川柳的逍遥 人の世の一家言
あたふたとオセロの恋は裏返る 内田真理子
元服を控える光る宮 「前号までのあらすじ」
源氏の心をとらえた「桜の精」こそ、先帝の姫、藤壺。
亡き桐壺更衣に生き写しという、姫の入内を帝は熱望します。
嫉妬うずまく後宮にしりごみする藤壺も「あの御子に会えるかも」という淡い
想いに入内を決意。しかし、帝の前で再会した2人を待っていたのは、義理の
母子というあまりにつらい宿命でした。 「こんなはずじゃなかった」を陰干しに きゅういち
藤壺の局を訪れる光源氏 式部ー藤壺--白鷺
①
桐壺更衣がまだ生きていたころ、宮中のお妃や女房たちが、余りにひどい苛め
をするので、帝は自分の住む清涼殿の西側にある局を、更衣の控えの間として 与えました。 そこは後涼殿と呼ばれる建物で、もともと別の更衣が住んでいました。 その更衣が、今は出家してここに登場する後涼院です。 (原作では、局を追い出された後涼殿更衣が、桐壺更衣をひどく恨んだという
くだりがあります) 羊羹をバナナのみたいに剥いて食う 山本さくら
華やかな内裏を去り、郷里に旅立つ鈴鹿が、お仕えした後涼院の庵にお別れの
挨拶に訪れる。 後涼院「遠い伊勢の鈴鹿まで供は、あの者ひとりですか」
鈴鹿「いいえ 後涼院さま。郷里の父からの伝言では洛中では供はひとり、
でも何人かの見えつ隠れつの警護をつけてあるからと…。羅城門を出て
からはまとまって鈴鹿へ向かいます」 後涼院「ああ それなら安心。近頃の火付け・夜盗のひどいこと、耳に入るの
は恐ろしい噂ばかり」 鈴鹿「私のようにお仕えしていた女房たちも、ひとり去りふたり去り、内裏の
昔を思えばこんな山の中に」 後涼院「いいえ 私は今の方が幸せですよ。帝の愛を我こそと競り合った内裏は、
彩りだけは華やかでも闇の日々でしたもの。私が出家の決意をしたのは あの雪の夜です。 鈴鹿「桐壺更衣さまがお倒れになったあの時に…?」
後涼院「ええ桐壺更衣の控えの間にするからと、私が清涼殿から出された時です」
針山の中はふんわりやわらかい 山田 雅子
※ 蘊蓄
都として栄え、華麗な王朝文化が花開いた平安京も、その治安は決して安全
とはいえませんでした。昼間こそ賑やか大路小路も、夜ともなれば、真の闇、 その中を夜盗や魑魅魍魎の群れが跋扈していたといいます。 なかでも「袴垂(はかまだれ)」という名の男は、狙った獲物は絶対に逃が
さないという大盗賊が出没しました。 「藤原保昌月下弄笛図」 月岡芳年 ※ 『今昔物語』には、有名な豪傑の藤原保昌をそれと知らずに襲い、逆に 圧倒されてしまう話もあります。 笛を吹き悠然と歩く保昌に襲いかかろうとする袴垂だが落ち着き払った相手
の気迫にどうすることもできない。 一喝され、邸へついていくと「欲しければまた来い、気心も知れぬ者を襲っ てケガなどするなよ」と、立派な着物を与えられたという。藤原保昌は音に 聞こえた大豪傑で、恋多き女和泉式部の晩年の夫となった。 世の中を斜にながめるねぎぼうず 吉岡 民
②
桐壺更衣を忘れられず、どんな女性にも心を動かさなかった帝ですが、藤壺が
入内してからはすっかり様子が変わります。
それにしても、宮中では、相変わらず女たちの、どす黒い思惑が渦巻いている
ようです。帝の動向に一揆一憂し、一族繁栄のためには、ほかの女御や更衣を 陥れても帝に愛されなければならない。そんな強迫観念から解放された後涼院 は、今、むしろ、すがすがしい気持ちです。 鏡の中で消えた笑窪を探します 宇治田志寿子
後涼院の庵から伊勢の実家へ旅立つ鈴鹿。
後涼院「だからといって すぐ出家ではあまりにも直截すぎてかえって惨め、
