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川柳的逍遥 人の世の一家言
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口すすぐ昨日サヨナラ言った口  清水すみれ 

ありと見て 手にはとられず 見ればまた ゆくへも知らず 消えしかげろふ

そこに見えているのに、手にとることはできず、また見てみると
どこかえ消えてしまう。愛しいあなたは、まるで蜻蛉のようだ。

「巻の52 【蜻蛉】」

宇治の山荘は浮舟の失踪で騒然となる。

浮舟の秘密に関与していた右近だけは、浮舟の悲しみ苦しみ、煩悶が並み

並みでないことを知っていたから、宇治川に身投げしたに違いないと考えた。

小さい時から少しの隔てもなく親しみ合った主従ではないか、

隠し事は塵ほどもなかった間柄ではないか、

自殺の素振りも自分の前に見せられなかったのが口惜しい。

優しい柔らかい心の持ち主だった姫が自殺などと、まだ事実を事実として

信じることができずに、ただ悲しいばかりの右近であった。

誰あれもいない回転木馬秋になる  畑 照代

浮舟自殺の知らせを受けて、母である中将の君がかけつける。

あらかたのことを知る右近は、すべての成り行きを中将に話した。

女房たちは妙な噂が世間に広まるのを防ぐため、

その日のうちに亡骸のないまま、浮舟の葬儀を終えてしまう。

功罪を残し虚ろな通夜の雨  上田 仁

匂宮は、浮舟の最後の手紙に不振を抱き事情を聞くため従者・時方を送る。

時方は右近へ面会を求めたが、「急に亡くなったので、それどころではない」

と取次ぎの対応もおざなりである。

 「そうではありましょうが、何の事情も知り得ずに帰れませんので、何とか」

と時方は必死に言うも、右近は心労で寝込んでいることもあり、取次ぎは、

「ただただ今は、皆、呆然としておりますとだけお伝えください。

  少し気持ちも納れば、どんなに煩悶をしておられたか、宮様が来られた晩に

  どのような心境に姫があったのかなど話しができるかと思います。
  しょくえ
  触穢の期間の過ぎました時分に、もう一度お越しください」

結局、時方は使いの役目を果たせず、戻っていく。

ありふれた話でいいの もう少し  阪本こみち

薫は、そのとき母の病気の祈祷で、数日、寺に籠もっていた。

そのため知らせを受けたのは、葬儀も済んだあとだった。

薫も突然の出来事が信じられなかった。

まもなく薫は山荘を訪れ、相談もなく早々に葬儀を済ませたことに不満を

抱きつつ、侍従から聞く事情を察すれば、一人人生の深い悲しみを味わって

いた浮舟の生きていた時には、それを認めようとはせずに、たびたび逢いに

行くこともせず、寂しい思いばかりをさせて来たのであろうと思う後悔が

あとからあとから湧いてくるのだった。

手触りで時の過ぎゆくのがわかる  嶋沢喜八郎

思いもよらない悲惨な結末に、涙に暮れ、匂宮は病床に臥せってしまう。

多くの見舞いが訪れるが腹心以外、病気の本当の理由を知るものはいない。

匂宮は見舞いに来た薫と顔を見ると何となく引け目のようなものを感じた。

薫は色々な世間話のあと、匂宮の知らないこととして浮舟のことを話す。

宮も御承知のあの山里に若死にをした恋人と同じ血筋の人がいると聞き、

昔の人の形見に、ときどき顔を見て慰めにしようと思ったのですが、

世間から訳もなく悪く批評をされてもと思い、山里へ連れて行ったのです。

