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川柳的逍遥 人の世の一家言
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フィボナッチ数列に正される目鼻  山本早苗





             長恨歌絵巻  (狩野山雪筆)
白楽天の漢詩「長恨歌」をもとに描かれた日本の絵巻物。



玄宗は、道士に命じて楊貴妃の魂を求めさせた。
道士は、海上の仙山で楊貴妃に会い、しるしの「箱と簪」を持ちかえる。
源氏物語では、靫負(ゆげ)の命婦がその役目を果たしている。
命婦は、更衣の里を訪ねて、更衣が残して逝った「装束」のところに
持ち帰るのである。
しかしそれは簪ではなかったし、更衣の魂のあり所もわからないままである。
帝の心は晴れない。
『尋ねても行く幻もがな、つてにても魂(たま)のありかをそこと知るべし』
(更衣の魂のありかを、人づてでもいいから聞くことが出来たら)
とため息を漏らすばかりである。



お別れの際は細く息を吐く  酒井かがり






                輦 車
更衣は病をこじらせ、若宮を残して里へ帰ることに…。
歩くこともままならない更衣のために手配された輦車(れんしゃ)




式部ー光源氏入門 ④ー桐壺の巻




その年の夏、御息所、はかなき心地にわずらひて、まかでなんとしたもふを、
暇(いとま)さらにゆるさせたまはず。
年ごろ、常のあつしさになりたまへれば、御目慣れて「なほしばしこころみよ」
とのみのたまはするに、日々に重りたまひて、ただ、五六日のほどにいと弱う
なれば、母君泣く泣く奏してまかでさせたてまつりたまふ。
かかれをりにも、あるまじき恥もこそと、心づかひして、皇子をばとどめたて
まつりて、忍びてぞ出でたまふ。




その年=若宮が3歳で袴着の儀式を行った年。
御息所=帝との間に子どもをもうけた女御・更衣の敬称(桐壺更衣)。
まかでなんとしたもふ=病気療養に里へ帰りこと。
常のあつしさに=いつも病気がちでいたために
なほしばしこころみよ=このまま宮中で療養せよ。



帰ろかな何処から見てもお月さん  津田照子




限りあれば、さのみもえ、とどめさせたまはず、御覧じだに送らぬおぼつか
 なさを言ふ方なく思ほさる。いとにほいやかにうつくしげなる人の、いたう
 面痩せて、いとあはれとものを思ひしみながら、言に出でても聞こえやらず、
 あるかなきかに消え入りつつものしたまふを、御覧ずるに、来し方行く末思
 しめされず、よろずのことを泣く泣く契りのたまはすれど、御答へも聞こえ
 たまはず、まみなどもいとたゆげにて、いとどなよなよと、われかの気色に
 臥したれば、いかさまにと思しめしまどはる。
 輦車 (れんしゃ)の宣旨などのたまわせても、また入らせたまひて、さらにえ
 ゆるさせたまはず。




※ コトバの解釈
限り=しきたり、掟のこと。神聖な宮中を死の穢れで汚すことは、
許されなかった。宮中で死ねるのは帝だけである。
御覧じ=帝が 退出する更衣の見送りをすること。
消え入り=絶え入りそうな様子。
来し方行く末思しめされず=過去を振り返る分別も、未来を見据える分別も
なくなって。
われかの気色にて=自分のことが分からないような有様。
輦車 (れんしゃ)=手で引く屋形車。もはや更衣は歩けない状態だった。




ありがとうさえも素直に言えなくて  下谷憲子




限りあらむ道にも後れ先立たじと契らせたまひけるを。
 さりともうち棄ててはえ行きやらじ」
 とのたまはするを、女も、いといみじと見たてまつりて、
「かぎりとて別るる道の悲しきに いかまほしきはいのちなりけり 
 いとかく思ひたまへましかばと、息も絶えつつ、聞こへまほしげなること
 はありげなれど、いと苦しげにたゆげなれば、かくながら、ともかくもなら
 むを御覧じはてむと思しめすに、
 「今日はじむべき祈祷ども、さるべき人々うけたまはれる、今宵より」と、
 聞こえ急がせば、わりなく思ほしながらまかでさせたまふ。




