一発で天狗の鼻を叩き折る 池部龍一
竹中半兵衛の銅像
写真を拡大して半兵衛の表情をご覧ください。
「何をなさいます!」
「英賀の戦い」に勝利した後、
官兵衛は嫡男の
松寿丸(長政)を、人質として
信長の元へ預けた。
天正5年
(1577)、信貴山城に籠る
松永久秀を攻め滅ぼした信長は、
いよいよ、
秀吉を播磨に進駐させた。
これを迎えた官兵衛は、自らの居城である姫路城を秀吉に譲り渡す。
一族は国府山城に移らせ、自らは姫路城の二の丸に詰めた。
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全ては主家を守るためだった。
ただ主の小寺政職にとっては、思いがけない情況が展開することとなる。
忠臣だったはずの官兵衛が、秀吉の参謀に取り立てられたのだ。
その不満はほどなく奔出するが、
こうしたところ官兵衛は、幾分か配慮に欠けていたのかもしれない。
主家を重んじているつもりで、
己のことばかり考えていただけなのかもしれない。
が、ともかく官兵衛は奮闘した。
秀吉の弟・
秀長に従って但馬国の竹田城をせめ、
半兵衛とともに、播磨・美作、備前の国境にある要衝・上月城も、
奪取してみせた。
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こうした攻撃戦の際、官兵衛の懐には常に、
秀吉から与えられた
神文があった。
「城を落とし、武将を篭絡できたなら、きっと恩賞を取らせ、
出世も約束する」
と認めた物だ。
長男・松寿丸を人質として信長の元へ差し出してまで、
忠誠を誓った官兵衛にしてみれば、
己が勲功を挙げることで、主家とその領土が安堵されると信じていた。
だから死に物狂いになって戦い続けた。
ところが、勲功を挙げているというのに、秀吉はいっこうに、
約束を守ろうとしない。
官兵衛の不満は溜る一方だった。
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蜂須賀小六
こうした官兵衛をじっと観察しているのが、
竹中半兵衛だった。
半兵衛は秀吉に生涯を捧げている といってもいいような人物で、
その心情は
蜂須賀正勝(小六)によく似ていた。
正勝は秀吉にとって最古参の家臣で、秀吉のことしか考えていない。
この正勝が、
「官兵衛は毒だ」と断言していた。
半兵衛もその人物評は、ほぼ間違いないだろうと思っていた。
だが、毒は薬にもなる。
猛毒と劇薬は紙一重で、使いようによってはこれほど重宝するものはない。
問題はその毒が秀吉に対して使用されないことで、
そのためには毒気を取り除いておけばいい。
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人の生涯には、いくつかの岐路がある。
それ以後の人生を決めてしまうような瞬間のことで、
官兵衛は、その分岐点のひとつに直面していた。
天正5年、冬。
眼の前、囲炉裏を挟んだところに、一人の武将が座している。
竹中半兵衛。痩躯
(痩せた体)だ。
透き通るような白さの肌をしており、
女人のようなおだやかさに包まれている。
しかし、行動は凛として凄みがあった。
このとき、官兵衛は秀吉から授かった神文を後生大事に抱えていた。
それを見せてくれと半兵衛は、官兵衛に所望し、
手にするや否や、やにわに切り裂き囲炉裏に投げ捨てたのである。
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歌舞伎調半兵衛
「あっ!何をなされますっ!」
官兵衛は仰天して大声を張り上げたが、すでに遅い。
神文は燃え尽き、灰になった。
唇をわななかせたまま茫然としている官兵衛に対し、
半兵衛は
「一周り大きくなられよ」と厳かに告げた。
「このような神文があるから、不平が口をついて出る。
後生大事にとっておいても貴殿のためにはならない。
すでに領土を侵し侵され、奪い奪われる時代ではない。
時代は、天下統一に向けて動いている。貴殿は才がある。
その才は、主家のためだけに使うのではなく、
天下のためにこそ用いるべきだ。
神文に拘わるのは小寺家に囚われている証だ。
主家に拘わって天下を思わぬなど、才のあるもののすることではない」
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この時初めて、官兵衛は己の生き方を恥じた。
官兵衛は無論、信長が時代の臍になっているのは理解していた。
ただ自分はその信長の傘下に入ることで、
主家と我が身を守ろうとしていた。
所詮、自分のことしか考えていなかった。
姑息な考えだったと恥じた。
鼓の音ポンと鳴るのでひきさがる 桜風子
ただ半兵衛は、
「もっとも」と言いそえた。
「綺麗ごとをいうつもりはない。
天下を統一せんとするのは、合戦をいとうからではない。
民を安らげるためでもない。
つまらぬ戦さなどさっさと止めて、国づくりをしたいからだ。
調略を行うのは、つまらぬ小戦で兵力を損ないたくないからだ。
敵の主力に対して全力で立ち向かい、完全な勝利を得るためだ。
しかし、それには智恵がいる。
ひと周り大きゅうなって、その智恵を貸してくれぬか」
このことがあって以後、官兵衛は変わった。
読む本はきみ一冊で事足りて 山口亜都子[2回]
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