川柳的逍遥 人の世の一家言
突破口それは針先ほどの穴 山口美千代
出産後、光り輝く皇子を伴い宮中へ参上する桐壺更衣 「桐壺の父・大納言の遺言を北の方が大弐命婦へ語るくだり」
『故大納言、いまはとなるまで、ただ、「この人の宮仕の本意、かならず遂げ
させたてまつれ。我れ亡くなりぬとて、口惜しう思ひくづほるな」と、
かへすがへす、諌めおかれはべりしかば、はかばかしう、後見思ふ人もなき
まじらひは、なかなかなるべきことと思ひたまへながら、ただ、かの遺言を 違へじとばかりに出だし立てはべりしを、身に余るまでの御心ざしのよろづ にかたじけなきに、人げなき恥を隠しつつ、交じらひたまふめりつるを、 人の嫉み深く積もり、安からぬこと、多くなり添ひはべりつるに、横様なる やうにて、つひにかくなりはべりぬれば、かへりてはつらくなむ』 雨を編む何か信じていなければ 赤石ゆう
「コトバの解釈」
「あの子の父大納言は、死ぬ間際まで『娘の後宮に入りたいという願いを必ず
叶えてやってくれ。私が死んでも、彼女の夢を諦めさせないように』 と、繰り返し言っていました。だからこそ、後ろ盾もない宮仕えはしんどい
だろうと思いながらも、父の遺言を叶えようと、宮仕えさせていました…… が、過分なまでの主上のご寵愛は、かえって娘を辛い目に遭わせていたよう
ですね。人々の妬みは深く積もり、気苦労は多かったようです。 あの日からブルーシートを乗せたまま 掛川徹明
天徳内裏歌合図 (京都博物館蔵) 図は「源氏物語」の「絵合」の帖のモデルになった天徳内裏歌合を描いたもの。 奥が清涼殿。御簾の中の人物は村上天皇。 坪庭を挟んで手前が「後涼殿」となっている。 式部ー光源氏入門 ② ~桐壺の巻
①
『はじめよりおしなべての上宮仕したまうべき際にはあらざりき。
おぼえいとやむごとなく、上衆めかしけれど、わりなくまつはさせたまふ
あまりにさるべき御遊びのをりをり、なにごとにもゆゑあることのふしぶし には、まづ参上(まいのぼ)らせたまふ、ある時には、大殿籠りすぐして、 やがてさぶらはせたまひなど、あながちに御前さらず、もてなさせたまひし ほどに、おのづから軽き方にもみえしを、この息子、生まれたまひて後は、 いと心ことに思ほしおきてたれば、坊にも、ようせずは、この息子の ゐたまうべきなめりと、一の息子の女御は思し疑えり。 ※ コトバの解釈 上宮仕=帝のお側近くに仕え、奏上や宣下を伝え身の廻りのことを、細々と
お世話すること。典侍(ないしのすけ)や掌侍(ないしのじょう)と呼ばれ、 尚侍は女官長にあたる。 おぼえ=世の中の信望。
上衆=身分の高い人
御遊び=音楽を演奏すること。管絃の遊び。
ゆゑあることのふしぶし=大変すぐれた趣きや風情をさす。
やがてさぶらはせたまひなど=現代では「やがて」は「まもなく」とかそのうち
にという意味で使われるが、ここでは「そのまま」の意味になる。 あながちに=むりやりに
この皇子=光源氏の事。
いと心ことに思ほしおきて=格別に大切に扱った。
坊に=皇太子の事。(東宮坊から)
ゐたまうべきなめりと=お立ちなさるかもしれないと。
一の皇子の女御= 弘徽殿女御の事。
青なのに踏み出す足のまた迷う 石橋能里子
②
『人よりさきに参りたまひて、やむごとなき御思ひなべてならず、皇女たち
などもおはしませば、この御方の御諫めをのみぞ、なほわづらわしう、心苦 しう思ひきこえさせたまひける。 かしこき御蔭をば頼みきこえながら、おとしめ疵を求めたまふ人は多く、
わが身は、か弱くものはかなきありさまにて、なかなかなるもの思ひをぞ したまふ』 ※ コトバの解釈
人よりさきに参りたまひて=どなたよりも先に入内する事。
皇女= 弘徽殿の女御には、男の子は第一皇子だけでなく、何人か女子がいた。
おとしめ疵をもとめたまふ=あら探しをなさる人たち。
そのご寵愛ゆえに、かえって感じる気苦労。
(帝の)かしこき御蔭=もったいない庇護だが、こうした気苦労をもたらす。
心の奥まで触れたがる土足 松浦英夫
それでは今様に訳して読み進めていきましょう。
女房たちの羨望の的になる光る君
① 桐壺更衣は、帝の世話をする女官などではありません。
