川柳的逍遥 人の世の一家言
一瞬に恋 永遠の呪縛 木本朱夏
「源氏物語図屏風 紅梅」(梶田半古筆 横浜美術館蔵)
狩衣の後ろの裾を短く仕立てたものを、半尻といいます。
これは子供の着る童装束で、特に天皇や摂関家の子供が着用していました。
袖括り(袖を括る紐)は、華麗に糸を組んだ置き括りで、布地も織物を用いた
豪華なもの。もとは童装束ではなく、公家の人々にだけ許された服だったとも
いわれています。 夏は通気性のよい紗織り、冬は白地の二重織物で仕立てました。 【前号までのあらすじ】
祖母、北の方が急逝し、いよいよ孤独の若宮。そんな折
はるばる日本へ来た高麗相人は、若宮の類まれな人相に「帝の位さえ望めるが、
それはいいことではない」といって、「ただの臣下におさまる相でもない」と 予言。我が子の将来を思う桐壺帝は、若宮の臣籍降下を決め、 ここに” 光源氏の君 "は誕生します。 唐紙を一枚あけて覗く明日 田村ひろ子
『源氏物語画帖 花宴』(土佐光吉筆 京都国立博物館蔵)
桜の宴の果てた月明かりの夜、忍び潜む源氏に気付かず、歌を口ずさみながら
歩いてくる若く美しい女性。そののびやかな姿態に惹かれた源氏は,、暗がりに
引き入れて、あわただしく契りを結び、暁にのなかで女君と扇を取り換え、 またの逢瀬を願うのでした。 式部ー藤壺・花陽炎-①
----------- 入内前の四ノ宮時代の藤壺 入内後の藤壺女御の時代
① 帝は、愛する桐壺更衣が、宮中でいじめ抜かれて亡くなったことがよほど
こたえたのでしょう。残された光源氏の処遇については、じつに慎重です。
実力者、右大臣と弘徽殿女御の親子の気分を逆撫でしないように、
第一皇子を皇子に指名後も、さらに源氏を臣籍に下す念の入れよう。
乳母の大弐の気持ちとしては納得がいかないのですが、帝のこの政治的判断
でとりあえず宮中の平和は保たれました。
皹われたハートをつなぐオロナイン 笠嶋恵美子
②
テレビもパソコンもない平安時代、乳母や女房こそ情報源として重要な役割を
果たしてきました。特に乳母は皇族や身分の高い貴族の子供を、実の親以上に 養育する立場にありましたから、自然に貴人たちの裏の事情に詳しくなります。 原作では「夕顔」の帖に登場する弐大ですが、もちろん赤ん坊の時から光源氏 の面倒を見ていて、自分の欲望のためには手段を選ばぬ弘徽殿女御の恐ろしさ
も十分知っていました。 弘徽殿女御から若宮を守った大弐命婦は出家を決意します。
<弘徽殿の女御にとって今一番の邪魔者はこの私……。
内裏に私がいることは光る君にもよくない。乳母としてのお役目も、もう終わ
った。仮病を使い長男の五条の屋敷へ下り、病気平癒祈願を理由に髪をおろそ
う> 外れかけの顎 桜貝のボタン 井上一筒
藤 原 道 長 出家 藤原道長は、若い頃から仏教に帰依しており、出家を将来の夢として いた。官職を辞し、出家した後は「御堂殿」や「入道殿」と呼ばれた。 道長は、摂政を退くも実権は握ったまま、頼通に摂政の地位を譲った。
1017年(寛仁元)3月16日、頼通26歳の時である。
道長の思惑が落着いたころ、病をかかえ道長は出家をしたのである。
逝去は1027年(万寿4)12月4日、62歳だった。
そして頼通は、36歳になっていた。
※ 出家
俗世を捨てて仏門に入ることを、出家といい、女性の場合は、肩のあたりで
黒髪を切り落します。平安のころからは、家を出て寺などに入る女性を尼
(尼法師・尼御前とも)在家のまま髪をおろす者を尼入道、尼女房などと
呼んで区別しました。総じて男性の出家者である比丘(びく)よりも地位は
低く、その戒律は厳しいもの。
それでも仏教に深く帰依し、あるいは病に悩み、親しい者の死を悼むなど、
出家の道を選ぶ女性はあとを絶ちませんでした。
後ろ手でしめる襖の闇一つ 柳本恵子
③
仏門に帰依するために一芝居打つ大弐。自分の子供以上に大切に思う光源氏を、
どろどろした思惑が渦巻く宮中に残す決意ができたのも、息子の惟光がいたか らです。光源氏と実の兄弟のように仲良く育った惟光は、やがて母、大弐の願 い通り、光源氏の側近中の側近に成長していきます。 惟光がいたおかげで、恋の逢瀬を楽しみ、逆境を乗り越えることができる
ことにもなります。
人間は一人ぼっちが苦手です 能勢良子
④
現代の少年たちがサッカーで遊ぶように蹴鞠をし、内裏の塀を乗り越え野原へ
出て行く活発な少年、光源氏と惟光。この2人も、そろそろ気になる女の子の
ひとりやふたりいてもおかしくない年頃です。 桜の花びらに引き寄せられるようにしていくと、その先には美しい女性の姿が、
母を亡くし祖母を亡くした若宮時代は幕を閉じ、いよいよ「光源氏の物語」が
