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川柳的逍遥 人の世の一家言
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半熟がうまいタマゴも人間も   新家完司


 
             南町奉行所           北町奉行奉行所
南町奉行所(数寄屋橋内)と北町奉行所(呉服橋内)の両奉行所は、
見ての通り、門構えが違い、大きさも違った。南が少し大きかった。


「江戸町奉行」は江戸幕府の職制で寺社奉行、勘定奉行とともに三奉行
の一つである。江戸幕府はこれを重視し、老中の支配下に置いた。
「町奉行」は配下の本所奉行、道役、小伝馬町牢屋、寄場奉行、町年寄
を指揮し、その職学は、江戸府内の行政、司法、警察の一切に及んだ。
定員は二名で南北両奉行所に分れ、月番で交替に執務したが、時に応じ
て増減された。原則として旗本がこれに任命され、役料は三千石、芙蓉
間詰で勘定奉行の上座、輩下に与力・同心がいた。
(南町奉行所は有楽町駅の南側で、マリオンの北側一帯がかつての場所
であったといわれ、名奉行・大岡越前守忠相は南を19年勤め、また遠
山左衛門尉金四郎は、南北両方の奉行職を勤めた)


公園の鳩と呼ばれていた巡査  くんじろう


「江戸町奉行」 遠山左衛門尉金四郎


「お奉行様は大忙し」
「町奉行」は、警視庁、裁判所、消防庁、東京都庁を兼ねた役所の長の
ように、絶大な力を持った存在だ、と思われがちだが……。
お奉行様は、奉行所内にある私邸から、朝8時ころに奉行所に出勤する。
前日の筆頭与力からの訴状などの報告( 月番の期間に受け付けた訴状を、
非番の期間に事務処理する体制だったが、それでも、訴状の山は一向に
減らなかったという)に基づき、部下の与力たちに指示を出した後10
時には、江戸城へ登城し、芙蓉の間に詰めて、町触れの草案を練るなど
の仕事をこなすのである。


暗闇のアルファベットの生欠伸  北原照子


そんな中、月に三度開かれる「評定所の会議」がある。奉行の職務で、
最優先しなければならない会議である。ほとんどの会議の内容が、大名
のお家騒動や直参旗本に関する案件で「町奉行、寺社奉行、勘定奉行」
「三奉行」の所轄範囲が複雑に入り組んでいるような事件だった
通常は合議制で処理されたが、時には、老中が出席したり、将軍の決裁
を仰ぐ事もあった。加えて、中奥の老中部屋へ出向いて報告を上げたり、
逆に老中から呼ばれ、指示を受ける事もあった。


も一人のボク沖でぼんやりしています 田口和代


昼食後。午後2時頃に江戸城を出て、奉行所へ戻る。奉行所では、午後
2時過ぎから、民事や刑事の「裁きの時間」である。とはいえテレビで
見るような「お白州」での取り調べではなく、実際は、吟味方与力が取
り調べは済ませてある。奉行は、罪状を読み上げ、形式的な質問を行い、
流刑、追放、敲き、お叱りなどのい刑罰の場合のみ、判決を申し渡す
だけである。死罪に相当するような罪状に関しては、将軍の許可を受け
なければならない。そこから許可が下りた奉行は、牢屋敷まで検使与力
を派遣し死刑を宣告して、即日処刑をした。一日のお裁きは、凡そ午後
4時まで、日暮れと共に大門は閉じられる。だが、奉行の仕事が終わっ
たわけではない。机の上には依然として訴状の山なのだ。奉行は私邸に
戻っても残務は、深夜まで続くのである。


風下でピリオド打てぬ酒を飲む  上田 仁
 




町奉行所は、玄関に向かって右に「当番所」があり、左に「詮議所」、
詮議所の奥に「お白州」がある。「例繰方」の部屋は詮議所と玄関の間
にある。詮議所では、吟味方与力が横に8人並んで詮議する。ほかに吟
味方同心がいて、吟味方与力の詮議を助ける。


悪人の仮面が剥げるイボコロリ  宮井元伸
 


     引退後の遠山金四郎


「遠山金四郎を彫る」


「町奉行」と聞いてまず思い浮かぶのは、テレビでお馴染みの大岡忠相
遠山景元(金四郎)である。こうしたドラマなどの影響もあり、奉行
所は犯罪取り締まりのイメージが強いが、警察、司法に加え行政・消防
も担当したほか、評定所の一員として幕政にも参加していた。
この役職は、元禄から享保の10年間を除いて二名で担当し、南北それ
ぞれの奉行所があったが管轄地は分かれておらず「月番交代制」で江戸
全体を管轄していた。非番の奉行所は表門を閉め、訴訟や請願こそ受け
付けなかったが、それまで抱えていた訴訟などを引き続き処理していた。


黄昏の髪は一本ずつ洗う  合田瑠美子


ここで遠山の金さんに焦点を合わせてみよう。
遠山金四郎景元には、若い時の放蕩と彫物伝説が今もって続いている。
その伝説は、当時からかなり広まっていたようだ。
大坂の医師の見聞録『浮世の有様』に、
『若き時、放蕩不順にして、心行い悪しく、家出をなして、吉原の辺り
にて、博打打ちの群れに入り、常に悪行をなして至りしが、親兄弟死失
して其の家を継げる者なきゆえに、此度、親類の斗らいにて召しかえし、
家督せしめしと云う事なり。かかる人物故、惣身残らず入れ墨をなして、
見苦しき事なりと云う事なり』
(時代劇で見られる彫り物は、右肩から右肘にかけての桜花が定着して
いるが、ここでは総身のこらずという。だが図柄は記していない)


