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川柳的逍遥 人の世の一家言
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アングルを変えても白い闇である  笠嶋恵美子



行くと来と せきとめがたき 涙をや 絶えぬ清水と 人はみるらむ

こちらから行く人、あちらから来る人と、人々が行き交う逢坂の関で、
私の目から堰き止められそうもない涙が流れています。
人はきっと、この涙を、湧き出て絶えない清水だと思うのでしょうか。

「巻の16 【関屋】」

「巻の2・帚木」で人妻の空蝉と一夜の契りを結んだ光源氏

その後、彼女は夫の赴任地常陸へ行き、互いに疎遠な時が過ぎていた。

やがて夫・常陸介の任期も終え、空蝉は夫に伴い帰京する。

その道すがら、逢坂関に辿りついた一行は、

偶然にも石山寺の詣でる源氏一行と鉢合わせになった。

どちらも大人数なので、大臣である源氏一行を先に通すため、

空蝉の一行は道に控え、道をゆずる。

源氏も空蝉も互いを忘れてはいない。

知りながら声も聞けれないすれ違いは、かえって思いは深くする。

しかし、周囲には大勢の家臣、まして空蝉には夫もいる。

鉤括弧誰か外して下さいな  安土理恵

そこで源氏は、今は衛門佐となった空蝉の弟(小君)に託して、

空蝉に歌を贈り、その場をやり過ごした。

空蝉も源氏からの便りに、思わず感慨に浸る。

その後、右衛門佐を呼んでは仲介役を頼み、

空蝉の心を惑わす手紙をたびたび送り始める。

右衛門佐は、源氏が都落ちをしたとき、災いが及ばぬようにと、

源氏のもとを離れた過去があったが、それでも源氏は、

内心の不愉快さを隠し、
右衛門佐に使いを依頼するのだった。

目くばせと片手でいつも頼まれる  魚住幸子



源氏からのアプローチに少なからず心を動かされた空蝉。

さりげない返事の手紙を返したりもする。

でも、今、空蝉はそんな恋のお遊びどころではない状況にあった。

共に邸に戻った老齢の夫が、病の床に臥せってしまったのだ。

立位置をかえても葬儀屋が見える  都司 豊

空蝉はこの夫と死別して、またも険しい世の中に 放り出されるのであろうか、

と歎いている様子を、常陸介は病床に見ると死ぬことが苦しく思った。

この空蝉のためにも生きていたいと思っても、

それは自己の意志だけでどうすることもできないことであったから、

せめて愛妻のために魂だけをこの世に残して置きたい。

そこで常陸介は息子たちを呼び、

「自分はもう死んでしまうが、妻の空蝉を主人と思い心して仕えなさい」

と繰り返し繰りかえし遺言をいい残し、亡くなってしまうのだった。

入口で悶え出口でまた悶え  平井美智子

常陸介の死後しばらくして息子のひとり、河内守が空蝉に言い寄り始める。

河内守は空蝉よりも年上である。

「父があんなにあなたのことを頼んで行かれたのですから、

   無力ですが、それでもあなたの 御用は勤めたいと思いますから、

   遠慮をなさらないでください」

などと言って来るのである。


あさましい下心を空蝉は知っていた。

源氏の誘いをも一夜限りで拒み続けた空蝉である。

淫らな真似を許すはずはない。

空蝉は辱めを受けてはならぬ、と決意し誰にも相談せず出家してしまう。

河内守はもちろん、そばに仕える女房たちも皆、驚き、嘆いた。

でも、それが空蝉の生き方なのだ。

刺を抜きサボテン不意に出家する  上田 仁

「辞典」人情 VS 恋心

源氏は、自分が窮地に陥って都を離れたとき、周囲の冷たさを実感した。
自己の保身を考え、今まで親しくしていた人も、
源氏からどんどん離れていったからだ。

この関屋の巻に登場する小君(右衛門佐)も逃げていった一人だった。
都に戻った源氏は、自分から離れなかった人たちには、
できる限りの便宜をはかって、
引き立て、
逆に逃げたものたちには、とても冷たい態度で接した。

