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川柳的逍遥 人の世の一家言
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上げ底の地下一階にある作為  前中知栄






             加冠の儀の場面

帝から今まさに御衣が下賜されたところ、命婦がそれを加冠役の
左大臣のもとへ運んでいる。光る君は向かって右に居並ぶ年上の
親王方の末席に連なっている。原典の『源氏』ではこの時すでに
元服は終わっているはずなので、光る君がここおではなぜ、まだ
角髪姿なのかは不明。






        光源氏17歳




「光源氏はマザコンだったのか?」
『源氏物語』最大のヒロインといえば義母でありながら、光源氏が人生で忘れ
ることのなかった恋をする相手、藤壺の宮だろう。
「光源氏の母桐壺更衣に似ている」という理由で、藤壺は桐壺帝の中宮となる。
しかし、思いがけず桐壺帝の息子である光源氏に愛されてしまいます。
源氏は、藤壺の宮に懸想するあまり、自分の邸宅のリフォームが完成したとき
ですら、「あー、こんな家に藤壺の宮と住めたらいいのになあ」なんて思って
いた。もうすぐ結婚する妻(葵の上)がいるにもかかわらず…。である。
幼くして母を亡くした源氏にとって、<母にそっくり>と聞けば……、
「自分の母親的存在に恋をしたマザコン」ともみられる。
しかし、源氏と藤壺の年の差は、6歳しか違わない…のにである。




網に目をするりと抜けるナルシスト  前田芙巳代






         源氏物語色紙絵
奥には桐壺帝が座り、源氏の前に座るのが加冠役の左大臣、
右が理髪役の大蔵卿




式部ー藤壺--白鷺 ②




【前月号までのあらすじ】
顔も知らぬ母、桐壺更衣の面影を求めてか、義理の母である藤壺に憧れをつの
らせる源氏の君。人も羨む睦まじさのふたりですが、元服の前夜「明日からは
もう大人」という藤壺のことばに、源氏はとまどいを隠せません。
同じころ、添臥(結婚)の相手には、左大臣の娘・葵の上が選ばれていました。




さすが役者で車間距離はとっている  桑原伸吉



女性にも、いろいろなキャラクターがいるのは、今も昔も同じこと。
同じ名家のお姫様でも、藤壺は非の打ち所のない女性として描かれていますが、
さて、源氏の最初の妻になる葵の上とは、どんなタイプなのでしょう?
母は桐壺帝の妹、父は、左大臣という貴族中の貴族という申し分のない家柄。
そのなかで大切に育てられた葵の上は、美しく上品でありましたが、気位が
高くどこか冷たい感じの女性でした。




飲み込んだキミは確かに苦かった  高橋レニ




光源氏元服の儀の前夜の左大臣家
「ひどいわ 父上も母上も、これは私のことよ」
左大臣「葵よ、帝のお言葉だから私はお受けしたのではないよ。
    葵にとって、女にとって何がより幸せか考えての上なんだよ」
「でも 私は光る君より四っも年上よ」
左大臣「4っ位の年の差が何じゃ。15も20も年上で入内された女御もおい
    でだ…大きな声では言えないが、光る君と東宮の差、弟君なのに光る
    君のほうがはるかに優れ器も大きい」




雲ちぎって獏一頭を編みあげる  岩田多佳子






        光源氏12歳





身分の高い男子が元服した夜、添い寝する女性が添臥です。
男性への性教育の意味もあり、年上の女性がつとめ、そのまま正妻になること
が多かったのです。光源氏に添臥、葵の上は、源氏より4歳年上で家柄もよく
申し分のない組み合わせなのですが、当事者の気持ちとなると、どうだったで
しょう。世紀のプレイボーイとなる源氏も、なにせまだまだ12歳。
当時の恋愛に欠かせない和歌の贈答も、ないままの結婚です。




わたしに送ることばを歌うてくれますか  森本夷一郎





【参考書】 貴公子の就職事情
元服したら、男性はいよいよ就職。
しかるべくポストを得るには、家柄とコネがものをいいました。
エリートの家に生まれた上級官人の場合、まずは参議、中納言、大納言といっ
た閣僚クラス、最後には大臣になるのが共通の目標です。
なかでも、若いうちに天皇側近の蔵人頭、武官であれば、近衛中将などを経験
するのが、出世コースのナンバーワン。
源氏の親友で葵の兄・頭中将は、この二つを兼務、まさに憧れの的でした。