※ コトバの解釈
限りあらむ道=前世から決まっている寿命。
 帝と更衣はそれすらも一緒にしよう、と誓い合っていた。
いかまほしき=「いか」は「行く と 生く」を掛けている。
祈祷=病気を治すための加持祈祷。当時は医術よりは祈祷だった。
思ひたまへましかば=「…ましかば…まし」→「…だったら…だったのに」にの
意味になります。もう更衣には「…まし」という力は、残っていませんでしたが、
自身の死の近いことを嘆き、
「こんなことになるのだったら、帝の寵愛をいただかないほうがよかったのに…」
と伝えたかったのでしょう。




触ったら冬ごもりする御所人形  赤松蛍子




御胸のみつとふたがりて、つゆまどろまれず、明かしかねさせたまふ。
御使の行きかふほどもなきに、なほいぶせさを限りなくのたまはせつるを
「夜半うち過ぐるほどになむ、絶えはてたまひぬる」
とて泣き騒げば、御使もいとあへなくて、帰り参りぬ。
聞こしめす御心まどひ、何ごとも思しましわかれず、籠りおはします。
 
 
 皇子は、かくてもいと御覧ぜまほしけれど、かかるほどにさぶらひたまふ
例なきことなれば、まかでたまひなむとす。
何ごとかあらむとも思したらず、さぶらふ人々の泣きまどひ、上も御涙の
隙なく流れおはしますを、あやしと見たてまつりたまへるを、よろしきことに
だにかかる別れの悲しからぬはなきわざなるを、ましてあはれに言ふかひなし。





※ コトバの解釈
つと=ずっと。
いぶせき=心がうつうつとして、晴れない様子。
例なき=桐壺帝の時代は母親の喪に服すため宮中から下がるのが慣例。
 「例」とはそれに従わない前例のこと。
を=間投助詞。語調を強めたり感動の意味を表す。




夕刊と一緒に届く喪の葉書  中野六助





     ここにはじまった桐壺帝と更衣の恋に物語

いづれの御時にか女御更衣あまたさぶらひたまひけるなかに 
いとやむごとなき際にはあらぬが すぐれて時めきたまふ ありけり





それでは今様に訳してよみすすめてまいりましょう。







              輦 車

輦車は音読みで「れんしゃ」と呼ぶ。輦車はその名の通り人の手で引く車。
屋根は唐破風の入母屋で、四方に御簾を垂らした輿に車輪をつけたもの。
なお、輦車に乗れるのは、皇太子や大臣など身分の高いものに限られ、
帝の許しを得た者だけ。 だが、いくら病とはいえ、
桐壺更衣の身分で輦車を使えるとは大変な特別待遇です。
しかし桐壺更衣の病状が相当悪化していることを知った帝にすれば、
これでも足りない気持ちだったでしょう。




その年の夏、更衣は病をこじらせ、静養のため里下がりを申し出ます。
が、は首を縦に振りません。
「いつもの病だろう。宮中で養生しなさい」
ところが、日に日に悪くなる一方なので、更衣の母が懇願し、やっと里帰り
することに。
こんな折も、「自分と一緒にいることで悪いことが起きてはいけない」と、
かわいい若宮を気遣い、更衣は、ひっそりと、ひとりででていくのです。




砂時計どこへも行けぬ時刻む  山口美千代




宮中のしきたりで病気の更衣をいつまでも引き留めることもできず、見送りも
ままならない帝。お別れの挨拶でよくよく見れば、あの花のように可憐だった
最愛の女は、すっかり頬もこけ落ち、しゃべるどころか、意識すら薄れがちな
様子。あまりのことに、の心は千々に乱れ、涙ながらにあらん限りのことを
伝え必死に力づけます。けれど更衣の眼差しはうつろで、もはや返事もできぬ
有様。途方にくれた帝は、歩けない更衣を門まで送るよう特別に輦車を手配さ
せますが、やはりまた更衣を部屋に戻します。
どうしてもどうしても、離れられないのです。




