川柳的逍遥 人の世の一家言
ご案内しましょう別のけもの道 芳賀博子
和 泉 式 部
藤原頼通(渡邊圭祐)と和泉式部(泉里香)
恋多き和泉式部の晩年の歌 あらざらむこの世のほかの思ひ出に いまひとたびの逢ふこともがな 「紫式部のひとりごと」 和泉式部のこと
私と同じころに宮仕えをしていた女房のなかに、和泉式部という方がいます。
この方は、生まれつきことばの持つ魅力をご存知だったようです。
彼女はたいへん自由奔放に恋愛を重ねた女性で、私からすれば、少々考えもの
と思えるふしもございますが、歌も自然に自由にお詠みになり、才気あふれる 歌をつくりました。
気軽に走り書きした恋文などのちょっとした文書にも、ことばの艶やかな魅力
がにじみ出ていました。 深く考えなくとも、自然に歌が口をついて出てくる方だったのでしょう。
天性の詩ごころに恵まれていた、とでも申しましょうか…、そんな詠み方で、
逆に申せば、歌についての知識や理解は、あまり深くないかもしれません。
伝統に則った端正な歌人とは、少々違う情熱的な歌詠みではないかと思います。
大江山いく野の道の遠ければ まだふみも見ず天の橋立 娘小式部の歌
おおらかな人間観で平和説く 西美和子
式部ーどうにもとまならない賢子
女房たちの局と渡殿 (京都風俗博物館) こそこそと悪事をめぐらす4人の女房 そこは、女房たちの局が並んでいる渡殿であった。
渡殿というのは、広くて長い廊下であるが----、一部を区切って部屋として用い、
この御所に暮らす女房たちに貸し与えているのである。 一つ一つの部屋には壁もあるし、戸もついてはいるが、いずれも取り外し可能で
あった。そのため、話し声などはわりと漏れやすい構造である。 良子が賢子を連れていったのは、藤袴の部屋であった。
その戸口に四人のお姉さまたちが立ちはだかり、中にいる藤袴にあれこれと言い
がかりをつけているところらしい。 近づくにつれて話し声が耳に入ってきた。
「あのー。出て行けとおっしゃられても、わたくし、まだこちらへ来たばかり
でございますし」 と、おっとりした声は、藤袴のものだ。
くすぐってごらんメダカの脇の下 吉川幸子
「あのねえ、来たばかりだこそ言ってるの。御所の雰囲気になじめなくて、
すぐ辞める人も多いんだから、あなたも、もうやっていけないって、
泣きつけばいいのよ」 せかせかと苛立ったように言い返しているのは、烏丸の声。
背が高すぎて、痩せぎすなことを気にして、いつも猫背で歩いている。
しかし、興奮すると、それをわすれてしまうらしく、今は他の仲間たちより
頭が半分ほど上へ突き出ていた。
トラブルの中にいつもの顔がある 靏田寿子
藤 壺 「泣きつくって誰にですか」
「あなたの後見よ。父君がいないのだから親戚のお世話になっているんでしょ。
その人に言えばいいの。 私はもう、御所でお勤めするのは無理だって」 烏丸に高い位置から甲高い声でわめかれると、それだけで相当の威圧を感じる
はずであったが、 「別に、無理でございませんわ。わたくし、見るもの聞くものすべて珍しくて、
もっとこの御所にいたいと思いますもの」
応じる藤袴の声は、あまりこたえたふうでななかった。
叫んでも拗ねてもおだやかなゴボウ 森田律子
「はあー? 誰があなたにお伺いを立てたのよ。あなたの意見なんか聞いちゃ
いないの。出ていけって言われたら、 黙って出て行けばいいのよ」
少し蓮っ葉な物言いは、左京のものだろう。
「それとも何? もっとつらくて、痛い目に遭わなければ、出て行くことがで
きないって言いたいわけ」 左京が足をずいと前へ出したようだ。
藤袴の衣装の裾でも踏んで、動けないようにしたか。
それとも、足を踏みつけて、言葉通り、痛い目に遭わせているのか。
いずれにしても、黙って見てはいられない。賢子はその場に飛び出していた。
「皆さま、おやめください」
土壇場でふと目を覚ます力瘤 新海信二
宮中の嫌がらせに絶句するまひろ 烏丸や左京たちの目が、一斉に賢子の方に集まってくる。
年上のお姉さまたちからじろりと睨みつけられるのは、賢子でも少し怖かった。
「あら、越後弁。ごきげんよう。私たちに何の御用?」
