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川柳的逍遥 人の世の一家言
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きもち斜めに正座する低音やけど  酒井かがり


源氏になつく明石の姫

入り日さす 峰にたなびく 薄雲は もの思う袖に 色やまがえる

日が沈もうとしている峰にたなびく薄雲は、何て悲しい色をしているのか。
私の着ている喪服の袖の色にそっくりだ。
雲もあの人の死を悲しんでいるのか。


「巻の19 【薄雲】」

季節も冬になり、明石の君は心細さに旨も潰れる思いである。

光源氏の訪問はめったになく、明石の君は姫を可愛がることで、

寂しさを紛らわしていた。

明石の姫を引き取り紫の上のもとで育てる。

そのためにも源氏は、「これではたまらないだろう、

   私の言っている近い家へ引っ越す決心をなさい」

と明石の君が邸を移るように
勧めるのだったが。

もし姫が引き取られたら、ただでさえ訪問の途絶えがちなのに、

どうして源氏が訪ねてくることがあろう。

また身分の低い明石の君が、正妻の近くにいくのも憚られる。

また預ける紫の上に姫が疎んじられないだろうかなど、

明石の君は、
あれやこれやと悩みが尽きず、なかなか決心がつかない。

考える人のポーズで日が暮れる  三村一子

明石の君を思いやって、源氏は、やさしく言葉をかける。

「何も心配はいらないのですよ。あちらの方は本当に子ども好きで、

   しかも何年たっても子に恵まれません。

   梅壷女御があれほど大人になっていても、親代わりを喜んでする

  性分ですから、姫のことも大切に世話をするでしょう」

明石の君には、何もかも分かっていた。

自分の娘がどのような人生を送るのか、全ては紫の上の気持一つなのだ。

明石の君は、姫の将来を思い、泣く泣く承諾するしかなかった。

崖に咲く花はいつでも清純派  有本さくら子


  別れの日

雪の日、明石の姫は、乳母や姫の女房たちと、源氏の車に乗りこむ。

「お母様もお乗りになって」

と姫は、まだおぼつかない口調で声をかけてくるが、


明石の君は唇を噛みしめ見送るだけ…車が走り出し、

姫の呼ぶ声が遠のいていく…
すべてが終わった。

明石の君は、寂しくて、その日一日を生きていくことができないと思った。

三歳の幼さで、自分の境遇は分かるはずもなく、

明石の姫は、紫の上の住む二条院へ移ったのである。

最初のうちは、母のいないことに愚図っていた姫だったが、

紫の上のいつも側にいて、実の娘以上の可愛がりように、やがてなついた。

明け烏ここで二声鳴く場面  井上一筒

年が明け、源氏32歳の春、葵の上の父・太政大臣が亡くなる。

それに続くように藤壺も病に勝てず帰らぬ人となった。

源氏は悲しみに暮れ、しばらくは茫然自失の日を送り、

世の無常を嘆くのだった。


母である藤壺を亡くした冷泉帝も深い悲しみの中にいた。

その悲しみに追い討ちをかけるように、藤壺の49日の法要が済んだ頃、
             そうず
母の信頼の厚かった僧都から、出生の秘密を聞かされる。

オクターブ下げて訳あり胡瓜切ってます 山本昌乃

それは、冷泉帝の本当の父親が、源氏であるという事実である。

冷泉帝は、隠れた事実を夢のように聞き、心は悶え悩むのだった。


そして本当の父を臣下においていることに罪の意識を感じ始める。


そこで冷泉帝は、源氏に「帝になってほしい」と譲位を依頼する。

驚いた源氏は、冷泉帝が秘密を知ったのだと悟る。

でも源氏からは口にせず、ただ、

「桐壷院の遺志に背くようなことはいけません」
と冷泉帝を諭す。

天空に異変が起き、世間が動揺しているのは、これが原因ではないのか。

冷泉帝は、自分がこの世にいること自体が、恐ろしかった。

淋しいこと言うなと蜘蛛が降りてくる  桑原伸吉

その秋、冷泉帝の後宮に仕えていた梅壷が、里帰りで二条院に戻ってくる。

源氏は梅壷と六条御息所の思い出話に耽るうち、

亡き六条御息所の面影を梅壷に見て、恋心が芽生えそうになる。

「何て人だろう」 梅壷は驚き呆れ、御簾の後ろへ身を引いた。

梅壷にとっては、源氏の求愛はいとわしいだけだったのだ。

どんな時代にも、いくら男前であっても、尻軽男は嫌いという女性は

いくらでもいたのである。


(梅壷はこの時「秋が好き」と言ったことから、この以降、秋好中宮と呼ばれるようになる)