はじまろうとしています。 時は春、宮廷近くの池のほとりに立つ桜の木の下に…。
桜の精と見まがうほど、まるで夢のように美しい女性がそこにいました。
里山にオオムラサキを見ましたか 井上恵津子
※ 参考書 蹴鞠 蹴鞠といえば、平安貴族の優雅な遊び。四隅に柳・桜・松・楓などを植えた
専用コートの「懸」では、それぞれの木の下に2人づつ、8人一組の「鞠足」
たちが競技をします。ルールは、まず、松の根元にいる「上鞠」役が3度蹴 り上げて、次にトス、あとは順に鞠をパスし、これを下に落とさずに、どれ だけ続けられるか競いました。 回有りには、外に出た鞠を蹴り返す「野伏」が4人、ほかに数人の「見証」
(審判)が鞠の行方を見定め、独特の節回しで回数をカウント。数え始めは
50からで1000回を極点としましたが、さすがに500を超えることは
めったになかったようです。
ラジオ体操日本人なら皆出来る 能勢利子
⑤
源氏物語はトータルで約70年にもおよぶ年月を描いた壮大なドラマです。
これだけの大長編ですから、ストーリーも恋愛小説、政治小説などさまざまな
読み方が可能ですし、登場人物も多く、それぞれが織りなす多彩な人間模様を 眺める楽しみもあります。 そのなかでも、もっとも重要な人物のひとりがここに登場する。
後の「藤壺」です。
光源氏との関係が、物語のひとつの太い柱になっていきます。
罌粟の香が消えないべっぴんの家系 中野六助
桜 の 精 ※ 参考書 桜の精 桜は歌に詠まれ、美術に表現されてきましたが、伝統芸能の能には「桜の精」
がたびたび登場しています。有名な演目に『西行桜』があります。 「桜の歌人」と呼ばれ、桜を詠んだ歌を数多く生んだ西行法師と年老いた桜
の精が、桜の歌を論じあうもの。桜の精は西行法師との出会いを喜び、京都
の桜の名所を数え上げて、その美しさを称えます。
花見の賑わいと、夜の静寂のなかで舞う桜の精の幽玄さが対照的な美しさを
表す能です。
探査機は静かの海へ散歩中 森 茂俊
⑥
やがて、光源氏が永遠の理想の女性として慕う藤壺は、これから登場する
女性たちにくらべ、どこか夢のような存在です。
原作で、源氏が藤壺に実際に出逢うのは宮中ですが、はじめて逢った時の
イマジネーションは、さぞかし幻想的なものだったでしょう。
登場人物の女性に対して、時には生々しく、時には手厳しい皮肉っぽい、
表現を随所にした紫式部も、藤壺の描き方には繊細な気遣いが感じられます。
蝶番のわたしとドアノブのあなた くんじろう
源 氏 の 恋 空 蝉 ※ 参考書 源氏の恋
源氏は、さまざまな女性と恋愛を重ねていきますが、20歳前には年上の女性
との恋に落ちることもしばしばでした。
亡き母を思わせる藤壺女御には、母の面影を求める気持と恋愛感情を、ないま
ぜにした複雑な想いを抱きます。
老齢の受領の後妻、空蝉は、源氏と関係をもつものの、人の妻であることから
「若いころのままだったなら」と嘆きます。
亡き東宮の未亡人、六条御息所も年上の恋人です。
教養に優れ、見目麗しく、このうえなく素晴らしいこの女性に対して、若い源
氏は息苦しさを感じることもありました。 また変わったところでは、老女・典侍にいい寄られ、一夜をともにしてしまう
エピソードもあります。 ハムレットそろそろパンツ穿きなさい 月波与生
⑦
男性にとり、最初に出会う女性は母親。
でも光源氏は母・桐壺更衣の顔を覚えていません。
このことは源氏の女性観、物語の展開に大きな影響をおよぼします。
王命婦とともに去る女性は、年もさほど離れていないにもかかわらず、
その後、「義理の母親」になる運命にあります。
この女性との「許されぬ恋」を描くことで、紫式部は「源氏物語」を、
単なる王朝の恋物語を超えて、日本文学の不朽の名作にしたといえます。
人を刺すペンはキレイな凶器です 永井 尚
※ episode 一風変わった姫君
美しく華やかで、奥ゆかしく屋敷の奥で暮らしている姫君といえば…そんな
イメージが思い浮かびますが、しかし、なかには変り者の姫も。
当時の奇談・珍談を集めた『今昔物語集』には、女性らしからぬ、腕力の強
い逞しい姫君が登場しています。
彼女は相撲取りの妹ですが、ほっそりとして美しい姫君です。
ある日、人から追われている男が、彼女の家に逃げ込み、姫君を人質にとり
ます。ところが姫君はそばにあった竹を、手でバリバリと折り、その力の強
さに驚いた男は、思わず逃げ出しました。
この姫君は、大きな鹿の骨でも、枯れ木を折るように砕いてしまうほどの力
の持ち主だったそうです。
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