左京が先ほどの蓮っな物言いとは異なり、やけにもったいぶった口ぶりで言う。
「あ、あの。藤袴が困っているようでしたので。別に出て行きたくないと言う
人を、無理に追い出そうとしなくても、よいのではないでしょうか」 第一、それは、あなたたちが決めることではないでしょ------
そう付け加えたいところではあったが、相手が年上の方々だということを考え、
賢子は辛うじてこらえた。
「あら、なあに。越後弁ったら、私たちがまるで藤袴をいじめているみたいな
ことを言うのねえ」
烏丸の嫌味が飛んできた。
賢子は仕方なく「申し訳ありません」と、言ってお姉さまたちに向き直った。 軽く打つジャブで出方を確かめる 久世高鷲
「私たちはね。別に藤袴が気に食わないから出ていけとか言っているわけじゃ
ないのよ。藤袴がいることで、この御所の平穏がかき乱されるから、
出て行ってくださいとお願いしてるわけ」
「平穏がかき乱されるって、どういうことですか」
賢子は下手に出で尋ねた。
「あらあなた知らないの藤袴は、先帝の御匣殿(みくしげ)にそっくりだって、
古い女房の方々がおっしゃっていることを------]
御匣殿とは、一条天皇の愛していた女房(定子)のこと、源氏物語の桐壺更衣
のことである。一条天皇の後宮における様々な問題は、彰子の人生にも深い影 をおとしていた。 「もちろん、知っておりますわ」
賢子の背後から声がした。振り返ると良子がいる。
どういうわけか、小式部と小馬もいた。
わたくしもいたのと話盛り上がる 太下和子
修 理 典 侍 修理典侍は、派手で厚化粧の若作りに余念がない人。 御年58歳にして20歳の源氏とよい仲になった恋多き女性である。 「古くからこちらにお仕えしておられる方々は皆、一様に不吉な心地がすると
仰っておいでですもの」
烏丸たち相手に、堂々と言い返したのは良子であった。
「ですから私、宮中にお仕えしているお母さまに、そのことをお伝えしてみま
したの、そうしたら、他人の空似などよくあることだし、不吉だの恐ろしい だのと騒ぐのは、愚かだって叱られましたわ」 「なっ、中将君(良子)の御母上って、内侍の修理典侍さまよね」
左京が少し怯んだようになる。
「中将君のいう通りだわ。そもそも不吉だと騒ぐのって、皇太后さまが御匣殿
に呪われてるった言ってるようなものですもの。 それって失礼なことですわよね。小馬さまも小式部殿もそう思われるでしょ」 賢子は勢いに乗って、良子のうしろに従っていた小馬と小式部を巻き込んだ。
(良子の母とは紫式部の夫の藤原宣孝の兄・説孝(ときたか)の妻の源明子)
その首晒すダボハゼの鰓の先 井上一筒
源 朝 任 そこで舌足らずな甘い声で、小式部が言う。
「誰が御所に来ようと、御所から出て行こうと、私には、何の関わりもありま
せんわ。興味もありませんし。もっとも藤袴殿の兄上の朝任さまから、頼ま れたっていうなら、話は別ですけれど」 源朝任は、小式部と親しい貴公子で、大納言時中の息子だから藤袴の兄という
ことになる。 「はあ?朝任さまがどうしてここに出てくるのよ、小式部の頭の中ときたら、
殿方のことしか入ってないわけ? まったく、殿方と付き合いが多い母君
そっくりね」
左京が負けずと反撃する。だが小式部はひるまない。
「あら左京さまこそ、お頭の中に、少しは殿方のことを入れた方がいいんじゃ
ありませんか? 嫌ですわ、いいお年をして背の君(恋人)もいらっしゃら
ないなんて」 「失礼ね、私に恋人がいるかどうかなんて、知りもしないくせに勝手なこと、
言うんじゃないわよ」 「これは失礼を、若い子を追い出そうとなさるなんて、殿方から相手にされ
ない女のひがみかと、勘違いしてしまいましたわ」 「何ですって!」
左京の眉間に青筋が立った。
ジャブの応酬 脳トレ代わりの口喧嘩 安土理恵
「ちょっとおやめなさい」話がそれていくので烏丸が止めた。
「越後弁に中将君、それから小馬、小式部。あなたたち4人は、この藤袴の
肩をもつというわけね」
「その通りですわ!」
すかさず叫んだのは賢子だけであった。
残る3人は曖昧であったり、とぼけたりしている。
「まあ、いいわ。あなたたち、いつまでも母親が守ってくれると思って大きな
