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川柳的逍遥 人の世の一家言
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きゅうりならとうに曲がっているころだ  米山明日歌





    「玄宗皇帝・楊貴妃」 (喜多川歌麿筆)東京国立博物館蔵
玄宗皇帝・楊貴妃の悲哀を詠った「長恨歌」が収められている白居易の
「白氏文集」が平安時代に大流行した。
平安京遷都(794年)より30年程前の、白居易の漢詩『長恨歌』で知られ
る、悲恋の物語がある。
主役は楊貴妃-----楊貴妃といえば、歴史に名を残す絶世の美人である。
唐の玄宗皇帝に見初められ、その愛を一身に受けた。
しかし、寵愛のあまり国の政治は、乱れ「安史の乱」を招くことに。
楊貴妃は、皇帝の目の前で殺され、残された皇帝は,
ひとり嘆き悲しむというものである。
これに似た話が日本にもある-------------宮廷に出入りする人々は、帝が桐壺更衣
ひとりに愛情をそそぎ、政務を疎かにしているさまを、楊貴妃の物語にダブらせ
て、世の人々は、明日の行方さえ案じた。





パンよりも愛を論じた若かった  藤井正雄










式部ー光源氏-入門 ① ~桐壺の巻  (紫式部渾身の第一巻)


いづれの御時にか、女御更衣あまたさぶらひたまひける中に、
   いとやむごとなき際にはあらぬが、すぐれて時めきたまふありけり。
 はじめより我はと思ひ上がりたまへる御方がた、めざましきものに
 おとしめ 嫉みたまふ。同じほど、それより 下臈げろうの更衣たちは、
 ましてやすからず。朝夕の宮仕へにつけても、人の心をのみ動かし
 恨みを負ふ積もりにやありけむ、いとあつしくなりゆき、もの心細げ
 に里がちなるを、いよいよ あかずあはれなるものに思ほして、
 人のそしりをもえ憚らせたまはず、世のためしにもなりぬべき
 御もてなしなり』


※ コトバの解釈
いづれの御時にか紫式部がこの物語を書き始める百年ほど前の醍醐天皇
御代のこと。時代も帝の名もぼかしてあるので、当時の読者は「いったいいつ?」
「誰のこと?」と連想をかきたてられ、心をそそられたに違いない。
やむごとなきそれほど高い身分ではない方で。
めざましきものにとにかく気にいらなくて、めざわりで。
心をのみ動かし心を動揺させるばかりで。
あつしく病気がちに。
水しぶ返して柔らかな拒絶  清水すみれ




『上達部かむだちめ、上人うえびとなども、あいなく目を側そばめつつ、
 「いとまばゆき人の御おぼえなり。唐土にも、かかる事の起こりにこそ、
 世も乱れ、悪しかりけれ」と、やうやう天の下にもあぢきなう、
 人のもてなやみぐさになりて、楊貴妃の例も引き出でつべくなりゆくに、
 いとはしたなきこと多かれど、かたじけなき御心ばへのたぐひなきを
 頼みにてまじらひたまふ』


※ コトバの解釈
あいなく=いやはや困ったことだと思いながら。



奥の間で蠢く人の深い闇  宮内カツ子




『父の大納言は亡くなりて、母北の方なむ、いにしへの人のよしあるにて、
 親うち具し、さしあたりて世のおぼえはなやかなる御方がたにもいたう
 劣らず、なにごとの儀式をももてなしたまひけれど、とりたてて
 はかばかしき後見しなければ、事ある時は、なほ拠り所なく心細げなり』


※ コトバの解釈
いにしえのひとのよしある一流とまでいかないけれど由緒ありげな家柄、
嗜みがあるなどをあらわすことば。同じような意味で使う言葉に「ゆえあり」
があって、とにもかくにも一流を指す。
世の覚えはなやかなる世間の評判も際立っている。
はかばかしきしっかりした。



時々は陸橋となる父の腕  合田瑠美子



前の世にも、御契りや深かりけむ、世になくきよらなる玉の男御子
(をのこみこ)さへ生まれたまひぬ。
 いつしかと心もとながらせたまひて、急ぎ参らせて御覧ずるに、
 めづらかなる稚児の御容貌かたちなり。
 一の皇子は、右大臣の女御の御腹にて寄せ重く疑ひなきまうけの君と、
 世にもてかしづききこゆれど、この御にほひには、並びたまふべくも
 あらざりければ、おほかたのやむごとなき御思ひにて、この君をば、
 私物(わたくしもの)に思ほし、かしづきたまふこと限りなし。