 逆境の時でも、源氏についてきた者に、河内守の弟・右近将監もいた。
役職を解任されても須磨・明石行きの付き人となったのだ。
右近将監は、右衛門佐にとって血はつながらなくても義理の甥に当たる人。
右衛門佐は、源氏がどんなに右近将監を厚遇しているかすぐにわかる。
「それに比べて自分は、なんとなさけない」恐縮していた。
しかし、源氏は、内心面白くないと思いながらも、それを顔に出さず、
右衛門佐に空蝉との仲介を頼むのである。
源氏の恋心への執着は、裏切り者に対する憎しみより強かったのだ。

くしゃみ二つ言った言わない物忘れ  山本昌乃

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僕にしか見えない虹があるのです  竹内ゆみこ



浅茅は庭の表も見えぬほど茂って、蓬は軒の高さに達するほど、
葎は西門、東門を閉じてしまったというと用心がよくなったようにも
聞こえるが、
くずれた土塀は牛や馬が踏みならしてしまい、
春夏には無礼な牧童が
放牧をしに来た。


尋ねても 我こそ訪はめ 道もなく 深き蓬の もとの心を

誰も訪ねて来ないでしょうが、私だけは訪れることにしましょう。
道もなくなってしまう程の深い蓬の邸に住む、私を思ってくれる
姫のところに。


「巻の15 【蓬生】」

光源氏が都落ちして、須磨・明石に暮らしていたころ、都では、

源氏の恋人たちは、皆さびしく悲しい生活を送っていた。

特に悲惨だったのが末摘花父・常陸宮を亡くし、

引き継いだ邸で貧しく暮らしていたあの不器量な姫君である。


それでも一時は源氏が通い、生活の支援をしてくれたお陰で、

それなりの貴族らしい生活は出来ていた。

しかし、源氏が都を離れた今、極貧の生活に逆戻り、

蓬などの草は
ぼうぼうに生い茂り、

キツネやフクロウの棲み処になっているほど。


はぐれ雲人待ち顔の雛に似て  前中知栄

仕える女房たちは、家を売ろうとか家具調度を売りその場を凌ごうなどの

助言をするが、末摘花は父から受け継いだものを、

決して手放すつもりはなく、ガンとして言うことをきかない。

かつて、常陸宮家に軽んじられた叔母(末摘花の妹)が、

その仕返しとばかり、
悪さをしてくる。

夫が太宰大弐になったのを機に、末摘花を九州に伴って召使いにしようと

画策するが、それも固辞して、源氏との再開を待ち続ける。
                                  めのとご
そんなことで女房たちの中でも、一番信頼していた乳母子の侍従までも、