彼女を心の人として付き合いを考えていたところ、突然亡くなってしまいました。

人生の悲哀がまたしみじみと味わされ、寂しい思いをしております」

薫としては悲しい姿は見せるまいと我慢していたが、涙が自然とこぼれた。

薫の言葉に別な意味があることを悟り匂宮だが、素知らぬ風を貫いた。

 「お目にかけたら興味をお覚えるだけの価値のある女性でしたから、

あなたの愛人にどうかと思っていたのですよ」

と精一杯の嫌みを残して薫はその場を辞した。

結婚は紙の上での事だった  井上一筒

匂宮は浮舟の思い出話などをさせるため、宇治にいた侍従を呼び寄せ、

このまま明石中宮の女房になるようにした。

侍従には、匂宮を以前、蔭で見ていた時よりやつれ哀れに見えた。

そして貴族の姫君たちだけのお仕えしている場所だと聞いていて、

そうした上の女房たちの顔を、このごろ皆見知るようになってから考えても、

浮舟の姫君ほどの美貌の人は、いないと思うのだった。

陽炎に揺れて美人に見えてくる  牧浦完次

時が流れ、明石中宮が亡き源氏や紫の上を弔う法華八講を催した。

その場で女一宮を垣間見た薫は、その美しさに魅せられ恋心を抱く。

そして、その妹である妻・女二宮に、彼女と同じ装束をさせてみたりする。

薫はそうした折々にも大君を想い、

「あの人さえ自分と結婚しておれば、こんな目には・・・」

と悔やんでも仕方のないことを、いつまでも考えていた。

昔と遊ぶ酒はやたらと塩辛い  安土理恵

一方、匂宮は女一宮に出仕している宮の君(故・式部卿の娘)に心を寄せていた。

匂宮が今まであれば、八講会に集まった女性の中の人と問題を起こしていた

だろうが、すっかりと冷静になり、性質も変わったように思われた。

ところが近頃になってまた、恋しい故人に似た顔をしている宮の君に惹かれ、

式部卿の宮と八の宮は兄弟なのだからなどと、例の多情な心は、昔の人の

恋しいためという理由に、新たな好奇心もやまず、いつとなく宮の君を恋の

対象として考えるのであった。

また宇治にいた侍従は、若い2人の貴人を覗き見て、姫がどちらにせよ

この人たちに愛され生きておられればと思い、この幸運を自分から捨てて

しまったことを残念に思うと同時に浮舟の姫をしみじみ偲ぶのだった。

人の輪のやさしい方に乗り換える  菱木 誠

【辞典】  死の穢れ

浮舟失踪の知らせを受けた母・中将の君。このとき中将の君は、
浮舟の異母妹の出産が間近に迫り、なかなか家を離れられなかった。
それが飛んでもない結末に、動揺した中将の君だったが、女房の右近の
勧めもあり、世間体を考え亡き骸があるように見せかけた火葬を行った。
当時死は穢れであると考えられており、中将の君の夫・常陸守は穢れが
そのまま自分の邸に持ち込まれ、出産した娘と生まれたばかりの孫に何
かあっては大変と危惧していた。そのため中将の君は葬儀が終わっても
暫くは自邸に戻れなかった。浮舟の隠れ家だった小さな家で過していた。
亡き骸に触れることが出来たわけでなく、生死さえ定かではない、事情を
表沙汰にもできず、悲しみに堪えていた。
そこに突然常陸守がやってきて「まったくこの忙しい時に」と文句を言う。
中将の君は、ここで初めて常陸守にこれまでの事情の説明をすると、夫の
常陸守は驚いた。驚いたことは、そんな高貴な人と付き合いがあったこと。
浮舟の婚約破棄に加担したこの父親が、手の平を返すように娘の死を嘆く。
あんなに死の穢れを嫌っていたのに。

