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川柳的逍遥 人の世の一家言
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わたくしの鎖骨の下にゴビ砂漠  加藤ゆみ子






                           紫 式 部  (狩野為信 画)





「宮中の女房」
後宮の女性たちの勤務は、原則として宿直勤務である。
下級女官の場合は、勤務交替によって自宅に帰る場合も多いが、女房と呼ばれ
るような立場では、中宮に従ってながながと自宅を離れることが、少なくない。
紫式部も実家に帰って、別の世界に来たような感情を述べているし、
清少納言は、中宮定子が移御される折などに、やっと実家に帰ってくる機会を
見つけている。 しかし、
決まった職務があるわけではないから、気が向かないと出仕しなくてもよい。
が、それが原因で主家からの恩顧を失うこともある。




止まり木の隅に一人の別世界  安井紀代子






     自分は悲しい運命の女である-----紫式部





式部ー与謝野晶子・紫式部の心境 -②




『面白くも何ともない自分の家の庭をつくづくと眺め入つて、自分の心は重い
 圧迫を感じた。
 …中略…
 苦しい死別を経験した後の自分は、花の美しさも鳥の声も目や耳に入らない
 で、唯春秋をそれと見せる空の雲、月、霜、雪などによつて、ああこの時候
 になったかと知るだけであつた。
 どこまで此の心持が続くのであらう、自分の行末はどうなるのであらう、と
 思ふと、遣瀬(やるせ)ない気にもなるのであつた』
     (与謝野晶子訳『紫式部日記』 『鉄幹晶子全集』ゟ)




疲れているようだ梅干しが甘い  岸井ふさゑ




――紫式部は、苦しい死別を経験したと言っていますね。
頭木
「これは夫を亡くしたということです」
――結婚していたんですね。
頭木
「はい。当時の女性は、10代前半に裳着の儀式(成人式)を済ませると、
親の決めた相手と結婚していたそうです。でも紫式部は20代になっても結婚
していませんでした。結婚したのは29歳頃ともいわれています。
当時としては、相当遅かったと思います」




後ろからおしてやりたいカタツムリ  辻部さと子




――お相手はどういう方だったんですか。
頭木
「熱心に言い寄ってくる男性がいたんですね。
かなり年上で、紫式部と同じくらいの年の息子もいたんです。
つまり、親子ほど年が違ったんです。
正妻がいて、側室がいて、その他に愛人もいました。
でも、結婚して娘も生まれたんです。
ところがこの夫が、結婚して2年数か月で亡くなってしまうんです。
残された紫式部は、そんなふうに、思いがけなく変わっていく人生というもの
に無常を感じて、「この先どうなっていくのか」と、心細く思ったわけですね。
その寂しさの中で、物語を読んだり、さらに自分でも書いたりし始めるんです」




シーソーの片方にあるエデン  くんじろう





               中 宮 彰 子 と 紫 式 部




残された紫式部は、そんな風に思いがけなく変わっていく人生に
無常を感じて、この先どうなっていくのかと心細く、思いに耽っている時、
その寂寥感の中で、いままで以上に、読書にふけり、自分でも筆を執ったり
し始めた…。  これが『源氏物語』が生まれていくきっかけになった。
それを友達に読んでもらったり、文学好きに読んでもらったりしている内に、
評判になっていった。
それが藤原道長の目にとまり、スカウトされて中宮彰子に仕えることになる。
彰子は、藤原道長の娘である。




ポケットの中にポケットもうひとつ  津田照子




――紫式部は、そういうすごい人に選ばれて、中宮のそばに仕えるという
名誉なことになって、喜んだことでしょうね。
頭木
「それが、そうではないんですね。
紫式部は宮仕えなんかしたくなかったんです。
内向的で、人づきあいが苦手なわけですから、そんな気を遣うところにひっぱ
り出されたくないですよね。
いくら偉い人だからといったって、仕えてその下で働くわけですから」
時の左大臣に望まれては、なかなか断れるものじゃなく、逆らうこともできない。
こうして紫式部は、女房として宮中に宮仕えすることになる。