末摘花の叔母に連れられ、出て行ってしまう。

あとは、年老いた女房が数人。

その彼女たちも、縁故を頼りに出て行く算段をしている。

淋しさがこんなに重い ほんと冬  桑原すゞ代



帝に召還され、都に戻っていた源氏が、花散里を訪ねる途上、

荒れ果てた邸の前を、たまたま源氏が通ったのは、そんな時だった。

荒れたはてた邸を見て、源氏は末摘花の存在を思い出す。

「ここにいた人がまだ住んでいるかもしれない。

   私は訪ねてやらねばならないのだが、

   わざわざ出かけることも大層になるから、この機会に、

   もしその人がいれば逢ってみよう。はいって行って尋ねて来てくれ。

   住み主がだれであるかを聞いてから私のことを言わないと恥をかくよ」

と、車の中から使いの惟光に様子を探るように命じる。

口の無い夜は耳たぶでお話し  井上一筒

惟光が戻り、末摘花が今もこの住まいにいることを確認すると、

源氏は、「どうしようかね、こんなふうに出かけて来ることも近ごろは、

   容易でないのだから、この機会でなくては訪ねられないだろう。

   すべてのことを総合して考えてみても、

   昔のままに独身でいる想像のつく人だ」
と言い、

習わしの手紙のやり取りも省略し、末摘花のいるところに向かった。


常夜灯 誰も帰って来ないけど  安土理恵

末摘花は、望みをかけて来たことの事実になったことは、

うれしかったが、
りっぱな姿の源氏に見られる自分を恥ずかしく思った。

大弐の北の方が準備したお召し物類は、不愉快に思う人からの物だから、

末摘花は見向きもしなかったが、この日ばかりは女房たちが、

それに懐かしい香りを付けて出してきたので、

どうにも仕方がなく着替え、
煤けた御几帳を引き寄せて座るのだった。

荒れた邸、質素な生活、彼女の気苦労の日々を思うにつけ源氏は、

自分の薄情さを思い知るのだった。

人間の隙間に苦い句読点  皆本 雅



「長年のご無沙汰にも、心だけは変わらずに、

    お思い申し上げていましたが、
何ともおっしゃってこないのが恨めしくて、


    今まで様子をお伺い申し上げておりましたが、あのしるしの杉ではないが、

    その木立がはっきりと目につきましたので、通り過ぎることもできず、

    根くらべにお負け致しました」

末摘花は黙ったまま、何も語らない・・・源氏は言葉を続けた。

「こんな草原の中で、ほかの望みも起こさずに待っていてくだすった

   のだから
私は幸福を感じます。

   また私の性癖で、あなたの近ごろの心中も察せず、


   自分の愛から推して、愛を持っていてくださると信じて、

   訪ねて来た私を何と思いますか。

   今日まであなたに苦労をさせておいたことも、私の心からのことでなくて、

   その時は、世の中の事情が悪かったのだと思って許してくださるでしょう。

    今から後のお心に適わないようなことがあったら、

    言ったことに違うという罪も負いましょう」

待つ時と待たせる時計二つ持つ  藤井文代

末摘花はずっと待っていてくれたのだ。

その純真な心に打たれた源氏は、彼女の面倒を見ることを約束。

衣服などを贈るのはもちろん、

邸の修理まで細々と気にかけてやるのだった。


末摘花は2年ほどこの邸に住み、

その後、源氏の邸、二条院東院に移り住んだ。

折り返し点から杖になりました  笠嶋恵美子
         めのとご
【辞典】(仲良し乳母子)

末摘花の貧困生活に耐え切れず、出て行った召使いたちのうち、
年老いた女房を除いて、最後まで残ったのが乳母子の侍従であった。
若い女房たちはとっくに逃げ出してしまったのに、この侍従だけは、
他の貴族に仕えながら何とか生活を支え、末摘花のもとに留まった。
その大きな理由の一つが乳母子という立場である。
末摘花と侍従は、同じ母親のもとで育てられ、姉妹のように暮らし、
泣き笑いをともにした仲良しなのだ。
最後は、末摘花の叔母と一緒に去ってしまうが、悲しい別れだったと
源氏物語には描かれている。
ついでながら、いつも源氏の傍にいる惟光も源氏と同じ乳母子である。