三角に握ってすます了見ね  山本早苗

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コロコロ携え草ぼうぼうの駅に立つ  山口ろっぱ


 浮舟と匂宮

橘の 小島の色は 変わらじと この浮舟ぞ  ゆくえ知られぬ

橘の小島の色は変わらず、ずっと同じでいられるのでしょうが、
この浮舟のような私の身の上は、どこへ行くのか分らないのです。

「巻の51 【浮舟】」

浮舟のことが忘れられない匂宮は、中君に届いた手紙から、

浮舟がに匿われていることを直感する。

夜も遅く宇治を訪れた匂宮は、山荘の戸を叩いた。

右近は、格子を叩く音を聞きつけて「だれですか」尋ねると

咳払いが聞こえ貴人らしい気配に、薫が来たものと思いこんだ。

「はやく戸をあけておくれ」 声は薫に似せ、

低い声だから違う人とも疑わず、右近は格子をあけ放した。


「道でひどい災難にあってね、恥ずかしい姿だから、灯を暗くして」

と言われるものだから、右近はあわてて灯を遠くへやってしまった。

盆栽は松の自意識踏みにじり  杉浦多津子

匂宮はそのまま薫になりすまし、浮舟の寝室に入り契りを交わしてしまう。

浮舟は漂う匂いに男が薫でないことを悟った。

浮舟はその行為のあさましさに驚いたが、相手は声も立てさせない。

あの二条の院の秋の夕べに人が集まって来た時にも、

この人と恋を成り立たせねばならぬと、狂おしく思った人だから、

激しい愛撫の力でこの人の、意のままに任せたことは言うまでもない。

初めからこれは潜入者であると知っていたなら、

今少し抵抗の仕方もあったが、こうなれば夢であれと思う浮舟であった。

整列も右向け右も苦手です  森田律子


匂宮と浮舟宇治川を渡る

何日か経って薫が宇治にやってきた。

申し訳のなさと後ろめたさがあって浮舟は、ろくに話もしない。

長く逢えなかったことが寂しいのだろうと考えた薫は、

「貴女のために建てている邸がもう出来上がるから、すぐ京に迎えるよ」

と優しい言葉で浮舟を慰める。

2月が過ぎて、匂宮は宮中で何気なく歌をくちずさむ薫を見かける。

浮舟が心から離れない匂宮は、薫のその姿に、たまらない悔しさを感じ、

無理を押してふたたび宇治を訪れる。


雪の中を宇治にやってきた匂宮は、山荘から浮舟を連れ出し、

用意させていた小舟に乗せて宇治川を渡り、対岸の別荘に籠もる。

浮舟は抵抗するすべもなく、過激で手慣れた匂宮の情愛を受け止め、

そのまま燃えるような2日間を過した。

野暮なこといいっこなしの膝と膝  田口和代

匂宮の深い情にほだされた浮舟は、薫への罪悪感があるものの

匂宮に惹かれはじめていく。

とはいえ、何日も逗留しているわけにもいかない、

匂宮は翌日、
浮舟に「必ず迎えにくる」と約束して京に帰っていく。

そうとは知らない薫は、浮舟を京に迎える準備に忙しい。

浮舟の母である中将の君も大いに喜んだ。

それらを目の当たりにして浮舟の心は、薫と匂宮の間で揺れ動く。

飛んでいる一線越えたあたりから  通 一遍

京に帰った匂宮は、薫の建てる浮舟の家が4月頃の完成すると知る。

そこで負けじと、匂宮は3月末に入居できる邸を手配する。

薫も匂宮もそうした進捗状況を、愛の言葉を添えて浮舟に知らせる。

浮舟は2人の狭間で、思い悩むばかり。

けなげに世話をしてくれる薫。

こころの赴くままの情熱的な匂宮。

浮舟は、今はもう自分が生きているのが悪いと、思うようになっている。

針の穴心の穴と計りかね  河村啓子

浮舟の心中も匂宮のことなども露知らず、薫は浮舟を迎えることに必死。

今では、中将の君からも信頼され、宇治でも引越しの準備がすすむ。