戸惑いがほうれい線で揺れている  井本建治

【辞典】 夜居の僧都

冷泉帝は自分の出生の秘密を、夜居の僧都と呼ばれる祈祷僧から、
聞いてしまい、
その結果、自分の運命に悩み苦しむことになる。

では何故、夜居の僧都は藤壺と源氏の不義密通を知っていたのか。
この僧都、もともと桐壷院が存命していた時代から祈祷師として
天皇家に仕えていた。
祈祷師は施主の願いを叶えるために、お祈りをしてくれる人)

そのためには、懺悔する内容を聞き、どんな願いを叶えたいのか
知っておく必要がある。

夜居の僧都は、過去に藤壺から依頼を受け、祈祷を行なっていた。
現代ならば、業務上知り得た顧客の秘密は守る、という守秘義務に
僧都の行為は違反をしている。
もちろん当時でもこんな口の軽い僧は倫理に反している。
でも、
この物語は軽薄な僧が多く登場し、人の運命を大きく左右させていく。


好奇心なんじゃもんじゃの種を蒔く  北川ヤギエ

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恋たのしワンバウンドして手の中に  森中恵美子



かはらじと 契りしことを たのみにて 松のひびきに 音をそえしかな


あなたの心は変わらないという約束を頼りにして、松風の音に
私のなく声を添えながら、これまでずっと耐えてまいりました。

「巻の18 【松風】」

光源氏は、本宅二条院の東に邸を所有しており、ここを美しく改装した。

西の対には花散里を住まわせ、東の対に明石の君を迎えるつもりであった。

しかし明石の君は、源氏の愛情だけを頼りに住み慣れた場所を

離れることや、
上流社会についていく自信がないことなどの

不安がよぎり、
京へあがることの決心がつかない。
                           おおいがわ
明石の入道は自分の娘の苦悩を見かねて、大堰川のほとりに

