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川柳的逍遥 人の世の一家言
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丁度旬です哀愁がでてるでしょ  きゅういち






        『源氏物語色紙絵 蛍』 (土佐派筆)

前庭に咲き乱れている朱赤の百合は、鬼百合だろうか。
物語の季節が、夏であることを知らせてくれる。美しい玉鬘に執心の兵部卿宮
が忍んできたところへ、源氏が几帳の陰からたくさんの蛍を放った瞬間である。
蛍の光は、赤い点で示されている。




「兵部卿宮、源氏と仲違い」
兵部卿宮という人物、優雅な外見の下に、なかなか計算高い俗な一面を持って
います。それが原因で互いを認め合ったかに見えた源氏とのふたりの間は険悪
になります。桐壺帝の譲位、そして、崩御と世の中が進むにつれて、宮中では
弘徽殿女御右大臣が力を強め、源氏と左大臣のグループを圧迫していきます。
そうした中でおきた源氏の須磨退去は、源氏側の敗北ともいえる事態でした。
源氏のこの苦難に際して、兵部卿宮は、見舞いの手紙一本書こうとしません。
宮の目には、右大臣側の勝利と映ったのでしょう。この際源氏と付き合うのは
得策でないと考えたようです。計算高く右大臣側にすり寄るのですが、
それが結局、宮の不運と失意を招きます。
許されて都に帰った源氏は、
栄達を重ね、その一方で兵部卿宮は、源氏に疎まれ宮中では軽んぜられていく
ことになります。



小首傾げて九官鳥は黙秘する  笠嶋恵美子










式部ー藤壺-花陽炎②




【前月号迄のあらすじ】
父帝の配慮で臣籍として生きることとなった光源氏の君。
執念深い弘徽殿女御の手から逃れるため、乳母の大弐命婦は、すべての秘密と
ともに出家する決心をかためます。そんな折、乳母子の惟光とともに内裏の外
へ遊びに出た源氏は、舞い散る花吹雪の下、この世のものとも思えぬ美しい女
性に出会うのでした。




意外なと美人でしたと噂され  岡本遊凪





      藤壺雪の朝帰り




 

桐壺更衣そっくりの四の宮とは…。



成人した女性が男性に顔を見られるのはタブーだった時代。
結婚の決め手は、噂や人づての情報でした。
「あの桐壺更衣にそっくりな女性がいる」と、その情報をもたらしたのは三代
の帝に仕えた信頼のおける典侍(ないしのすけ)で、しかも御簾の中の姫の姿
を実際に見ていうのですから、が心を動かされるのも無理はありません。
噂の姫君は、先帝と后の間にもうけられた、4番目の皇女。家柄も申し分あり
ません。




姫君のうなじにも蚊の刺した跡  筒井祥文




典侍の情報に、すっかりその気になった、四ノ宮入内を丁重に申し入れ、
立派な贈り物を届けます。
しかし、四の宮はまだ少女と呼んでもいいような年ごろ。
当時の女性は、12歳から14歳で成人の儀式を行いましたが、まだまだ
年若い少女の部分を残していました。母親の庇護のもと素直でシャイに育
った四の宮にとって、父親ほど年の離れた帝との縁談など、まるでピンと
こないことでした。




美人だと担ぎ出されて人柱  宮井いずみ






        兵部卿宮と四の宮(藤壺)




先帝の里邸に四の宮、王命婦とともに戻る。
古参の女房「姫さま!どこへいっておいでだったのですか?」
 王命婦!軽率ですよ。入内前の姫に何かあればどうするのです」
王命婦 「申しわけありません」
女房「兵部卿宮がずっとお待ちですよ」
四の宮「兄上が?」
兵部卿「どこへ行っていたのだ。帝から贈り物が届いたというのに」
入内を待ちかねるから、立派な贈り物が届いていたが、なぜか四ノ宮の顔は
浮かない。
兵部卿「主上さまは、入内は明日でもいいと…それほどお待ちのようだよ」
帝は、まだ見ぬ四ノ宮に弘徽殿より立派な藤壺の局を用意して待つという。
四の宮「私はいやです。参りません」
兵部卿「今になって何をいう」
四の宮「兄上!私はやっぱりいやです。内裏にはあの恐ろしい弘徽殿の女御が
   いらっしゃるわ。桐壺更衣さまの死はあの女御のせいでしょう?
   そのはかにも大勢の女御さまがいらっしゃる。
   競いあって生きていくなんて、私はいやです。それに主上さまは亡くなっ  
   た父上ほどのお年…私はいやです」
兵部卿「だからね、主上さまも女御というより娘を迎えるつもりだから、気を楽
   にしてとの仰せだよ」
女房「賜ったお局も、弘徽殿よりずっと立派な飛香舎です。飛香舎はお庭の藤が
   美しい藤壺でございます。姫さまにぴったりだと…」