そんな薫が、ふとしたことから浮舟と匂宮の関係を知ることになる。

薫の手紙を送る使者が、別の恋文の使者と行き合い、

後をつけてみると匂宮の使者だったというのだ。

そういえば思い当たる節がいくつもある。

しばらくぶりに逢ったときの浮舟の様子がおかしかったのも、

そのためだと思われてくるのだった。

親友が僕の彼女を横取りに  樋口百合子

薫は、匂宮の非道さを恨んだ。

しかし、東宮候補である人物と表立って争うことはできない。

薫は、嫌みを込めた手紙を浮舟に送り、山荘の警備の杜撰さを叱った。

当然、警備は強化される。

山荘を囲む大勢の警備、薫から不実を攻め立てられる手紙、

浮舟は、この上は自分が死ぬしかないと入水を決意する。

冬の絵にストンと落ちて終わる恋  上田 仁

浮舟は匂宮から来た、3月末には京に迎えられるという手紙にも、

返事を書いていない。

たまらなくなった匂宮は、また宇治へやってくる。

しかし今度は山荘の周りに大勢の警備がいて、易々とは近寄れない。

匂宮は離れた場所で待機し、供人に様子を見てくるよう促す。

供人が連れ戻ってきた浮舟の侍従は、

「今日は無理です。どうかお帰りください」と泣きながら事情を説明する。

仕方なく匂宮は引き揚げた。

侍従は匂宮が泣く泣く帰っていったことを浮舟や右近に話す。

夕焼けも入る鞄を携える  合田留美子


仲睦まじい浮舟と匂宮

匂宮を断わり帰してからも浮舟の煩悶はつづいた。

匂宮の描いた絵を出して眺めているうちに、その時の手つき、

美しい顔が
まだ近い所にあるように見えてくる。

そんなにも心から離れない方だから、

最後にひと言の話しもできなかった
昨夜のことは、悲しくてならない。

初めから同じように「永久に愛して変わらない」と言ってくれた薫も、

自分が死んだ後、どんなに歎くことだろう、

その人への恋を忘れた心変わり
で死んだのだと言う人もあろうと、

想像するのも恥ずかしいことだったが、


軽薄な心で匂宮に奔った、と薫に思われるよりは、まだそのほうがいい。

節くれ立つ手は命の匂いする  池田貴佐夫 

母も恋しかった。

平生は思い出すことも、逢うこともない異父の弟や妹も恋しかった。

二条の院の女王を思い出してみても、恋しい。

またその他にも、もう一度逢いたいと思われる人たちがいっぱいいる。

夜に人に見られずに家を出て行くのは、どこをどうして行けばいいか

などという考えばかりが奔って、なかなか眠りつけない。

朝になれば川の方を眺めながら「羊の歩み」よりも早く

死期の近づいてくることが悲
しかった。

死ぬ覚悟をしている自分とも知らず、心を遣ってくれる母の愛が悲しい。

浮舟は仏へ敬意を表する型として、帯の端を肩から後ろ向きに掛け、

経を読み続けた。


親よりも先に死ぬ罪が許されたいためである。

いつも負を捜して濁る水たまり  宮井いずみ

【辞典】 匂宮から絵のプレゼント

匂宮が突然現れ、浮舟と強引に契りを交わした次の日、
匂宮は自分の置かれた
立場も顧みず、ここに残ると言い出した。
本当に手前勝手で情熱的な匂宮である。
その日は一日中、匂宮は飽きること
なく浮舟と睦みあい浮舟も女の扱いに慣れた
浮舟に惹かれていく。
さて、その時に匂宮は浮舟にちょっとした贈り物をしている。

男女が2人仲良くしてえいる姿を筆で描き、浮舟に
「寂しいときには、この絵を見て
心を慰めてくださいね」と渡し、
「いつもこうしていたいのですよ」と涙にながらに言う。

そんなことをされたら、色恋の経験が浅い浮舟の心はメロメロに。
しかもその絵はとても上手。こんなプレイボーイの資質は、祖父の光源氏
ら受け継いだもの。さらに絵の才能も光源氏から引き継いだものなのだ。