所有する
別荘を修理して、そこに母娘を住まわせることにした。

まずはここに住み、都に慣れればよいというのである。

源氏もこの提案に賛成し、邸の修理を手配するなど乗り気である。

雲は魔術師熊もクジラも作り出す  片山かずお

秋風が吹く頃、大堰の邸の修理は終わり、都へ旅立つ日が来た。

明石の君は22歳、姫君はまだ3歳のときである。

明石の入道は「もはや私の役目は終わった」と、随行せず、

人目に立つのを避けて、明石の君親子は船でひっそりと旅立つのだった。

大堰の邸は川べりの様子が明石の海辺に似ており、とても風情がある場所。

でも、明石の君は故郷に似た風景を見ても、不安はつのる。

到着してから数日が経つのに、源氏の訪問がないのだ。

本当はすぐにでも駆けつけたい源氏は、正妻の紫の上を気づかい、

口実が見つけられなかったのである。

雲ひとつないと言うのにふさぎこむ  信次幸代


 源氏になつく明石の姫

それでも何とか他の用事にかこつけ、大堰の邸に足を運ぶことができた。

源氏は久しぶりの対面に感無量である。

明石の君も直衣姿の源氏の美しさを、眩しく思う。

明石の君は、そっと幼い姫君を源氏の前に押し出す。

姫君は緊張した面持ちで、おずおずと源氏を見上げ、にっこりと微笑む。

源氏はそのあどけない笑顔を奮いつきたいほど可愛いと思った。

そして、源氏は「ここは遠くて、私もたびたびは訪れることが出来ないので、

   二条東院に移りなさい」と、勧めるが、明石の君は

「まだ都暮らしが不慣れなもので、もう少しここに」と答える。

そしてその晩は、明け方まで、源氏は明石の君と過ごした。

そこはかとなく漂っているのです  森田律子

後、自邸に戻った源氏は、こちらも愛しい妻の紫の上に正直に報告をする。

紫の上は当然不機嫌な顔をするが、源氏は間髪を入れず一つの提案をする。

「あなたに明石の姫を育ててもらいたい」と。

紫の上は一瞬、キョトンとした表情を見せたが、次の瞬間、少し微笑み、

「本当にいいの?うれしいああ、どんなに可愛いことでしょう。

   私、きっとその幼い姫君を気に入ると思うわ」と言い、

無邪気に喜んでいる。
紫の上はもともと子どもが大好きなのだ。

それを見越して提案したことだが、源氏には不安があった。

姫君を母親から引き離して、その母である明石の君が悲しむのではないか。

源氏は、明石の君が、独りで泣き暮らしている姿を考えていた。

仕舞屋の棚にいくつか残る種  筒井祥文


源氏の考えた寝殿造りの邸

「辞典」 対の屋について

当時の貴族が住む家は、寝殿造りで、建物は大きく四つの棟に分かれている。
四つとは、「寝殿」「北の対」「東の対」「西の対」で、
このうち北と東西の対をまとめて、「
対の屋」と呼ぶ。
対の屋と寝殿とは渡殿と呼ばれる屋根のついた通路で結ばれている。

通常は寝殿に主人が住み、対の屋には、妻や家族、女房たちが住んでいた。
 西は花散里、東が明石の君とすると、もうひとつ北の対が残っている。
光源氏はこの北の対を特に大きく造り、部屋を細かく仕切ったものにした。
そこには、今まで心を通わせてた他の恋人たちを住まわせようと考えたようだ。

