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川柳的逍遥 人の世の一家言
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ギラギラと敵も味方も紙魚になる  蟹口和枝
 
 

 
 
右が弥次郎兵衛、左が喜多八
身なりの他、丸顔の弥次郎、面長の喜多八の特徴は、

以後の多くの2人の肖像画で踏襲され、定形化する。

「東海道中膝栗毛」 十返舎一九



『東海道中膝栗毛』弥次さん喜多さん道中は、品川から箱根であった。
「神風や伊勢神宮より、足引きの大和巡りして、花の都に梅の浪花へと、
こころざして出で行くほどに」と本文は始るけれど、本の売れる確証も
あるわけではないから、とりあえず「箱根まで」のつもりで書き始めた
とされる。というのも、その表紙には「浮世道中膝栗毛 完』と刷られ
たとされる。




捨てられる一瞬空を見るティッシュ 田村ひろ子





東海道中膝栗毛・表紙 (明治13年3月)文事堂



ところが予想に反し好評を得て、続きが書かれることになり、享和3年
に、後編二冊が出た。箱根から大井川まで書かれた。これも後編とある
ことから、ここで終わるつもりであった。
しかし、またまた好評を得た。続けて読んでくれる読者をかかえること
さえ出来れば、シリーズは続くのである。
文化元年(1804)3編上下を出版、岡部から荒井までである。残り二編で
終了とし、四編で舞阪から四日市まで五編で伊勢から大坂まで記す。と
している。しかし本が売れれば、少しでも続いたほうがいいので、実際
はその通りにはなっていない。



耕せばコツンとあたる鰯雲  くんじろう



ともかくも弥次さんと喜多さんの掛け合いは、際限なく駄洒落を飛ばし、
狂歌を詠み、テンポのいいしゃべくりを続け。お上品とは言い難い低俗、
猥雑、無責任な話を、飽きもしないで繰り返す。町の人はあきれ顔で2
人を非難するけれども、どんなひどい目にあって醜態をさらしても、決
して懲りることはない。ひたすら悪ふざけをすることが、自分たちの使
命なのだといわんばかりに、軽薄を演じることに徹するのだ。どういう
わけか分からないが、こうした男に共感をして、膝栗毛は売れまくった。



立ち読みの袋とじからぬっと足  森田律子





「書画五拾三駅 川崎」 左・弥次郎 右・喜多八。
口の周りに濃い髭が見られ、野卑な感じがする。ものを
食べながら女性を見ている姿は、2人の性質を表している。
明治5年、暁斎・若虎画



あの堅物で、お堅い本しか読まない滝沢馬琴が「膝栗毛」を読んで…、
「十二編は新案を旨とせしが、編の累(かさなる)まゝに、古き落し話
などもまじえ、且、相似たること共、多けれども、看るものはそこらに
気をとどめず、ただ笑いを催すを愛(めで)たしとして、飽くことなか
りし…」盗作(伊勢物語)気味の部分もあるが、飽くことがない面白い
本で「笑った笑った」と、あの馬琴が評し、褒めているのである。
結果、『東海道中膝栗毛』の初編は、享和2年(1802)に出版され、文政
5年(1822)に終了するまで、21年にも及ぶ長編小説になったのである。
というわけで、本来、本の始まりにあるべき「発端」は、5編に置かれ
ている。



あんた何時から味醂になりはった  山口ろっぱ
  
  
 
 
膝栗毛マップ
上右から ① 借金を踏み倒して出立 ② 女の尻を見て臼になった
③ 留め女につかまる   ④ 五右衛門風呂を壊す~



「発端」
弥次さんの本名は、栃面屋弥治郎兵衛とちめんややじろべえ)。生国
は十返舎一九と同じく駿州府中。「親の代より相応の商人として、百二
百の小判には、何度でも困らぬほどの身代なりしが」とあるから、裕福
な家の若旦那だったが、酒や女にはまった挙げ句、旅役者、華水多羅四
(はなみずたらしろう)一座の役者、陰間(かげま)の鼻之助に夢中
になる。陰間とは、男色を売る人・いわゆるお釜。鼻之助は後の喜多八。
弥次さんは、鼻之助と戯気(たわけ)のありたけをつくし、「はては身
代にまで途方もない穴を掘りあけて」その借金の始末がつけられぬまま
に鼻之助と「尻に帆かけて」江戸に夜逃げをした。というのが、膝栗毛
VOL5にでてくる弥次喜多道中話の始まり(発端)である。
そこで弥次さんが詠んだ狂歌を一首。
「借金は富士の山ほどあるゆえにそこで夜逃げを駿河ものかな」



明日には明日のケチがつくだろう  木口雅裕





⑤ 箱根で「初篇」終了 ⑥ スッポンにくいつかれる
⑦ 夜這いにあう    ⑧ とろろまみれの夫婦喧嘩



江戸では神田八丁堀の借家に住んだが、少しの蓄えさえたちまち使い果
たし、仕方なしに鼻之助を喜多八と名乗らせて、商家に奉公させ、自ら
は、国元で習い覚えた密陀絵を描いてその日暮らしをするようになった。
その後、弥次さん、酒のみ友だちの世話でさるお屋敷に奉公していた
年上の女と夫婦になるが、相変わらずの性格で、おのれの家を悪友たち
の遊び場所として貧乏暮しは変らない。喜多八も喜多八で奉公先でしく
じり「十五両の金が必要になった」と弥次さんに泣きついてくる始末。