ひと通り遊びましたと鹿威し  美馬りゅうこ

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あなた好みにG線上に溶けてゆく  田口和代


傷心の浮舟を思う中将の君

さしとむる 葎(むぐら)やしげき あづまやの あまりほどふる 雨そそぎかな

雑草が生い茂って、簡単には入り込めない東屋。
こんな場所であまりにも待たされ、雨に濡れてしまったことよ。

「巻の50 【東屋】」

浮舟の母である中将の君は、の尼からの希望を伝え聞いたが、

あまりにも違う身分ゆえに、本当のこととも思えず、

浮舟の婿に左近少将を選んだ。

ところがこの左近少将は、常陸介の財産が目当てだったので、

浮舟が継子だと知るや否やいきなり 破談にして、

浮舟の妹である常陸介の実子に乗り換えてしまう。

浮舟を不憫に思った中将の君は、暫く中君のもとに預けることにした。

妥協することを知らないボタン穴  合田留美子


浮舟に言い寄る匂宮

中君は戸惑うが、異母とはいえ不憫な妹でもある浮舟を放っておけず。

邸の人目の触れないところに住まわせることにした。

ある日、浮舟が中庭の花を寛いで眺めているところに、匂宮

「私の邸にこんな美しい娘がいるとは」と言いながらやってくる。

好奇心が強く多情な匂宮は、
この機会をはずすまいとするように、

屏風を押しあけ、ズカズカと室へはいって来た。


そして「あなたはだれ。名が聞きたい」と言い、迫ってくる。

匂いから噂に聞く大将なのかもと思ったが、浮舟は恐ろしさを感じた。

「まあァ どういたしたことでしょう。けしからぬことをあそばします」

宮とも知らない浮舟の乳母が無礼な男を物凄い形相で睨みつける。

が宮は、
「だれだと言ってくれない間はあちらへ行かない」

と言い、なれなれしく浮舟に擦り寄ってくる。

浮舟は恐ろしさと緊張とで汗びっしょりだった。

群れてみますか脈拍が足りません  前中知栄

そんな所へ宮中からの使者が、明石中宮の病気の知らせを持っててくる。

匂宮は諦めざるを得ず、その場を去り、浮舟は危機を脱出する。

話を聞いた中将の君は驚いて、浮舟を三条の隠れ家に移すことにした。

この出来事もあり中将の君は、二人の貴人を比較して見る。

芳しい美貌の匂宮ではあるが、憧れの意識を持つことはできない。

娘を侮って無法に私室へ入ってくる方であると思うと、腹立たしい。

一方、薫は娘に興味を持っていながら、素知らぬ顔で本音を隠している。

それは残念なことだが筋を外さない立派な人だと、薫の方に好感を持った。

しかし若い浮舟は、匂宮の方に心を傾けるだろうと思うのだった。

哀しみに音あり淡い彩のあり  嶋澤喜八郎


隠れ家の浮舟と薫

一方、宇治では御堂が完成し、山荘の改築も済む。

そこを訪れた薫が弁と話していると、浮舟が自分の邸に近い三条に

移り住んでいると聞かされる。

薫は、弁にその隠れ家にいくよう要請する。

薫の手配した車で隠れ家に弁が行くと、心細い思いをしていた浮舟も、

顔見知りの弁の顔を見て気持ちがやわらげる。

その日の夜、宇治からの用事で来たと言って、秘かに門がたたかれた。

弁は薫だろうと思い、門をあけさせると、車はずっと中へ入って来た。

薫は弁を呼び浮舟へ取り次がせる。

弁は無下には出来ず薫を浮舟の部屋の方へ招くと、決意をしていた薫は、

そのまま浮舟の部屋に入り込み、新枕を交わしてしまう。


その後、薫は三日間の結婚の契りをむすんでしまうのだった。

そして朝ぷいと他人で出るホテル  上田 仁


 浮舟 宇治に着く

翌朝、薫は浮舟や弁を引き連れて宇治に向う。

薫は、その人(大君)でない新婦を宇治の山荘に伴って来たことを、

この家に泊まっているかもしれない故人(八の宮)の霊に恥じたが、

こんな風に体面も思わぬような恋をすることになったのは、

誰のためでもない、
昔、いわゆる大君が忘れられないからではないか、

などと考え
家へ入ってからは、新婦を労わる気持ちでしばらく離れていた。

その浮舟は自然の川をも山をも巧みに取り扱った新しい山荘の庭を眺め、

昨日までの仮住居の退屈さが、慰められるのだった。

が、薫は
自分をどうしようとするのだろうと、その点に不安を感じていた。

泣いているくせに何でもないなんて  嶌清五郎

薫は、さてこの人をどう取り扱うべきか、

今すぐに妻の一人としてどこかの
家へ迎えて住ませることは、

世間から非難を受けることにもろうし、


そうかといって他の侍妾らといっしょに 女房並みに待遇しては

自分の本意にそむくなどと思われ、心を苦しめていた。

が、当分は山荘へこのまま隠しておこうと思う結論に至る。

心象風景の中で蝶と戯れる  笠嶋恵美子

【辞典】 金持ちの受領

浮舟との婚約を破棄した左近少将は、その実家の財産が目当てだった。
実子でない浮舟との結婚では、自分に財産が回ってこないと考えたのだ。
ではなぜ、常陸介はそんなにお金をもっていたのだろうか。
常陸介は常陸の国を統括する責任者である。
諸国の行政を司るこれらの人は、
受領と呼ばれ各地で主に税の徴収をする
職にあるから、自分の才覚で、
民衆から税をかき集め、私服を肥やすことが
できたのである。

しかし、この常陸介は財力はあっても、学問や文化は身に付けていない人物
であったため、
風流なところを見せようと、財力にまかせて、見栄えのいい
女房を呼び寄せ
楽器や調度などを、やたらと沢山集めている。

子沢山の娘たちの部屋には、そんな調度が山のようにある。
左近少将に浮舟との婚約破棄を許し、代わりに実子の娘を嫁がせたのも、
左近少将
が帝に可愛がられているという言葉を愚直に信じ、金があっても、