出家の時機を待っていたのですよ」 去るものは日々に疎し。あれほど愛された桐壺更衣なのに、その形代に入内
した藤壺女御ひとりに帝は、もう心を移している。 後涼院「弘徽殿の女御でさえ、もう影は薄い。ましてや私などは」
鈴鹿「後涼院さま、そんな!」
後涼院「慰めはいりません。今、私は幸せなのですよ」
<この光、風、小鳥のさえずり、野山の四季…内裏の御簾と几帳の中では分ら
ぬこと…> 後涼院「内裏で見たこと聞いたことは、鈴鹿のこれからに役立ちましょう。
受領の父御のもとに帰ったら、健やかな若い男と幸せな日々を過ごす
のですよ」 残された時間を人として生きる 井本健治
建礼門院が庵を結んだ大原の寂光院
※ 【蘊蓄】
平清盛の娘として高倉天皇に入内し、安徳天皇を産んだ建礼門院も、平家滅亡
の後、鄙びた山里洛北の大原にひとり隠棲し生き永らえた。栄華を極めた御所 での暮らしとは、似ても似つかぬ詫び住まいでした。 ③
鈴鹿は何年も前に野で見かけた、まるで絵のように美しい母子をずっと忘れる
ことが出来ませんでした。秋の野で出逢ったその母子は、ありし日の桐壺更衣 と幼い光源氏。偶然にも、故郷へと発つ日に、鈴鹿は光源氏に再会します。 そして、形見の布とともに、桐壺更衣の心根の優しさを伝えます。
源氏の心のなかには、顔さえ覚えていない母の伝説が、またひとつ増えていく
のです。 少年の一途に恋の矢がささる 河相美代子
京を去る日、鈴鹿は桐壺更衣と光る君にはじめて会ったありし日の野に,光る君、
惟光、大輔の3人の屈託なく遊ぶ子どもたちを見かけます。 惟光「ひばりの卵見つけたよ、三つも」
大輔「わたしはすみれよ」
光る君「母鳥が嘆くよ 返しておいで」
鈴鹿「まさか、あれは 光る君では!」
鈴鹿、子どもたちの近くへ寄って
鈴鹿「光る君さま!鈴鹿と申します。都の最後の日にお目にかかれるとは!
桐壺更衣さまのお引き合わせでしょう…」
「…?」 鈴鹿は、
「この布は、光る君の母上桐壺更衣さまの衣の布です」といい、小さな布を 光る君に手渡しします。 鈴鹿「私がこの野で指を怪我をしたとき、ご自分の衣を裂いて手当てをして
くださった布です。今まで、私のお守りにしていた布です」 光る君「ぼくの母上の…? 全然ぼくは覚えてないな」
鈴鹿「あの時、光る君は、まだお小さくて。その母上さまの布です、これか
らは、光る君のお守りです。お渡ししますね」 といい、軽く会釈を残し、伊勢へむかって発っていく鈴鹿でした。
光る君「ありがとう。 鈴鹿」
お別れの際は細く息を吐く 酒井かがり
④
物を贈るセンスも抜群の光源氏です。子供ながら、花や紅葉など季節の自然の
趣を贈り、そのタイミングもじつに心得ていました。 後には、気の利いた歌を添えたりもするようになります。王朝貴族たちは何に つけても、とにかく自然の移ろいに敏感で、その繊細な感覚を持つ人こそが、 「雅」でした。うまれついての上質の雅を、身につけている光源氏は、やはり 時代のヒーローなのです。 春の野から光の君らは内裏へ戻ってきます。
「そんなに急いでどこへ行かれる」光る君が渡り廊下を歩いていると、弘徽殿
の女御に出くわし、訝しい口調で声をかけてきます。
「あっ!弘徽殿の女御さま。藤壺女御さまにこのすみれを差上げようと思って
きれいでしょう。弘徽殿の女御さまにも半分あげましょう」
「あ-----ありがとう」弘徽殿のそばについていた女房ふたりが「かっわいい」と
目を細めると「なにが!?」と弘徽殿の女御は、相変わらず嫌ごとを吐いている。 削りすぎた芯も心もたあいなし 荒井慶子
『源氏物語画帖 箒木』 土佐光吉
※ 【蘊蓄】 絵巻物を読み解く