重力の重さなんでしょ秋の鬱  銭谷まさひろ





      現在の京都御所にある藤壺

藤壺は渡殿で天皇の住む清涼殿にもっとも近い場所にある。
手前の大屋根は飛香舎、その右手は若宮御殿、姫宮御殿の屋根。




※ 参考書
藤壺の住んだ飛香舎は、藤の花の館。
内裏の清涼殿の後ろには、妃の住む「後宮」12舎ありました。
弘徽殿をはじめとする7つの殿と5つの舎がそれにあたり、殿の方が舎より
格が上だったといわれています。
入内した四ノ宮が住むことになった飛香舎は、5つのなかで一番大きな舎で
南に面した壺(中庭)に藤が植えられていたことから藤壺と呼ばれています。
「源氏物語」ではこの藤壺女御(四ノ宮)をはじめ、今上帝(朱雀帝の皇子)
の女御が飛香舎に住んでいます。




ええ氏の家やな襖があるなんて  岡田陽一




弘徽殿女御の陰湿ないじめが桐壺更衣を死に追いやった。
と、世間では噂しています。四ノ宮を宝物のように育ててきた母君は、
帝たっての願いとは言え、そんな怖いところに娘をやるわけにいかないと
考えていました。しかしその母君も亡くなり、誰も反対するものはいなく
なります。
先帝桐壺帝の系譜は不明なので、帝と四ノ宮の血縁もはっきりしません
が、当時は、叔父と姪の結婚もごく当たり前でした。
兵部卿宮は、四ノ宮に入内を説得する。
四ノ宮「兄上だって母上も入内に反対だったのは、御存知なのに」
兵部卿「知っているよ。でも母上も亡くなった。兄の私としては妹を寂しい
    ひとりぼっちにさせたくないのだよ」
四ノ宮「……」
兵部卿「私たちは先帝の子だからね。姫には誰一人…あの弘徽殿の女御でさえ
    も指一本ふれさせないよ」
入内しないのなら仏門にと、兵部卿は脅迫めいた言葉で四ノ宮に迫る。
女房達「それは あんまりな」
兵部卿「姫がとは言ってはいない。後見のなくなった先帝の姫にはよくある話だ。
    それしか生きていきようがないからだ」




月冴える反旗は微笑絶やさずに  新川弘子




あんなに姫君のことを思ってくれた母君が亡くなると、もう己を捨ててまで守
ってくれる人はいません。そんな四ノ宮「自分の娘と同じように扱う」
から、早く入内するようにと申し出ます。
女房たちも、後見人も、兄の兵部卿宮さえそれぞれの思惑から、四ノ宮に入内
をすすめます。この兄の兵部卿宮は、いずれ登場する紫の上の父親で、先帝の
息子ですが、けっこう、世俗的な欲にまみれた人物なのです。




一色の紫陽花としてきえてゆく  高橋レニ






           塗り籠事件

騒がしい閨室 塗籠に籠り続ける源氏
兵部卿宮 や 中宮大夫 も参上して、「僧を呼べ」「御祈祷を」と騒がしい。
源氏は塗籠の中で、為す術もなくひどく苦しい思いで室内の喧騒を聞いている。




※ 参考書
あまりにみじめ…後見のないお姫様
女房など周囲の者の流す噂が、殿方を惹きつける何よりの手段だった平安時代
のお姫様。それだけに経済力の要となる後ろ盾を失い、頼りの女房たちが離散
してしまうと、その生活はみじめなものでした。日々の収入は閉ざされ、守っ
てくれる男性も噂が流れないことには寄ってきてはくれません。
どんな美しい姫君でも、誰にもその存在を知られなければ、どんどん落ちぶれ
てしまうのが道理。
(『源氏物語』の「末摘花」の帖にも、宮家の姫に生まれながら、あばら家同
然の邸に住む哀れな末摘花の姫が登場しています)




サボテンはサボテンとして雲にのる  酒井かがり



どうやら恐ろしい噂ばかりが聞こえてくる宮中への参内は、逃れようもありま
せん。四ノ宮は孤独と不安の渦のなかにいました。
弘徽殿女御のように一族の繁栄を背負い、目的意識と上昇欲の強い女性ならば、
喜び勇んで宮中に参ったのでしょうが、この深窓の姫君は違います。
容貌ばかりでなく、そういう控え目な性質も、帝が、今なお忘れられない桐壺
更衣に似ていたのかもしれません。