ふり切った雫もいつか虹になる  桑原すゞ代

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きょうは”♯”で明日は”♭”  森吉留里惠


  絵 合

身こそかく しめの外なれ そのかみの 心のうちを 忘れしもせず

我が身はこのように宮中の外にいる身分になってしまいましたが、
あの頃、あなたを想った心の中は、今もずっと忘れずにいるのです。

「巻の17【絵合】」
              みやすどころ
光源氏は31歳。六条御息所から娘を託されていた源氏は、

この娘を養女として面倒を見ていた。

いずれは冷泉帝に入内させようと考えていたが、

前帝の朱雀院が娘に
恋心を抱いていると知り、

仲を裂くことになる入内に源氏は及び腰。


そんな煮え切らない態度を見て、藤壺は「早くしなさい」とハッパをかける。

人の恋路を邪魔することに抵抗はあるものの、源氏は娘の入内を決めた。

娘は、宮中の梅壷という御殿に住むことになり、梅壷と呼ばれた。

やわらかに密封 愛が熟れだした  森田律子

さて、新しい女御を迎えた当の冷泉帝はまだ13歳。

梅壷は22歳である。


冷泉帝は梅壷より歳の近い女御の弘徽殿(14歳)といつも一緒にいる。

そんな冷泉帝の気を引いたのが、梅壷の特技の絵だった。

冷泉帝は前々から絵が好きだったので、梅壷の描く絵に感心を示し、

梅壷のもとにばかり行くようになる。

この噂を聞きつけて、不愉快に思ったのが弘徽殿の父・権中納言である。

かつては頭中将と呼ばれていた源氏の親友だ。

源氏にいつも引けをとり、今回も源氏の連れて来た娘に、娘が負けている。

そこで権中納言は、帝の気を引こうと自分の所有する絵を見せびらかす。

「美しい絵だね。梅壷に見せたい」との冷泉帝の願いは、当然、聞かない。

いけずしておすまし顔の座禅草  徳山泰子

源氏は、権中納言の大人気ない仕打ちを、苦笑いした。

3月10日ごろ、宮中では行事もなく、誰もが暇を持て余している。

そこで源氏は、梅壷と弘徽殿の双方が参内していたこともあり、

藤壺の宮の御前で、どちらの絵が優れているか、公開品評会を提案する。

これが絵合である。

もちろん冷泉帝も出席する。


梅壷側からは、竹取物語や伊勢物語などの由緒ある物語絵が出され、

弘徽殿の側からは宇津保物語、正三位の物語の絵が出される。

しかし、いずれ劣らぬ絵画ばかりなので、なかなか勝負が決まらない。

結局、勝負がつかず改めて、帝の前で絵合が行なわれることになった。

男はゆうべ眠れたろうか絆創膏  山本昌乃

絵合は宮中あげての盛大なものとなり、勝敗の判定は、
         そちのみや
源氏の弟である帥宮が務めることになった。

梅壷側、弘徽殿側とも、これ以上は描けないという

すばらしい絵が出され、
優劣がつかない。

勝負はつかないまま、ついに夜を迎える。

いよいよ最後の一番である。


梅壷側が、最後の一番になって「須磨の絵巻」を出してきたので、

権中納言は動揺した。

中納言側も決戦用に特にすばらしい絵を用意していたのだが、

源氏の描いた須磨の絵巻は、人々の目を引いた。

人々が見たこともない須磨の景色や海辺の様子が隅々まで描かれている。

尾骶骨あたりで見せてやる気骨  藤井孝作

源氏が須磨に流されたとき、誰もが気の毒と思ったが、

実際に絵を見て彼の寂しさ、悲しさが手に取るように分かるようで、

帥宮をはじめ、並み居る人々が感涙に咽んだ。

それほど見事な絵だった。

所々に感動を誘う歌も書き込んであり、他の巻も思わず見たくなる。

誰の脳裏からも、他のことが消えた。

今までの数々への作品の興味が、この絵日記に移ってしまい、

梅壷側の勝利は明らかだった。

結局、この作品で勝負は決まり、源氏は絵の評価ばかりでなく、

宮中での政権も不動にし、また梅壷女御は弘徽殿女御を押さえて、

抜きん出た存在となった。

賭けるものないから首を置いてくる 中野六助

【辞典】 藤壺の野心

この絵合の巻の冒頭は、藤壺の催促から始まっている。
藤壺は源氏に「早く梅壷を入内させなさい」と迫っている。
なぜ藤壺はそんな口出しをしたのだろうか。
14巻・澪標で源氏は、養女にした梅壷を入内させようと思いつくも、
朱雀院を気づかう気持もあって、藤壺に相談をもちかけた。
それを聞いた藤壷は「よく気がついた」と喜び、
「朱雀院のことは知らぬふりおして入内させなさい」と助言している。

実はこれ、藤壺の野心からきたもので、政治の実権を身内で固めたいという
思惑が言わせた台詞なのだ。
冷泉帝は自分の子、そこに実父の源氏が後見になる娘を送り込み、
うまく男子が生まれ、帝に・・・。藤壺はそんな青写真を描いていたのだ。
そうなれば、藤壺・源氏ペアの一族の繁栄は約束されたようなものだから。

ペリカンの嘴くらい拗ねてはる 青砥英規

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アングルを変えても白い闇である  笠嶋恵美子



行くと来と せきとめがたき 涙をや 絶えぬ清水と 人はみるらむ

こちらから行く人、あちらから来る人と、人々が行き交う逢坂の関で、
私の目から堰き止められそうもない涙が流れています。
人はきっと、この涙を、湧き出て絶えない清水だと思うのでしょうか。