絵巻物をはじめ、日本古来の「大和絵」には、雲のようなものが多くえがかれ
ています。これを「霞または金雲」といい、場面の転換や連続しない、いくつ もの空間を一画面に描くために用いられました。 ほかにも銀泥で描かれて「夜」を象徴するなど、霞はいろいろに工夫され効果
をあげています。
芒よりバラを飾れとお月さま 近藤北舟
⑤
弘徽殿の愛息・一の皇子が元服の式を行ったのは3年前のこと。
いよいよ今度は光源氏の番です。皇太子より格は落としますが、帝がどの皇子 よりもかわいがった光源氏の元服式です。 形式ばった心のこもらない儀式にならないよう、帝みずからあちこちの役所に 声をかけておきます。光源氏の美しい元服姿を見たい、という人々の思いも、 あいまって内裏は浮き立っていっました。 こうなると、面白くないのは弘徽殿女御です。
光る君元服の前日 光る君が元服する前日、その準備に内裏があわただしい。
弘徽殿「何をしている?」
女房達「あ--弘徽殿の女御さま! 清涼殿の東廂(ひさし)の間へ光る君さま
の初冠のお式の調度を運んでおります」 弘徽殿「東廂の間ねぇ」
弘徽殿の心の声が聞こえてきます。
<東宮になった私の第一皇子の時は紫宸殿…格は落としてある。でもあの調度
の出しっぷり唐櫃の多さ、禄も帝のお声がかりで、下々までも行き届くお気の 入れようとか…東宮の時より賑やかで宮中がもう華やいでいる。チッ> ※【蘊蓄】 元服の儀など、大きな儀式や行事の折には、主催者は、参加した人に贈り物を
するのが常でした。禄とよばれるこの品には、衣類や布類があてられることが 多く『源氏物語』でも、「白き大袿(うちき)に御衣一領」が通常用いられた 禄であったと記されています。 今どこに位置しているかあなたのことば 姫乃彩愛
⑥
光源氏は藤壺といるのが楽しいのです。
なんとか喜んでほしくて季節の花をプレゼントしたりもします。
亡き母にそっくりだという藤壺を見て、”母”とはこういうものかと思う源氏。
もっともっと慕って甘えたいのに、元服してしまえば、親子といえ、もう今
までのように、藤壺の御簾のなかに自由気儘に入っていくことはできません。 口にこそ出しませんが、それが寂しい源氏です。
溝の無いネジを回している独り 稲葉 良岩
元服を明日に控えた光る君は、藤壺の局で藤壺女御と花鎖を交換します。
<ぼくは藤壺さまに花鎖を…藤壺さまも、ぼくに花鎖を…明日からは「ぼく」
ではなく、「私」になるんだ…> 藤壺「光る君 一曲合奏しましょうか 最後の夜ですもの」
光る君「最後の…?」
藤壺「<ぼく>といえる最後の夜ですものね」
光る君「…?…?」
豈はからんや胸襟は開きっぱなし 山口ろっぱ
光源氏(筝)と明石の入道(琵琶)のセッション
※ 【蘊蓄】 雅楽について 平安時代に盛んに演奏された音楽は、日本人好みの室内楽的なものになり、
大きな音の出るものはなくし、三管(笙、篳篥(ひちりき)笛)二鼓(琵琶、 筝)三鼓(鞨鼓(かっこ)太鼓、鉦鼓)で編成されました。 (雅楽は、儀式の場では、専門の楽人が演奏しましたが、『源氏物語』では、 むしろ貴族たちによる私的な場での演奏が多くみられます) ⑦
音楽は当時の貴族にとって必須の教養、女性は弦楽器、男性は管楽器を嗜なみ
ました。光源氏と藤壺、どちらもたしかな腕前のうえ、お互いに特別の気持ち を持っているのですから、その音色が人の心を打たないわけがありません。 さて帝は、源氏をとにかく立派に元服させてやりたい一心で、打ち合わせにも
余念がありません。婚姻相手となる添臥も、左大臣の姫に決まり、すべてOK といきたいところですが…。 愛一途こころの殻が割れる音 渡辺幸子
