忍者ブログ
川柳的逍遥 人の世の一家言
[1162] [1161] [1160] [1159] [1158] [1157] [1156] [1155] [1154] [1153]
鏡台に与謝野晶子を眠らせる  市井美春






        姫君の邸を訪れた貴公子


ある日の夕暮れ、姫君の邸を訪れた貴公子は、お付きの女房の侍従を
ひそかに呼び出し語り明かす。本当のお目当ては 姫君。



「紫式部のひとりごと」
先に気のきいた歌ひとつ読めぬ者は、男女ともに、不調法者と申し上げました
が、男性の場合、この和歌に、漢詩の教養が加わってはじめて、才気あふれる
殿上人と評されるわけですから、それはもうたいへんでございます。
それにくらべ、私ども女は、漢字を書くことさえ、人目をしのぶような有様で
したから、もっぱら、仮名文字で記す「和歌の世界」が自らの思いを託す場と
なりました。 では、どのような和歌が、優れた歌といわれるのでしょうか。
これはたいへんに難しい問題でございます。
ただ、私の思いますのは、当代随一の歌詠みであらせられる、藤原公任さまの
仰せにあります「心」「詞」がよく調和した歌、表現する内容とそれを表す
コトバの両方に、心を尽くした歌ということになりましょうか。
それには『古今和歌集』を手本とすべきなのでございましょう。



点のある古い漢字をつい使う  楠本晃朗



式部ー恋の手立ては手紙から



            「住吉物語絵巻」   静嘉堂文庫美術館蔵
春の嵯峨野に遊ぶ姫君を垣間見て、その美しさに魅せられ車の際で早速に
紅梅重ねの薄様の紙に筆を走らせる貴公子。


「お会いしたい と、伝える手立ては、まずは手紙から」
源氏物語で、手紙に関することが出てこないのは少なく、「花散里」くらいで
しょうか。挨拶・案内・見舞い・贈り物など、社交の面での「文」「消息」
やりとりも綴られていますが、断然多いのが「恋愛や結婚」の場面です。
文、消息は、歌を中心に据え、前後に気のきいた時に応じた言葉を添える形を
とりますが、恋文においては、想いの丈を訴える和歌の出来、料紙や筆跡、送
り方などが特に大切です。
そうしたセンスのチェックを通過して初めて恋の実るチャンスが訪れるのです。
源氏物語におりなす恋の行方のカギは、恋文にあったと言ってもいいでしょう。





恋文を書けば黄砂が降りつづく  野田江実子




        垣間見をする若い貴公子

噂を確かめるべくまたお近づきになりたいものと姫君の邸の垣間見をする。



「まだ見ぬ女性に恋心を伝える」
たとえば末摘花の亡くなった父や、明石の君の父・明石の入道のように、立派
な男君から恋文が寄せられるよう、父親たるもの、わが娘の姫君に教養を授け、
住まいやインテリアも整え、才能ある女房たちを周りに配して、才色兼備かつ
育ちもよしという、娘の世評を高めることに努めます。
噂に惹かれて恋心をそそられた男君は、趣向を凝らした文を、姫君に送るわけ
ですが、まず側近に言付け、その文は側近から「文使い」の手に渡り、相手の
邸へ届けられます。


まだまだと高みを狙う腹の底  荒木薫子





           文 使 い

恋文は側近から、文使い、女房などとさまざまな手を経て相手に届く。
ほのめかす」「まぎらわす」など簡潔にして率直な中に余韻を残す文が
心得たされた。



「心利く文使いをつかわす」
源氏もかたくなになびかない空蝉に対しては、弟の子君などを文使いに使って、
懐柔しようと努めています。文使いは、機転の利く者でなくてはなりまっせん。
特に忍び文を届けるときはには、気に入りの従者や、先方に由縁のある童など
賢く取り継いでもらえそうな人物を選んで託します。
最初の受け手となるのは、姫君方の女房です。
そのため、これはと目をつけた女房に、男君は、日頃から近付きを持つよう心
がけます。言葉を交わしたり、贈り物をしたり、ある時は、その女房がひと時
の恋のお相手だったりもしたようです。



あらかじめ湯通しをする下心  河村啓子



「返事を書く」
恋文は仲立ちの女房の手になり、機を見て姫君に差し出されます。
読むのを恥ずかしがるような初心な姫君には、女房が読んでさし上げることも。
返歌をしようとしない姫君には、女房が変わって、さりげない歌を返します。
少し心が動かされると、姫君が詠んだ歌を女房の代筆で、これらもすべて、
その主人の器量と判断されるので、女房の質は大切です。
自ら筆をとられたとなると、これは相当に脈があろうというものです。



