駆けつけた龍馬を待っていたのは・・・、

想像を絶する悲惨な光景だった・・・。

指めがねあの世も細い雨が降る  梅崎流青

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「新撰組」は、この池田屋事件で名を上げるが、

逆に、幕末騒乱の火薬庫に引火させたといってもいい。

この事件から時代は、物凄い勢いで流れていく。

まずは、長州から火の手はあがった。

長州の三田尻港から、

藩兵・浪士を満載させた軍艦が続々出港して京に向かい。

薩摩藩と会津藩らによって、

京を追われた久坂玄瑞(やべきょうすけ)たちは、

帝を攘夷派の手に、奪い返そうと企んでいた。

手の届く範囲で凶器置かないで  杉山ひさゆき

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  獄中の半平太と以蔵

一方、土佐では、後藤象二郎(青木崇高)による、

武市半平太(大森南朋)への尋問は、厳しさを増していた。

そして、時代の流れから、ひとり外れた岩崎弥太郎(香川照之)は、

妻の喜勢(マイコ)との間に長女が誕生し、幸せをかみしめていた・・・。
 
人生を斜に渡ってきた男  小山紀乃

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