泣き止まぬ自分を追い出せないでいる  本多洋子




 
たしかに触れ合った。確かに” 何か "はあった。でも、それは…。
源氏の君も、池のほとりで出逢った姫君のことが忘れられず、眠れぬ夜を過ご
します。 <…幾度となく甦るあのシーン。何故だろう? あの女性は確かに
この手を受け止めたのだ>
「夢…か。誰だったのか、どこの姫君なのか…あの姫君も私に手をさしのべて」
そこへ乳母子の大輔が顔をのぞかせて、
「やっぱり、光る君はおやすみになれませんか」
源氏「大輔! やっぱりって?」
大輔「御存知ではないのですか? 明日、新しく女御さまが入内なさるそうです。
   それが桐壺更衣さまに生き写しのお方ですって」
源氏「亡くなった、ぼくの母上に…似ていると」
大輔「似ていることを典侍が主上さまにお話ししたそうです」
源氏は新しく入内するお妃が、母の桐壺更衣にそっくりだという話を耳にするが。
源氏「でもぼくは母上を知らない」
母の顔すら覚えていない源氏。
その女性を、いったい、どう受けいれていくのでしょうか。
運命の女性の入内を前に、源氏は思い悩みます。




唐紙の向こうへ冬の蝶ふわり  森田律子






     『源氏物語図屏風 紅葉賀』 (狩野氏信筆)
老女、源典侍が琵琶を弾き、その美しい音色に聞き惚れる源氏
典侍とは、律令制に基づいて置かれた後宮12司のうちのひとつ。
内侍司に務める高級女官で、天皇の側で世話をするほか、掃除や点灯などを行
う女嬬を監督したり、尚侍がいないときには天皇のメッセージを伝達する役目
をはたす。




※ 参考書
主上をお世話し、女官を仕切る典侍(ないしのすけ)
典侍とは、律令制に基づいて置かれた後宮12司のうちのひとつ、内侍司に
務める高級女官です。長官である尚侍(ないしのかみ)に従って、主上の側で
世話をするほか、掃除や点灯などを行う女孺(にょうじゅ)を監督したり、
尚侍がいない時には、主上のメッセージを伝達する役割も果たしました。
(『源氏物語』では桐壺院に仕える源内侍が登場し、身分も才気もあって上品
ですが、本気で若い光源氏に恋をする好色な老女として描かれています)




とんがった耳はどこでもドア越えて  富山やよい




ビデオも写真もない時代のこと、三歳で失った母の面影を追うには、人づてに話
を聞くか、あとは自分の想像力で思い描くしかありません。
亡くなった人は年齢をとりませんから、光源氏のなかにいる母はいつまでたって
も若く美しいままでした。
ぼんやりと思い浮かべてきた母のイメージが、今、目の前に、現われようとして
いるのです。四ノ宮との対面を前に、源氏の期待はいやでも高まっていきます。




目をつむる微笑む君が見たいから  岸井ふさゑ




四ノ宮の入内の儀式が終わって…。
大輔「入内の儀式が終わればきっと、主上さまがお招きになるわ。
   だって…主上さまだって桐壺更衣さまのお形代としてお召しになった方
   ですもの」
<お形代…。母上にそっくりな女…、どんな方だろうか>
形代とは面影をうつした人のこと。四ノ宮との初体面に、どんな方が、と源氏
の胸は高鳴るばかり。
源氏「父上、参りました」
貴人の前に進み出る場合、礼を重んじるには数歩手前で一度着座し、膝立ちの
まま進まねばなりません。光は礼に従い主上の近くへ膝行します。
主上の横には、袖で顔を隠した四ノ宮が控えています。
主上「私の二の皇子、光る君だよ」
新しい母は、前に出逢った女性でした。幾たびも夢にでてきた女性。
運命の歯車が今、回り始めます。
主上「光る君よ、この女御母と思い…いやいや母子というよりまるで姉と弟、
   まぁどちらでもよい、仲良くな」
何かの縁があるとは感じていた。しかし、よもや母と子になろうとは!
母と子、2人の指先が触れ合うほどの、あの日の小川が…今、ふたりを隔てて
滔々と流れる大河に変わったのを、光る君も藤壺女御も感じた。




怖い美しい切ない放さない  徳山泰子










入内した四ノ宮、つまり藤壺女御は、源氏物語にあまた登場する女性のなかでも、
最高の理想的の女性として描かれています。
姿形はもちろん、身分も先帝の御子ですからあの弘徽殿よりも上、気品も高く、
後宮でも、誰も彼女を貶める余地がないほどでした。
そして光源氏と藤壺の年の差はわずか4,5歳。
この素晴らしく美しい女性を " 母 " と呼ばせるのは、あまりにも酷なことだった
かもしれません。




ふり仰ぐ胸に悲の字を縫いつけて  太田のりこ










※ 蘊蓄
愛された紐飾り、総角
髪を左右に分け、耳の上で巻いて輪をつくる男の子の髪型は「総角」「みずら」
と呼ばれました。そして元服前の源氏がつけていた髪飾りに似た、紐の結び方に、
やはり総角と呼ばれるものがあります。
これは両端を軽く一結びにし左右の輪を結び目の間に通して固く締めたもの。
源氏物語の帖名にもその名が認められます。




陽炎まとうシャイな人間  武智三成

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