昨日とは温度が違うから泣いた  福尾圭司

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蛇穴に恋歌ひとつ忍ばせる  奥山晴生


54帖みおつくし

みおつくし 恋ふるしるしに ここまでも めぐり逢ひける えには深しな

身を尽くして愛し合った甲斐がありましたね。
ここにきて、巡り合えるなんてあなたとの縁は深いことなのでしょう。

「巻の14 【澪標】」

二年半の流浪生活を終え、晴れて都に戻った光源氏も早28歳。

20歳になっていた紫の上は、すっかり大人びていて、

少し痩せたが、今まで以上に美しくなっていた。

朱雀帝の患っていた眼も桐壷院の遺言を守った安心感からか快方に向かい、

源氏が都に戻ったということで、世の中はだいぶ明るくなっていく。

まもなく、源氏は権大納言に昇進し、親友の頭中将も権中納言になる。

葵の上の父も源氏の勧めで復職、摂政太政大臣として政治の要職につく。

そして、藤壺と源氏の間に出来てしまった東宮も、当時としては、

もう大人と認められる11歳になり、元服の儀式を迎える。

源氏の流離のとき不遇をかこっていた人たちも、もとの位に復帰した。

念ずれば叶うと聞いていましたが  安土理恵

そして、もう自分の時代でないと感じた朱雀帝は、譲位を決意する。

次の帝は東宮である。

元服をしたとはいえ、まだ幼い東宮は源氏を後見として、帝位を継ぐ。

冷泉帝の即位である。

譲位した朱雀帝は、朱雀院として表舞台から身を引き、

朧月夜などとともに静かな生活を楽しむようになる。

また藤壺はすでに出家した身なので、皇太后という地位にはつけないが、

冷泉帝の母親なので身分は高く、宮廷内への出入りは自由である。

普段着でいいの言葉も生き方も  清水すみれ

そんな華やかな状況の中で源氏が気にかけていたのは、明石の君である。

今は愛しい正妻・紫の上が近くにいるのだが、

どんな女性も捨てられない厄介な性格は変わらない。

紫の上を気にしながらも、源氏が明石の君に使者を送ってみると、

女の子の誕生したという、吉報が帰ってきた。

お産は軽く、母子ともに健康。

源氏は明石の君を、都に迎え出産させなかったことを悔やむくらいだった。

女の子と並べて書けば好きやねん  くんじろう

源氏は、かって占い師が言った言葉を思い出していた。

「子どもは3人。一人は帝、一人は后、一人は政界の頂点の地位に立つ」

すでに藤壷との子である冷泉帝は帝に。

そして、亡き葵の上との間にできた夕霧は、まだ幼いけれど男子。

さらに明石の君に女の子。

占い通りのお膳立てができてきているのである。

源氏は生まれた子を大切にしなければと考え、

自ら乳母を捜して明石に送ったり、

豪勢な贈り物をしたりと細かく気の配るのであった。

だが面白くないのが紫の上、源氏は嫉妬する彼女をなだめるが、

なかなか機嫌は治らない。そんな妻がまた、源氏には可愛いのである。

場合によっては沸騰いたします  高島啓子


住吉参詣する源氏の行列

その年の秋、源氏は住吉神社にお参りに行く。

今や、時の人となっている源氏だから、このお参りも一般人とは違い、

壮大な行列で、大勢のお供がついている。

偶然、明石の君も同じ日に住吉神社にお参りにきていた。

明石の君は舟での参拝だった。

源氏が来るのを知らなかった明石の君は、あまりの賑わいにびっくり、

身分の違いを思い知らされるのだった。

源氏の威勢に気圧された明石の君は、その日の参拝を諦め舟に戻る。

あとでそのことを知った源氏は、明石の君が近くに居合わせたなんて…

きっと二人の縁が深い証拠ですと、なぐさめの手紙を送るのだった。

誰かいるかもしれないのです おーい  竹内ゆみこ

同じ頃、帝が代わったのに合わせ、

斎宮も代わり前斎宮とその母・六条御息所が帰京してくる。

しかし都に着きしばらくすると、六条御息所は重い病気にかかり出家する。

源氏はそれを不憫に思い、見舞いに訪れる。

六条御息所はすっかり衰弱した様子で源氏に

「身寄りがなくなってしまう娘の面倒を見てやってください。

 でも決して恋愛の対象になさらないで…」

という遺言めいた言葉を残し、数日後、息を引き取る。

先の斎宮は父もいないし、母まで死んだら頼るものがない。

後見を頼むとしたら、源氏しかいないのだ。

自分が死んだら源氏が手をだすくらい、六条御息所にはお見通しなのだ。
                             みおつくし
越えてはならないものに、杭を打つ、いわゆる澪標である。

先手を打った形の遺言は、六条御息所の源氏に対する復讐でもあった。

引き返す風に想いを託します  合田瑠美子


御息所を見舞う源氏

源氏は悲しみを堪え、彼女の遺言通り前斎宮の娘の後見を果たそうと考え、

しばらくしたら、「冷泉帝に入内させるのがいいか」と、思い巡らせる。

しかし、この娘に思いを寄せる人がいた。

朱雀院である。

困った源氏は、藤壺に相談する。

藤壺は、「知らぬふりして、入内させるのがいい」

と冷酷な助言をするのだった。

うっすらと耳朶抱えている痛み  嶋沢喜八郎

※注釈 (梅壷について)
斎宮の役目を終え、伊勢から都に戻り、まもなく母の六条御息所を亡くす。
源氏と藤壺の画策で、後に冷泉帝の後宮として入内し、梅壷と呼ばれ、
さらに中宮となって秋好中宮〔あきこのむちゅうぐう〕と呼ばれるようになる。
源氏も恋愛の対象としたいほど美しい人だったが、
六条御息所との約束がありさすがの源氏も、手を出さなかった。