純粋なこころのままで女郎花  渡邊真由美




「死ぬときも一緒だと誓ったではないか。私ひとりを置いていくのか」
のそのお気持ちに応えたくても、更衣は、
「これを限りにお別れしてしまう悲しさ。行きたいのは生きる道のほうです。
 ------こんなことになると分っていましたら」
と、息も絶え絶えに、歌を詠むのがやっと。
心乱れた帝は、この際、宮中の掟などかまうものか、このままずっと自分が
守り通すのだ、と思い詰めます。しかし更衣の母君
「一刻も早く祈祷をはじめたくて、偉い僧にお願いしました。
 早速、今夜からの手筈になっております」と、せかされます。
断腸の思いで、帝はついに更衣のか細い手を離したのです。




護摩を焚く奥歯のネギがとれるまで  きゅういち




その夜、は不安がつのるあまり、まどろむこともできません。
更衣にお見舞いの使者を遣わしてからも、どうにも落着きません。
そしてついに「夜中にお亡くなりになりました」との最悪の報せが届きます。
ショックのあまりしばし呆然とする帝。
まるで魂が抜けたようになり、ふらふらと部屋に入るとそのまま引き籠って
しまいました。


 


忘れ形見の若宮を是非ともお側に置きたい、と帝は切望したのですが、
母君の喪中に宮中に留まることは許されません。
その若宮は、人々が悲しみに泣き崩れ、父の帝もとめどなく涙しているのを
ただ不思議そうに眺めるばかり、
母の死すらわからない、その幼さがまた周囲の涙を誘うのです。




さよならの仕上げに青海苔をぱらり  中野六助






         清涼殿の長い廊下




桐壺物語ー最終話




季節はずれの雪に見舞われた春の宵。 清涼殿に向かう長い廊下。
もうずいぶん長い間、からのお声がかからない、 弘徽殿女御
頭の切れる彼女のこと、桐壺更衣を陥れる罠を練る時間など、
いくらでもあったでしょう。
長い夜を持て余しているのは、他の女御・更衣も同じこと。
その苛めの度合い、時を追うごとにひどくなりました。
戸を閉められ寒い廊下で立ち往生する更衣。
しかし誰がどんな妨害をしようとも、帝が待つのは桐壺更衣ひとりだけです。




不器用で煙に巻かれてばかりいる  細見さちこ








雪明りのなか、長廊下を歩み帝の待つ清涼殿へと向かう桐壺更衣と女房。
「ここも向うから閂が…! どなたか開けてくださいまし」
「桐壺更衣さま!こちらも閉まっています」
女房がゴトゴト押しても、開かない。
それを聞き止めた鈴鹿は、筝を弾く手をとめてたちあがった。
そこへ弘徽殿女御が来て
「鈴鹿 続けて! やめてはなりません」
一方、清涼殿のは…なかなか来ない更衣にじりじりしています。
「遅い 遅すぎる。桐壺更衣はまだ来ぬか」




我儘のジャブで確かめている愛  上坊幹子





桐壺更衣が閉じ込められた通路は、馬も使った建物の中の道なので、
馬道と呼ばれました。「馬道」とは、殿舎を貫いて通っている長い板敷きの
廊下のこと。廊下の厚板は取り外しが可能で、必要な時には廊下を外して、
馬を殿舎の奥まで引き入れることができるようになっています。









渡り廊下では、
「桐壺更衣さま戻りましょう。庭づたいなら局へ帰れます」
「帰れるということは、帝のお許にもいけるということですね」
桐壺更衣は庭の雪に素足をおろし、雪明りを頼りにの許に向かいます。
もともと脆弱な体質でナイーブな神経の更衣。 なのに、
素足で雪のなかを帝の待つ清涼殿へ向かう芯の強さを見せます。
彼女をそこまで駆り立てるのは、純粋に帝に対する気持ちだけでした。
一方、外のただならぬ気配を感じた鈴鹿
この気立てのよい女房は、弘徽殿から命じられた筝の演奏をやめ、様子を見に
行きます。 もちろん帝もすぐさま飛び出してきました。 





まだ生きるつもりの今日も薄化粧  靏田寿子











やっとの思いで清涼殿にたどり着き、の棟のなかに倒れこむ更衣
「主上さま」
「なんと冷たい!氷のように冷えきって…。」
桐壺更衣は、帝に抱きかかえられ、夜の御殿へ。
「火だ!火炉に火桶にもっと火を!替えの衣も暖めておけ!」
骨まで冷え切ったような、更衣のか細い体を抱いたとき、帝はどんなトラブル
が起こったのか、おおよその見当はついたのでしょう。
しかし更衣は、世間から楊貴妃にたとえられはしても、寵愛を利用するような
野心家ではなく、苛めにも、じっと堪え忍んでしまうタイプ。
それゆえ、帝にはますますいじらしく、愛しくてたまらないのです。




