川柳的逍遥 人の世の一家言
かきむしりキンカン塗ってまた塗って 藤田武人
紫式部 (土佐光吉筆) 「源氏物語」には、500人にも及ぶ登場人物が織りなす、人間模様が描かれ
ている。一般に、多数の人々が、それぞれの思惑のもとに入り乱れて行動する
状況を思い浮かべると、多くの場合、混沌としていてつかみどころなく、
したがって、その状況を的確に文章で表現することは、極めて困難なことだっ
ただろう。ところが「源氏物語」では、読み手は、不自然さを感じることなく、
また、矛盾を感じることもなく、人間模様を読み取っていく…。
その積み重ねの結果、紫式部は、人々の心の動きを的確に理解することが
できるようになり、さらに、それらの人々が織りなす人間模様を、明瞭に
心の中に、思い浮かべることのできる能力をも身につけた。
赤食べて黄色も食べて青食べる 東川和子
「紫式部日記絵巻」 (蜂須賀本)
彰子に「白氏文集」の「新楽府」を進講する紫式部
式部ー紫式部が観察する人間模様
例えば、
光源氏は、幼いころに母親を亡くし、祖母とも死別して、ほとんど故事同然の
立場で、桐壺帝の手元で育てられた。
宮中の艶やかな女性たちの中にあって、軽口をたたきながら、華やかに振る舞
っておられる帝の姿だけを見て、成長した光源氏は、夫と妻の情愛や親子の情
などを感得する機会をもつことができなかった。
そのような成長過程をたどった場合、どのような人物になるであろうか?
と、紫式部は、突き詰めて考え筆をすすめていった…。
その結果、自己中心的で自分以外の者はあくまでも、他人であるとしてしか
見ることのできない、そういう人物像が浮かび上がってきたのである。
バランスシート山椒魚がすんでいる 西澤知子
スズメが飛んでゆくほうを眺める紫の上 「紫の上の場合」 紫の上は、聡明ではあるが、世間のことをよく知らない純情な少女であった。
光源氏によって、二条院に連れ込まれ、いつの間にか、源氏の愛妻の立場に
置かれている。母親を亡くし、父親に頼ることができない以上、源氏を頼り
にする以外にない。だから、源氏が須磨に退去した際には、必死になって、
留守を守ったし、源氏の身の上を案じ続けた。
このような2人の関係において、何が起きるか、源氏にとって大事なことは、
わが身である。だから、須磨への退去の理由について
平気で嘘をつくし、明石で明石の君と親しくなり、子をなす間柄になっても、
さほど良心の呵責に悩むこともない。
これに対して、紫の上の側からみれば、源氏の裏切りである。
このように、二人の思いに齟齬がある以上、いずれかの時点で破局を迎える
のは、必至である。
ここに紫式部は、光源氏は「自己中」であるように描いた。
バランスを崩し芸術らしくする 加藤ゆみ子
絵 合 光源氏と藤壺の間の子である冷泉帝は、とりわけ絵を好んだ。 その后・梅壺女御と弘徽殿女御とが物語絵合わせで、絵の優劣を競っている。 弘毅殿大后の場合 弘徽殿大后(朱雀帝の母)は、かつて桐壺帝の女御であったころ、帝が寵愛さ
れた桐壺更衣や、その子である光源氏に強い敵意を抱き、さらに藤壺をも激し く憎悪した人である。 桐壺帝が退位されて冷泉帝(桐壺帝の第十皇子)が、帝の位につかれると、
政治権力は、右大臣の政敵であった左大臣と内大臣になった光源氏に移った。 今では、弘徽殿大后は、皇太后であるとは言うものの、かつての権勢を完全に
失った。そのころのことである。 『大后は、うきものは世なりけりと思し嘆く。
大臣はことにふれて、いと恥ずかしげに仕まつり心寄せきこへたまふも、 なかなかいとほしげなるを、人もやすからず聞こえけり』 (弘徽殿大后は、現在の境遇を情けないものと嘆いているが、光源氏は、
折あるごとに、大后に対して「丁重な心遣い」を示す。
かえって大后が気の毒なくらいで、世間の人々も、訝しいことだと噂している)
これからのことが黙って立っている 藤本鈴菜
筝を手に庭で音楽を朗らかに楽しむ光源氏 光源氏は、自らに対して害意を抱いた者を許そうとしない人である。
しかし、あからさまに復讐するような、単純思考のひとでもない。
相手からも、世間の人からも、非難されない方法で、復讐することを
考える人である。
その方法とは、常識では考えられないほど、仰々しく心遣いを示すこと。
そうすることによって、自分が勝ったことを相手に誇示し、相手を屈辱感で
打ちのめすことになる。
心の奥まで触れたがる土足 松浦英夫
冷泉帝が朱雀院に行幸された帰途、弘徽殿大后のところに立ち寄られた。
すでに太政大臣になっている光源氏も、同行している。
大后はすっかり年老いた感じである。