※ コトバの解釈
前(さき)の世今の世にうまれる前の世。仏教でいう三世の一つ。  
(三世=前世・現世・来世)
きよら清く美しいこと。どこか華麗なという意味あいも含む。 
 美を「きよげ」と言ったりもするが、平安時代には「きよら」のほうが
「きよげ」より一段上の、輝くように美しいことを指した。
心もとながらせ給ひて待ち遠しくお思いになって。
参らせ参るは高貴なあるいは身分の高い所へ行くという意味。
めずらかなるきわめてめずらしい。
寄せ重く後ろ盾の力が強く、しっかりしていて。
疑いなきまうけの君準備のこと。ここでは世継ぎの皇太子のこと。
この御にほひ輝く宝石のような気高い美しさ。



廃屋の庭に木犀香りたつ  佐藤 瞳





         石山寺蒔絵箪笥 (彦根城博物館蔵)



ではここまでを今様に訳して、読み進めてみましょう。





 
                                      「光源氏誕生」




いつのころのことだったでしょうか。
それはたくさんの美しくお育ちのよい女性たちが帝にお仕えしていました。
そのなかで、たいした身分でもないのに、帝にみそめられ、その深い深い愛を
一身にあびている更衣がいました。
その名を桐壺更衣といいます。
気にいらないのは先にお仕えしていた女御・更衣たち。
もとより「私こそが本命よ」と、自信たっぷりだった方々は、目ざわりでたま
らず、わざとさげすんだり妬んだり。
同じ身分か、それより下の更衣たちはさらにおさまりません。
何をするにつけても嫌な顔をされたり、鼻で笑われたりするものですから、
桐壺更衣はすっかり気が滅入ってしまい、病気がちになってしまいました。
心細げに実家へ帰ることが重なり、そんな姿がはますます愛しくてたまらず、
誰が何と言っていさめようともいっさいお構いなしで、ますます桐壺更衣ひと
すじの愛にはしろうとします。 



透きとおる真水なんかと遊ばない  中野六助





   世間の耳目も気にならず…愛を育む玄宗皇帝と楊貴妃




宮中の貴族たちも困ったものだと思いながらも、見て見ぬふり。
中国でも、玄宗皇帝が愛におぼれて国が乱れたのだなと言われはじめ、
世間でも、桐壺更衣楊貴妃になぞらえるようになりました。
もちろんその噂も桐壺更衣の耳に届きいたたまれません。
宮中でたったひとりで怯えながらも、の深い愛情、それだけを頼りに過ごし
ます。




約束の途中が火事になっている  中林典子



桐壺更衣の父の大納言はすでに亡くなっていましたが、母の北の方は、名家の
出で、たしなみも知性もある人でしたから、両親そろった華やかな家の妃たち
にひけをとらないよう、万事支度を整え、細やかに気配りを尽くしてきました。
とはいえ、これといった後見人のいない哀しさ、やはりあらたまったことがあ
るときは、頼るあてもなく心細い様子です。





塩漬けにされてしまった空がある  みつ木もも花



前世の結びつきがよほど強かったのでしょうか、桐壺更衣のあいだに、
それはそれは清らかで美しい皇子までが生れました。
帝はわが皇子に会いたさに、里に帰っている桐壺を急いで呼び寄せ、ご対面に、
その類まれなる器量に目を細めます。
一の皇子の方には、右大臣という強力なバックがついていて、誰からもお世継
ぎとちやほやされていますが、美しさでは弟君のほうが断然上。
帝は、目の中に入れても痛くないような可愛がりようでした。





洗えない嬉し涙のハンカチは  杉浦多津子





        弘徽殿女御(こうきでんにょご)の住む館
「桐壺物語」

「 弘徽殿女御の企み」
あるの世のことでした。女御、更衣と呼ばれる帝のお妃たちは、家柄のよい
選りすぐりの女性ばかり。
気位も人一倍の方たちですが、帝の気を引こうと日ごろから並々ならぬ努力を
していました。そこへ、さほど格式ある家の出でもないひとりの更衣が、帝の
愛をひとり占めにし、愛の結晶を宿します。
幸せなはずのその人に、ひそやかに魔の手の忍び寄る気配です。