れっきとしたお妃ひとりです。そして、もともとは誰からも敬われ愛される、 品のよい素敵な女性だったのです。 ところが帝は、側に置きたいがあまり、時と場合などお構いなしで、すぐに 更衣を呼び寄せてしまいます。 優雅な管弦を楽しむ宴、由緒ある方々と催し物の際など、いつも帝の傍らに
更衣の姿がありました。 ある時などは、一夜を共にした後も、しきたりを無視して部屋へ下がらせず、
昼間もずっとお側にとどめておく、というような異例のこともありました。 とにかく何事につけても「更衣 更衣」と手放したがらないので、 「あれではまるで、お妃というより、身の回りをお世話する身分の低い女房
のよう」などと、陰口を言われてしまうのです。 少し悪意 いいえ悪意 きっと悪意 山口ろっぱ
しかし、更衣との間に息子が生まれて、さすがに帝も考えました。
このままでは母君だけでなく、その若宮まで軽く扱われてしまう……。 帝はかわいい若宮の将来を案じ、また、更衣もれっきとした帝の息子を産んだ 身なのだからと、もっと相応しい扱いをするように取り計らいました。 でもこれはこれで、人々の新たな憶測を呼びます。
「そんなに大切にするということは、もしや帝は、あちらの若君を自分の世継ぎ
として、東宮に立てるつもりなのでは……」 特に、一の息子の母、弘徽殿女御の心は、疑いと不安でどろどろと渦巻きます。
ニクロム線の焦げる臭いのする枯野 くんじろう
②
弘徽殿女御は、ほかの誰よりも早く入内し、帝の妃となっています。
なにしろ勢力のある右大臣家の姫でしたから、帝も大切に扱い、第一皇子の
ほかに皇女たちももうけていました。
帝にとって、第一夫人の立場にあり後ろ盾や育ちに高いプライドを持つこの
女御のいうことはやはり煙たくはあったのですが、かといってないがしろにも
できず、どのように扱っていいのか、困り果てているというところでした。
若宮を産んだ更衣は、帝のもったいない寵愛を受けながらも、その深すぎる
愛ゆえに今まで以上の敵をつくることになりました。
蔑んだりあら捜しをしたりする人はさらに多くなり、病弱で世間の逆風を
はね返すような体力も気力もある方ではなかったので、これならば、
いっそご寵愛などなかったほうが、どれほど平和で落ち着いた心安らかな
日々が送れたかと気が塞ぐ日々でした。
正しいを生きて 偏頭痛の発作 太田のりこ
里で母北の方と寛ぐ桐壺更衣
桐壺物語ー② 帝の寵愛をうけたばかりに、宮中でひどい誹謗中傷をうけ、周囲は敵だらけの
桐壺更衣。帝はといえば、こちらも強力な後ろ盾をもたないため、妻の実家、 右大臣家に政治の実権を握られ、意外と立場は不安定でした。 孤立したふたりが、心から安らげるのは、お互いを見つめ合っている時だけだっ
たのでしょう。若宮誕生の後も、ふたりは離れられず、あらためて深い縁の結び つきを確認し合う日々でした。 帝も更衣も、この寝屋から一歩外に出れば、階級社会の呪縛、女性社会特有の
妬みそしりの嵐のなかにさらされる……。位階など関係なく、このひととき、
お互いの温もりのなかにこそ、「生きている」という歓びの実感があり、心から
安らげる場所があったのでしょう。 それゆえ、さらに深い因縁を信じ、「死ぬときも同じ、生まれ変わっても一緒に なろう」と、何度も誓い合ったはずです。 正さと幸せの距離計っている 高橋レニ
-------皇子誕生の後、初めての内裏に上がった日の夜。
主上「桐壺 私はもうひとりではいきてはゆけないよ」
桐壺「主上さま 私も……」
主上「…母の里は どうだったか」」
桐壺 「恐ろしい目も いじわるな声も聞こえてこない里では、心も体ものび
のびすることができました。でも、もう一つの心と体が、主上さまに お会いしたいと…」 主上 「前世から私たちは結びついているんだよ」
桐壺 「あっ!」
主上 「どうしたのです」
桐壺 「今、若宮の泣き声が…」
主上 「乳母の大弐がついている、左衛門もつけてある。心配はない」
若宮とそなたは私が守る!今は私の腕の中…なにもかも忘れなさい」
という主上であった。
見つめないで下さい私の裏表 柳本恵子
乳母として光る君と惟光に乳をやる大弐