顔をしてるんじゃないわよ。私たちにはねもっと大物がついているんだから」
「余計なことを言ってはならぬ」
烏丸がすかさず言い、左京は<しまった>という顔をした。
それ以上、この場にいても、藤袴を追い出す目的は達せれないと判断した烏丸
らは、藤袴の部屋から出て行った。 人間は風を起こしてかき混ぜて 森井克子
『小倉百人一首』大弐三位 (国立国会図書館蔵) 大弐三位・賢子は紫式部の娘で、藤原頼宗の愛人だったと伝わっている。
女流歌人との交流が盛んだったようで、和泉式部の娘で女房三十六歌仙
のひとりである小式部内侍も頼宗の愛人として名前が挙がっている。
「ねえ、藤袴殿。あなた大丈夫なの?」賢子が声をかけた。
「あのね、烏丸さまたちから何かされなかったの?」
「何かって?」
「ひどいことを言われていたではありませんか。
御所から出ていけ、というような-------.」
「ええ、まあ、聞いたことのない口の利き方でしたけれど…。
あとは、ちょっと私の衣の裾を足でお踏みになったくらいですわ。
左京殿は眼があまりよくないのでしょうか。
あれでは、宮仕えなさるのもご苦労でしょう。お気の毒ですわ」
もしや、藤袴は、あのような仕打ちをされても、相手を憎んだり恨んだりする
ことがないのだろうか。その無防備で純真な笑顔を見ていると、賢子は不安を 感じざるを得なかった。 「藤袴殿、困ったことがあったら声をかけてちょうだい。約束よ」
とにかくそれだけ言い残し、賢子はその場を離れた。
「はい。困ったら声をおかけいたしますわ」
いくたびの修羅場を越えた人間味 澤山よう子
藤 原 頼 宗 4人が賢子の部屋に戻ると、女童の雪が慌てふためて飛び込んできた。
「そんなに慌てて 何があったの?」
賢子が尋ねると、雪は「お客様がお見えです」と早口で答えた。
「三位の中将さまでございます」
「今光君がいらっしゃているの?」
賢子より小式部が口をひらいた。
今光君と聞いた途端、良子と小馬がそわそわしはじめた。
賢子は嬉しさ半分、嘆かわしさ半分といった複雑な気分である。
三位中将は「今光君」と呼ばれ、左大臣道長の二男・藤原頼宗のこと。
賢子の初恋の人であり、他の3人にとっても憧れの美男子である。
最近、頼宗は正妻を娶ってしまった今となっては…、遊びの恋とでも
割り切らないかぎり、虚しいことだと分っているが…。
うしろ髪ひかれてひょいと前のめり 小山紀乃
「おや、おそろいでいらっしゃいますね」
朗らかな声がして、賢子の部屋の中から、若く美しい男が顔をみせた。
眩しすぎて、まともに目を合わせていられないような気がする。
妻を娶って頼宗がどんな風に変わってしまったのか、気になったが、
特に目につくような変化は見られなかった。
「久しぶりに御所へ参上なさったと思ったら、越後弁殿のところへいらした
のですか」 小式部が、頼宗を軽く咎めるような目を向けながら尋ねた。
「おやおや、私は公平な男ですよ。もちろん、小式部殿、中将君、小馬殿の
局にもご挨拶に行こうと思っていました」
頼宗はそれぞれの女房の顔をじっと見つめながら、にこやかに応じる。
誰にでもそうすると分かっていながら、頼宗の熱い眼差しで見つめられれば、
恨めしく思うどころか嬉しくなってしまうのが女心であった。
ハンサムじゃないがグサリと刺す笑顔 くんじろう
「でも最初にお寄りになるのが越後弁なのですのね」
ひつこく小馬が皮肉ぽく頼宗に話しかける。
「それは越後弁殿があなた方の中で、御所へ上がった順番がいちばん遅いから
ですよ」 「相変わらず、新しい方がお好みですのね」
この4人の中で最も年上で、最も古い女房になってしまった小馬が、
苦笑まじりに続けた。
「だったら今、頼宗さまが最も興味がおありなのは、藤袴のことになりましてよ」
気取った口調で良子が言った。
「ほう。新しく入った女房のことですな。少しは耳に挟んでおりましたが、
ぜひその方のことを聞かせていただきたいものです」
つづく
知ってます自分の弱さ誰よりも 敏森廣光 PR |
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