愛すとは舌をかむほどややこしい  宮本美致代





すでに第一皇子(のちの朱雀帝)をもうけていた 弘徽殿女御ですが、
の愛は実家の格も宮中の立場もずっと低い桐壺更衣ひとすじ。
ただでさえ、どろどろしていた弘徽殿のこころは桐壺の解任により、
さらに激しい憎悪でぬりつぶされます。 もし男の子が生れれば、
<帝は、最愛のわが子までないがしろにするかもしれない…>
嫉妬と猜疑心が恐ろしい謀略に火をつけます。




今しばらくはドクダミのままでいる  岡谷 樹





時は光源氏誕生まぢかのある夜、所は清涼殿の北、 弘徽殿女御の住まい。
弘徽殿に仕える女房 「連れてまいりました」
弘徽殿 「お前は退ってよい。大弐命婦はこれへ、ずっと近う」
命婦 「……」
弘徽殿 「桐壺更衣の御子の乳母にお前を推挙したのはこの私じゃ」
命婦 「ええっ こ 弘徽殿の女御さまが…!」
弘徽殿  「お前の心はその顔にでておるわ。よい!面をあげよ」
命婦おずおずと面をあげる。
弘徽殿 「これは 南蛮渡りの秘薬。これを お前の乳首に塗り
     桐壺更衣の御子に含ませるのじゃ」
命婦 「えっ!」
弘徽殿 「毎日 ほんの少しずつ……な」



うなずいただけ犯人にさせられる  山谷町子


ひっそりと静まりかえった弘徽殿の一室。
紙燭の薄明りのもと、悪事が顔をもたげる。
弘徽殿 「今は里邸へさがっている桐壺更衣に姫でなく皇子が生れたら」
命婦 「!」
弘徽殿 「わかるであろう!私はわが子・一の皇子を東宮にたて、
     やがては即位したい。このままでは帝の寵愛深い桐壺更衣にそれを
     奪われる。ここまで聞かせたのじゃ。
     背けば お前は当然一族も破滅!」
      <生まれてくるのが姫ではなく、息子だったら…> 
わが子・一の皇子を次の帝にしたい 弘徽殿女御は、桐壺更衣の産む御子を
恐れます。
このままでは東宮の座を、生まれてくる御子にとられてしまう。
恐ろしいその企みを聞かされ、大弐命婦はただただ苦しみ迷うほかありません。



おいでおいでと土砂降りに噴水  酒井かがり


弘徽殿 「案ずるな 御子の命までは奪わぬ 光もなく風もそよがぬ
     闇の世でお暮しになるまでのこと」
命婦 「そ、そんな…」
弘徽殿 「お前が疑われることはない その兆候の表れるのは、乳離れも
     終えたずっと後…推挙も人を介してじゃ。 
     私とお前の関係も誰にもわからぬ」
当時のお産は女性が実家に里帰りし、自分の親の世話になるのが普通。
桐壺更衣も里帰りをし、しずかな日々を暮らしています。
桐壺更衣の母である北の方も、身重の桐壺をあたたかく迎え、こまやかに
面倒をみます。格式の高い家で育ち、気品と教養をそなえた北の方は、
夫の大納言を亡くした後、女手ひとつで娘を育て、入内を果たしました。
しかし、<帝の寵愛をうけたばかりに>、いじめにあっているむすめが
不憫でなりません。





七十歳あたりで分かる砂の味  新家完司




桐壺更衣の里下がり先、二条邸。
「恐ろしい……おそろしいお方じゃ…」
震え怯えながら脳裏のなかに呟き命婦は、桐壺更衣の里下がり先、
二条邸に着くと、赤子の誕生をいまかと待つ北の方へ挨拶に赴いた。
北の方 「 誰 !?   生まれましたか?」
命婦 「いえ 乳母の大弐でございます」
北の方 「ああ…大弐命婦 よろしくお願いしますよ。娘はあの通りの
     弱弱しい体、御子を産みまいらすだけで精一杯のはず。
命婦 「……」
北の方 「それに内裏へ戻れば、帝のご寵愛がかえって仇で四面楚歌。
     味方は乳母のあまえだけです。力になってやってください」
命婦 「は…はい」

人間の奥を覗くと闇がある  山内美惠子





帝との間に男の子を産むこと。
それは後宮の女性のみならず、その一族の悲願でした。
帝と血縁を結び外戚となれば、男たちの地位もぐんと上がり、権力も強く
なります。桐壺更衣の父の大納言は、美貌の娘に一族繁栄の夢を託して亡
くなりました。北の方は、何の援助もないなかで支度を整え娘を入内させ、
帝の子をもうけさせるにいたりましたが、後見のない心細さは隠せず、
弘徽殿の思惑も気になる日々です。
(後見=幼い子どもなどの後ろ盾となって補佐すること)