面倒はすべてパスして今日ひと日  荒井加寿










またまた弘毅殿の思惑は、はずれてしまいます。
それどころか、更衣の絆は深まるばかり。
更衣の身を案じた帝は、清涼殿のすぐ隣、後涼殿にいた古株の更衣をよそへ
移し、桐壺更衣の控えの間にすることに決めました。
これはたいへんな破格の待遇。
ずっと寵愛は続くという帝の強い意思表示ともとれます。
後涼殿に仕える鈴鹿は、それを立ち聞きしてしまいます。
「後涼殿の女たちを即刻、他の局へ移せ!桐壺更衣の淑景舎は、そのままに。
 これから後涼殿は、桐壺更衣の控えの間とする。
 私が行くにも、桐壺更衣が来るにも、淑景舎は遠すぎる、今夜のようなこと
 を二度とさせぬためにも…な」




たっぷりの毒で切り返すひと言  安土理恵






       後涼殿、深夜の中庭。




桐壺更衣に渡す機会もなく、雪の上に薬湯をこぼす鈴鹿。
「ああ嫌!嫌! 私の心に黒い、黒い汚点が拡がる。
 緑かがやく鈴鹿の山すそへ…受領の父の館へ帰りたい」



「同じ更衣という身分でありながら、桐壺更衣のために部屋を替われとは、
 なんたる侮辱でしょうか!」
部屋を奪われた更衣の煮えたぎるような憎悪は、周りの女房たちにも、
たちまちに広がります。
桐壺更衣の人柄を垣間見て、好意を感じていた鈴鹿ですら、の特別扱いには、
気持ちが波立ちます。
狭い後宮内のこと、こうした帝の真っすぐすぎる深い愛情が、桐壺更衣の立場
をどんどん追い詰めていくのです。




ときめきを振りかけているかき氷  みつ木もも花




ある夏の日のこと。内裏をひそやかに出て行く輦車あり。
更衣女房たちが、それを見て噂をしている。
「主上さまが輦車ででていかれるは」
「ちがうは 主上さまじゃない」
「桐壺更衣のお里帰りよ」
「でも病が重くても更衣の身で帝の輦車とは…」
「あの雪の夜から桐壺更衣さまは お体を損なわれ…」
これは、車を見送る鈴鹿の囁く声である。
「ここ4,5日の暑さったら 私たちでもたいへんだったものねぇ」




昼の月などと私のことですか  青木敏子










「輦車に駆けつけてきた帝と桐壺更衣」
主上「どうしても里へ帰るのか 私ひとり 残していってしまうのか」
更衣「主上様 私もおそばにいたい でも…でもこの病の重さでは…私は 
内裏を穢したくないのです…この櫛を私と思って…あと若宮をお願い……」
その夜遅く清涼殿にて、は、櫛の形をした半月を見上げている。
帝の手を離れた桐壺更衣に、もはや生きる力は残っていませんでした。
そして、桐壺更衣の容態が気にかかり、眠れぬ帝のもとに、あまりにも早い
訃報が届きます。覚悟はしていたとはいえ、激しい衝撃を受ける帝。
遺された若宮はまだ3歳。母親の死が何を意味するのかもわかりません。
そのいたいけな姿が、いっそう人々の涙を誘ったのでした。



睡蓮の白ひしめいてレクイエム  藤本鈴菜





" たずねゆくまぼろしもがなつてにても 魂のありかをそことしるべく "


桐壺帝は、夏が過ぎ秋になっても、更衣の死という悲しみがら逃れられません。
形見である櫛を見ながら、『長恨歌』にある逸話を思い出し、幻でもいいから
もう一度逢たいと嘆き悲しみます。
雲の上も涙にくるる秋の月 いかですむらむ浅茅生の宿
(雲の上の宮中までも涙に曇って見える秋の月だ
 ましてやどうして澄んで見えようか、草深い里で…)



手に載せて夜明けの匂いするキュウリ  佐藤 瞳

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