良心の呵責はとうに捨てました   前中知栄 


金四郎と同じ町奉行所に、与力として勤めていた佐久間長敬は、維新後
の回顧談『江戸町奉行事跡問答』に、
『旗本の末男にて、書生中は、いづれの場所にも立ち入り、能く下情を
探索して、後年立身の心掛け厚く、学力世才に長じ、有為に仁物(人物)
なりしが、外見にては「放蕩者にて、身持ち悪しく、身体に彫物と唱う
墨を入れ、武家の鳶人足、大部屋中間にまで交際し、遊歩行きたる者な
どと云う評判(噂)を受けし者」なれど、ある年、志を得て官途に登る
や、忽ち立身して、天保・弘化・嘉永の頃には、北と南の町奉行を勤め、
余初めて勤めに入りしは、同人晩年、南町奉行の頃にて、裁判の様子を
一見せしに「毛太く、丸顔赤き顔の老人にて、音声高く、威儀整い、老
練の役人」と見受けたり。当時の評判には、大岡越前守以来の「裁判上
手の御役人」と申し唱えたり』
(大先輩に寄せる敬意がある。また風貌についての文言は、実際に見て
いる人だけに貴重である。ここでも彫の図柄は不明である)


ソプラノの切り口上に逆らえず  美馬りゅうこ



   歌舞伎が演じる遠山(大山)金四郎
 

因みに「南北両方の町奉行」を勤めたのは、他にもいるが、金四郎が初
である。これも評判を呼び、江戸後期の見聞記『藤岡屋日記』に
『遠山左衛門尉、先年北町奉行を相勤め、又候此度(またぞろこたび)
南町奉行に相成り、当人一代の内に、南北両奉行を相勤める事、是又珍
しき事ともなり』とある。


こげついた頭のような鍋みがく   田中 恵


「彫物の図柄」に、初めて言及したのは、旧幕臣の木村芥舟が、明治
16年(1883)に著した『黄梁一夢』だとされている。
『景元才幹有り、庶子たるの時、遊興を好み行剣(品行方正なところ)
なし、交わる所、皆市井無頼の悪小(悪い少年・若者)。たまたま兄
没し、家を継ぐ。幡然節(はくぜんせつ)を改む(がらりと変わる事)
すなわちー改心)。擢(ぬき)んじて監察となる。其の左腕に家紋を
鯨(彫物)するを以て、人駭(じんがい)異せざる莫し』。
(人駭異せざる莫しとはー誰もが驚き怪しむ事)


小刻みに出す言い訳のあれやこれ  山本昌乃



   両肩に描かれている金四郎の桜花


「左腕に花模様だった」とある。花といえば桜となり、はっきりと桜花
としたのは、同じく旧幕臣の中根香亭である。
『人となり慧敏(けいびんー知恵があり敏捷である事)然れども若き時、
放蕩にして検束(自制心)なく、常に酒を好み、娼家に宿す。既にして
(やがて)自ら怨艾(えんがい)し幡然(はくぜん)其の行いを改める。
…中略…。景元狭斜に放蕩せし頃、無頼子弟に伍して、腕に桜花の分身
(彫物)せり。故に顕官(高官)に登るに及び、常に硬く襯衣(下着)
を着け、盛夏と雖も脱することなしと、然れども、此の故を以て、頗る
下情に通じ、明鑑鏡を懸けるごとく、人之を欺く能わず。近代屈指の良
市尹(しいん)たり』。
(明治に入り人名辞典にまで「桜花」と記された段階で所謂「遠山桜」
が決まりとなってしまったようである)


真顔で見せたがる鎖骨のバーコード  山口ろっぱ


金四郎は、嘉永5年(1852)59歳で隠居し、帰雲と号した。
風得たり 青雲の志
南衛(南町奉行所)久しく御治む
足るを知る元龍を躍き
今敵う白雲の志


晩春の出口はみどり色螺旋  山本早苗


金四郎が初めて就いた役は子納戸職で、時に33歳。まことに襲い就職
ではあったが、15年後には「青雲の志」を果して、勘定奉行から町奉
行に就任した。因みに、初めての就職から町奉行に至るまでの15年は、
19年の大岡忠相に次、長いものである。そして白雲の志とは、隠居し
て悠々自適の心境であろう。元龍とは、『三国志』に登場する陳登の字
と思われる。元龍は、父の陳珪と共に劉備に仕えて功があった。
金四郎の父・景普(かげみち)は、長崎奉行や作事奉行などを勤め、幕
政に貢献している。金四郎は、元龍父子に思いを馳せ、人生の充足感は
元龍より上だと言いたかったのではないか。
天つ空照らす日陰に曇りなく元来し山にかゑるしら雲
                      (多士済々評判記ゟ)


落日の足は人間臭くなる  桑原すゞ代

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