当時、身分の高い人々の子供は、実母ではなく、乳母のお乳で育てられるのが 通例でした。帝のお召しが多く病弱な更衣に代わって、神々しいまでに清らか で美しい赤ちゃん(若宮)のお世話をしていたわけですから、乳母の大弐の母 性は大いに刺激されたことでしょう。 弘徽殿の女御に、若宮を失明させる秘薬を渡されていながら、無心に乳を含む 若宮の姿に、大弐は若宮を傷つけることなどできないと悟ります。 浄土ヶ池 帝と更衣が寝所で過ごす同じ頃、浄土ヶ池の深い闇に佇む乳母の大弐。 それでも弘徽殿の顔を思い浮かべては、心は乱れていた。
<できない! 私にはできない。この身が裂かれ一族すべてが滅せられても
…この皇子の光は、私には奪えない>
決意した大弐は、弘徽殿から渡された秘薬の入った壺を池の中へ投げ入れます。
<これでいい>
悲しみを知る人だから裏切れぬ 靏田寿子
当時、病気や不吉なことが起こるのは物の怪の仕業だと考えられていました。
物の怪は人間の恨みつらみが生霊、死霊となあってとり憑き、祟るものです。
大弐の捨てた秘薬によって、大量の魚が息絶えたのも、もとは弘徽殿の激しい
憎悪が原因。 考えようによっては、物の怪が憑いたといえるのかもしれません。
その翌朝、宮廷へ出仕してきた公卿たち。挨拶代わりの愚痴話。
「帝は今朝もまだ、ですか。困りますなあ、帝には、もうお起き願わぬと
毎日の政事が滞っております」
「帝の、前にも増してその桐壺更衣へのご寵愛…身の程をわきまえぬ桐壺更衣
も更衣!」 「そうですとも! 唐土の楊貴妃のように国の乱れの因になります」
帝の更衣への傾倒ぶりは、後宮の女性たちだけの話題ではなく、貴族の男性社
会でも関心事です。世間からは、唐の玄宗皇帝が楊貴妃を寵愛するあまり、 「暗史の乱」が起きたことが引き合いにだされ、政情不安が危惧されます。
何ですか口の周りの赤いのは 雨森茂樹
秘薬を飲んでプカリと息絶える池の鯉
そんなところへ、ご注進がとびこんでくる。 「たっ…大変ですっ! 浄土ヶ池の鯉が…全部」
その大変に、何事かと浄土ヶ池のぞき込めば…。
浄土ヶ池を取り囲み民の人々が、「不吉だ」「何かの前兆だ」「物の怪じゃ」
祈祷をしなければと騒いでいます。
一方、秘薬を池に投げ入れた大弐は、淑景舎で若宮と惟光を両腕に包み乳を
与えている。
<惟光、お前は若宮の乳母子です。いいですか生涯命をかけて若宮をお守り
するのですよ>
大弐の子供惟光と若宮は乳兄弟。同じ血で育った惟光は、後に光源氏の忠実
な従者として活躍し、特に女性関係で源氏が表だって動けない時など、きめ 細かく立ち回ります。 一方、桐壺更衣は帝の、寵愛ゆえにますます憎まれ、悪い噂ばかりですが、
もとは心優しい高貴な姫君。乳母の大弐やおつきの女房たちは、その本当の 姿を知っていたはずです。 右ひとえ左ふたえで恙なし 吉川幸子
弘徽殿は、帝のおわす清涼殿に近く、桐壺更衣の局の淑景舎は一番遠い。
身分が低かったからでしょうか。桐壺更衣の局は、清涼殿から遠く離れていま
したが、帝からは毎夜のようにお召しがあります。 他の女御・更衣たちは、部屋の前を通り過ぎていく、桐壺更衣の衣擦れの音を 聞かされるだけ。女御・更衣たちは実家の繁栄を託され入内しているので、 帝に愛されなくては…というプレッシャーは相当なものだったはず。 こうして彼女たちの更衣に対する恨みは夜ごと蓄積されていくのです。 しかし、更衣との間に皇子が生れて、さすがに帝も考えました。
このままでは母君だけでなく、その若宮までが軽く扱われてしまう。
帝はかわいい若宮の将来を案じ、また、更衣もれっきとした帝の皇子を産んだ
身なのだからと、もっと相応しい扱いをするように取り計らいました。 でもこれはこれで人々の新たな憶測を呼びます。
「そんなに大切にするということは、もしや帝は、あちらの若君を自分の世継ぎ
として東宮に立てるつもりなのでは……」 特に、一の皇子の母弘毅殿女御の心は、疑いと不安でどろどろと渦巻ます。
寝る前につらいつらい呼吸はやっておく 福尾圭司 PR |
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