棺桶の入り心地を試さねば  新家完司




「しばらくして宮仕えにも慣れて……」
『初めて御奉公に出たのも、この十二月の二十九日と云ふ日であつたと思ひ
 出して、その時分に比べて人間が別なほど宮仕えに馴れたものになつて居る。
 自分は悲しい運命の女である、などとしみじみと思つた』
――慣れたならよかったと思うんですけれども、どうして紫式部は、
自分は悲しい運命の女であるなどと思ったんでしょう
頭木
「好きではない仕事に慣れていくって、悲しくないですか? 
ただ仕事に慣れるだけならいいんですけど、その仕事向きの人間に、自分も
変わっていってしまうわけですよね」




日本には水に流すという文化   大福利彦 




「ぼーっとしたキャラは悔しくも本望である」
『自分は他から見て呆けたやうな人間になつて居るのである。
 それを人が見て、あなたは斯(こ)う云ふ方だとは想像しなかつた、
 艶な美人らしくして居る人で、交際(つきあひ)にくい風な、何時もしんみ
 りとした真実の調子を見せてくれない人で、小説ばかり読んで居て、
 華やか
なことを、人に言ひかけたりすることが好きで、なんぞと云ふと思つ
 たこと
を歌で述べる人で、人を人とも思はず、軽蔑するやうな人であらうと、
 皆が
評判して憎んで居たのです、
 今あなたを見ると、不思議な程、大(おお)やうで、そんな人では無い気が
 すると、自分のことを云ふのを聞くと、自分は恥ずかしくなつて、
 他から与
みし易すい女として、軽蔑されて居るのであると思ふ一面に、また
 さう云わ
れるのが自分の本懐であるとも思ひ、猶さう思われたいと云ふこと
 を望みに
して日を送つて居る』




馬鹿になろ馬鹿になったら楽になる  通利一遍





  親王誕生の五夜ー中宮彰子の部屋の御簾に立つ女房たち




――これは宮仕えをしているときの、他の女房たちのことですね。
頭木
「そうです。中宮彰子のところに出仕したときに、先にたくさん女房たちが、
いたわけですね。前からいる女房たちにしてみたら、『源氏物語』を書いた
女性がスカウトされてやってくるというので、どんな人が来るのか、それは
気になりますよね。ツンとすました、人を見下すような人が来るんじゃない
かと恐れていたわけです」
――「皆が評判して憎んで居た」というんですから、そこにやってきた紫式
部も大変だったでしょうね。
頭木
「そうなんです。紫式部は他の女房たちとうまくいかなくて、初出仕の後、
数日で実家に逃げ帰って、5か月近くも家にひきこもっていたんです。
でも、道長に呼ばれたのに、そのまま引き籠っているわけにはいきませんから、
なんとかまた出仕したみたいですけど、紫式部は、ちょっとボーっとしたキャ
ラを演じるわけです」




額縁のせいで身動きとれません  竹内ゆみこ




――周りから反感を買わないようにしたわけですね。
頭木
「そうですね。私の知り合いで「擬態」と、言っている人がいました。
――擬態。他のものに姿を似せることですから、本当の自分を隠すということ
でしょうか。
頭木
「そうですね。本当の自分のままでは周囲とうまくいかないから、うまくいく
キャラクターを演じるということですよね。だから紫式部も、擬態をして、
ずっと暮らしていたということですよね」





     小宰相、中将と呼ばれる女房たちがはべる貴族の館




――フリをして。苦労しましたね、紫式部さんは。
頭木
「ぼーっとしたキャラを演じることで、見下されているんだろうな、と悔しく
もあり、でも、それこそ望んでいることでもあり、両方の気持ちがあって、
そこは複雑ですよね。だから本当は、人からどう思われても、気にしないのが
一番いいわけですけど、紫式部もこう言っているんです」
『もう自分は人の評判などに構つて居ないことにしよう、
 人がどう云はうとも、斯(こ)う云はうとも、頓着せずに…』




都合よくボケた振りする過去のこと  靏田寿子




頭木
「こういうふうに思うわけですが、やっぱりそうもいかなくて、また人目を気
にしてしまうわけです。人目を気にしないほうがいいからといって、気にしな
いようにできる人なら、そもそも気にしてないですよね。
そうはいかないところが人間の弱さであり、その弱さが、また人間の魅力でも
ありますよね。そういう人の心の機微がわかっていたからこそ、紫式部はいい
小説が書けたんじゃないでしょうか」