【辞典】(女の子はうれしい)
古代の日本社会では、娘が婿を迎え、家を継ぐ形態が普通だった。
男の子は外に出て行ったしまうが、女の子はずっと家に残っていてくれる。
普通の親であれば、そんな女の子の誕生はうれしいもの。
まして源氏には、冷泉帝と夕霧という男の子がいる。
女の子の誕生は、何より待ち望んでいたことなのだ。

女の子の誕生を喜ぶ源氏は、自分で乳母を探して明石に派遣し、
数々の贈り物も手配するなど、とても活動的に動き回った。
「自分が都落ちして須磨や明石に行ったのも、
   この子を授かるためだったのだ」 
と考えたからだ。
そんな源氏の配慮を受け、喜んだのは明石の一族。

源氏が都に帰り、明石の一族は「捨てられてしまう」と危惧していたことが、
ウソのようだと泣きながら、感謝するのだった。 女の子でよかった。

エレキバン偶数日には左肩  雨森茂樹

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淡い記憶の温もりに明石の君  藤井孝作


  明石の浜

このたびは 立ちわかるとも 藻塩焼く けぶりは同じ かたになびかむ

今は、いったん別れることになりますが、藻塩を焼く煙が同じ方向に
たなびくように、いずれ私はあなたを都に迎え入れたいと思っています。

「巻の13 【明石】」

光源氏27歳。 あれ以来、雷を伴った嵐は続き源氏は不安でならない。

さらに追い討ちをかけるように、雷が邸の廊下に落ち、火事になる。

やがて火は消し止められるが、不安は大きくなるばかり。

その夜、源氏の浅い眠りの夢枕に・亡父・桐壺院が現れ、

「どうしてこんな見苦しいところにいるのか。

   住吉の神のお導きに従って、早々に船出してこの浦を立ち去れ」

と告げるのだった。

愛というにがうりの赤き種かな  徳山泰子

まさにその明け方、嵐の海を渡り、明石の入道がやってきた。

入道が言うには、「夢に異型のものが現れて、船を支度して、

かならず風雨がやんだら漕ぎ出せという。

そこで船を用意させたところ、
案の定すごい風と雷で、

異形のものが言った通りになった。


船を出すと風は不思議にも順風となり、この浦に到着した。

まさに神のお導きに違いない」とのことだった。

桐壷院の夢のお告げのこともあり、源氏は須磨を離れ、

明石の入道を頼って、
明石の浦に移り住むことにした。

入道の船に数人の従者を伴って乗り込むと、例の不思議な風が吹いて、

帆を押し明石の地へ一息で到着した。

想定外ばかり届いて春が往く  美馬りゅうこ


入道の船に乗り込む源氏たち

明石の入道は、明石の浦に着いた源氏を厚遇した。

浜辺の豪勢な邸を用意し、食事から衣料まで至れり尽くせりで、

何ひとつ不自由のないようにもてなした。


そして、源氏に「娘をもらってほしい」と願いを打ちあけるのだった。

しかし、源氏には都に残してきた紫の上がいる。

このような境遇になったのも、もとはといえば、色恋沙汰が原因なのだ。

今度ばかりは源氏も、新たな恋人をつくる誘いに乗るわけにはいかない。

一方通行の恋です果てしない荒野  板野美子

一方、須磨で嵐の日々が続いていたころ、

都でも次々と不吉なことが起こりはじめていた。


3月の嵐の夜のことである。

朱雀帝の枕元に桐壷帝が現れ、帝を睨みつけている。


帝が畏まっていると、院は源氏のことなど、さまざまことを注意してくる。

帝は恐ろしくなり、母の弘徽殿大后にそのことを言うと、大后は

「雨が降り空の荒れている夜は、思い込んでいることが夢に現れるものです。

   そんなことで軽率に驚いてはなりません」 とたしなめる。

気のもんと言われてふわっと軽くなる  大海幸生

ところが、しばらくすると、帝は眼を患い、祖父・太政大臣は死に、

大后は病気に犯され、しだいに体が痩せていく。

帝は、「やはり、源氏の君を無実の罪で明石に追いやったことで、

  こうした報いを被ったに違いない。

  この上は、是非源氏の君を呼び戻し、官位も戻したい」

と大后に訴えた。

しかし、源氏の官位を奪うよう画策したのは、大后である。