足りない肩書きが、欲しかったためなのである。

痩せたイグアナはガラパゴスへ帰る  井上一筒

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ステゴザウルスの背にキューピットの矢 酒井かがり


中君に久々に会えた匂宮

宿りきと 思い出でずは このもとの 旅寝もいかに さびしからまし

昔はここを宿にして泊まっていた。そんなことを思い出さなかったら
この木の下の旅寝も、どんなに寂しいことでしょうね。

「巻の49 【宿木】」

今上帝には、明石中宮のほかに静かな寵愛を受ける女御がいた。

その女御は姫をひとり産み、その姫が裳着を迎える年頃になって、

死んでしまう。


今上帝は残されたこの姫(二宮)の将来を心配し、婿を探す。

その候補にあがったのが

臣下の薫が皇女の夫に・・・世間的には非常な名誉なことである。

今上帝は、朱雀院女三宮光源氏に嫁がせた例を出し、

皇女は結婚しないという通例も問題ないと、薫にそれとない要請をする。

上澄みはポーカーフェイス心得る  美馬りゅうこ

帝の「それとない要請」とは、つまり命令みたいなものである。

薫は大君や中君への恋心があるものの、止むを得ず婚約を受け入れる。

この話を聞いた夕霧は焦った。

薫には、一度は断わられたものの、真摯に向き合い、正式に依頼すれば、

娘の六の君をもらってくれると考えていたからである。

でもこうなっては仕方ないと、当初の狙い通り匂宮に的を切り替え、

明石中宮へ薫のことで抗議し、匂宮を説得してくれるよう頼みこむ。

これに匂宮は抵抗できず、こちらも結婚を承諾してしまう。

匂宮も今は、中君と幸せに暮らしているのに・・・。

満月が歪んで見える肩の凝り  合田留美子


匂宮・六の宮結婚の夜

乗り気のないまま、結婚の日を迎えた匂宮だが、

夕霧と六の君の待つ
六条院になかなか行かないでいた。

愛しい中君に真相を言えず、ぐずぐずしていたのである。

たまりかねた夕霧が使いを出して、やっと顔を出す有様。

ところが実際に六の君を目の前にして匂宮は、その美しさに驚いた。

浮気性の匂宮は、二条院にあまり帰らなくなってしまう。

上弦の月か下弦の唇か  くんじろう

ひとり残され寂しい思いの中君は、亡き父の遺言に背いて宇治を後にした

軽率さを悔やむが、すでにお腹の中には匂宮の子を宿していた。

つわりによる悪さも加わり、気分は滅入るばかり。

やがて、宇治に帰りたいと里心が膨らみ、ついには薫を呼び出して、

宇治へ連れて行って欲しいと言い出すのである。

薫は今でも、亡き大君に似た中君に恋心を抱いている。

匂宮の許しがないと無理だと言いつつ、御簾をくぐり中君に迫る。

言葉を尽くし口説く薫に、中君は泣いて抵抗すると薫はあきらめた。

薫は、中君が懐妊のため腹帯しているのを悟り、無理に迫れなかったのだ。

冬空に首つっこんで手のやり場  森田律子

薫が帰ったあと、久々に匂宮が二条院に戻ってきた。

そこで匂宮は、中君に薫の匂いを嗅ぎとり、

「不義をはたらいたのか」
と問い詰める。

中君は匂宮の形相の恐ろしさに泣くばかり。

やっとのことで「移り香くらいで、私を嫌いになるのですか」と言い、

泣きじゃくる中君に、匂宮は疑惑はあっても彼女への愛しさは変わらない。

それから匂宮は中君を奪われてはならぬと、二条院から出ないようにした。

しかし薫の住む邸は二条院のすぐ近く、匂宮のちょっとした外出もすぐ分る。

そこで薫は、隙を縫ってはまた、中君のところへのこのこ出かける。

白い息すべては胸に秘めておく  桑原すゞ代

しかし今度は中君が用心をして、女房を傍に控えさせていた。

どうしても中君が諦めきれない薫は、中君が振り向くような話題を振る。

「八の宮と大君を弔うため、山寺に御堂を造営する計画がある」

と、
言うのである。

そんな薫の熱心さにほだされた中君は、

「大君によく似た人が宇治にいますよ」

と、
自分からも薫が興味持ちそうな話題を振る。

大君にも中君にとっても、異母妹になる浮舟のことである。

薫は、気を逸らそうとしているだけだと、気にも留めずにその日は帰った。

アドリブが右斜め前からピョコン  雨森茂樹

9月になり、薫は久しぶりに宇治を訪れた。

八の宮と大君を弔うために、山寺に造営中の御堂を視察するためである。

そして今は尼となったと会い、大君の思い出話しをしているついでに、

中君が言っていた「大君にそっくりな人」のことを薫は言い出してみた。

弁は、人から聞いた話しだと前置きし、

それは八の宮が山荘へくる以前、20年前のころ奥様が亡くなり、

弁とも血縁のある人で、奥様の姪に当たる人の世話を受け、

なりゆきで愛人にした女性が、産んだ子だという。

そして今は、常陸介の継子となっている事実を知る。

玉葱を輪切りにしたいこんな夜  木口雅裕


 中君男児を生む

翌年2月には、中君が無事男児を出産、続いて薫も女二の宮と結婚したが、

薫の頭の中を占めているのは、宇治の御堂のことだった。

宇治詣での帰りに宇治に寄った薫は、偶然にも浮舟の姿を垣間見る。

若い女房が一人車からおりて主人のために簾を掲げていた。

恥ずかしそうにおりて来る人を見ると、全体のほっそりとした姿は

薫に昔の人を思い出させるものであろうと思われた。


扇をいっぱいに拡げて隠していて、はっきりと顔は見られない。

そのため薫は、期待とともに
胸騒ぎを覚えるのだった。

会った瞬間ビビビッと来ました  川畑まゆみ

【辞典】 新たなヒロイン

この巻の終盤、薫がちらりと覗き見た新しいヒロインが登場する。
まだこの巻では名前は示されていないが、重要な人物なので少し紹介。
薫が聞いた弁の話によると、この女性「浮舟」は八の宮の娘だという。
歳は20歳前後、大君や中君の異母の妹にあたる。
そもそもは八の宮が
妻を亡くしてまもない頃の話で、まだ俗聖などとも
呼ばれる前のことである。

八の宮は仕えていた中将の君という女房に手をつけ、孕ませてしまう。
しかし、八の宮は煩わしいことを嫌い、その中将の君を見捨ててしまう。
これに懲りて八の宮は、仏道にいそしむ俗聖になっていったのである。
 一方、見捨てられた中将の君は、別の夫を見つけ、その赴任地で一緒
に暮らすようになる。夫は(常陸守)である。
今回、浮舟が宇治の山荘に来たのは、初瀬へのお参りの帰りであった。
中将の君と弁とは血縁関係もあり、ときどき山荘を利用していたのだ。