淀みない勘亭流の筆の冴え  徳山泰子






       「源氏物語画帖 赤石の君」 (土佐光吉画)



明石の君は、釣り合わない低い身分であることを省みて、源氏の恋文にも心を
開かずにいました。
初めての源氏の文は、格式高い舶来の高麗の胡桃色の紙
拝見さえしようとしない娘に代わり、父入道が仕方なく、陸奥紙に古風な手で
筆をとります。
「二度目は、ぜひお返事を」と、源氏から、たいそうしなやかな薄様の手紙が
届きました。心を打たれた明石の君は、入道に責められるままに、香を深く炊
きしめた紫の紙に、墨つぎ濃く薄く、身分の高い都人に、少しも劣らない見事
な文を書きました。



泡沫のぷくぷく幸せのリズム  森井克子





     『源氏物語画帖 「藤葉裏」』 (土佐光則筆 徳川美術館蔵)
源氏の子夕霧は、幼なじみで長年の想い人である雲居雁とようやく契りを結ぶ。
その翌朝夕霧から届けられた後朝の文を見る雲居雁とその父、内大臣。



「余韻を残しつつ」
「後朝(きぬぎぬ)の別れ」-------「衣々」とも書きます。
まだ明けやらぬ時刻に、男君は人目につかないよう帰って行きます。
夜具代わりに、ふたりの体に掛けていた衣を身につけ、相手のことを忍びつつ
帰ります。家に帰り着いてのち、女君へ、愛を込めた手紙を送ることが習わし
でした。 それが、ひとつ家に住まない男女の礼儀だったのです。
ひとり残され心乱れる女君にとって、細やかな心遣いの後朝の文は、どんなに
か心慰められたことでしょう。



行間を読めと付箋が貼ってある  池田みほ子



あらゆる方面に抜きん出たセンスを見せる当代随一流の趣味人だった光源氏。
時と状況、折々の心に叶う的確で、風雅な紙使いは、筆跡とともに手紙の受け
手に感動を呼び起こす恋文上手でした。
源氏はいかにも常識的な、通例の紙使いには飽き足らず、内容もあくまでさり
気なく、ほのめかす言葉のうちに、豊かで深い情趣を漂わせる手紙であるべき
と考えました。相手となる女君も、この繊細さと洗練を共有できる感覚の持ち
主であって初めて、源氏の心は動きます。
新婚の女三ノ宮にひとり寝をさせてしまった朝、源氏が送った文は、雪の朝に
ちなんで、白い薄様を白樺の折枝に結んだものでした。
しかし、その返事は、鮮やかな紅の薄様に包まれ、幼稚な筆跡で何ということ
もない歌が書いてあります。
源氏は落胆の心を隠しきれませんでした。



字余りとこむら返りと逆まつげ  雨森茂樹





        『源氏物語画帖 若菜下』 (土佐光則筆 徳川美術館蔵)
訪れてきた源氏が部屋を、ちょっと退出した折に、まだ源氏は恋敵と気づいて
いない柏木から、浅緑色の文を小侍従がそっと女三ノ宮に見せている。
そこへ源氏が戻ってきて、宮と小侍従があわてている。



「個性と品格を表す紙選び」
薄様=雁皮を使ったごく薄い斐紙を「薄様」と呼び、なめらかで艶やかな薄様
は、かな書きに適し、手紙、特に恋文を書くのに好んで用いられました。
※ 男性の公用文、男同士の文は漢字ですが、男女間や女同士の文、私的な便
りには多くは仮名文字を使いました。
美しい紙に流れるが如くしたためた三十一文字。
わずか一首の歌と、それに添えるごく短いことばに、最大限自分をアピールし
ようと、教養と才知を尽くして趣向を凝らします。
野暮な方と思われて、相手の心を惹きつけることができなければ、お終いです。



アラビアの文字の坩堝にはまりこむ  吉松澄子

拍手[3回]

PR


Copyright (C) 2005-2006 SAMURAI-FACTORY ALL RIGHTS RESERVED.
忍者ブログ [PR]
カウンター



1日1回、応援のクリックをお願いします♪





プロフィール
HN:
茶助
性別:
非公開