必死に訴える帝に対して大后は、

「そんなに簡単に許しては世間に笑われる。断じてなりません」

と聞き入れてくれようとはしない。

揉み手してひょっこり顔を出す昔  合田瑠美子

明石で孤独に暮らす源氏にも、手紙のやりとりなどで、都での出来事は、

多少なりとも知ることができる、が、朱雀帝の悩みまでは知る由もない。

いつ終わるとも知れない流離の身で、源氏のさびしさは増していく。

そんな中、源氏は明石の入道の誘いに負け、明石の君と契りを結んでしまう。

身分違いだと、どうせ遊びだと知っていたはずなのに、

人を愛するというのは、これほど苦しいことなのか。
                    さいな
明石の君は狂おしい思いに身を苛まれていた。

だが恨み言を言っても嫌われるだけだ。

理性の限りを尽くして穏やかに装う。

そうやって、ほんの一時、源氏と過ごす苦しい時間、

そして、その後の気の遠くなるような待つだけの時間。

もう昔のように穏やかな時間を取り戻すことなど出来ないのだ。

確実に時間は進むものと知る  竹内ゆみこ


琴を奏でる明石の君

明石の君は、父・入道の英才教育のおかげで見事な琴を奏でる。
源氏は別れの日に、初めて聞くこの琴の音をどうしてもっと早く
聞かせてくれなかったのか…と恨めしく思うのだった。


源氏はそんな明石の君をしだいにかわいらしいと思うようになるのだが、

やはり今頃一人で自分を信じて待っている紫の上のことも、忘れられない。

源氏はもう、愛する妻をなおざりにはできない。

そこで、紫の上には明石の君のことを正直に知らせることにした。

「成り行きでこうなったが、君のことは決して忘れていない…」

やがて、明石の君は源氏の子を宿す。

その頃にはもう、源氏は毎日のように明石の君のもとに通っていた。

そして並々ならぬ愛情も育まれていた。

そんなとき、都から「源氏の罪が許される」という知らせが届く。

沸点を超え当然の成り行きに  オカダキキ

まもなく朱雀帝は、弘徽殿大后の言いつけを無視し、

独断で源氏の罪を許し、都へ戻ることを許可した。

一緒にいた従者はもとより、都にいる源氏を取り巻く人たちは大喜び。

源氏帰京の知らせは、すぐにも明石にも届いた。

明石の一族はそれを歓迎したものの、源氏との別れに涙は尽きなかった。

いよいよ出立の二日前。

源氏は夜も更けないうちに、明石の君のもとを訪れた。


明るい光のもとで、明石の君をはっきり見たのは、これがはじめてである。

気品があり、想像よりはるかに美しい。

源氏はこのまま離れ離れになるのは惜しいと思うのだった。

そして源氏は、

「今この地に留まることは出来ないが、必ず悪いようにしない」


と明石の君をいつか都に呼ぶことを約束し、明石を後にするのだった。

あれからのだんまり ボクの意思表示  山本昌乃

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源氏物語54帖「須磨」

見るほどぞ しばし慰む めぐりあはむ 月の都は はるかなれども

月を見ているしばらくの間は、心が慰められる。
いつ帰れるともわからない都の月は…はるか遠くにあるのだが…。

「巻の12 【須磨】」

光源氏26歳、紫の上は18歳になる。

朧月夜の事件で、源氏を失脚させようと画策していた弘徽殿大后

絶好の口実を与えてしまった源氏。

このままいけば、流罪になってしまう。

そんな不穏な空気を察知した源氏は、須磨の地に下ることを決意する。

いつ戻れるとも分からない旅である。


源氏の周りの人は、大いに悲しみ、

特に今や正妻の地位にいる紫の上は、
一緒に行きたいと泣きせがむ。

自分が帰らなくなるとこの人はどうなるのだろう。

と源氏は思い悩むが、罪を逃れて都落ちをする我が身には、

どんな危険が待ち構えているかもわからず、

彼女を巻き添えにはできない。そして、本心を歌に残して旅に立つ。

惜しからぬ 命にかえて 目の前の 別れをしばし とどめてしかな

(惜しくもない私の命と引き替えに、目の前のあなたとの別れを
   ほんのしばらく止めてみたい。)