源氏の笛に、藤壺の筝。心寄せあった者だけに奏でるハーモニーが美しく内裏
に響きます。清涼殿で、光る宮の元服の打ち合わせをしている、帝や大臣らの 耳にもその音色が届いてきます。 帝「あの筝は藤壺女御だね。笛は光る君だね」
左大臣「よう合うておいでだ」
右大臣「まるで母子のようなお気の合いよう」
帝「光る君の身内はこの私だけ、外戚に後見もいない。
それだけに、明日は立派な式を挙げてやりたい。東宮元服の時、加冠の役 は祖父の右大臣であったな」 右大臣「はい いかにも」
帝「では明日はその役を、今度は左大臣に頼もうか」
左大臣「光栄です。よろこんで」
帝「ついでに加冠は成人のしるし、添臥しも決めてやらねば…、少し年上の姫が
よいな。左大臣家の姫はどうかな?」 左大臣「葵ですか、光栄です」
桜花賞にはシマウマを走らせる くんじろう
「扇面古写経の模本」 (東京国立博物館所蔵)
起き上ろうとする女性の横で男性が、女性の腰を支えている。
貴族の男女の優雅な添い寝の情景である。
※ 【蘊蓄】 添臥(そいふし)
成人した東宮や皇子が、その夜をともにする添臥の女性には、いくつかの条件
がありました。まず、それなりに身分が高いこと。つぎに添い臥しの手ほどき ができること。こうしたことから公卿の娘で年長者が選ばれることになります。 桜咲く日を夢に見て一歩ずつ 新家完司
⑧
左大臣の妻は、桐壺帝の妹です。そこえ左大臣の娘(葵の上)と帝が寵愛する
源氏が、結婚すれば、帝と左大臣家は、さらに太いパイプで繋がれることにな ります。帝は、権勢欲の強い右大臣を牽制する意味でも、結婚を推し進めます。 葵の上を自分の孫(東宮)の妻にと、考えていた策略家の右大臣はあてが外れ
ました。葵の上は光源氏より4ツ年上。深窓で大切に育てられたお嬢様でした。 指示通り岡持さげてまちぼうけ 山本早苗
その夜、左大臣家。
光る君の正妻に左大臣の長女を!帝の決定にあてが外れ、焦る右大臣。
<私の娘・弘徽殿の産んだ東宮の妃に、あの娘(紫の上)をもらう約束を…
左大臣の北の方とは、もうしてあったんだが、こんなことなら左大臣にもさっ
さと話しておけばよかたった。もう手遅れだ、帝のお言葉は変えられない> 一方の左大臣家では、北の方の約束事に揉めている。
左大臣「なんだと!こともあろうに、知らんかったのは儂だけ!」
北の方「だっていつもあなたは堅すぎて…右大臣とは水に油の仲、まとまる話
も壊れます」 左大臣「……」
北の方「東宮妃とはやがては中宮、女にとっては、最高の位なのですよ。
右大臣家からの申し出を受けるのは、当然、だから私は、葵をそのつ もり育てたのです。それを何もわざわざ、臣籍に下られた光る君煮など」 左大臣「言葉が過ぎるぞ!」
ハイハイとあなた真面目に聞いてるの 太下和子
こんな例も------嫉妬して道長を追いかけまわす倫子
倫子の母親は、祭りや行列で見る道長の姿に「並の男ではない」と判断、倫子に
道長との結婚を勧めたという。 ※ 【蘊蓄】 娘の結婚
平安時代、娘の結婚は、婿の身分や地位が家の存続にも影響するので、親にとっ
ても一大事。最終決定権は、一家の大黒柱たる父親にありましたが、母親がその 決定におよぼす力も、小さくはなかったようです。 当時、正妻格の女性は、その家の不動産をはじめとする財産や夫の人間関係まで、
管理する役割を担っていました。 その力は娘にも及んだようで、母親は普段から、娘の結婚相手を吟味し、気に入っ
た相手がいれば結婚へと導きました。 モニターの癖に暑いとか言うな 森 茂俊 PR |
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