ラブソング全身麻酔かけられる  原 洋志




「みこしの担ぎ手、その苦労は自分も同じ」
『着御(ちやくぎよ)遊ばされたのを見ると、駕輿丁(かよちやう)は、下賤ながら
 も階段(きざはし)の上に昇つて居て、そして勿体なささうに、身の置き所
 無いと云つた様子でひれ伏して居た。自分はそれを人事とは思へなかった。
…中略…
 苦労の尽きないことは、自分も同じであると思ふのである』




心にも種を播こうよ風は春  宮原せつ





         天皇の乗り物・鳳輦神輿




――ちょっと言葉が難しいですね。どういう状況でしょう。
頭木
「中宮彰子に男の子が生まれて、一条天皇が、親王との対面のためにお越しに
なったんです。もちろん、ご自身で歩いてはこられませんから、神輿に乗って
こられます。その神輿は、係の人たちが担いでいるわけですね。
その係の人たちが駕輿丁ですけど、担いだまま、階段を上がったわけです。
神輿を担いで階段を上がるって、大変ですよね。
そのまま上がったら、神輿が斜めになって、乗っている一条天皇が転げ落ちて
しまって大変ですから、階段を上がるときも、神輿を水平に保たなければなら
ないわけですね。つまり、前のほうを担いでいる人は、体をかがめなければな
らない。そういう姿勢で、重い神輿を担いで、階段を上がらなければならない
わけです」




バーチャルのアバター空を駆け巡る  山田恭正




「その苦しそうな姿に、紫式部は目がいくわけです。
でも、これ、すごいことだと思うんです。
たぶん、他の人はそこに目が向かないですよ。
だって一条天皇が来られたわけですから、普通、そちらに目を奪われますよね。
天皇の神輿は、鳳輦(ほうれん)と呼ばれる立派なものなんです。
屋根の上に、金色の鳳凰(ほうおう)が飾りつけてあったりして。
しかも、天皇を
迎えるために、船楽(ふながく)といって、すばらしい音楽も演奏
されているんです。

うっとりして、すてきだなぁとなるのが普通ですよね。
そういうときに紫式部は、神輿を担いでいる身分の低い人たちの苦しそうな姿に
目が向くわけです。 これ、すばらしいですよね」




今ここで泣いてわがまま言えたなら  鷹野末次





頭木
よく、ポジティブ・ネガティブの例え話で、同じ窓から外を見ていても、
ポジティブな人は、上の美しい星を見て、ネガティブな人は下の地面を見る、
だからポジティブなほうがいいでしょ、みたいな話をしますが、本当にそう
かなと思うんです。
みんなが美しい星を見ていて、本当にいいのかな、と。
地面を見る人も必要じゃないかなと思うんですよね。
少なくとも私は、天皇の行幸というきらびやかなシーンで、その神輿を担い
でいる身分の低い人たちの、苦しそうな姿のほうに目が向いてしまう、
そういう紫式部が好きです。
しかも、その身分の低い人たちに、かわいそうねと同情するだけでなく、
自分と同じと思っているんですよね。ひと事として同情しているわけじゃなく
て自分と同じだと、一緒に悲しんでいるわけです。
なかなかこういう人はいないですよね」




人生リセット素顔を光らせる  野邉富優葉




「とことんネガティブに」
『立派なこと、面白いことを見聞きしても、忘れ得ない悲哀に引かれる心の方が
 強いために、好いことや面白いことにも、心底から、さうと感じることの出来
 ないのが自分としては苦しいことに思つて居る。
…中略…
” 水鳥を水の上とやよそに見ん われも浮きたる世を過しつつ "
 あの鳥も、あんなに面白さうにして居るとは見えても、彼自身は苦しいのかも
 知れないと、自分に比べて思はれるのであつた』


人の悲しさに目が向けてしまう紫式部だが、人だけじゃなく、池にいる水鳥たち
を見ても、「ああして楽しく遊んでいるように見える…」 けれども
「実は内心は苦しいんじゃないの」と、自分を重ねて歌を詠んだりしてしまう。
何を見ても、悲しいほうに気持ちが向いてしまうので、そういう自分がまた苦しい
とも、嘆く紫式部なのである。
                       (紫式部・絶望名言ゟ)




来世へは猫か小鳥でまいります  高野末次

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