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川柳的逍遥 人の世の一家言
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すべて知りたいあなたの知っていることは前田咲二

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龍馬・おりょうのハネムーンのコース

(左下-湊・浜乃市、右上-栄乃尾温泉~高千穂、中央-日当山・塩浸温泉)

寺田屋で負傷した龍馬は、おりょうとともに、薩摩藩邸にかくまわれ、

療養していた。

寺田屋で両手に受けた刀傷が、思いのほか深く、

傷が癒えるのはもちろん、体力の回復にも時間がかかっていた。

そこで、一か月余りたった3月5日、

龍馬はおりょうを連れ、治療を兼ねて、鹿児島へ向かうことになった。

この旅が、後世、日本初の”ハネムーン”と呼ばれることになった、

「龍馬とおりょうの薩摩行き」 である。

内緒だが釣堀で妻釣りました  松本あやこ

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そのきっかけは、

迫り来る”第二次長州征伐”に向けた作戦会議を開くため、

薩摩へ帰省することになった西郷隆盛が、

「鹿児島の温泉で、ゆっくり療養してはどうか」

と、龍馬に勧めたことである。

龍馬とおりょうは、

大坂から、薩摩藩の西洋式蒸気船・三邦丸に乗り込んだ。

薩摩藩家老・小松帯刀、西郷隆盛、中岡慎太郎、

そして三吉慎蔵
らが同乗していた。

途中の下関で、中岡と慎蔵は下船した。

ボクの道万歩計には頼らない  松下ヒロス

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鹿児島に着いたのは、3月10日のことである。

ふたりは、小松帯刀や吉井友実の屋敷で世話になったあと、

”日当山温泉”(3月16日)をへて、”塩浸(しおひたし)温泉”(3月17日)に着いた

龍馬が、のちに、

「塩浸温泉はもう大隈国であります」

と書いてあるように、現在の霧島市にあり、

新川渓谷沿いの温泉郷でも、上流のほうにある。

≪1800年ごろに発見された温泉、と伝えられており、

龍馬の時代には、切り傷などに効能のある湯治場として知られていた≫

将来を語ろう渋茶でも飲んで  西山春日子

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隆盛や帯刀も利用していたこの温泉で、

龍馬とおりょうは、刀傷を癒しながら、谷川に下りて魚を釣ったり、

ピストルで鳥を撃ったりして遊び、10日間ほど滞在した。

その後、”栄乃尾温泉”(3月28日)に滞在中の帯刀を訪ね、

29日には、”高千穂山”に登った。

ここでおりょうが、「天孫降臨の伝説」で有名な、

山頂に突き立てられた「天の逆鉾」を引き抜いたという。

≪龍馬は、それを笑って見ていたとも、

 また、一緒に引き抜いたところ逆鉾の長さが、4尺5寸だと分かったとも伝えられる≫

それから”霧島神宮”に参拝して一泊、さらに”霧島温泉”(3月29日)に入って、

帰りは来た道を逆行し、ふたたび鹿児島へ帰ったのは、

4月11日のことだった。

月光に広げるざらざらの心  たむらあきこ

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  おりょうの月琴

6月になって、ふたりは鹿児島から軍艦・桜島丸に乗り、おりょうだけが下りた。

おりょうは豪商の小曾根家に預けられ、

ここで長男の小曾根乾堂から”月琴”を習う。

龍馬はかねてより、

「一戦争がすめば、山中に入って安楽に暮らすつもり。

 役人になるのはいやじぁ。

 退屈なとき、月琴でも聴きたいから習っておけ」

と、言っていたので、

おりょうは月琴の稽古をすることを、長年の夢としていた。

あっちへ行ってもうちょっとだけこっち来て 倉 周三

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 月琴を弾くおりょう

おりょうにとっては、鹿児島へのハネムーンから、

龍馬のために、月琴を習ったこの数ヶ月間が、

もっとも幸せな時期だったかも知れない。

≪龍馬は、そのまま桜島丸で長州へ行き、長州に桜島丸を返還した。

 長州は船名を、「乙丑丸(いっちゅうまる)」と改め、

 第二次長州戦争に備えた≫

淋しくはないよ空気が傍にいる  壷内半酔

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      咸 臨 丸

「ハネムーン・エピソード」

慶応2年(1866)には、薩長同盟が結ばれ、

龍馬は、結果、その反発から寺田屋で襲撃され、

直後、薩摩に潜伏することになる。

このとき龍馬が、薩摩へ移動に使ったのが薩摩の「軍艦・咸臨丸」である。

この咸臨丸は、サンフランシスコに到着した際、

その船の美しさに多くの人が乗船を求めたが、

艦長の木村摂津守は、軍艦であることを理由に、

女性の乗船を許可しなかった。

このことを考え合わせれば、女性であるおりょうを伴っての船旅が、

いかに型破りであったかは、想像に難くない。

新婚の部屋の空気がなまめかし  三好聖水

また、鹿児島城下での滞在は、そこそこに”霧島”で長逗留しているが、

西郷、帯刀、吉井友実、税所篤も周囲に滞在しており、

がっちりとガードを固めている。

≪龍馬の霧島滞在のエピソードは、龍馬がいかに薩摩藩にとって、

 大事な人物であったか、を示しているのである≫

割り印を確と友情というもの  山口ろっぱ

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龍馬は、土佐藩を二度脱し、土佐には帰るに帰れなかった。

吉田東洋を暗殺した大石団蔵が、薩摩藩士・高見弥一となって、

薩摩藩の留学生として、渡欧したのとは対照的に、

龍馬は、死の直前、

「薩摩藩邸に身をおくように」 と勧められたのを、

「土佐藩のいやみになる」

といって断っている。

龍馬は望郷の思いを最後まで、拭えなかったのではないか。

そして、それが文字通り命取りとなったといえる。

直線で生きよと教えられている  井上一筒 

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『龍馬伝』・38回ー「霧島の誓い」 あらすじ

龍馬(福山雅治)お龍(真木よう子)は薩摩に向かい、温泉で療養することになる。

そこで龍馬は、霧島山に伝わる神話・ニニギノミコトが国を治めるために、

この山に降臨して、

「天逆鉾を頂上に突き刺した」 

という話を聞き登ろうとする。

女人禁制のこの山にお龍は男装し、龍馬と登る。

頂上で、龍馬は逆鉾を引き抜き、

「寺田屋騒動で、一度失いかけた。

生まれ変わった思いで、先頭に立って、日本を変える」

と誓う。

言葉尻に扇風機をかけている  立蔵信子

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  天逆鉾を突き刺すふたり
 
長崎では内蔵太(桐谷健太)が、お元(蒼井優)に求婚するが、

内蔵太の乗った亀山社中の”船・ワイルウェフ号”は、難破してしまい、

内蔵太は命を落とす。

土佐では弥太郎(香川照之)、象二郎(青木崇高)に、

土佐藩が異国相手に商売をするのを、手伝うように命じられ、

ジョン万次郎(トータス松本)と象二郎とともに、

長崎に向かうことになる。
 
一方、幕府による第二次長幕戦争が始まり、

薩摩が直接出兵せず、高杉晋作もイギリスに行かずに、

戦列に加わったことを聞いた龍馬は、

内蔵太の死にもショックを受け、悩んだ末、

社中のメンバーとともに参戦を決意する。

人はみなひとりで果てる水の刑  森中惠美子

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