指あてて唇を読む風を読む  嶋沢喜八郎

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居なければ困ると言ってもらいたい  瀬川瑞紀



 旅の準備をする中君

この春は たれにか見せむ 亡き人の 形見につめる 峰の早蕨

父も姉も亡くなってしまった新春の日。
形見として摘んでもらった峰の早蕨はだれに見せればいいのでしょう。

「巻の48 【早蕨】さわらび」

2月、1人残された中君は宇治を離れ、匂宮の二条院へ移ることになった。

宇治ではバタバタと移転の準備が始まるが、いよいよ父宮の遺愛の宇治の

山荘を離れて行くことになるのかと中君は、心細くてしかたがない。

かといって寂しさに堪えて、ここに独居する決心もできそうにない。

匂宮からは「このままでは自然に遠い仲になってしまうよ」と言われ、

どうすればよいか、煩悶をくりかえす中君であった。

女房のは、大君のことが忘れられず、、出家してここに残る。

中君はつらいながら弁に山荘を託し、大君の使っていた手道具類は皆、

弁に譲り残して、二条院へ旅立つことにした。

駅ふたつ過ぎる程度の未練です  桑原すゞ代

引越しの前日、が宇治を訪ねる。

いつもの客室に入ると、妻と願った大君のことを思いだされてくる。

今の度の中君を京へ迎えることについても、友情以上のものをこの人に

抱かせずに終わってしまったと考えると、薫は胸が痛くなり残念であった。

そこへ中君からの取り次がきた。

中君は薫に会うことも、今はあまり気が進まなかったが、

女房らに諫められて、中の襖越しで雑談を交わすことにした。

美しさがあって、気品もよく、清楚な身のこなしの備わっている薫は、

中君には、これ以上の男性がこの世にはあるまいと見えた。

そして亡き姉の思いをこの人と重ねて、身に沁んで薫を見つめていた。

 サルは裸ヒトは膜を付けている  岡田陽一

中君は、言おうとする言葉を飲み、物悲し気なところなど大君に似ている。

今更ながら、この人を他の人へやることになったことを口惜しく思っている

薫だったが、いつもの口調で

「今度お住まいの邸の近い所に、私もすぐに移転することになっています。

   ですから、ご用があるときは、何なりと仰ってください。

   生きておりますうちは、どんなにもしてあなたをお助けいたします」

と本心を隠して言う自分に後悔をした。

そして中君は辛いながら、二条院へと旅たつ。

日が沈むお忘れ物はないですか  竹内ゆみこ

 
       中君宇治へ

一行は10時少し過ぎごろに二条の院へ着いた。

中君には眩しいばかりの宮殿へ車が入ると、

時を計って待っていた匂宮は、車に近づき中君を優しく抱き下ろした。

暫くして薫が挨拶に行くと、2人はすこぶる仲睦まじく暮らしている。

薫は、喜ばしいと思う一方で、さすがに自身の心からではあったが

得べき人を他へ行かせてしまったことの後悔が胸につのり、

「取り返し得ることはできぬものであろうか」

と、こんな呻きに似た独言を口から出すのだった。

おかしいなあ逆に引っぱるのは誰だ  山本昌乃

他方で、六の君を匂宮に 嫁がせる話が進んでいた左大臣・夕霧は、

仲睦まじい2人の噂を聞き穏やかではない。

夕霧は六の君と匂宮との結婚を、この2月にと思っていた。

そんな所へ意外な人を先に妻として迎え、匂宮は二条院に入り浸っている。

それが夕霧には不快極まりなかった。

「ならば薫の嫁にどうか」と夕霧は考え、ある人に薫の意向を聞かせてみると、

「人生の儚さに最近逢った自分は、結婚のことなどを思うことはできません」