消えそうな波紋に怯えている器  くんじろう






             頭中将と葵の上




左大臣邸。
光源氏の親友であり、葵の兄でもある頭中将が、光源氏の素晴らしさを語り、
葵の上を説得します。
頭中将「父上のおっしゃるとおりだよ」
葵の上「兄上」
頭中将「その上 光る君は男から見ても惚れ惚れとする」
葵の上「そんなにお美しい…?」
頭中将「ああ たしかにお美しい。光る君と並びたてるのは、藤壺女御さま
    くらいだろうね。それに女房達も、藤壺さまを輝く日の君といって
    いるくらいだからね」
葵の上「女よりも美しい方、なにもかも完璧な方、そのようなお方は気が疲れ
    ます。私はいやです」
頭中将「心配ないよ、葵もなかなかのもの、いいとこをいっていると思うよ。
    この兄が言うのだ間違いはない」
葵の上「この兄が…って?」
頭中将「うっ…いやなに、その女を見る目はあるということだよ」




三叉路の先に答が二つある  宇治田志寿子




葵の上の兄、頭中将は、やがて光源氏にとって欠かせない無二の親友、恋の
ライバル、後には、政治の敵同士になります。
(彼はすでに、左大臣の四の宮と政略結婚していますが、華やかな恋愛体験
を重ねていて、その女性観は、有名な「箒木」の帖「雨夜の品定め」でじっ
くりと語られることになります)
さて、どこか生真面目なところがある左大臣
右大臣深謀遠慮にやっと気がついたようです。
------今にして思えば、まず直房、つぎにを東宮妃に…は、弘徽殿の女御と
右大臣の計画だったんだ。誰の目にも、東宮より光る君を愛しておいで
になる。私の妻は、帝の御妹だし葵が光の君の添臥しになると帝と我が家は、
より強く結びつく。右大臣側はそれを恐れて阻止しようとしていたのだ。




消しゴムがこんなに欲しい夜がある  田中博造




宵の左大臣邸の庭にて右大臣の欲の深さを知る左大臣と頭中将の会話。
頭中将「源氏君は、私にも大事な無二の親友だ。妹の婿としてこの邸へ通って
    おいでになれば、私も嬉しいよ」
葵の上「…」
頭中将「弘徽殿の女御の一の皇子の東宮妃より絶対にいいぞ」
邸の庭へ下りる階段で、右大臣の欲の深さを知る左大臣がそれを聞いて。
左大臣「直房(頭中将)よ、お前は右大臣の姫のひとり四の宮の婿じゃ。
    立場が悪くならなければよいがの」
頭中将「父上 大丈夫です。葵のことは父上から願い出たことじゃなし。
    ただどうも、私は右大臣家も四の宮とも性があわなくて」
左大臣「そこを堪えて たまには通ったほうがよいのではないか」
頭中将「わかってはいるんですが、どうも馴染めなくて…」
左大臣「右大臣も弘徽殿もあの一派は、腹が黒すぎる」
頭中将「父上がきれいすぎるんですよ」




うふふという答えうつむくという答え  徳山泰子






   宮廷の序列 右大臣と左大臣、どちらが偉かったのでしょう?

朝廷の官職では最高位が「左大臣」、その次が「右大臣」だった。 
これは、不動の北極星に例えられる天皇が南を向いて民を見守る
との政治思想に由来する。 日が昇る縁起の良い方角である東は、
天皇の左手側なので、格上の大臣は左に立つのがならわしになった。




なぜは、光源氏と左大臣の娘・葵の上を結婚させたかったのでしょう?
帝とすれば、どちらの大臣が力をもちすぎるのも、避けたいことです。
今のところ、妃の弘徽殿皇太子も右大臣側の人間。
しかし、可愛い源氏を左大臣の姫と結婚させれば、左大臣の妻は自分の妹だし、
つながりも濃くなり、いいバランスです。
左大臣というしっかりとした後見もでき、弘徽殿から守ることもできます。
熟考のうえに下した帝の選択でした。




正解は最後のページの下の方  杉浦多津子




気性が激しく意地の悪い弘徽殿は、「源氏物語」のなかで、欠かすことのでき
ない悪役です。柄にもなく、母を亡くした光源氏を憐れに思い、可愛がる時期
もあったのですが、桐壺更衣そっくりの藤壺の登場や、自分の息子である東宮
の妻にと考えていた葵の上が、光源氏の添臥になってしまうなどあって、
結局は憎しみが再燃します。
一方、藤壺は、源氏の元服がふたりの間におよぼす意味を理解していました。




中二階天狗の鼻が浮遊する  井上恵津子






  元服後の美しい光源氏




元服を迎えると、その日から、姿形はすっかり変わります。
子供時代の髪(角髪)を切り、冠を着用し、装束も子供用から大人用に。
そして何より、もう大人の男になるのですから、光源氏といえども、今までの
ように、後宮の女たちの御簾のなかに、自由に出入りできなくなります。
もちろん、藤壺の局にも、あの美しい源氏に気軽に逢えなくなると思うと、
藤壺もなぜか、ほろ苦い思いです。
<あんなに角髪の似合う童を私は見たことがない。御髪上げのお役は、大蔵卿
加冠のお役は左大臣が…添臥しも左大臣の姫にお決まりとか…。
どのようなお姿におなりであろう。明日の加冠のお式のどよめきが、私には聞
こえてくるような気がする>
「角髪結ひたまへるつらつき、頬のにほい、さま変へたまはむこと惜しげなり、
上は 御息女の見ましかはと忍し出づるに たへがたきを心つよく、念じかへ
させたまふ…<一目でいいから、亡き桐壺更衣に見せたかった…>と念じなが
らも、今にも零れそうな涙をこらえる帝であった。