終活のザンゲで満ちるゴミ袋  上田 仁
  
  
  
 
 
⑨ 幽霊騒動に腰を抜かす ⑩ 比丘尼を口説いて振られる
⑪ 名物の餅を前に値切り ⑫ 焼き蛤が股間に



そこでひと芝居たくらんだ弥次さんは、我が女房を追い出し、十五両の
持参金つき孕み女を嫁にして、その金を喜多さん用立てようと、実行
する。ところが、その女というのがなんと、喜多さんのいわくつきの相
手だったと判明し、すったもんだの大喧嘩を男同士がするうちに、産気
づいた女は苦しがった挙げ句に命を落してしまう。喜多八は、せっかく
勤めた奉公先から追い出され、弥次さんも、せっかくつれ添った女房を
冷たく離縁してしまう。ヘタな芝居で元も子もなくしてしまった弥次さ
ん喜多さんは、地方にも江戸にも、住処をなくし「たがひにつまらぬ身
のうへにあきはてて」「お伊勢参りへでも行ってみるか」と2人の旅が
始ったのである。



よろしくと交わし二人は照れている  徳山泰子




⑬ 間違えて地蔵に夜鷹  ⑭ 難所の鈴鹿越え
⑮ 餅がつかえてさあ大変 ⑯ 京都にまで失言




戻るに戻れないふたりの旅。お伊勢参りというよりは、流浪の旅。それ
を当人たちは心の底では感じている。感じてはいるが負け惜しみから、
口には出さない。そのかわり、その不安な気持ちをおのれにも誤魔化す
ために、彼らはくだらぬ狂歌を詠み、むやみと洒落のめし、江戸っ子ぶ
って行く先々で威張り、法螺を吹く。「笑いを催す」ようなこの半可通
のふたりの心情の底には、流浪者のさびしさが含まれているのである。



どの風に乗ったのだろう逃亡者  合田瑠美子



「すでに夜もいたく更けわたれば、みな〳〵やうやく一睡の夢をむすぶ。
あかつきの風、樹木をならし、浪の音、枕にひびきて、つきいだす鐘に、
目さめてみれば、はや明方の烏『カアカア』馬のいななき『ヒインヒイ
ン』長もち人足のうた『さかはなァてる〳〵ナアエ、すゞかはくもる
(ナアンアエ)どっこい〳〵』出舟をよぶこえ『舟が出るヤアイ〳〵』」
朝の街道宿場の寂しげな情景は。弥次さん喜多さんの心象風景でもある。



前頭葉はデコボコ脳は壊れぎみ  山本昌乃



「雨はしきりにふり続き、いつこう洒落も無駄も出でばこそ、たゞとぼ
〳〵と歩みなやみ」これは江尻の宿にさしかかったときの姿である。
あるいは府中近くでは「洒落と無駄もどこへやら、たゞうか〳〵と た
どりながら」
弥次「きたや、俺ァもう、坊主にでもなりてい」
喜多「おめえ、とんだことをいふ」
弥次「いっそ江戸へかへろうか」
喜多「なにさ、けえることがあるもんだ。柄杓をふっても、お伊勢さま
まで行ってこにゃあ、外聞がわりい」
江戸に戻りたくても戻れないのは、彼らがともに生活破綻者だったから
である。乞食同然でも、せめて伊勢参りだけは果たさねば、その江戸に
も戻れぬ事情がこの2人の江戸生活にはあった。



カオスから届くカシオの腕時計  田久保亜蘭





金毘羅参詣膝栗毛(口絵)高峰虎次郎・芳洲画 明治19年



だがその伊勢参りをすませたあとも、この2人は真っ直ぐに江戸には帰
らない。一九は彼らに終わることのない旅を強いるのである。『金毘羅
参詣膝栗毛』『宮島参詣膝栗毛』そして『木曽街道膝栗毛』へと続くの
である。その事情はおそらく『東海道中膝栗毛』の好評に出版元の欲が
働いたのだろう。そういう事情を、百も承知の上でもなお、この終わり
なき旅は、弥次さん喜多さんにとって、人生の宿命であったように読者
に感じさせるのだ。



オハナシはまだ終わっていませんの  高野末次



「雨はいよいよ降りしきりて、桐油を通し、骨までくさるばかりに、方
言も洒落も出でばこそ、やうやく草津の姥が餅屋にいたりける」時折、
2人がうち沈むこうした姿を一九は間に挟み込む、あるいはまた、みじ
めな街道の旅籠の寂しい朝がたの描写も忘れない。「ほどなく寺々の鐘
のひびきもあけがた近く、はや表には、すけがうの馬のいななく声『ヒ
イン〳〵〳〵〳〵』人足のうた『よせばよか」ったにナアンアエ、長もち
やおウもいナアンアエヨウさうだぞ〳〵』」
一九は季節感も佳景の描写も城の威容もわざと無視するくせに、街の朝
がたの哀愁ある様子だけは、きっちり描いている。それを一九この道中
記におけるリズムとしたのである。

        十返舎一九ー次へ続くかも知れない。



イージーに死にたくないと伊勢うどん  中村幸彦

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