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川柳的逍遥 人の世の一家言
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捨てた紙屑青い炎があがり出す  森 廣子

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  孝明天皇

「孝明天皇の死の裏」


孝明天皇が即位したのは、

12代将軍・家慶の在位中のことである。

即位時、天皇はまだ16歳、政治経験が乏しいままに、

安政の大獄桜田門外の変などが起きた動乱の時期を、

駆け抜けることとなる。

また公武合体運動の推進などを行ない、

天皇としての尽力に努めた。

スムーズに回る水車を見届ける  山田幸子

天皇の多忙さに周囲は天皇の心労や体調を心配するが、

天皇はいたって健康だったという。

そんな孝明天皇が急な発熱で倒れたのは、

慶応3年(1867)1月16日のこと、

原因は天然痘と発表される。

すぐに24時間体制での治療措置がとられ、

その甲斐あって、天皇の症状は順調に回復しはじめたが・・・

病状は急変。

そのまま帰らぬ人となってしまった。

ああ四月 消しゴムのさら買いにゆく  河村啓子

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    岩倉具視

あまりにも急な出来事だっただけに、

孝明天皇は、何者かに暗殺されたのではないかと囁かれた。

「いったい、誰が何のために天皇を殺したのか」

「天皇が死んで一番得する人物は一体誰なのか」


そこでひとりの男の名が浮かび上がる。

岩倉具視だ。

黒を着る 秘密を持っている限り  福尾圭司

岩倉具視はかって公武合体論者だったが、

彼は世間が倒幕ムードになると、

あっさりと尊王攘夷に転向。 これが結果的に、

孝明天皇との関係に決裂を招くこととなる。

孝明天皇が在位されている限り出世することは難しい。

そう考えた岩倉が天皇暗殺を企てた、というのである。

孝明天皇から、14歳の睦仁親王(明治天皇)へ変わると、

岩倉は一躍出世している。

斜め三十度口笛吹く男  嶋澤喜八郎

そんな天皇暗殺が囁かれる岩倉だが、

彼にはもう一つ、疑いがかかっているものがある。

「天皇すり替え説」だ。

これは睦仁親王が明治天皇となる前、

別の者に差し替えられたというもの。

それを示すように即位前とあとで、

天皇はまるで違う人なのである。

≪たとえば、睦仁親王は天然痘を患っており顔面には、

   天然痘特有の後遺症があったが、明治天皇の顔には見られない。

   また虚弱体質だったという幼少時代に対し、


   即位後はといえば側近の者を相撲で投げ飛ばすことも。

   さらに、「字が下手」「政務に無関心」「乗馬の記録がない」

   という睦仁親王に対し、

   明治天皇は真逆の要素を持っているのである≫


カラカラと素焼きの壺の中のボク  加納美津子

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  明治天皇

「では誰にすり替えられたのか」
                                   おおむろとらのすけ
その相手は、南朝の末裔である大室寅之祐

つまり「北朝」系の子孫である睦仁親王に代わり、

「南朝」の大室が即位したのだ。

これにより、北朝系に仕えていた徳川家や松平家は、

天皇にとって「逆賊」になってしまった。

これが新政府にとって、

江戸幕府勢力を一掃する口実となり、

戊辰戦争が起きたのである。(・・・の考え方に繋がる)

卵は半熟ぬるま湯の企み  山口ろっぱ

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