ひとりにはひとりの美学寒牡丹  柴田園江




いくら元服を迎えるとはいえ、光源氏は12歳とまだ幼い身です。
角髪を解き、冠をかぶせてしまえば、輝くばかりの器量も見劣りしてしまうの
ではあるまいか…。そんな帝の思いも杞憂に終わります。
むしろ幼年の時以上に凛々しく、神々しい美しさは増したかのようで、参列の
人々は感激の涙、涙です。
思えば、桐壺更衣の亡き後、常に側に置き、目をかけて育てた大切な君。
が感無量なのも無理はありません。




雨の日に無償の愛をくれた人  村山浩吉




【参考書】 加冠役
元服の際の立会人である加冠や理髪、能冠の役は、とりわけ、徳望のある人物
を選ぶのがならわしです。
例えば、帝の場合、能冠には多く内蔵頭があたり、理髪役は左大臣、もっとも
重要な加冠役には太政大臣が選ばれました。
これは臣下でも同様で、加冠役には、氏長者を頼んだり、摂政関白の邸に赴き、
そこで儀式を行うことも。高位の貴族の子弟になると、光源氏の場合のように
清涼殿で式を行い、時には帝自らが加冠を引き受けるケースもあったようです。




バケツにはバケツに似合うもの入れる  宮本美致代





                                        『車争い図屏風』 (狩野山楽画 東京国立博物館所蔵)
牛車をとめる場所をめぐって争う葵の上と六条御息所の下人たち。
『源氏物語』のなかでもよく知られたこの「車争い」が原因で、
六条御息所の生霊は葵の上に取りつき、その命を奪います。




「葵の上の悲運」
東宮妃といえば、貴族の娘の憧れの的でした。
それにもなれたであろう葵の上は、はじめて源氏を目にしたとき、「美しい方」
と思わず息を呑みます。
それはほとんど一目惚れにも似た感情で、一目で源氏に恋したのです。
東宮妃の地位など、すっかり忘れさせる出逢いでした。
ところが、われに返った時、自分が年上であることが、無性に恥ずかしく思えた
のです。4歳年上ということが高ぶる気持ちに水をかけます。
源氏にふさわしい妻ではないのでは、この思いが、その後の葵の上を縛っていく
のです。





笑いたくなくて造花のふりをする  みつ木もも花






     画像の左上が光源氏 几帳を挟んで右が葵の上




ふたりの結婚は、はじめからぎくしゃくしたものでした。
深窓育ちの姫君らしく、葵の上は教養もあり、立ち居振る舞いもきちんとして
いるのですが、夫との会話は弾みません。
源氏にはそれが不満でした。もう少し打ち解けてたまには相槌のひとつも打っ
てほしい、と思うのです。そしてつい、「この間の患いの折、あなたの見舞い
のことばを聞きたかったのに」と、愚痴をこぼします。
それに対して、葵の上は、古歌をひいて、「尋ねられない私の胸の苦しみを、
ご存知っでしょうか」と答えます。
その歌は、忍んで通い合う恋人たちの間で歌われたものでしたから、源氏は
「夫婦の間で何をいまさら」と腹をたてます。
こんな具合に擦れ違う結婚生活でした。




少しづつ小皿に分ける愚痴  東おさむ




葵の上はけっして冷たい妻ではありませんでした。
源氏との結婚がうまくいかなかった理由の大半は、源氏に原因があるのです。
早くから葵の上は気づいていました。
この年若い夫の心には、自分以外の女性がいることに。
源氏を愛しているからこそ、それは感嘆に見破れることでした。
事実、源氏の心は葵の上から離れていました。
藤壺こそ、彼の想いを寄せる女性、新妻がいるにもかかわらず、
藤壺のような方こそ、妻にしたいと思っていたのです。




フジツボやない歴とした目玉や  酒井かがり




一夫多妻の結婚制度、そのうえ愛人がいるのが当たり前の世の中とはいえ、
これはひどすぎます。
新婚早々から、一目惚れした夫に年の差を感じる苦しさに加え、
愛されていないと悟った哀しさのなかで結婚生活を続けていくのですから、
そして、結婚9年にして子供を得たというのに、夫の愛人の生霊が取り憑き、
出産後急死してしまうのです。
(紫式部は、まるで、葵の上の悲運を楽しむかのように、冷淡に、その短い
一生の幕を閉じてしまうのです)




夜を作ったのは神様の誤算  上砂眞笑

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