省略は出来ぬ寿限無のフルネーム  岸井ふさゑ





命婦 「何を祈っておいででしたか」
北の方 「生まれる御子が どうぞ 姫宮でありますようにと…」
命婦 「なぜ 皇子より姫宮を?」
北の方 「弘徽殿の女御さまのお心が恐ろしいのです」
    <入内した娘の皇子が即位するのが一門の繁栄への一番確かな近道。
     世の人びとは、ひたすらそれを願いますのに……?
     いえそれが望みで娘を入内させようとしますのに>
北の方 「弘徽殿の女御さまは今を時めく右大臣の姫君です」
命婦 「他の女御さまも、更衣さま方も、それぞれ立派な後見がついていらっ
    しゃいます。桐壺更衣さまのお父上は、按察使大納言様、何の位負け
    も、
気おくれもございません」
北の方 「いいえ亡くなれば後見はないも同然です。
     女手ひとつで身の回り屋敷の手入れとがんばってはきましたが……
     
すこうし疲れました」




学校が人が壊れる音がする  柳本恵子





          桐壺帝と光源氏御対面





自分の立場も忘れ、ただ一途にひとりの女性を愛した時の、帝と桐壺の間に
生まれた運命の皇子。 それが「光源氏」です。
皇子見たさに、早々に帝は、母子を実家から呼び寄せます。
最愛の女性が産んだ神々しいまでに美しい子ども。
第一皇子にはない、宝石のような輝きに、帝はひと目でこの皇子の虜になり
ます。




しゃぼん玉の中を独走したくなる   千島鉄男  





二条邸に仕える女房たちが、小走りに北の方のもとへ駈けてくる。
「お生まれになりました! 皇子がお生まれになりました」
北の方・命婦二人は、声をあわせるように「皇子!」と叫んでいた。
「玉のようにお美しい皇子であらせられます。更衣さまもおすこやかで」 
50日後-------内裏
 「なんと美しい 賢そうな瞳! 小さなかわいい唇! おうおう私の指
   を握りしめるよ 強い力だ!」
 「いい子だ 元気ないい子だよ」
桐壺 「ありがとう 大弐の良いちちのおかげです」
 「私からも礼をいう。乳の出るからには大弐にも赤子がいよう。
   なんという?」
命婦 「惟光(これみつ)と申します」
 「惟光か…乳母子として若宮の後盾を頼みますぞ」
命婦 「畏れ多いお言葉に……」
帝 「(桐壺へ)ひさしぶりに内裏に戻ってきたのじゃ。
   今夜は局には帰らずこのまま ここに居るがよい」
桐壺 「はい」





足の指グーパーさせてから起きる  大羽雄大




 弘徽殿の不安は、的中してしまいました。
桐壺が産んだ皇子はまだ、乳飲み子ながら、気品にあふれ、ただ美しいだけで
なく、一度見たら、人びとのこころをとらえて離さない不思議な魅力をそなえ
ていました。
<もし帝が自分の世継ぎとして、わが子よりこの子を選んでしまったら…>
じりじりとする弘徽殿をよそに、帝の桐壺への愛はますます、燃え上がるよう
です。




ネットの匿名に紛れ込む犯人  山口ろっぱ






                           お食い初めの儀式





「出産50日目のお祝い」
当時の出産は母子ともに危険がともない、乳幼児の死亡率も高い時代だった。
出産直前には産婦のまわりで祈祷僧が祈り、陰陽師が祓えを行い、
外では魔除けの米がまかれて、それで賑やかだったとか。
生れてからも「すこやかに」と祈る行事がにぎにぎしく行われた。
重湯の中に餅を入れ、子どもの口に含ませる儀式で、食膳には子どものサイズ
に合わせた小さな皿、箸台、飾りものが用意された。
乳母の大弐命婦惟光という幼子の母でした。
 弘徽殿に半ば脅されたようにして謀の片棒を担がされた大弐ですが、
桐壺の純粋さや、皇子のかわいらしさに触れると、その心は激しく揺れ動き
ます。帝は久々に会った桐壺と一時も離れがたく、昼夜の区別もなくかたわらに
置きたがります。 それは宮中では例のないことでした。





散歩から帰って来ない青い鳥  稲葉良岩

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