帝と源氏は、大后とお見舞いの挨拶などを交わしただけで、長居をせずに
帰っていく。
帝と源氏が帰っていく様は、威風堂々たるものである。
『のどやかならで還らせたまふ響きにも、后は、なほ胸うち騒ぎて、いかに
思し出づらむ、世をたもちたまふべき御宿世は、消たれぬものにこそ、と いにしえを悔い思す』
(-----大后の胸が騒ぐ。権力者となる強運の持ち主である光源氏を、
ついに消し去ることが出来なかった、と、大后は昔を思い返して悔いる)
金魚鉢から金庫破りを見る金魚 くんじろう
大后の騒ぐ胸とは……
『老いもておはするままに、さがなさもまさりて』
(老いが進むにつれて、意地悪さもますます高じてきて)と、されていること
などから、実は、「いくら強運の人であっても、もっと巧妙に、策を巡らせば 消し去ることができたであろうに…」と、 紫式部は、大后のこころのうちを看破する。
シーソーの向かいに乗ったはずの女 真鍋心平太
紫式部は、まわりの人々の挙措動作を常に注意深く見つめている。
それらの中に、紫式部の心のセンサーが敏感に反応するものがある。
その瞬間、紫式部の頭脳は、急速に回り始める。この頭脳の動きは、
紫式部の知的遊戯に始り、長年にわたってこれを繰返すことによって、
記憶の内容は充実したものとなり、推理のレベルは高められるようだ。
北風が腕を回して来るのです 合田瑠美子
紫式部の物語ー執筆にむかうまなざし 「道長の正妻・倫子をみつめた式部のまなざし」
敦成親王の五十日の祝いの席…有頂天になって喜んでいる道長が、
「倫子もよい男を夫にしてよかったと思っているでしょう」
などというのを聞いて、倫子は席を外そうとした。
倫子の態度を見て、紫式部は、信頼に足りる人だと確信したらしい。
何気なく見ていると、そのまま見過ごしてしまいそうな場面である。
このような場面で、紫式部の心のセンサーは、敏感に反応する。
派手な尾行はやめておくれよお月さん 酒井かがり
「中宮彰子について」
『あかぬところなく、らうらうじく(気が利いていて)心にくくおはします
ものを、あまりものづつみせさせ給える御心に』 (何の不足もなく、上品で奥ゆかしい性格だが、あまりに遠慮しすぎる嫌い
がある)と思われる、女房に対しても、それがブレーキとなり、
『「何とも言ひ出でじ」「言ひ出たらむも、後やすく恥なき人は世に
難いもの」と、思しならひたり』
(「何も言うまい」と自分を止めたり「頼りになる女房など稀なのだから、
言っても仕方がない」)と、諦めたりすることが常になっていると、彰子を、
紫式部は見ている。
トラウマのウですしっかり覚えてる 山本昌乃
引き続き紫式部は、こう記す。
『げに、ものの折など、なかなかなることし出たる、おくれたるには劣りたる
わざなりかし。ことに深き用意なき人の、所につけてわれは顔なるが、
なまひがひがししきことども(ひがみっぽいことなど)、物の折に言ひだし
たりける、をまだいと幼きほどにおはしまして、「世になうかたはなり」と、 聞こしめし、おぼほししみにければ、ただことなる咎なくて過ぐすを、ただ、
めやすきことにおぼしたる御けしきに、うち児めいたる人の、むすめどもは、 みないとようかなひ、聞こえさせたるほどに、かくならひにけるとぞ、心得 て侍る』 (かつて、深い思慮もなく職場で我が物顔に振る舞っている女房がいて、
「どうも見当違いの数々をある特別の折に口にした」「なかなかなることを し出でたる」失態である。 幼い彰子はこれを聞き、「世になうかたは」(世の中に滅多とないこと)と
感じて、それが心に染みついたという。) この体験が彼女を、いわば積極性拒否症にしたと、紫式部は、考えた。
流れない川が私の胸にある 野田和美
一人の女房の失敗が何ほどのものだろうか。
彰子はそこで、彼女の失態を女房のみならず、自らへの教示として、
「おぼほししみ」て受け止めてしまったという。 (世の中をたいそう辛いものだ、と心にしみて、感じること)
その強い感受性、人にも我にも人前での過ちを許せない完全主義が、翻って
積極的に振舞って失敗することへの怯えとなり、彼女を委縮させた。
消極性の殻に閉じこもり安息を得る、そうした少女期の繊細な心理が、
そのままに、彰子の性格の殻を作ってしまったものと、紫式部は推察した。 このような鋭い「人間観察力」こそが、人々の心の動きを的確に理解し、
人々が織りなす人間模様を明確に心の中に思い浮かべることのできる紫式部 の能力の源泉であり、天才作家たる所以だろう。 人間を塩と砂糖に分ける癖 ふじのひろし PR |
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