風はいつも凭れるものを探してる  河村啓子

そして3月の夜明け前、花は盛りが過ぎ、わずかに咲き残った花が、

闇の中で白々としている…。

まだ辺りは暗い、人目につかないよう、源氏は、粗末なみなりで、

数人の従者を伴っただけで辺境の地・須磨へと旅立った。

須磨は昔こそ人の住まいもあったが、今は人里離れてもの寂しい所と聞く。

連続の想定外に疲れ果て  吉岡 民

私の人生は、一体どこで狂ってしまったのだろう。

人を愛することに善悪はない。

人は生きている限り、いつどこで誰を愛するかわからない。

自分は自分の気持のおもむくままに、人を愛してきた。

何が間違っていたのか、愛すること自体が罪なのではない。

愛してはいけないときに、愛してはいけない人を愛したことが罪なのだ。

それが前世の報いならば、それはこの世で償わなければならない。

いつ帰れるか分からないこの地で源氏は、

華やかだった都の生活を懐かしみ、我が身の不幸を嘆くのだった。

紅しだれ罪の深さを知りなさい  安土理恵

源氏は須磨へ旅立つ前に、出家した藤壺の宮のもとに立ち寄り、
 みす
御簾を隔てて言葉を交わす。

「なぜ、そんなに遠いところに行ってしまうのですか。

    あなたがいなくて、誰が東宮を守ってやるのですか」

「私はいわれもない罪により都を後にします。

    今の帝に対して、何も罪を犯していません。

    思い当たることがあるとしたら、ただ一つです。

    天の眼に見透かされている気がして恐ろしい」

藤壺は、はっと胸を突かれるのだった。

彼女が苦しんで出家まで決意した、そのことなのだ。

すっかり動転して返事さえままならない。そこで藤壺は次の歌を遺した。

見しはなく あるは悲しき 世のはてを 背きしかひも なくなくぞ経る

(連れ添った桐壺院は亡くなり、生き残った貴方も悲しい目に遭っている。
    世の末を、私は出家した甲斐もなく、毎日泣きながら暮らしているのです)

泥よけて生きてきたけど泥の中  石橋能里子

さて、源氏が新居とする須磨の近く明石に、明石の入道という人がいる。

もとは高貴な貴族だったが、変わり者で仕事で赴任後ここに住みついた。

この明石の入道には一人娘・明石の君がいて、

「娘だけはなんとか都の貴族に嫁がせたい」と考えていた。

「光源氏が近くに来たのも。何かの予兆」

と思い立ち、さっそく娘に源氏の嫁になれと打診する。

明石の君は17歳で、優しく気品がある。

身分の高い人は、自分など相手にはしてくれまい。

かと言って、身分相応の縁組みは、こちらからお断りだ。

彼女は、自分を育ててくれた親に先立たれたら、

海の底に身を投げようと思いつめるほど、親思いの娘なのだ。

そんじょそこらの出涸らしの分際で  雨森茂樹

明石の入道の思惑など露知らぬ源氏は、さびしい日々を過ごしていた。

「お祓いをすればこんな生活から抜け出せる」

との周囲の勧めで、ある日、源氏は禊の儀式を行うことにした。

源氏は海の前に座して、祈祷する。

海面は穏やかで、あたりも晴れ晴れとしている。

海を見つめながら、過去のこと将来のことを次々と思い続ける。

遠い海鳴り 密かにほつれ縫い合わす  太田のりこ

ところが、そんな気配もなかったのに、いきなり例を見ない嵐が吹き出す。

波も荒々しく打ち寄せて、人々は足も地に着かないくらい慌てている。

今度は雷が鳴り出し、稲妻が光る、さらにその夜、

源氏は海竜王の使者と見られる化け物の姿を目撃してしまう。


源氏は気味悪く思い、

この海辺の住まいが耐えられそうにない気持になるのだった。


「辞典」 嵐について

ここで急に吹き出した嵐は、次の「巻の13 明石」まで続いて、
源氏の都への復帰を促す役目を果たす。
すなわち、源氏の罪に罰を下したと
いうよりも、
真摯な気持で禊をすることにより、いわれのない罪で、都落ちした

源氏の無念を神々が聞き届けたという意味を持っている。

神様に愛され人に憎まれる  居谷真理子

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