との返事である。

「どうして中納言までが懇切に自分のほうから言いだしたことに

    気のないような返事をするのであろう」

と、夕霧も一時は恨んだものの、実際は血の繋がらぬ兄弟ではあっても、

敬服すべき人格の備わった薫に、強いて六の君を娶らせることは断念した。

幻の街をたまさか見せる沖  橋倉久美子

春の花盛りになり、薫は近い二条院の桜の梢を見るにつけ、

”あさぢ原主なき宿のさくら花心やすくや風に散るらん”

宇治の山荘を思いだし、恋しいままに、匂宮を訪ねた。

「始終近い所に住んでおりながら、何の用もなくお伺いすることは、

   慣れなれし過ぎるのも程々にと思い、遠慮をしておりました」

と、いつもの調子の薫だが、中君には物思わしそうに見えた。

「もし大君が生きていて、この人と一緒になっておれば、互いの家も近くて、

    始終行き来ができ、花鳥につけても愉しい日送りができただろう」

などと心に姉を思い、

忍耐そのものが生活であったような宇治の時のほうが、


かえって悲しみも忍びよかったように思われ、故人を恋しく思うのだった。

うわずみの灰汁に命をためされる  皆本 雅

ある時、匂宮は出かける前に、中君のいる西の対に立ち寄ると、

薫が来ているのを知り、中君に言葉をかける。

「どうしてあんなによそよそしい席を与えていらっしゃるのですか。

   やり過ぎではないかと思うほどの親切を貴方方に見せていた人なのだよ。

   私のためには、多少それは危険を感ずべきことではあっても、

   あんなに冷遇すれば、男はかえって反発的なことを起こすものですよ。

   近くへお呼びになって、昔話でもしたらいいでしょう」

と優し気なことも言うのだが、また、

「しかしあまり気を許して話し合うことはどうだろう。

   疑わしい心が下に見えますからね」 と皮肉っぽくも言ってくる。

最近、匂宮が中君と薫の仲を疑っては何かにつけて、

穏やかではない言いがかりをつけることが増えている。

どうすればよいかわからぬような面倒臭さを中君は感じはじめていた

砂山を崩して掃いてまた作る  宮井いずみ

【辞典】 この巻の主な登場人物

薫     実父は柏木。世間的には光源氏の子。母は女三宮。
      身体から良い香りがする特異体質。母のいる三条邸は焼失後、
            建て替え、そこに女二宮を向かえるが心は外に。
            大君を思う気持ちは、いつしか中君に向う。
匂宮 今上帝の子。母は明石中宮。光源氏は祖父。
   紫の上に可愛がられ、二条院に住む。
   中君と薫の不義に疑惑を抱く。
            嫉妬心があるほど恋に燃える性格。
夕霧     光源氏の子。落葉宮を妻に迎える際、雲居雁に里帰りされたが
            今はかけ持ちで平穏。
         柏木の乳母子。柏木から薫の出生の秘密を聞いていて、
            薫に伝えたいと思っていた。
大君    八宮の長女。父の遺言を守ろうと堅い意志。
            物事を慎重に進める性格。妹(中君)思い。
中君     八宮の次女。比較的はきはきした性格。
             匂宮への返事は姉から言われ自分が書いた。
六君     夕霧の子。匂宮と結婚。愛嬌もあって可愛らしい。
             匂宮はひと目惚れする。

光源氏はひいじいさんになった  井上一筒

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