「巻の16 【関屋】」

「巻の2・帚木」で人妻の空蝉と一夜の契りを結んだ光源氏

その後、彼女は夫の赴任地常陸へ行き、互いに疎遠な時が過ぎていた。

やがて夫・常陸介の任期も終え、空蝉は夫に伴い帰京する。

その道すがら、逢坂関に辿りついた一行は、

偶然にも石山寺の詣でる源氏一行と鉢合わせになった。

どちらも大人数なので、大臣である源氏一行を先に通すため、

空蝉の一行は道に控え、道をゆずる。

源氏も空蝉も互いを忘れてはいない。

知りながら声も聞けれないすれ違いは、かえって思いは深くする。

しかし、周囲には大勢の家臣、まして空蝉には夫もいる。

鉤括弧誰か外して下さいな  安土理恵

そこで源氏は、今は衛門佐となった空蝉の弟(小君)に託して、

空蝉に歌を贈り、その場をやり過ごした。

空蝉も源氏からの便りに、思わず感慨に浸る。

その後、右衛門佐を呼んでは仲介役を頼み、

空蝉の心を惑わす手紙をたびたび送り始める。

右衛門佐は、源氏が都落ちをしたとき、災いが及ばぬようにと、

源氏のもとを離れた過去があったが、それでも源氏は、

内心の不愉快さを隠し、
右衛門佐に使いを依頼するのだった。

目くばせと片手でいつも頼まれる  魚住幸子



源氏からのアプローチに少なからず心を動かされた空蝉。

さりげない返事の手紙を返したりもする。

でも、今、空蝉はそんな恋のお遊びどころではない状況にあった。

共に邸に戻った老齢の夫が、病の床に臥せってしまったのだ。

立位置をかえても葬儀屋が見える  都司 豊

空蝉はこの夫と死別して、またも険しい世の中に 放り出されるのであろうか、

と歎いている様子を、常陸介は病床に見ると死ぬことが苦しく思った。

この空蝉のためにも生きていたいと思っても、

それは自己の意志だけでどうすることもできないことであったから、

せめて愛妻のために魂だけをこの世に残して置きたい。

そこで常陸介は息子たちを呼び、

「自分はもう死んでしまうが、妻の空蝉を主人と思い心して仕えなさい」

と繰り返し繰りかえし遺言をいい残し、亡くなってしまうのだった。

入口で悶え出口でまた悶え  平井美智子

常陸介の死後しばらくして息子のひとり、河内守が空蝉に言い寄り始める。

河内守は空蝉よりも年上である。

「父があんなにあなたのことを頼んで行かれたのですから、

   無力ですが、それでもあなたの 御用は勤めたいと思いますから、

   遠慮をなさらないでください」

などと言って来るのである。


あさましい下心を空蝉は知っていた。

源氏の誘いをも一夜限りで拒み続けた空蝉である。

淫らな真似を許すはずはない。

空蝉は辱めを受けてはならぬ、と決意し誰にも相談せず出家してしまう。

河内守はもちろん、そばに仕える女房たちも皆、驚き、嘆いた。

でも、それが空蝉の生き方なのだ。

刺を抜きサボテン不意に出家する  上田 仁

「辞典」人情 VS 恋心

源氏は、自分が窮地に陥って都を離れたとき、周囲の冷たさを実感した。
自己の保身を考え、今まで親しくしていた人も、
源氏からどんどん離れていったからだ。

この関屋の巻に登場する小君(右衛門佐)も逃げていった一人だった。
都に戻った源氏は、自分から離れなかった人たちには、
できる限りの便宜をはかって、
引き立て、
逆に逃げたものたちには、とても冷たい態度で接した。

 逆境の時でも、源氏についてきた者に、河内守の弟・右近将監もいた。
役職を解任されても須磨・明石行きの付き人となったのだ。
右近将監は、右衛門佐にとって血はつながらなくても義理の甥に当たる人。
右衛門佐は、源氏がどんなに右近将監を厚遇しているかすぐにわかる。
「それに比べて自分は、なんとなさけない」恐縮していた。
しかし、源氏は、内心面白くないと思いながらも、それを顔に出さず、
右衛門佐に空蝉との仲介を頼むのである。
源氏の恋心への執着は、裏切り者に対する憎しみより強かったのだ。

くしゃみ二つ言った言わない物忘れ  山本昌乃

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僕にしか見えない虹があるのです  竹内ゆみこ



浅茅は庭の表も見えぬほど茂って、蓬は軒の高さに達するほど、
葎は西門、東門を閉じてしまったというと用心がよくなったようにも
聞こえるが、
くずれた土塀は牛や馬が踏みならしてしまい、
春夏には無礼な牧童が
放牧をしに来た。


尋ねても 我こそ訪はめ 道もなく 深き蓬の もとの心を

誰も訪ねて来ないでしょうが、私だけは訪れることにしましょう。
道もなくなってしまう程の深い蓬の邸に住む、私を思ってくれる
姫のところに。


「巻の15 【蓬生】」

光源氏が都落ちして、須磨・明石に暮らしていたころ、都では、

源氏の恋人たちは、皆さびしく悲しい生活を送っていた。

特に悲惨だったのが末摘花父・常陸宮を亡くし、

引き継いだ邸で貧しく暮らしていたあの不器量な姫君である。


それでも一時は源氏が通い、生活の支援をしてくれたお陰で、

それなりの貴族らしい生活は出来ていた。

しかし、源氏が都を離れた今、極貧の生活に逆戻り、

蓬などの草は
ぼうぼうに生い茂り、

キツネやフクロウの棲み処になっているほど。


はぐれ雲人待ち顔の雛に似て  前中知栄

仕える女房たちは、家を売ろうとか家具調度を売りその場を凌ごうなどの

助言をするが、末摘花は父から受け継いだものを、

決して手放すつもりはなく、ガンとして言うことをきかない。

かつて、常陸宮家に軽んじられた叔母(末摘花の妹)が、

その仕返しとばかり、
悪さをしてくる。

夫が太宰大弐になったのを機に、末摘花を九州に伴って召使いにしようと

画策するが、それも固辞して、源氏との再開を待ち続ける。
                                  めのとご
そんなことで女房たちの中でも、一番信頼していた乳母子の侍従までも、

末摘花の叔母に連れられ、出て行ってしまう。

あとは、年老いた女房が数人。

その彼女たちも、縁故を頼りに出て行く算段をしている。

淋しさがこんなに重い ほんと冬  桑原すゞ代



帝に召還され、都に戻っていた源氏が、花散里を訪ねる途上、

荒れ果てた邸の前を、たまたま源氏が通ったのは、そんな時だった。

荒れたはてた邸を見て、源氏は末摘花の存在を思い出す。

「ここにいた人がまだ住んでいるかもしれない。

   私は訪ねてやらねばならないのだが、

   わざわざ出かけることも大層になるから、この機会に、

   もしその人がいれば逢ってみよう。はいって行って尋ねて来てくれ。

   住み主がだれであるかを聞いてから私のことを言わないと恥をかくよ」

と、車の中から使いの惟光に様子を探るように命じる。

口の無い夜は耳たぶでお話し  井上一筒

惟光が戻り、末摘花が今もこの住まいにいることを確認すると、

源氏は、「どうしようかね、こんなふうに出かけて来ることも近ごろは、

   容易でないのだから、この機会でなくては訪ねられないだろう。

   すべてのことを総合して考えてみても、

   昔のままに独身でいる想像のつく人だ」
と言い、

習わしの手紙のやり取りも省略し、末摘花のいるところに向かった。


常夜灯 誰も帰って来ないけど  安土理恵

末摘花は、望みをかけて来たことの事実になったことは、

うれしかったが、
りっぱな姿の源氏に見られる自分を恥ずかしく思った。

大弐の北の方が準備したお召し物類は、不愉快に思う人からの物だから、

末摘花は見向きもしなかったが、この日ばかりは女房たちが、

それに懐かしい香りを付けて出してきたので、

どうにも仕方がなく着替え、
煤けた御几帳を引き寄せて座るのだった。

荒れた邸、質素な生活、彼女の気苦労の日々を思うにつけ源氏は、

自分の薄情さを思い知るのだった。

人間の隙間に苦い句読点  皆本 雅



「長年のご無沙汰にも、心だけは変わらずに、

    お思い申し上げていましたが、
何ともおっしゃってこないのが恨めしくて、


    今まで様子をお伺い申し上げておりましたが、あのしるしの杉ではないが、

    その木立がはっきりと目につきましたので、通り過ぎることもできず、

    根くらべにお負け致しました」

末摘花は黙ったまま、何も語らない・・・源氏は言葉を続けた。

「こんな草原の中で、ほかの望みも起こさずに待っていてくだすった

   のだから
私は幸福を感じます。

   また私の性癖で、あなたの近ごろの心中も察せず、


   自分の愛から推して、愛を持っていてくださると信じて、

   訪ねて来た私を何と思いますか。

   今日まであなたに苦労をさせておいたことも、私の心からのことでなくて、

   その時は、世の中の事情が悪かったのだと思って許してくださるでしょう。

    今から後のお心に適わないようなことがあったら、

    言ったことに違うという罪も負いましょう」

待つ時と待たせる時計二つ持つ  藤井文代

末摘花はずっと待っていてくれたのだ。

その純真な心に打たれた源氏は、彼女の面倒を見ることを約束。

衣服などを贈るのはもちろん、

邸の修理まで細々と気にかけてやるのだった。


末摘花は2年ほどこの邸に住み、

その後、源氏の邸、二条院東院に移り住んだ。

折り返し点から杖になりました  笠嶋恵美子
         めのとご
【辞典】(仲良し乳母子)

末摘花の貧困生活に耐え切れず、出て行った召使いたちのうち、
年老いた女房を除いて、最後まで残ったのが乳母子の侍従であった。
若い女房たちはとっくに逃げ出してしまったのに、この侍従だけは、
他の貴族に仕えながら何とか生活を支え、末摘花のもとに留まった。
その大きな理由の一つが乳母子という立場である。
末摘花と侍従は、同じ母親のもとで育てられ、姉妹のように暮らし、
泣き笑いをともにした仲良しなのだ。
最後は、末摘花の叔母と一緒に去ってしまうが、悲しい別れだったと
源氏物語には描かれている。
ついでながら、いつも源氏の傍にいる惟光も源氏と同じ乳母子である。

昨日とは温度が違うから泣いた  福尾圭司

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